聖女の付き人 3
ラントン伯爵令嬢は、青ざめてこちらに謝り倒す家人に連れられて去って行った。
これで、ファリーナにちょっかいを出す人間は、激減するに違いない。
ラントン伯爵は、王弟派だ。
おそらく、ファリーナの身の上を家族からでも聞いたのだろう。
まだ、幼さが残る令嬢だ。
おそらく、ファリーナであれば、これ以上追求はしないだろう。
だが、国王陛下に見られたことで、面倒な予感しかないガスール。今も興味深げな視線を感じる。
それに、少しばかり、先ほどの件から周囲の興味をそらす必要がある。
「……お嬢様」
「あ、えっ?」
「行きましょう、ダンスの時間ですよ?」
「へ? 踊る気なの!?」
身長差はあるが、おそらく8歳、という年齢の割に背が高いガスールと、どちらかといえば背の低いファリーナ。
ガスールの身体能力をもってすれば、踊れない身長差でもない。
「お嫌ですか?」
「えっ、そんなこと、ないけれど……」
かつて、ガスールは、よくファリーナにダンスの相手をせがまれて付き合った。
おかげで、元々器用で運動神経のよいガスールは、ダンスが得意だ。
もちろん、努力家だったファリーナも……。
「さ、踊りましょう」
通常であれば、腕を曲げて密着するはずだが、いかんせん身長差がある。
距離を保ったまま踊り始めた2人は、まるで姉弟が踊っているように微笑ましい。
「……えっと、ダンスも出来るのね?」
「ええ。周囲の見よう見まねですが」
「はっ? そんな、それでこんなに上手なはず」
クルリと回って、風魔法で浮かべば、2人の目線は同じになる。
周囲から拍手が沸き起こった。
「運動神経はよい方なので」
「ふ、ふふっ!」
嬉しそうに笑ったファリーナ。
通常であれば、婚約者のいない令嬢は、父や兄とファーストダンスを踊る。
だが、全てを失ったファリーナには、踊る相手がいなかった。
周囲には、ファリーナが幼い少年を上手にリードして踊っているように見えるだろう。
「本当に上手だわ……。まるで、あの人と踊っているみたい」
「……光栄です」
後半、掠れてしまったファリーナの声は、きっとガスールにしか聞こえないだろう。
あの人というのが誰なのか、思い当たると同時に、そんなはずないと考え直す。
「また、一緒に踊ってくれる?」
「お嬢様がお望みとあらば、いつでも」
あの当時、年を重ねていたガスールと、ファリーナが公衆の面前で踊ることはなかった。
きっと、八年の間に、ファリーナは誰かと踊り、その人との思い出を重ねているのだろう。
あの日からもうすでに、八年の月日が経っているのだから。
けれど、後日、ファリーナは、聖女になってから公の場で踊るのが初めてだった、と噂で知ったガスールは、困惑することになるのだった。
辺境の老兵はやり直し、聖女を守る万能少年になる 氷雨そら @hisamesora
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