OCCULTISM SYNDROME

墨染 香茶

Prologue

「It's too late to be sorry.」


 6月下旬 PM 7:50 英国南東部―――ケント州『STRAYCATストレイキャット村』。イーディス・リデルは、この村の付近からアシュフォードの方角へと自らの車を走らせていた。


 「……相変わらず、不気味ね」

 それまで窓を開けて走っていたイーディスは、ゾクリと寒気がしてフロントガラスを閉めた。『ストレイキャットはぐれた猫』と名の付いたこの村は、その名の通り外界から隔離されたようなこじんまりとした田舎町の集落で、今や人口も数える程度しか存在してないとされている。以前、新聞で読んだ時には既に「村人の大半は高齢者が占めている」と記述されていたので、廃村寸前なのだろう。――当時のイーディスは、特に気に留める様子もなく新聞を捲っていた。


 この村には、多くの幽霊目撃情報があった。そのことが噂に噂を呼んで、メディアで取り上げられたことで一時期は有名になったこともある。……しかし、所詮は日持ち人気に過ぎない。村人にとっても、人が押し寄せることで特に利益があるわけでもないので、歓迎ムードではなかったようだ。

 そして現在―――この村に訪れる者が居るとするならば、ハロウィンの時期に度胸試し感覚で訪れる若者くらいだろう。


 イーディスは、今年の7月で地元・ケント州にある大学を卒業する。最初の内は就職活動の為にあちらこちらと都心部を駆け回って筆記試験や面接を行ってきたが、これまで見事に惨敗―――。卒業までにどうしても内定を貰いたかった彼女は、他州にある中小企業の募集にも応募し、車を飛ばして受けに行った。今はその帰り道であり、度重なる就職活動で心身ともに疲れ切っていたイーディスは、道順を間違えて『幽霊村』を通る羽目になってしまったのである。

 彼女は生粋のイギリス人だが、幽霊や妖精といったその手の不可思議な存在は苦手だった。―――正しくは、苦手になったと言ってもいい。

 「 (……昔は、そうでもなかったんだけど)」

 イーディスは、幼い頃を思い出していた。


 彼女は三姉妹の三女に生まれた。長女は明るくて優しいロリーナ、次女は空想好きで聡明なアリス、そして三女のイーディス。当時の三人は非常に仲が良く、5歳離れた長女のロリーナには、よく庭で一緒に遊んでもらった。次女のアリスには、寝る前によく不思議な世界の話をしてもらった。イーディスは、とても幸せだったことを覚えている。―――しかし年月が過ぎ、ロリーナが嫁いで家を出てからは次女であるアリスとイーディスの間で確執が生まれていく。


 「不思議の国と鏡の国へ行った」と言うアリスは、いつも抽象的で不可思議な話ばかりを好んだ。これに対してイーディスは、当時こそその話に惹かれたが、次第に「姉は妄想に憑りつかれている」と思うようになった。

 そんな彼女に共感してくれる者は、家族内には居なかった。両親はいつもアリスの不思議な空想の話を聞きたがった。初めこそ、彼女の創造性を広げるためなのだろうとは思っていたが、その度にイーディスはのけ者にされた気分になった。

 幼い頃は、姉の話す不思議な世界が好きだった。しかし、月日が経つにつれてりが合わなくなり、気が付いた時には既に――イーディスは、聡明で皆に愛されているアリスに対し、強い劣等感を感じていたのである。


 「……馬鹿馬鹿しい、私もどうかしてるわ」

 イーディスは自虐的にそう呟くと、カーブの手前でハンドルを切った。

 と、同時に―――


パカラッ、パカラッ、


 対向車線の方から、馬のひづめのような音が聞こえてくる。しかし、何も居ない。サイドとバックミラーの確認もしてみたが、周囲は森に囲まれているだけで前にも後ろにも車一台と走っていない。イーディスはなんだか怖くなって、アクセルの踏み込みを深くした。


 次第に、馬の蹄の音は遠退いていく。一体、何だったのか。――イーディスは、一刻も早くこの不気味な村を抜けたいと強く願った。

 「 (このカーブを曲がって、村を抜ければきっと……) 」

 「ヒヒイィィン!!」

 「……っ!? 」

 胸を撫で下ろした矢先、突然馬のいななきが聞こえた。かと思えば、先程も聞いた蹄を鳴らしながら、目の前に黒い馬が現れた。……現れた、と言って良いものなのか。

 何もない所から突然姿を見せたその馬は、馬車を引いているようだった。中世時代を彷彿とさせる光沢のある黒でコーティングされたは、対向車線でなくイーディスが運転している側の車線から向かってきている。


 衝突を避けるため、イーディスはハンドルを精一杯切った。―――が、急な動きにタイヤは対応することができず、車はそのまま先のガードレールへとぶつかった。

 「 (……こんなことなら、姉さんに一言謝っておけばよかったかな…………) 」

  そんな後悔も空しく、イーディスの意識は遠退いていった。

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