第22話 幽霊女子を褒めてみた

「許せない」


 それはまさに幽鬼と呼ぶべき存在かもしれない。


 今まで半透明だった少女の霊の顔がだんだん般若のような恐ろしい形に変化していく。これではまるで悪霊だ。


 まさか本当に幽霊がいるだなんて。しかも質の悪い悪霊へと変化しようとしている。一体なにがこの霊をここまで凶悪な悪霊へと変化させてしまったのだろう?


「いきなり塩をまくなんて、許せない。お前、それでも人間か!」


「あの、すいません。謝るんで許してもらえないですか?」


 どうやら僕のせいだったらしい。


 まあ、そうだよな。出会い頭に突然塩なんてまかれたら誰だって怒るよね。


「ぐるるるる…………まあいいでしょう。今は許してあげます」


 そう言うと、般若のような顔をしていた女の子の幽霊の顔がだんだんと普通の女の子へと戻っていく。まあ普通もなにも、幽霊なんて見たのこれが初めてなので、スタンダードな幽霊をそもそも知らないんだけどね。


 やがて先ほどまでの状態、濡れたような真っ黒い髪をしている全体的に青白く、そして半透明の少女の幽霊へと戻る。


 こうやって普通に戻れば、目尻の柔らかそうな、優しそうな少女であった。


「あのー、それでここで何をしてるんですか?」


「それはこちらのセリフです。ここは私のパワースポットですよ。あなた達こそ最近、この辺りで騒いだりして、迷惑です。早くどこか立ち退きなさい」


 ここパワースポットなの?一体どんな霊験あらたかな効果が…いや、確かに幽霊に呪われる調理実習室ってパワースポットといえばパワースポットか。


「立ち去るのは良いんですけど、なんで夜霞さんの後をつけまわしてるんですか?彼女、怖がってるんで止めてもらえます?」



「その女が悪いのよ」


 と言って、謎の幽霊少女が夜霞さんの方を睨む。夜霞さんは現在、あまりの恐怖体験に失神。白目をむいて調理実習室の片隅で気絶している最中だったりする。


「その女はね、友達に彼氏がいるのを知ってるのに、その彼氏に弁当を作って誘惑するようなふしだらな女なの。私、そういう不純で卑猥ななビッチが大っ嫌い。ふふ、だからね、お仕置きしてやることにしたの。これは天罰よ。他人の男に手を出す性悪なビッチに対する制裁よ!」


 シャーとまるで猫みたいな唸り声をあげ、再び般若と化す幽霊少女。気のせいか、一段と空気が冷えこみ、温度が下がった気がする。


「あの、それ誤解ですよ」


「ふん。男っていつもそう言って女を騙すのよね。私の時もそうだったわ。本当は由香子と浮気してるくせに……あの男も由香子も許せない…」


 こいつ、人の話聞かねえな。まあだから悪霊化してるのかもしれないが。っていうか、由香子って誰だよ?


「えっとですね、まずあちらの女性がお弁当を作っているのは、その彼女さんたってのお願いであって、別に浮気してるわけではないですよ」


「それがなによ!彼女がいる男に手料理振る舞ってる時点で有罪よ!」


 おっと、こいつ恋愛過激派か?理由があってもダメなタイプなの?面倒だな。


「そうだね、確かに不用意な行動かもしれないね。あたなの言い分もわかります…ところでお名前なんて言うんですか?」


「幽遠礼子です」


 ふむ。幽霊の幽遠礼子さんとでも覚えておこう。


「彼女に代わって礼子さんにお詫びします。それで許してもらえないですか?」


「…どうしてその女のためにそこまでするのです?」


「え?いや、謝罪ぐらいで許してもらえるならいくらでもしますけど?」


「でもあの男は謝罪すらしませんでした」


 ぽつりと床の方を見てなにかを語り始める半透明の少女、礼子さん。どうしよう、長くなりそうだな。こちらとしては早く帰りたいのだが。寒いから。


「あいつとは幼馴染で、子供の頃から一緒でした。中学の時に告白されて、それ以降ずっと付き合ってたんです。でもあいつ、高校に進学してから様子がおかしくなって…私の知らないところで由香子と寝てました」


 そ、そうなんだ。由香子さんと浮気してんだ、その幼馴染の彼氏さん。


「こんなのってあんまりだよ。なんで私というものがいるのに他の女を抱くの?問い詰めたらあいつ、逆ギレして私のこと殴ってきました。本当に最低。あんなクズだとは思わなかった。ちょっと包丁で背中刺しただけなのに、女の子の顔を殴るとか信じられない!」


 …どうしよう?それって正当防衛じゃないんですか?ってツッコムべきか。いや、やめておこう。呪われそうだ。


「それは酷い話ですね。礼子さんはちゃんと話せばわかってくれる人なのに。そうだよね?」


「当たり前です!私を由香子みたいなビッチと一緒にしないで!ただ一言、ひとことでいいから私、謝ってほしかった、それだけのに…ひどい…私、あいつに殴られたのがショックで死のうかと思ったんです」


 ああ、それで幽霊になったのか。


「でもダメでした」


 どっちだよ。もうちょっとかいつまんで話してくれねえかな?


「私、校舎の屋上から飛び降りて死んでやろうと思って。でも、まさか飛び込んだ先に井戸があったなんて思わなくて…」


 井戸?この学校に井戸なんてあったか?まあ旧校舎ってけっこう古いし、昔はあったのかな?


「井戸には水がありました」


 幽霊の礼子は続ける。


「たまたま井戸の水の中に落ちておかげで、命は助かりました。でも、そのあとがダメでした。井戸はとても深くて、出られませんでした」


 ――助けを求めたのに、誰も来ませんでした、と礼子は独白する。


「ふふ、おかしな話ですよね。死のうと思って飛び降りたはずなのに、いざ死に直面すると助けを求めるだなんて。でも私、その時は必死でした。私はここにいる、誰か助けて…井戸はすごく深くてですね、とても一人では登れませんでした。だんだん水が私の体温を奪っていって、寒さに震えて、指先の感覚がなくなっていって、そして…」


 礼子はこちらを見る。


「こうして私、幽霊として生まれ変わったってわけ!てへ!」


 と陽気な感じで独白の幕を閉じた。


 あれ?なんか怖い話なのかなって思ったけど、案外吹っ切れてるな、この幽霊。実は陽キャだったのだろうか?


 まあ本人が死因について特に気にしてないのなら、こちらとしてもとやかく言うことないか。


「そうですか、お辛い目にあったんですね。お悔み申し上げます。じゃあ僕ら、そろそろ帰りますね」


 そう言って僕は礼子さんに目礼。調理実習室から出ようとする。


 扉に手をかける。しかし開かなかった。


「お待ちなさい」


 やけに底冷えのする、感情のない言葉が室内に響く。


「その女、どうするつもりです?」


「どうもこうも、連れ帰りますよ」


 僕はいまだに白目をむいて気絶している夜霞さんを背中におんぶする。制服越しに彼女の体温が伝わってくる。ふむ、まだ生きているようだ。よかった。


「その女にはまだ制裁が終わっていません」


 礼子はこちらに近づいてくる。その目がやけに怖い。


「許せないわ。人の男にちょっかいをかけて、なんの罰も無しにのうのうと生きている。私を不幸にしておいて、それすら知らずに生を満喫している、その厚顔無恥が許せない。……女をおいていけ」


「ええ、それはダメですよ。こんなところにおいてったら風邪ひくじゃないですか」


「風邪で済めばいいね」


 ぎょろりと目を剥いて僕を下から見上げる礼子さん。ああ、これは悪霊ですわ。顔が化け物になってますわ。はは…こえー。


「女をおいていけ。さもなければ…」


 あ、まずい。これはあれだ。僕にも矛先が向く奴だ。


 くっそ。どうしたら?僕には霊を祓う力なんて無いのに。あるとしたら、他人を褒める能力ぐらい。


 …やってみるか。


「その女同様にお前も…」


「あれ、礼子さんってよく見ると美人さんですね。声も可愛いし、よく可愛いって言われません?」


「……………この声は高すぎてキモイってよく言われる。あいつにも言われた…」


 あれ、地雷踏んだか?いや、ダメだ。ここで折れたら呪われる。頑張れ僕。なんとかなれー。


「それは男の見る目ないだけですね。僕は礼子さんの声、可愛いって思いますよ」


「!!!…そんなの嘘だもん。そんなわけないもん」


「いやいや、そんなことあるでしょ。可愛いものを可愛いって言って何が悪いんです?」


「…本当に?」


「本当ですよ。もっと礼子さんの声、聞きたいなあ」


「そ、そんなふうに言われると恥ずかしいよ」


 おや、効いているのか?さっきまで全体的に青色だった礼子さんが、だんだんピンク色に染まってきている。


「礼子さん」


「な、なんです?」


「今の恥ずかしがってる声、すごく可愛かったですよ。もう一回聞いていいですか?」


「クゥッ!も、もうダメ!それ以上変なこと言わないで!」


「礼子さんは本当に可愛いですね」


「ダメって言ったのに!それ以上変なこと言うと、その、の、呪っちゃうよ!」


「礼子さんに呪われるなら構いませんよ」


「え!そ、そんな…そんなふうに言われたら、困るよ…」


「うん?困るんですか?そうですか、礼子さんが困るって言うなら、諦めるしかないですね」


「え?ち、違うの、今のってそういう意味じゃ…」


「礼子さん、あなたと会えてよかった。この思い出、大事にしますね。…さよなら!」


「あ、待って!まだ私、あの、その、あ、あなたの名前聞いてない!」


「高藤氷月です。礼子さん、またいつか、お会いしましょう」


「え、あ、はい。高藤くん。また今度…」


 そうして僕はなんとなく場の雰囲気の流れに任せて調理実習室の扉を手をかける。


 がらがら。扉がスライドしていく。


 お、やった。どうやら礼子さんの気が緩んだおかげで開いたようだ。


 そしてそのまま階段を上り、褒め部の部室へ。夜霞さんをそこで寝かせることにした。


 そんなこんなで30分ほどした後。


「うーん、うーん、お母さん、トマトを無理やり食べさせないで……ハッ!こ、ここは?」


「あ、夜霞さん、目が覚めました」


「高藤くん!あなた、幽霊に食べられたのでは無かったのですか!」


 夜霞さんはきっと真剣に聞いているのだろう。根がクソ真面目だからな。彼女は冗談とか言うタイプではないのだ。


 だから僕は一言、


「いや、食べられてはないですね」


 とちゃんと否定しておいた。ここで変な冗談とか言うと真に受けそうだからな。


 こうして旧校舎におけるなんだかよくわからない幽霊騒動は幕を閉じた。


 しかしこれ以降、旧校舎でたまにお化けが出るという妙な噂を聞くようになった。夜霞さんには絶対に地下には行くなと厳命しておいた。

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褒め部~ただ褒める、それだけの部活動~ カワサキ萌 @kawasakimoe

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