第21話 真面目系女子さん、閉じ込められる
旧校舎の地下一階のフロアには調理実習室がある。といっても授業で使うことは滅多になく、主に部活動の一環で使用されることがほとんどだ。
うちの学校には料理研究部とか家庭部などの部活動の一環で料理をする部活もある。そういった料理系の部活の生徒が事前に申請を出せば旧校舎の調理実習室が使えるし、なんなら部活とは関係ない生徒でも申請さえすれば利用は可能だったりする。
利用する人が多ければ地下のフロアもにぎやかになるのだが、利用者がいなければ地下にわざわざ行く生徒もまずおらず、人気のない地下のフロアは暗く、じめじめしていて確かにお化け屋敷みたいな雰囲気がある。
そんな地下のフロアに今、僕と夜霞さん、加奈、そして蘭子の計五人…いや、四人か。あれ?なんで間違えたんだろう?さっきまでもう一人いたような気がしたけど…まあいいか。
「それにしても11月で寒いのは当然なんですが、なんか寒いですね、ここ」
「人が利用しないフロアだと暖房もつきませんからね。寒いのは仕方ないかもしれません…」
階段を降りて旧校舎の地下へと向かう僕たち。日の光が差し込む一階と違って地下のフロアの場合、光が届かないので薄暗く、なんだか閉塞感があった。
「それにしても暗いですね。えーっと、そこの人、廊下の電気つけてもらっていいですか?」
「え?高藤くん、一体誰に言ってるのです?」
「誰ってそこの照明スイッチの近くにいる人…」
パッ。
お、電気ついたな。廊下が暗かったので顔はよく見えなかったのだが、どうやら僕の言葉を受けてスイッチを押してくれたようだ。誰かは知らないが親切だな、ありがとう!
「え?え?ちょっと待って、今のって…」
「ええー。マジで?いやいや、おかしくね?なんで勝手に電気が…」
たかが電気がついただけのことでなんで加奈と蘭子はあんなにも驚いているのだろう?電気がつくなんて未来を予知する事に比べればごくごく日常的な茶飯事ではないか。
「よし、じゃあ明るくなったし調理実習室に行くか。えっと、ここかな?あ、そこの君、実習室の電気つけてもらえる?」
パッと電気がつき、調理実習室が明るくなる。
「お、ありがとう。誰か知らないけど助かるわー」
暗かった調理実習室に明かりが灯ることで部屋の様子がよくわかる。
ふむ、見た感じ、ただの調理実習室って感じだな。とても幽霊が出るような場所には見えないのだが…
…なんで夜霞さん、顔を青くしているのだろう?お化けでも見たのだろうか?
「夜霞さん、なんで廊下にいるんです?早く来て一緒にお化けを探しましょうよ」
「あ、あ、あ、あの、た、たたた、高藤くん…えっと、あの、今、電気をつけたのは、高藤くんってことで良いんですよね?」
あの普段はクールな夜霞さんが、なんだか狼狽している…いや、ここ最近ではまあまあよくあることか。
ただ今日の夜霞さんはなんだかいつも以上に動揺しているような。顔は真っ青だし、頬はビクビクと痙攣しているし、なんだか足も震えているし。一体なにをそんなに恐れているのだろう?まさか本当に幽霊を見たとでも言うのだろうか?
「え?電気ですか?いや、僕じゃないですよ。それよりみんなしてなんで廊下にいるの?早く入りなよ」
「ね、ねえ、蘭子ちゃん」
「なにも言うな加奈。わかってる。ここ、おかしいよな?」
おや、あの二人、いつの間にそんなフレンドリーに名前を呼び合う仲になったんだ?っていうかいつの間にかお互いに手を握りあって、体を寄せ合っている。まるで誰かの手を掴んでいないと恐怖に負けてしまいそう、そんな雰囲気があった。
「よ、夜霞さん」
「アンタ部長でしょ。早く入ってよ」
「ぴぃ!…仕方ありません。では部長の私が責任をもって入ります。高藤くん、今助けに行きますね」
いや、入るもなにも、とっくに僕、実習室に入ってるんですけど?助けるって僕を一体なにから助けるつもりなのだろう?
とりあえず僕は調理実習室を適当に歩いて調べてみる。
ガスコンロとかあるけど、これ、使えるのかな?
僕は適当にコンロに近づいて、使えるかどうかチェックしてみた。
元栓を開けば使えそうだな。
「危ないよ」
「ああ、そうだよね。料理するわけでもないのに意味もなく元栓開けるのはよくないか」
僕がガスの元栓を開けてみようかなあ、と手を伸ばすと、隣からすっと声が聞こえた。
ふむ、それにしても幽霊がいる兆候、まったくないな。いたって普通の調理実習室だ。
「た、高藤くん」
「なんです?」
「今、誰と喋ったんです?」
え、誰とって、誰だろ?ごめん、顔を確認してなかったから、ちょっとわかんないや。
「いやー、ちょっと顔を見ずに適当に返事しちゃったからちょっとわかんないですね。ごめんね」
「ううん、いいんだよ」
「はは、そういってもらえると助かるよ」
やっぱりね、人の目を見て話すって大事だよ、コミュニケーションにおいて。ちゃんと話をするときは相手の目を見て話す、簡単なようで意外と大切なことだよ、これ。
「ね、ねえ蘭子ちゃん。高藤くんが…」
「言うな。他人のフリをするんだ。絶対見るな」
さっきからあの二人はなんで遠くからこそこそ話しているのだろう?
「なんでそんな遠くにいるの?君ら三人、そんな仲良かったっけ?」
「……蘭子ちゃん。私たちってさ、二人だよね」
「やめろ、気づいたら終わる。振り返るな、そのまま気づかれずに――ここから逃げるんだ」
「う、うん、私やってみる」
あいつらなにをしてんだ?
加奈と蘭子はすぅっと目を閉じると、お互いにぎゅっと手を握りあってそのまま調理実習室から出ていこうとする。
君ら、なにしに来たの?
「あ、あの、た、高藤くん?さっき三人って言いましたけど、伊勢川さんと宮古さん以外に誰かいたのですか?」
「夜霞さん、なんか声が震えてません?」
「そ、そそそ、そんなことないです」
いや、あるよ。どうしたのだろう?
「寒いからだよ、きっと」
「ああ、そっか、そうだよね」
「なにか暖かいもの用意しようか?」
「うん、助かるわー」
そういうと、突如バッとコンロに火がつく。
「えーっと…」
「これどうぞ」
「あ、ありがとう。助かるわ」
そういって僕はフライパンを受け取ると、水を注ぎ、コンロにおいて温める。茶葉でもあればお茶ができそうだな。
「た、高藤くん…」
「あ、どうしました?とりあえず暖かいお湯でも用意しましょうか?」
「いや、あの、そういうことではなく…わ、私、もう無理かもしれません。一旦、ここから退避させていただきますね」
「え、そうですか?じゃあ僕はもうちょっと心霊調査してみますね」
「ええー、いや、あの…まあ高藤くんがそう言うなら…」
そう言って顔を真っ青に染めつつ、よろよろと扉へ向かう夜霞さん。まるで幽霊でも見たかのような反応だ。
しかし彼女が扉を開けようとしたものの、なぜかまったく開かなかった。
「…あれ?うん!えい!えい!…あれ、なんで、なんで扉開かないの!」
「はは、そらそうですよ。だって扉の反対側を押さえたら開かないでしょ。ダメだよ、そんな悪戯とかしちゃ」
はは。フライパンを用意してくれるからてっきり優しい人かと思ったら、あの人、意外とお茶目な人だな…
夜霞さん、なんか様子がおかしいな。
「い、いるのですか?」
「え、誰がですか?」
「だから、幽霊です!そ、そこにいるのですか!」
歯をガタガタと震わせながら、夜霞さんは震える指を向ける。その指先の方向を僕は見てから答える。
「え、幽霊ですか?いや、幽霊はいないですよ」
「本当に?本当になにもいません?」
「いや、いませんよ。そこにはほら、女の子しかいませんよ」
「…あ、終わった………高藤くん、それ、幽霊ですよ」
…え?
ば、ば、バカな!この女の子、幽霊だったの!
確かにこの子、たまに夜霞さんの後ろによくいるなあと思うことは多々あったし、なんでここ二階なのに窓の外にいるんだろうって思うこともあった。扉が閉まってるはずなのにどうやって夜霞さんの背後に出現したんだろうって疑問にも思うことはあったが、まさかこのよく夜霞さんの背後に控えてなにかぶつぶつと呪詛みたいな言葉を発していたこの女の子がまさか幽霊だったなんてまったく気づかなかった!
…ふむ。でも確かによく見ると半透明だな、この子。
濡れたような黒髪を腰まで伸ばしている青白く、かつ半透明な女の子がそこにいいた。よく見たら足が無いな。どうやって立ってるんだろう?そんな半透明の彼女はじっと夜霞さんの方を見つつ、ちらりとこちらを見る。
そうか、夜霞さん、本当に幽霊に憑りつかれていたんだな。まったく気づかなかった。
…さて、どうしよう?僕、お祓いとかできないんだけど?とりあえず塩でも撒くか。
塩を撒いてみたら、
「きゃあ!ちょっと止めてください!成仏したらどうするんですか!」
と甲高い、アニメの女の子みたいな可愛らしい声が聞こえた。
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