第20話 真面目系女子さん、怯える
「ところで燕から聞いたのですが――伊勢川さんは超常の力を持っているとは本当なのでしょうか?」
そういえば部室で夜霞さんに会うは久しぶりかもしれないな。一応、同じクラスなので授業中などは顔を見かけることもあるのだが、こうしてしっかり対面して会うのはずいぶん前のことのような気がする。
部室には今、夜霞さんと僕、そして質問を投げかけられた蘭子、さらに加奈がいる。
水梨さんは今日は例のバイトのミーティングがあるとかで欠席だ。なんでも同僚が面倒くさいことになったらしい。一体なにが?
「うん?ああ、そういえばアンタはあの時いなかったか。おう、そうだぞ」
と軽いノリで超能力を使えると暴露する金髪ギャルの蘭子。それってそんな簡単に教えて良いことなのだろうか?
うん、まあ超能力といっても蘭子の場合、身の危険に迫る未来の出来事か、もしくはスケベな未来しか見えないみたいだし、そこまで秘密にするような内容ではないか。
ふむ。それにしても一体どうすれば良いのだ?昨日からその未来視のことが気になってしょうがない。
だってこのままだと僕、蘭子とエッチなことをする可能性があるってことでしょ?
それは――…えっと……、避けた方が良い未来だよね?そうだよね?
いや、もちろん、個人的にはこんな金髪の巨乳ギャルさんとエッチなことができるならそれに越したことはない。ないのだが、そもそもどういう経緯でそうなるのかがわからないだけに、良し悪しを判断できないのだ。
もちろん、お互いに相思相愛になってエッチに至るというのであれば、別に問題はないのであろう。
しかしそうでなかったら?もしかしたら最悪のケースだってあり得るのだ。
最悪の場合とは、お互いに不合意、つまり無理やりやるケースの場合だ。
…うん、それだけは絶対に避けないとな。でないと捕まるよ、僕が。
とにかく、ちょっといやらしくて怪しい未来が待ち受けている運命の輪の中にいる身なだけに、僕としてはできるだけ蘭子のことは避けておきたい、そんな気分だった。
「あら、本当なんですね。どういった能力が使えるのでしょうか?」
「それが凄いんだよ!伊勢川さん、なんか未来のことが見えるんだって!」
と元気よく伝える加奈。昨日、なかなか恥ずかしい目に遭ったというのに、もう忘れているのだろうか?意外とメンタルが強いのかもしれない。
「み、未来が?それは凄いですね。でしたらぜひ、伊勢川さんにお願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「あん?なんだよ」
「実はですね………あの、その、あ、悪霊の退治をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「いや、できねえよ」
「なんでですか!超能力者だったら悪霊の一つや二つ、祓えるんじゃないんですか!」
…僕がエッチなことでいろいろと悩んでいる間に、一体なにがあったというのだろう?
夜霞さんはなんというか、すごい真剣だ。そう、すごく真剣に、真面目な顔をして、超能力者に悪霊退治をお願いしている。正気とは思えないな。
「いや、無理無理、無理だって。だってアタシ、未来が見えるだけで幽霊が見えるわけじゃないし」
「ええ!そうなんですか!未来が見えるのにどうして幽霊は見えないんですか!」
「知らねえよ。とにかくそういうのは無理だから、他あたれよ」
「くっ、なんてこと。一体どうすれば?」
蘭子ににべもなく断られ、一人頭を抱えて苦悩に悶える夜霞さん。一体、君になにがあったの?
「あの、夜霞さん、一体なにがあったんですか?」
「…聞いてもらえます?」
そりゃそんなうるうると目を涙目にして聞いてほしそうな顔をされたら、嫌ですとは言えないよな。
「……き、聞きたいです。加奈もそう思うよね?」
「え?!あの、う、うん!私も聞きたいよ!」
「そこまで言われたら教えないわけにはいかないですね。実はあれは先日のこと。友人のうっちゃんと一緒に旧校舎地下にある調理実習室で料理を作っていたのですが…そこで見たのです」
「あの、なんでそんな場所で料理を?」
「うっちゃんに彼氏のお弁当を作りたいから、料理を教えて欲しいと請われたのです。それでですね、うっちゃんは本当に料理が下手で、教えてもまったく上達しませんでした。ですので仕方なく私が代わりにうっちゃんの彼氏さんのためにお弁当を作ろうかと相談したのですが、その矢先にですね」
…いや、うっちゃんの料理下手のくだりとか別に話さなくても良いのに。そういうところが人を怒らせるんだろうな、きっと。っていうか、うっちゃんの彼氏さん、夜霞さんが作ったお弁当を食べてるの?その人、彼女じゃないのに。
「私、見たのです。幽霊さんを」
「そうですか、ユウレイさんという人がいたんですね」
「え?い、いえ、そういう意味ではなく、霊的な、ゴースト的な人がいたという意味なのですが…いや、そういうことではなくてですね、それ以来、なんだか誰かに見られているような、鏡に誰かが映ったような、まるで誰かに監視されているような気がして、怖いのです」
なにかを思い出したのだろうか、ぞくりと背筋を震わせる夜霞さん。
まるで本当に幽霊に憑りつかれているみたいだ。
「それに時々、聞こえるのです。早く入れ、お風呂に入れ、臭い、早く入れ、と」
「それはお風呂に入らないことをお母さんに注意されただけではないのですか?」
「そういえば、あの時の声、なんとなくお母さんの声に似ていたような…いや、それはいいのです。それよりもその一件以来、どうも気味が悪くて。お願いです、伊勢川さん。私に憑りついた悪霊を払ってください」
「いや、無理だから。アタシにどうこうできる問題じゃねえし」
「そんな!じゃあ一体私はどうすれば!」
と今にも泣きそうな顔をする夜霞さん。
はあ、まったくなにを言っているのやら。幽霊なんて非科学的な存在、この世にいるわけ…
僕はそっと蘭子を見る。そんな僕の視線に気づいたのか、ビクッと肩を震わせると、その金色に染めている派手な髪を弄りながら「な、なんだよ、ひっ!」と蘭子は悲鳴をあげた。
この人、また未来を見てるな。夜霞さんとは別の意味で驚いているのだろう、恐怖に顔を青白くしている夜霞さんとは対照的に、蘭子の顔はみるみる真っ赤に染まってとても血色が良さそうだ。
ふむ、当たるかどうかはともかくとして、蘭子の能力は本物なんだよなあ。
…いるかもしれないな。幽霊。この世界線だったら、悪霊もいるかもしれない。
僕はなんとなく加奈を見る。
「ええー、どうしよう、幽霊とかいたら困るよ~」
と呑気なことを言う。真面目に受け取ってるのか、そうでないのか、よくわからない。
なんとも気が重い。正直、面倒ではある。とても面倒なのだが、なにもしないわけにもいかないか。
僕は夜霞さんの方を向き直り、「わかりました」と告げる。
「え、高藤くん?まさか…」
「とりあえず、その現場に行ってみましょう。なにかわかるかもしれないし」
「た、高藤くん!信じてくれるんですね!」
「え、あの…うん、そうですよ!僕は夜霞さんの言うこと信じますよ!」
一瞬、信じてねえよって言いそうになった。しかし超能力者の存在がある以上、幽霊だけを信じないというのもなんだか座りが悪いし。
とりあえず、今だけは信じてみよう。相手を信じる、たったそれだけのことで夜霞さんの気が晴れるなら、それでいいじゃないか。
「では今から旧校舎の地下へと行きましょう」
そう言って席を立つ夜霞さん。
「えー、マジかー。はあ、まあいいか。幽霊なんて、いるわけないもんな!」
と霊魂を否定する超能力者の蘭子。お前、幽霊否定派なの?超能力者なのに?
「やっぱり世の中には科学じゃ説明できないものってあるんだろうね!なんかわくわくするね!」
と何故か楽しそうなスポーツ女子の加奈。こういう人に限ってなんで幽霊とか信じるんだろうね?
こうして僕ら5人は旧校舎の地下にある調理実習室に向かうことになった。
…うん?一人多かったような…気のせいだな。
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