第19話 未来系ギャルさんを褒めてみよう

「ふぅ~、スッキリした~。みんなただいま~…あれ?なんかあった?」


 部室の扉が開くと、加奈が爽快感のある顔をして戻ってきた。どうやらやることやってきたようだ。


 そんな何も知らない加奈からすれば、今の部室の雰囲気は確かにちょっと気まずいものがあるかもしれない。


 なにしろ今日はじめて褒め部にやってきた伊勢川さんはなんか顔を真っ赤に染めて僕の方をチラチラと睨んでくるし、僕は僕として理由を説明するわけにもいかず、なにか言いたげな伊勢川さんに対して沈黙するしかできない。


 っていうかこんな気まずいなら帰ればいいのに。なぜまだいる?いや、今帰ったらそれはそれで不自然だし、なにより僕に余計なことを口にしないよう釘を刺したいだけなのかもしれない。


 そんな伊勢川さんは、時折キッと僕の方を睨んだかと思ったら、再び顔を赤らめて、「ひっ」と小さい悲鳴をあげて僕から目をそらすという、わけのわからない言動を繰り返してる。


 この娘、もしかしてまた未来を見たのか?見るなよ。なぜそんな未来を見続ける?本当はお前、見たいのか?え、見たいんですか?


「お、加奈、戻ってたきたのかー」


「うん、お待たせー。で、どうしたの?」


「わがんね。なんか起きたらこんな感じになってた。だからなにがあったか聞いたんだけど、教えてくてんないんだよねー」


「えー、なにがあったの?」


 と興味津々といわんばかりの態度で僕に聞く加奈。そら知らない立場からすればそういう疑問を抱くのは当然だろう。


「えーっと、あの…」


「言ったら殺す」


「ごめん、まだ死にたくないから言えないわ」


「ええ!本当になにがあったの?!」


 言えるわけないだろ。サイキッカーギャルの伊勢川さんが僕の未来を見たら、なんか伊勢川さんと僕が一緒に仲良く男女の交わりしてたらしいよ、なんて言えるかよ。


 …いや、僕も直接未来を見たわけではないので精確なところまではわからないのだが、ただ伊勢川さんの言動を見る限り、そういう内容で間違いないのだろう。


 はあ、一体なぜこんなことに?だいたいなんで僕がこんな見ず知らずのギャルとそんなエチエチな関係に…


 僕は改めて伊勢川さんを見る。


 ふむ。顔は普通に可愛いんだよな。ギャル雑誌のモデルにでもなれそうな整った顔立ちしてる。可愛いというか綺麗という感じでもあるが。


 体に関しては、手足は細いのだが、胸とか太ももとかにはしっかり脂肪がついていて、エッチな意味ですごくむっちりしてる。それは決して太っているわけではなく、全体的にバランスの良いむっちり具合であり、要するに男が好きそうな体をしているのだ。


 肌もなんかすべすべしていそうで触ったらドキドキしそう。


 ってなにを僕はギャルを寸評してんだ?っていうか伊勢川さんの僕を見る目つきがなんかどんどん険しくなってる!あれ、もしかしてこの人、また未来視してる?


「お前、いい加減にしろ!さっきよりなんかいやらし…酷くなってるじゃねえか!」


「いや、あの、僕はそれ見てないのでコメントに困るんですが」


「ええ?、ああ、もう、だあああッ!!お前、ちょっと外出ろ!」


 そうだな。ちょっとこの話は他の二人の前ではやりづらいな。


「ちょ、ケンカは止めようよー」


「いいだろう、外に出よう」


「ええー、やる気なの?」


「いや、やらねえし!変なこと言うな!」


「ふえ?今私、変なこと言った?」


「え、あの、いや、違う!そういう意味じゃない!ああ、もう、ややっこしいな!いいから外出ろ!」


「加奈、水梨さん、ちょっと二人で話してきますね」


「お、おう。なんか知らない間に仲良くなったみたいだなー」


 いや、仲良くなるのはこれからの未来次第でしょ。一体僕らの間になにがあったというのだ?教えてください、未来さん。


 そして僕たちは部室を出る。校舎の中とはいえ、廊下はちょっと寒いな。


 僕ですら若干肌寒いのだ。スカートの短い伊勢川さんはもっと寒いかもしれないな。


「おいお前、さっきの話だけど」


「あの、その前なにか暖かいものでも飲みません?ここ寒いですし」


「いや、アタシ、金ねえし」


「おごりますよ。なんか僕のせいで迷惑かけたみたいだし」


「お、ホントか?なんだよ、お前意外と良い奴…ってなにアタシのこと口説こうとしてんだよ!」


 ええ!してないよ!ただ寒そうだから心配しただけじゃん!なんで心配して怒られないといけないわけ!?わけわかんないよ!


 と、本音を言えたらどれだけ良かったことか。とにかく僕は言葉をぐっと飲み込み、


「まあまあ、僕も寒いんで、自販機あるとこまで移動しましょうよ」


「ああ?ああ、うん、そっか、確かに寒いか、じゃあいいよ」


 なんとか宥めることに成功した。ふぅ、なんか疲れる。


 旧校舎一階の休憩スペースには、ジュースだけでなくお菓子も売ってる自販機コーナーがある。そこはいろいろな自販機があるということもあってか、廊下と比較すると休憩スペースは若干空気が暖かく、座る場所もあるので話すには都合が良かったりする。


「伊勢川さんはなに飲みます」


「ミルクティー」


「はい、どうぞ」


「お、ありがと。本当に奢ってくれるんだな?」


「え?うん、もちろん奢るよ」


「お、そうか。うん…いや、変に優しくするんじゃねえよ!」


 なんで唐突にキレる?もう早く話戻そう。


「えっと、それよりさ、さっきの話なんだけど…」


「あ、そうだった!お前、なんて卑猥なもん見せてくれんだよ!おかげで…うっ、その…とにかくふざけんな!」


 なぜ言い淀む?それと、それは僕が見せつけたわけではないのだが。


「あの、一応確認なんですけど、えっと、本当に見たんですか?その…僕と伊勢川さんが…」


「…え」


「…え?」


「…えっちしてた」


 すっげー顔を赤く染めるじゃん。どんだけ恥ずかしいんだよ?っていうか今時のギャルなんてその辺のヤリチンとずっこんばっこんしてんじゃねえの?いろいろとやりまくって経験豊富なんじゃねえの?


 これではまるで乙女の反応じゃねえかよ。…え、乙女なの?


「そ、そうですか」


「いや、そうですか、じゃねえよ!どうしてくれんだよ?」


「ええ、いや、そんなこと聞かれても僕は超能力とか使えないんで、どうにもできないんですが…」


「そうじゃなくて、その、あの、だから…」


「えっと、要するにそういう未来が来ないように行動を控えた方が良いってことですか?」


「え?え、ああ、うん、そ、そうだよ!お前なんかとあんなことするなんて絶対ありえないんだから!そこんとこちゃんと理解しておけよな!」


 いや、それはまあ別にいいんだけど。なんで勝手にスケベな未来を見られた上に、そんな告白して振られたみたいな扱い受けないといけないんだ?


 なんか理不尽なんだけど?


「あ、アタシの能力はさ、ちゃんと行動すれば防ぐことできるからさ」


 とホットのミルクティーを飲みつつ、ぽつぽつと金髪ギャルの伊勢川さんは語る。


「事故の未来を見てそれを防げば事故は起きないし、え、え、え、エッチの未来だって防げば起きないから…だから、その、お前がアタシに手を出さなきゃ問題ないんだよ!」


「あ、そうなんですね。じゃあ大丈夫ですね。僕から手を出すことは絶対にないんで…」


「ああ!どういう意味だよそれ!お前、アタシには魅力がないとでも言いたいのか!」


 面倒くせーなこのギャル。一体どうして欲しいんだよ、オメーよ。手を出して欲しいのか欲しくねえのか、はっきりしろよ。


 くっそー。今日ほど正論を言いたいって思ったこと、人生で初めてかもしれねえ。でもダメなのか?これも褒め部に入った人間の宿命ならぬ呪いなのか?こんな状況でも僕は相手を褒めないといけないのか?


 わかったよ、やってやるよ!この異常とも言える状況だろうとも褒めまくってやろうじゃねえか!


「伊勢川さん」


「あ?なんだよ!」


「伊勢川さんはとても可愛いくて魅力的な女性ですよ」


「ふえ?な、なんだよ急に」


 今までツンツンしてたギャルの伊勢川さんだったわけなのだが、なんでちょっと嬉しそうな顔をする?こいつチョロいのか本当は?


「あ、そういうことか!お前、アタシのことを煽てて抱くつもりか!そうはいかねえんだからな!その、お前がどんだけテクニシャンだろうと抱かれないからな!」


 君の未来視で一体僕はどんなプレイをしたんだ?だいたい僕、経験ないからそんなテクニックもねえよ?


 しかし、なぜだろう?エッチが上手いって言われてるみたいで、ふむ、悪い気はしねえな。


 ハッ!僕が喜んでどうする?違うだろ。そうじゃねえだろ。


「伊勢川さん、さすがに嫌がる相手に無理やりとかしませんよ。相手がいくら可愛いからといって、それやったら犯罪じゃないですか」


「いや、うん、それはそうかもだけど…」


「でしょ?もちろん、伊勢川さんが素敵な女性であることに違いはないですよ?でもそれとこれはほら、別問題じゃないですか」


「う、うん。…そ、そうかな?アタシ、そんなに可愛いかな?」


「それは間違いなく可愛いです」


「でもアタシ、ほら派手な恰好してるし、たまに怖いって言われるぞ?」


 ちょっとコンプレックス出してんじゃねえよ、と言いたい。だがダメだ。今は褒めに徹するんだ。


「それは他の人の意見ですよね?僕は怖いって思ってないですよ?なんなら本当は優しい人なんだろうな、って思ってるぐらいだし」


「!!…そ、そうなの?」


「そうですよ。他の人なんてどうでもいいじゃないですか。僕はちゃんと知ってますよ、伊勢川さんは優しい人だって」


「!!…う、うん。ありがとう。な、なあ、一つ聞いてもいいか?」


「なんです?」


「お前、名前なんて言うんだっけ?」


 あれ?自己紹介してなかったっけ?いや、したような。うん、覚えてもらえてなかっただけか。


「あの、高藤氷月です」


「そっか、氷月って言うんだな。なあ氷月」


「なんです?」


 伊勢川さんはそっと僕の方に移動して近寄ると、なんだか頬を赤く染め、目を潤わせ、所在なさけげにその金髪の髪を指先で弄りながら…


 ――私のこと蘭子って呼べよ、と小さい声で命令してきた。


「……」


「な、なんだよ、早く呼べよ」


 伊勢川さんはいつの間にか僕の右腕の裾を掴んでいる。そのせいで動けない。いや、動こうと思えば動けるのだが、でも動いたら裾が右手から離れちゃうし、そんなことしたら伊勢川さん、すごい激怒しそうなんだよなあ。


 いや、違う、そうじゃない。


 なんでこのギャル、恋する乙女みたいな顔してんだ?


 僕がなにも言わないせいか、伊勢川さんがだんだん悲しそうな顔をし、僕の方を思いつめた目で見てくる。


 これ、あれかな?名前で呼ばないとぶっ殺される奴かな?


「ら、蘭子さん」


「もう、タメ語にしろよ」


「ら、蘭子」


「ふふ。氷月♡」


 なんかずいぶん嬉しそうな声で僕の名前を呼ぶな、この人。


「あ、それより、さっきの件だけど?」


「うん?なんのことだ?」


「だから未来視の件だけど…」


「!…なんだよ、そんなにアタシとしたいのか?氷月はエッチだな♡」


「え、いや、だからそれをどうやって避けようって話なんだけど?」


「え?あ、あー、ああ、そ、そうだよ!お前、なに変なこと言ってんだよ!お前とアタシとか絶対ないんだからな!」


「う、うん、そうだね。だからさ、これからはあんまり僕ら会わないようにした方が良いよねって思って」


「え?」


 なんでそんなショックで悲しいみたいな顔すんの?


「ひ、氷月はアタシと会いたくないのか?」


「え、そんなことないけど」


「じゃあなんでそんな酷いこと言うんだよ」


 …酷いことなんて言ったか?言ってないと思うけど?


「だってこれ以上会ったら、本当に未来が実現しちゃうかもしれないんでしょ?」


「え?あ、お、おう!そうだな!そ、そうだよ!お前とアタシがその、あんな気持ちよさそうなことなんて、その、あの…うぅ…」


 なんでちょっと苦しそうなん?


「ま、まあ会わないって言ってもそもそもお互い忙しいでしょ?そんな滅多に会えるとも思えないですからね。変に意識するよりいつも通り自然体で普通に振る舞っていた方がかえって安心なんじゃないですか?」


「うん?そっか、そうだよな。そうだよ、アタシ、なに勘違いしてたんだろ?このままじゃダメじゃん」


 と急にぶつぶつと小言でなにかを言い始める伊勢川さん。やがて…


「よし、わかった。おい氷月」


 もう完全に呼び捨てだな。一体彼女の中で僕の評価はどうなってんだろう?


「とにかく、さっきのアレは絶対に内緒だぞ。他の奴に言ったら殺すからな!」


「うん、わかった。内緒にするね」


「よし、それでいい。ふぅ。よし、あとは…うん、今日はもう帰るわ」


「あ、そうですか?外、雨が降って…」


「ああ、その雨、もうすぐ止むから平気だぞ」


「あ、そうですか」


 未来視って便利やな。


 こうして突如現れた未来ギャルの伊勢川蘭子さんはその日はそのまま帰宅することになった。


 その次の日。


「本日から新しい部員が加わります。伊勢川蘭子さんです。みなさん、仲良くしてあげてね」


「うぃーす。蘭子でーす。昨日ぶりだな。これからよろしくな!」


 伊勢川さんが入部してきた。


 ポンと僕の肩を叩く伊勢川さん。彼女はそっと僕の耳元に囁く。


「あのこと言わないよう、氷月のこと、近くで監視するからな」


 ええー。


 内緒にするって言ったじゃん。っていうかなぜ入部する?そんなことしたらかえって未来が実現するリスクが上がるんじゃねえの?


 こうして褒め部の部員が5人なり、これで晴れてサークルから部活になった。

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