第18話 サイキックギャルさんの実力をチェックしよう

「え、超能力者なんですか?すっごーい!」


 と、明るい声で素直に賞賛をするのは、学校が一時的に停電になり、ややパニック状態で部室へとやってきた加奈だった。


 といっても停電はあくまで一時的なものに過ぎず、現在は復旧済み。部室には再び電気が灯り、加奈のパニックも沈静化していた。


 いつもの部室。お馴染みのメンバー。違うのは、この金髪のギャルさんだけ。


 僕は改めて彼女、伊勢川蘭子さんを見る。


 椅子にダルそうに座って足を組む彼女。冬の寒い季節でありながら、スカートが短いせいで危うくお尻まで見えそうな太ももがやけに艶めかしく感じる女の子だ。


 そんな肉付きの良い太ももに加えて、胸の方もなかなか大きく、ただでさえ制服を着崩して胸元を緩くしているせいで、彼女の白い谷間が嫌でも視界に入ってしまう。


 なんというか、煽情的なギャルさんなのだ。こんなやや露出性の高いギャルさんにまさか…


「未来が見えるなんて凄いね!えっと、じゃあギャンブルとか簡単に勝てるんじゃないの?」


「無理」


「そうだぞ、加奈。未成年はギャンブル禁止だぞ」


「いや、そういうことじゃなくて…」


 加奈の言うことを即決で否定する伊勢川蘭子さん。僕はそんな彼女をフォローすべく、ギャンブルはダメだよ、と諭すわけなのだが、どうやらできないのは別の理由があるからみたいだった。


「この力はさ、見たいものを見せてくれるわけじゃないんだよ」


「えーっと、どういうこと?」


 と僕が聞き直すと、伊勢川さんはなんだか面倒そうに溜息をつきつつも、それでもちゃんと説明してくれる。もしかしてこのギャルさん、良い娘なのかな?


「例えば、次の競馬のレースがあるとするだろ?」


「うんうん」


「で、アタシがその未来を見たいと思っても、必ずしも見たい結果を見せてくれるとは限らないってこと。もしかしたらレースの結果を見せてくれるかもしれないし、実際にはその馬が他のメス馬と交尾してるところを見せられるかもしれない、どんな未来が見えるかはランダムってこと」


「はー、なるほどね…」


 なんかやけに具体的だけど、もしかして実験したことあるのかな?


「へー、そうなんだー。じゃあ私を助けられたのは偶然なんかー?」


 と質問をする水梨さん。それにして対して伊勢川さんは「いや、それは違う、かも」と曖昧な反応をする。


「この能力ってさ、優先順位があるんだよ。事故とか怪我とか、そういう命に関わるような事を優先的にパっと見せてくれるんだよね」


 ふむふむ、自己防衛本能みたいなものかな?視界に急にボールが飛んで来たら咄嗟に反応して防御しちゃうとか、そんな感じだろうか?


「だから燕のことがわかったのは、偶然だけど、そこまで偶然ではない、って感じかな?」


「ふーん、そっかー。よし、運が良かったってことだな!」


 と結論づける水梨さん。適当だな、おい。


「あとはそうだな…あっ、いや、これは違った。と、とにかくそういう感じの能力だから、ギャンブルとかには使えないんだよ!」


 うん?なんだ?急に動揺したな?伊勢川さんの白い頬の肌がピンク色に染まって、慌てて口を閉ざした。なにか隠したいことでもあるのかな?


 まあ未来視なんて尋常ならざる能力だからな。人に話せないような秘密の一つや二つあることだろう。そんな他人の秘密を暴くだなんて、褒め部にあるまじき行為だ。ここはスルーしよう。


 …でも気になるな。なんだろ?


「でも事故を防げるならそれはそれで凄いよね。おかげで水梨さんも助かったわけだし。そうだよね、水梨さん!」


「Zzzzz」


 え、いつの間に寝てたの?てっきり聞いているもんだとばかりに水梨さんに声をかけたのに、これでは僕がアホみたいじゃないか。


「燕ならだいぶ前から寝てたぞ」


「あ、それも未来を見る力で知ってたんだ」


「いや、目の前で急に眠り始めたから知ってたんだけど」


 そうだよな。超能力者だからってなんでもかんでも超能力に頼るわけないよな。僕はなにを言っているのやら。目の前にいればわかるやろ。


「ねえねえ、それよりさ、私の未来も見て欲しいんだけど!ダメかな?」


 と一際テンションの高い加奈が右手を上げて挙手をし、どうしてもやって欲しそうなオーラを体全体から醸し出している。なんだか犬みたいだな。


「別にいいけど、良い未来とは限らないぞ?」


「うん、いいよ!やってみて!」


「はあ、ったく、いくぞ」


 そう言って伊勢川さんは椅子に座りなおすと、背筋を伸ばし、おでこに手をあてて前髪をかきわけ、目を見開いてじっと加奈の方を観察する。


「…えっと、あんた、名前は?」


「宮古加奈です!血液型はB型、誕生日は8月8日です!」


「いや、占いじゃないんだからさ、そこまで必要ないんだけど…うん、わかった。誕生日覚えておくな」


「え、ホント?やった!」


 あれ?もしかしてこのギャルさん、良い人なんじゃないの?スマホをさっと弄ると、加奈の誕生日をメモしてる。


 え?え?もしかして誕生日、祝ってくれるのかな?どうしよう、僕も教えた方が良いのかな?僕もギャルさんに誕生日お祝いして欲しいんだけど、いいのかな?


「よし、加奈だったな。未来が見えたぞ」


「え、本当?なんだろう!どうしよう高藤くん、こんなこと初めてだからわくわくする!」


 そういってこちらを振り向く加奈の瞳は、まるで小学生みたいにランランと輝いている。


「…そうだな、加奈。サイキッカーの人に未来を予知してもらえるなんて経験、なかなか無いぞ!貴重な経験だよ!」


 そうだよ、こんな経験、普通はできないもんね!よし、今はこの非日常を楽しもうじゃないか!


「加奈、お前はこれからな」


「う、うん。なんだろう、どきどき」


「トイレに行って下痢をするぞ」


「……え?」


 なんだろう?部室に変な空気が出来た。


 いや、うん、本当になんだろう?


 人間がトイレに行く。それはよくあることだ。だからそれを予言したとしても、それほどすごいという事にはならない。しかし下痢を言い当てたというのであれば、ちょっと凄いかもしれない。


 そう、それを言い当てたというのであれば、凄い、きっと凄いと言える、そうそれは凄いことなのだが…ああ、なんか加奈さんがみるみる顔を赤らめていく。


 そうだよね、恥ずかしいよね、だって今のってさあ、お前はこれから下痢するよって予言されるようなもんだし。そら恥ずかしいよね!


「え、あの、その…うっ」


「む!どうした加奈!」


 それは突然のことだった。顔を赤らめてあわあわしてた加奈が突然、お腹に手をあて、すりすりと擦る。以前、恋人ごっこと称してお腹を擦ってた時とは雰囲気がぜんぜん違う。


「い、いたい」


「…加奈、早くトイレに行け。手遅れになるぞ」


「う、うん、ごめん高藤くん。私、ちょっと…うぅ…ごめんね!」


 と言って加奈は出来る限り全速力で、しかし刺激を与えないようにゆっくりなペースで部室を出ていき、トイレを目指すのであった。お大事にね!


 現場には今、僕と伊勢川さん、そしてスヤスヤと安らかに眠っている水梨さんだけ。


 あれ、なんだか二人っきりみたいな状況だな。いや、水梨さんいるから三人なんだけど、なんだか気まずいな!


「で、どうよ?アタシの力、信じてもらえたかな?」


 伊勢川さんは目を細めて挑発的なことを言う。挑発的なのはその煽情的な制服だけにしてほしいものだ。


 ふむ。もちろん、ここで正論を述べることはできる。


 トイレに行くなんて誰でも予言できるだろ、とか。


 もっと役に立つこと予知できねえのか、とか。


 スマホがあるこの時代に超能力とか別に必要ねえだろ、とか。


 確かにそういう正論を述べることはできるだろう。しかし、それはここですべきことではない。なぜならここは褒め部だから。褒めること、それだけがやって良いことであり、それ以外は禁止なのである。


 まあそれは言い過ぎだが。


 僕は椅子の向きを変え、伊勢川さんに向き直る。


「なにか言いたいことでもある?」


 と伊勢川さんはまるで僕を見下すような顔をして言う。そんなドSみたいな顔しないでよ。僕がドMだったらどうするつもりなんだ?君のこと、大好きになっちゃうぞ。


 たとえ相手が超能力だったとしても、それでも受け入れる。それが褒め部ではないのか?…まあ僕が立ち上げたサークルじゃないので本当にそうなのかと言われたらそうだと言える自信はないけど。


 でもいいか。本人が超能力者だって言ってんだから信じようじゃないか。


「伊勢川さん、とりあえず、加奈にこれから腹痛が起きることを事前に教えてくれてありがとう。おかげで漏らすことなくスムーズにトイレに行くことができたよ」


「あん?え、いや、それ感謝することか?」


 ふむ、確かに感謝するようなことなのかと言われたら、なんか違う気がする。でも教えてあげなかったら、下手したら加奈のやつ、漏らしてたかもしれないんだよ?やっぱ早めに教えてくれた事に感謝する必要はあるんじゃね?


「ま、まあちょっと内容が内容なだけに感謝しにくいってのはあるかもね。あはは」


 と笑って誤魔化しつつ、続ける。


「正直、知り合いに超能力がいないので、どんな反応すれば良いのかわからないってのはあるかもね」


「ふーん、まあそうかもな」


「ただわかったこともありますよ。伊勢川さんって、もしかしてめちゃくちゃ良い人だよね」


「…はあ?」


「だって水梨さんのこと助けてくれたし、加奈のことだって言い難いことでもちゃんと教えてくれたし、やっぱり良い人だな、とは思ったかな」


「な、なんだよお前!急に変なこと言うなよ…調子狂うなー」


 おや、こいつ、褒められただけで顔を赤くしてる。ははーん、さてはあんまり褒められ慣れてない人種だな。よし、どんどん褒めていこう。


「いやいや、伊勢川さんは凄く良い人だよ。めちゃくちゃ良い人だって。それは間違いないよ。こんな優しい人、初めて見たよ!」


「ちょ、バカ、止めろ!お前、あんま調子乗ってっとぶん殴っぞ!」


 おっと、なんか本当に怒りそうだな。ここら辺にしとくか。


 今にもぐぬぬとか言いそうな雰囲気のある伊勢川さん。彼女は目を鋭くしてこちらを睨んでいる。なのだが、頬をピンク色に染め、足をそわそわと動かし、指で髪を弄っている姿を見ると、満更でもなさそうだった。


「はは、すいません、ちょっと調子乗りましたね」


「ったく、そうだぞ。あ、そうだ。ついでにお前の未来も見てやるよ」


 とまるで悪戯でも思いついたような顔をしてにやりと笑い、あの真剣な眼差しを僕に向ける伊勢川さん。


 ええ、ちょっと止めてよ。だって今のところさ、伊勢川さんの予知って全部悪いことばっかりじゃん。どうしよう、お前これから鳥の糞が頭に落ちるぞなんて言われたら…


 そんな予知が出たらもううっかり空を見上げることもできないじゃん。だって空を見た瞬間に糞がくるかもしれないんだよ?厄介だよ!


 やめて、お願い、未来を予知するのはやめて!


 そんな僕の願いなどきっと届かないのだろう。だってこの人、なんかノリノリだし。


 伊勢川さんは前髪を右手でかきあげ、僕をじっと見つめる。


 普段はダルそうな雰囲気がよく似合っているギャルの伊勢川さん。その顔が今はキリッとしている。


 その凛々しいギャルフェイスが、どういうわけかだんだん困惑へ。そして口を半開きにし、「ふえ?え、え、え?」と急に可愛らしい悲鳴をあげる。


 なんだ?なにか様子がおかしい?一体なにを見たというんだ?


「お、お前…」


「え、なんすか?」


「ななななな、なんでお前、お前、なんで私ととんでもなくスケベなエッチしてんだよ!」


 …なに言ってんだこいつ?


 指をわなわなと震わせつつ、それでも僕の方を指さしながら顔を赤く染めてこちらを驚愕の眼差しで見つめる伊勢川さん。気づけば椅子から勢いよく立ち上がる。


 その勢いのせいで椅子がバンッと後ろに倒れ、部室に音が響いた。


「ハッ!あれ、なになに、なにがあった?ごめん、寝てたわー」


 こうして水梨さんは目を覚ました。よかった、この変な予知が聞かれなくて。


 それにしても、なんだかよくわからない事態になった。いまだに伊勢川さん、恥ずかしいのか顔を真っ赤に染めて僕を睨んでいる。はて、どうしたもんかね?

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