第17話 最新すぎる流行に敏感な金髪ギャルさん
「夜霞さん、なんか顔色悪くないですか?」
「ひっ!そ、そうですか?そんなことはないかと…」
いや、あるだろ。
それは平日の放課後。いつも通りに授業を恙なく終えた僕は、部室に行く前に夜霞さんに声をかけた。
普段は夜霞さんから声をかけられることが多いのだが、今日はなんというか、こっちから声をかけた方が良いような気がしたのだ。
というのも、なんか今日の夜霞さんの様子がおかしいのだ。
なにもないのに突然背後を振り向いたかと思ったら、急に廊下を走り出してまるで何かから逃げようとするとか、しきりスマホをチェックしてなにを検索しているとか、とにかく挙動が不審なのである。
なにより顔色が悪い。普段は血色の良い顔色をしているのだが、今日はなんだか青白く、まるでなにか悪いモノでも食べたみたいだった。
腹でも壊したのだろうか?
「そういえばこれで部員も四人ですね」
「ふえ?あ、そ、そうですね」
「あと一人部員が増えたら五人になるんで、ようやく堂々と部活とか名乗れそうですね。幽霊部員でも良いので、誰か欲しいところですね」
「ひっ!」
「え?」
「い、いえ、なんでもありません」
なんだろう?この前までサークルから部活へと昇格することにあれほど意欲的だったあの夜霞さんが心ここにあらず。ぜんぜん嬉しそうじゃない。
一体なにがあったのだろう?正直、心配である。
「あの、夜霞さん…」
「高藤くん」
「なんです?」
「この辺りに腕の良い拝み屋とかいますでしょうか?」
いや、本当になにがあった?霊障にでもあったのだろうか?
その後。夜霞さんは「お祓いに行ってくる!」とわけのわからないことを言って学校から逃亡。今日は部活を休むようだ。
なんだろう?先日以来、なんかよそよそしい。一体なにがあった?
夜霞さんが部活に来なくなった日というと、ちょうどあの加奈との恋人ごっこをした時以来ではないのだろうか?
その時たしか、なにか友達と面倒なトラブルに巻き込まれたとか、そんなことを言っていたような?
その時、ちょうど水梨さんが未来人に会ったとかわけのわからない連絡がスマホに着ていたので、つい釣られて夜霞さんのトラブルもどうせくだらないことなんだろな、と勝手に決めつけて考えていたのだが、もしかして夜霞さんの方は本当になにか重大なトラブルに巻き込まれていたのだろうか?
僕はそんなことを悶々と悩みつつ、旧校舎の部室へ向かった。
そこには珍しく水梨さんがいた。部室には彼女とは別にもう一人、別の女性がいる。
髪を金髪に染め、制服を着崩しているこの女の子は、どう見てもギャルだった。
「お、やっと来たかー。待ってたぞー」
部室に入った僕をそう言って出迎えるのは、いまにも眠りに落ちそうな雰囲気のある水梨さん。眠そうな半眼の目を手の甲で擦りながら、「ふわあ、あやうく寝るとこだったぞー。……すやー」と椅子の上で水梨さんは眠りにつこうとしていた。
「いや、ちょっとなんで寝てるんですか?え、っていうかどちら様で?」
「ハッ!お、おはよ高藤。ふわああ、ねっむい。なんで起きた後ってこんな眠い…すやあ」
「え、また寝るの?早く起きてこの状況を説明してよ水梨さん!」
なんてカオスな状況なのだろう?
狭い部室に三人。一人はすやすやと眠り、もう一人は正体不明のギャル。水梨さん、知らない人を連れてくる際には最低限、紹介ぐらいはしておいてくださいよ。でないと気まずいっすよ!
やがて目を覚ます水梨さんが謎のギャルについて紹介してくれた。
「こいつはな、一年の同じクラスのな、伊勢川蘭子って言うんだよ」
「蘭子でーす、よろー」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
伊勢川さんは派手な金髪に彩色豊かなデコデコのマニュキュアといい、なかなか派手なファッションをしているギャルさんなのだが、そんな派手な見た目と違って中身はなかなかローテンションなギャルでもあるようだった。
ふむ、ダウナーな水梨さんと同系統だな。
「えっと、その伊勢川さんが一体なぜこの部室に?」
「いやー実はさー」
と切り出す水梨さん。一体どんな理由からこのギャルを呼んだのだろう?
「…あれ?なんでだっけ?蘭子、なんでだ?」
「いや知らないし。あんたが時間潰すならここが良いって言うから来ただけだし」
「ああ、そうだった。うん、ということだ」
つまり理由はないってことか。遊びに来ただけかー。
「うん?もしかしてダメだったかー?」
「いや、ぜんぜんいいですよ」
そもそもここは堅苦しい部活と違ってゆるゆるのサークルなのだ。別に友達を呼ぶぐらいのことでそこまで目くじら立てたりはしない。
「じゃあ今日はどうします?伊勢川さんを交えてやります?」
「おー、そうだなー。あれ?結衣はどうした?」
「夜霞さんならお祓いを求めてどこか行きましたよ」
「はえー、そうなんだー。………え、なんで?」
さあ?理由まではわからないけど。
「いや、詳しいところまではちょっと。なにか霊的なトラブルに巻き込まれたのかもしれないですね」
「そうなんだー。あ、じゃあちょうど良かった」
「なにがですか?」
そんな霊的なトラブルに対してちょうど良いことなんてあるのだろうか?
「いやー実はさー、昨日…だっけ?」
「うん、昨日だよ」
と合いの手を出す伊勢川さん。ダルそうにスマホを弄ってたので会話に参加してないのかと思っていたが、ちゃんと聞いてたらしい。っていうかこの人、スカートが短いからパンツが見えそうなんだけど。
そんないかにも遊んでそうなギャルみたいな見た目なのに、会話をしっかり聞いているあたり意外とちゃんとした娘さんなのかな?
「そうそう、昨日な。私なー、事故に遭いかけたんだよねー」
「え、そうなの?怪我とか無かった?」
「うん、それは大丈夫。蘭子に助けてもらったから」
「あ、そうなんだ。ありがとう伊勢川さん」
「いや、なんであんたが感謝するの?」
「蘭子ー、言ったはずだぞー。ここは褒め部。否定はよくないぞー」
「…いや、私、別に部員じゃ…はあ。どういたしまして」
なんだか深々と溜息をつくと、面倒そうに僕の感謝を受け入れる伊勢川さん。どうやらこの部の方針は既に知っているようだ。
「それでなー。その時知ったんだけど、蘭子って実は未来を予知できるエスパーらしいぞ」
…えーっと、そのー、なんて反応に困ることを言うんだろう?それを聞いて僕はなんと答えるのが正解なんだ?誰かマニュアルをくださーい。
「…はあ、どうせ信じてねえんだろ」
「え?そんなことないですよ。ただまあ、突然そんなこと言われたらほら、ビックリするじゃないですか。意外すぎて言葉を失っただけですよ」
なんだか不貞腐れた態度を取るギャルの伊勢川さん。
そらいきなり未来がわかるとか言われたら、疑うのが当然の反応だろう。しかしここは褒め部。どんな事が起きても受け入れるのがマナーである。
普通なら未来人なんて拒否して当然だ。しかし褒め部にいる以上は、受け入れようじゃないか!
「僕も褒め部の一員ですから!決してあなたのことは否定しません!今だけは信じましょう!」
「ああ、今限定なわけね」
「別にいいじゃねえか、信じてくれるって言ってんだから。それでな、事故が起きそうな時、危うく駅から線路に落ちそうになったんだけど、蘭子が腕引っ張ってホームに戻してくれたんだよ」
へー、そうなんだー。……それ、下手したら死ぬ奴じゃね?
「いや、あの、その事故ってさあ、ガチじゃん。そんな緩いテンションで言う内容?」
「うん?そういえばそうだなー。でもこうしてピンピンしてるし、別によくないかー?」
まあ、本人が良いと言うなら別に良いけど。しかし結構危なかったんだな。
「でな、なんであんなタイミングよく助けられたんだって聞いたわけだよ。そしたらさ、最初は教えてくれなかったんだけど、しつこく聞いたら未来のことがわかるから、それで助けてくれたって言うわけだよ」
ふーん。そうなんだー。予知って便利なんだねー。…まあ方法はどうであれ助けてくれたことは事実なんだし、そこは素直に感謝したいよね。
――ぽつん。
うん?なんか外の雲行きが怪しいな。
僕が窓の外の方を見ると、なんだか曇り空がだんだん暗くなっていき、今にも雨が降りそうだった。
「それでなー。助けてもらったわけだし、お礼に一緒に遊ぼうかって話になったんだよ。でもさー、今日は出かけるの止めとけって言われたんだよ」
「ふむふむ。なんで?」
ぽつん、ぽつん、ざー。
おや、なんかいつの間にか外が土砂降りなんだけど?すごい雨だな。あ、もしかして雨が降るって予知があったから、外で遊ぶのは止めた方が良いって言われたってこと?
はははは、なんだよそれー。その程度の予知なら天気予報でもできるじゃーん。予知ってもしかして、天気予報のことなのかな?
「今日さ」
と、落ち着いた声でギャルの伊勢川さんがぽつりと言う。
「雷が落ちて、このあたり一帯、停電になるんだよね」
「え、そう…」
と、僕がなにかを言おうとしたその瞬間、ピカッと外が輝いた。そして次の瞬間、バチッとなにかが爆ぜる音がして、部室の部屋が停電になる。
「な、だから言ったろ?」
外からはやがてゴロゴロと雷が鳴った事を知らせる音がする。どうやら雷が落ちて停電になったようだ。
マジかよ。この人、ガチじゃん。
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