第16話 スポーツ女子さんをねっちょりぐっちょり褒めよう

 窓の外を見れば、赤い夕日が落ち始め、冷たい風が木々を揺らしている。要するに外はとても寒そうだと言いたいわけなのだが、旧校舎の褒め部の部室は今、たった二人しかいないというのに、なんだかやけに室温が上昇していた。


「ふふ、ねえ、高藤くん」


「な、なんだい?」


 なんだか今日の加奈はいつも以上に大人っぽいというか、色っぽく感じる。そらそうだ。だって小学生だったあの頃と違い、今や立派な女子高生さんなのだから。


 冬用の制服に身を包む加奈は、11月のこの季節でありながら健康的な褐色の肌をした、しなやかな体を持つショートカットの女の子だ。


 スレンダーな体をしているが、決して貧相というわけではない。むしろしっかりと体を鍛えている分、滑らかで肉付きの良い体をしている。スカートから伸びる褐色の太ももなんてとても柔らかそうだ。


 胸のサイズも大きくはないが決して小さくもない、制服を盛り上げるその二つの丘を見ればそれなりのサイズの胸があることは明白だ。


 そんな彼女が今や目の前にいる。ちょっと顔を前にズラすだけでキスできるような、すぐ近くにいるのだ。


 彼女の濡れた唇がすぐ前にある。はあはあという少女の息遣いがすぐ間近で聞こえる。女の子特有の甘い香りが鼻孔を漂い、僕を刺激する。


 彼女が僕の腕を抱きしめるもんだから、制服越しとはいえ彼女の胸の感触が伝わってくる。


 彼女のスカートから伸びる太ももが僕の足にあたるもんだから、その女子のやわらかい感触になんだか気が狂ってしまいそうだ。


「あ、あのさ、加奈?」


「うん?なーに?」


 嬉しそうな笑みを浮かべて加奈は僕をじっと見つめる。そんな恋人みたいな顔するなよ。あ、今は恋人ごっこの真っ最中だから問題ないのか!


 そう、今の僕たちは恋人同士。という設定。いわゆるロールプレイの真っ最中だ。


「そ、そろそろ部活動を始めようか?」


「うん。いいよ」


 近くに女の子がいる。それもめちゃくちゃ可愛い女の子がいる。その事実のせいで心臓がバクバクと早鐘を打ってしょうがない。くそ、いっそのこと止まれ、僕の心臓!


「じゃあ、私から始めるね」


 すぅ、と深呼吸をする。そのせいで、加奈の胸がより一層、僕の腕を圧迫する。僕の腕にあたる柔らかい二つの感触が、彼女が呼吸をすればするほど、その動きがダイレクトに僕の体に伝わるもんだから、嫌でも興奮を止められない。


 早く、早く、僕の理性が保つうちに、なにか言ってくれ!なにか言ってくれれば気がまぎれるから!


「高藤くんって、よくみると筋肉がすごいついてるよね」


「え?あ、そう?まあ、自宅で筋トレしてるからね!」


「そうなんだ。どうりで。野球はやめたって言ってたけど、ちゃんと体を鍛えていて偉いね」


 ――高藤くんの腕、凄くたくましいよ、と僕の耳元で囁きながら加奈は僕の腕に指を這わせて優しく撫でる。


 はう!それは、それは、アカンって!


「どう?試しに高藤くんのことを褒めてみたんだけど、喜んでもらえたかな?」


 いや、あの、確かに喜ぶという意味では喜んだんだけど、それ違う意味で喜んでるから。


 もちろん、体を鍛えていることを評価してもらえる、それはそれで嬉しいもんだよ。なんだか日頃の努力が評価されてるみたいで嬉しいものだ。


 でも違うじゃん。今僕が喜んでいるのはその、加奈に腕をフェザータッチされているからなのであって、褒めとはちょっと違うような気がするんだけど!


 でもダメだ。そんなツッコミは野暮ってものだ。だってここは褒め部。相手を肯定することはあっても否定することはないのだ。


 僕は暴れ狂う心臓と下半身をどうにか理性の力でねじ伏せ、加奈の方を見ながら、


「うん、今のすごくよかったよ!その調子だぞ!」


 とよくわらかないフォローをする。


「そう?こんな感じでいいのかな?」


「もちろんだよ!さあ、どんと来いよ!」


「うん、わかった!もっとやってみるね!」


 どうやら僕の褒めパワーによって加奈はやる気を出したらしい。これが褒めの力か。エンハンス効果は加奈にも効果を発揮しているようだった。


「高藤くんは腕だけじゃなくて」


 おや、なんか様子がおかしいな?


「お腹もすっごく鍛えてるね。腹筋とか毎日してるのかな?」


「え、あの、う、うん。そうなんだよね!朝起きたら必ず10回腹筋するようにしてるんだ!」


「へえ、そうなんだ。そうだよね、たった10回でも、毎日続けたら効果出るもんね」


 と言いつつ、加奈は手を伸ばして僕のお腹をすりすりと触る。


 加奈の女の子の手が僕のお腹を擦るその感触がなんだかとても気持ちよくて、僕の理性がどんどん蕩けてしまいそうになった。


 いや、だからね、アカンって。それフェザータッチやん。


「本当だね、すっごく鍛えてるね。なんだか直接触ってみたくなるね。ねえ高藤くんのお腹、直接触ってもいい?」


 これ、断るべきか?だって、うん、まずいよね。今触られたらなんかいろいろバレるよ。服越しでもヤバいのに直接とか触られたら、ただでさえ理性を動員してなんとか堪えてるのに、いよいよ本格的に僕の下半身の火山が休眠期から活動期に入っちゃうよ?


 それはまずいよね。うん、断るべきだよね。こんな平日の学校で噴火とかまずいよね。


 でも、本当に良いのか?


 そんな僕の煩悩を理由に、褒め部の活動に違反するようなことをして本当に良いのか?


 違うだろ。僕が耐えればいいだけの話じゃないか。そうだよ、なにを臆することがある。たかが幼馴染の可愛い女の子に腹を触ってもらう、それだけのことじゃないか。はは、そんなの…うん、大丈夫だよね?


「ちょ、ちょっとだけだぞ」


「本当?やった!高藤君くん、ありがとう。じゃあ――触るね」


 しまった。了承しちゃった。これでもう後には引けないぞ!


 僕はシャツのボタンを外して、下半分だけ肌を露出させる。


「ど、どうぞ。おあがりよ」


「うん、じゃあ触るよ。うわあ、男の子のお腹ってすごく固いんだね」


「そ、そうでしょ。ん、特別だぞ」


「うん、ありがとう」


 と言いつつ、加奈は僕のお腹を直接、その手で触り、時につんつんと人差し指で突っついたりする。


 加奈の手が、女の子の手が、僕のお腹をこねくりまわすという、その感触がやけにくすぐったく、そして気持ち良いせいか、全身の血液がどくどくが暴れまわって体が壊れそうだった。


 まずい、まずい、なにがまずいって加奈の手がだんだん下の方へ…


「おっと、これ以上はまずいか。ありがとう高藤くん。もう戻していいよ」


 どうやら加奈もこれ以上はまずいという自覚があったようで、すっと手をお腹から離した。


 はあ、はあ、はあ、危なかった。これ以上は本当に危険だった。


「ねえ高藤くん」


「な、なにかな?」


 なんか汗がすごいんだけど。運動なんてしてないのに体温がすごく上昇している気分だ。まるでサウナにいる気分だ。


 でも大丈夫。峠は過ぎた。ようやく体温を下げることができる。


「今度は私を触ってみる?」


 その一言だけで、再び僕の体温が上昇するのを感じた。


「え、いや、あの、さすがにごっことはいえ、それはマズイのでは?」


 あまりの緊急事態につい言葉が出る。


「うん?そうかな?お腹を触るぐらいなら、別にいいんじゃない?」


「え?お腹、あ、ああ、うん、そうだよねー、お腹だよね!」


 そっかー。お腹を触るだけかあ!じゃあ問題ない…いやあるだろ。


 この異様な熱気に頭が狂ってしまったのだろうか?女の子のお腹って普通にアウトやろ。触って良い場所ではなくね?だってそれ、もうアレじゃん。エッチじゃん。完全にプレイに入っちゃうやん!


「それとも、高藤くんはお腹以外のところを触りたかった?」


 とさらに僕を挑発する加奈。ここは褒め部であって煽り部じゃないんだけどな。


「うーん、確かに高藤くんは大好きな友達だけど、お腹以外はさすがにダメだよ?」


 と当たり前のことを言う加奈。はは、なにをおっしゃてるのやら。それぐらいのこと、僕は理解してますとも!当たり前じゃないですか!


「は、はは、わかってるよ。もちろんそれぐらいわかってるさ!」


「そうだよね。だって、お腹以外の場所を触って良いのは…」


 ――本当の恋人だけだもんね、と加奈は僕の耳元に甘く切なく囁いた。


「私の全部を触って良いのは恋人だけ――だよ。だからね、高藤くん」


「え、うん、なにかな?」


 今日の加奈はなんだか大人っぽいのだが、ここにきてさらに加奈の色気がなんだか上昇している気がする。なんか瞳は熱く潤んでるし、頬は赤いし、肌は汗ばんでるし…あれ、なにこれ?僕、誘惑されてるのかな?違うよね?


「もしも、私のぜーんぶを触りたいって思うなら…」


「う、うん」


「告白して付き合うしかないよね」


 なんだと!それではまるで、告白して加奈と恋人同士になれば触りたい放題のやりたい放題のぐちょ濡れし放題ってことじゃないか!ただ恋人同士になる、たったそれだけのことでぐちょぐちょの濡れ濡れのぐっちょりねっちょりが可能だってことなのか!恋人同士ってすっげえんだな!


「恋人ごっこで出来るのはここまでが限界。恋人でもない高藤くんがこれ以上のことはできないよ?まさか恋人でもないのに、これ以上のことがしたいだなんて、そんなこと言わないよね、高藤くん?」


 まるで逃がさないと言わんばかりの勢いで、加奈の僕の腕を抱きしめる力が上がった。おかげで圧迫度が増し、より加奈のおっぱいの感触が腕に伝わってくる。


 ふむ、やわらかい、じゃなくて、だ。


「も、もちろんだよ。恋人同士でもないのに、そこまでしないよ!」


「そうだよね。しないよね。よかった、高藤くんがちゃんと理性を働かせてくれる人で。高藤くんは女の子を優しく扱ってくれる紳士だね。偉いね」


 と今更になって加奈は僕のことを褒めてくれた。


 なんだろう。褒められているはずなのに、なにか、なにかとんでもない詐術にハマっているような、そんな錯覚に陥ってしまう。


 そうだ、僕はとても理性的な紳士なのだ。たとえ幼馴染の可愛いJKさんにとてもエッチな誘惑されたとしても、それに乗るような愚かな振る舞いなどしない。するもんか!


「じゃあ次は私の番だね?」


「うん?なにが?」


「私のお腹、触ってみて」


 はて?そんなルールあったっけ?


 もちろん、そんなルールはなかったはずだ。僕がお腹を触らせた、その対価としてお前の腹も触らせろなんて僕は要求していません。だからしなくても良い、しなくも良いのだが。


「はい、どうぞ」


 僕の意思など完全無視。加奈はボタンを外し、その褐色のお腹を見せてくれた。


 目の前に、加奈の空気に露出した肌の色が見える。夕日に反射する女の子のお腹がなんだかとても艶めかしく見えた。


 え、っていうか、いいの?本当にいいの?


「早く触ってよ、この恰好、恥ずかしいんだよ?」


 制服を持ち上げ、僕の方を上目遣いに見つめてくる加奈。その赤く染まった頬がやけに初々しくて、なんとも可愛く見えた。


 ごくりと生唾を飲みこみ、僕の手が若干震えつつも、加奈のお腹へと伸びる。


 ハッ!僕は一体なにを興奮しているのだろう?たかだかお腹を触る程度のことじゃないか。別におっぱいとかお尻を触るわけじゃないんだよ?そこまでスケベなことをするわけでもないのに、なにを興奮…いや、興奮はするだろ。やっべー、なんか混乱してきた!


 しかし、僕のそんな頭の中のパニックとは裏腹に、僕の右手は平然と加奈のお腹にタッチ。おのれ欲望め、僕の意思に反して勝手に腕を動かしやがる。


「ん…」


「あ、ごめん、痛かった?」


「ううん、大丈夫。ただちょっとびっくりしちゃっただけ。高藤くんの手って、暖かいね」


「そ、そうかな?」


「うん、暖かいよ。私、なんだか凄く熱くなってきちゃった」


 それは僕も同様だ。っていうか動揺している。


 加奈のお腹はなんだかしっとり濡れていて、柔らかくて、すべすべしている。その女の子の肌の感触が右手から直に伝わってきて、なんだかとても幸せな気分になって、頭がくらくらしそうだ。


「加奈」


「うん?なーに?」


「加奈のお腹、すごくすべすべしてて、綺麗だよ」


「え、そ、そうかな?」


「うん、もっと触りたくなっちゃう。でもこれ以上はダメかな」


「え、なんで?」


「だってこれ、恋人ごっこだし。これ以上はまずいよね」


「あ!そ、そうだね。ごっこだもんね」


「でも」


 と僕は加奈の柔らかそうな耳たぶに向けてそっと囁いた。


 ――恋人同士なら、もっとできるかもね、と。


「はう!」


「今の加奈、すごく可愛いよ」


「え、ちょっと待って高藤くん」


「すごく可愛い。マジで可愛い。あれ?ちょっと待って、加奈って可愛くない?うん、可愛いぞ」


「ま、まってまって!それ以上は反則!反則だよ!」


「ダメだ。今は僕のターンだ。そしてずっと僕のターンだ。もう離さないぞ」


 僕はぎゅっと加奈を抱きしめる。一瞬、じたばたと暴れたが、思ったほど抵抗感が少ないな。


「加奈」


「ちょ、ダメ、耳元はヤバいって!」


 僕の腕の中に加奈がいる。少し痩せてるけど、甘い香りがして、暖かくて、柔らかくて、褐色の肌が綺麗なショートカットの女の子がいる。そんな彼女に僕は囁く。


「可愛い。めちゃくちゃ可愛い。こんな可愛い女の子、他にいないよな」


「あッ!ちょ!まっ、アンッ!」


「はあ、めちゃくちゃ可愛い。もうずっと加奈と一生一緒にいたい。可愛すぎてどうにかなりそう」


「え、待ってよ、ダメだって…ねえ高藤くん。…今のってその、あの、それって、私のこと好きってことなのかな?」


 …やべ、褒め過ぎた。なんとか誤魔化そう。


「知りたい?」


「うん、教えて」


「加奈が僕のこと好きって言ってくれたら答えてあげる」


「え、そんなの卑怯だよ」


「加奈、ここは褒め部だぞ。ちゃんと褒めてくれないと」


「あ、そうだった…うん?あれ?ちょっと待って…え、じゃあ今のって全部演技?」


 加奈は僕の方をまじまじと見る。僕は彼女を抱きしめる力を緩めて拘束を解くと、


「さあ、どっちだろな?」


 と煙に巻くことにした。


「もう、なんか高藤くん、昔と比べて意地悪になったね」


「かもね。嫌だった?」


「…ううん、楽しかったよ」


 と、加奈ははにかむような笑みを浮かべた。


 そのあとも僕らは褒めたり褒められたり、お互いの良いところを賞賛し合った。その様子は傍から見たら恋人同士みたいかもしれない。しかしこれはあくまで恋人ごっこであってそれ以上ではない。…そうだよね?


 そうこうしている間に部活の時間は終わりを告げる。


 ふぅ、なんとか乗り切った。まさか加奈を相手にこんなドキドキのイベントを経験することになるだなんて。


 でもやりきった。なんとか何もせず、一線を超えずに健全な部活動のまま終えることができた。


 やりきったぜ、夜霞さん!


「ねえ高藤くん」


「うん?なにかな?」


 それは帰り際のこと。


 ふふーんとなんだか悪戯っぽり笑みを浮かべる加奈は続けざまに言う。


「私ね、今、好きな人がいるんだ」


「あ、そうなんだ」


「うん、でもね、その人なんだかモテそうで。もしかしたら私じゃ手が届かないかもしれないんだ」


 なるほど、それは辛いな。


「だからね」


 と言い、加奈はうっすらと微笑を浮かべ、僕を見る。


「さっきの続きがしたかったら、早く私に告白して彼女にした方がいいよ。でないと、他の男の人にさっきの続き、やっちゃうかも」


 …え?


「じゃあ私こっちだから、また明日ね!」


 ばいばーいと手を振って冬の景色の中へと消えていく加奈。


 え、え、どういうこと?


 僕が告白して加奈を恋人にしないと、僕の知らない男を相手にさっきの続きっていうか、もう一線を超えてはちゃめちゃを迸らせるってこと?


 なにそれ、寝取られじゃん。


 っていうか今の会話の流れってどういうこと?え、僕のことが好きなの?それとも別に好きな人がいて、そいつから略奪しろってこと?


 どういうこと?わけわかんないんですけど!


 最後の最後の帰り際。加奈はどえらい爆弾を投げるのだった。

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