第15話 スポーツ女子さんを褒めてみよう

 11月の放課後。気温がぐっと落ちて寒い今日この頃の季節。


「褒めるって言っても、なんか慣れてないから緊張しちゃうよ」


 部室にて恥ずかしそうに顔を赤らめて僕から目を反らすのは、ショートカットがよく似合う健康的な褐色肌の女の子にして小学校以来の友達の宮古加奈。


 本日は夜霞さんが友達とのドタバタに巻き込まれて部活に来れないというふわっとした理由で部活はお休み。


 水梨さんは予知能力を持つ超能力に会ったとかいうよくわからない理由で部活はお休み。


 あの二人になにがあったんだ?謎である。


 結果、部室には僕と加奈の二人だけになってしまう。


 まあせっかくなんでお互いに褒めあってみようと提案したところ、冒頭の反応である。


 まあそうだよね。普段、他人を褒める機会ってあんまり無いもんね。急に僕を褒めろって言われても、そら乙女みたいな反応しちゃうのも納得だよね。


「まあそんな緊張しなくても、適当で良いんだよ、適当で。肩の力抜いて、適当に相手の良いところを見つけて褒めればいいと思うよ?」


「うーん、そっか。といってもなあ。最近の高藤くんのことほとんど知らないから、なにを褒めればいいのか」


 と、眉根を寄せ、天井を見上げながら考え込む加奈。


「あのね」


 と彼女は切り出す。


「私もね、いろいろネットで調べてみたんだ」


「あ、そうなの?」


「うん、でね、それで知ったんだけど…あの、その、えっと、笑わないで聞いてほしいんだ」


 うん?なんだろう?なんか今日の加奈の反応がおかしい。


 日焼けした褐色系の肌をしているのでわかりにくいが、たぶんすごい赤面していると思う。11月のこの肌寒い季節なのに体温が熱いのか、褐色の肌がじんわりと汗ばむ加奈は、なんだか妙に色っぽく見えた。


 僕が彼女を見ればさっと顔を背けたと思ったら、今度はチラっとこちらを見るので視線が合ったりなど、挙動がなかなかに不審である。


 そんなやや不審な挙動の多い加奈が上目遣いにこちらを見て、「そのね」と切り出す。


「褒めながらエッチをするとすごく気持ちよくなれるってネットの記事にあったんだけど、本当なのかな?」


 …

 …

 …

 …

 …

 …


「なんの話かな?」


 やっべ。突然の展開に一瞬、脳が死んじゃったよ。


 その言い方だとまるで僕と加奈がこれから一緒にエッチしながら褒めあうみたいじゃん。いや、しないよ?恋人同士でもないのに、そんなことしないからね。


 うーん、でも誘われたら断れないかもしれない。だって加奈って普通に可愛い女の子だし、じゃねえよ。ちょっと乗り気になってんじゃねえって。


「ち、違うの!今のはそういう意味じゃなくて、その、たまたま褒めるって単語で検索したらそういう変なサイトばっかり出ちゃって」


 ああ、そういうことってあるよね。僕も歴史上の人物について調べようと思ったら、なぜか美少女化された歴史上の人物のエッチな画像が大量にヒットしたなんて経験、よくあるよ。


 僕は加奈をそっと見守る。あらあわとパニックを起こし、先ほどの言葉を必死に否定する加奈の姿はとても可愛く見えた。しかし、いくら可愛いからといって放課後の部室でエッチなんかしたらアカンよ。そんなことしたら…うん、理性が崩壊しちゃうよね。


「えっと、科学的なことを言うなら、やっぱり貶されるより褒めた方が喜ばれるわけだし、まあそういう行為をする時はやっぱり褒めた方が相手も喜んでくれるんじゃないの?」


 と僕は客観的な事実を述べるに徹した。


「そ、そっか。そうだよね。ふぅ、もう驚かせないでよ」


 驚かせたのは君なんだよなあ。


「うん、まあ、あれだよ、そういうのは好きな人が出来た時のために事前に知っておくってのも悪くないよね」


 と僕は一応フォローしてみる。だってここは褒め部、相手の言うことは肯定するのがマナーだからだ。たとえどれだけ素っ頓狂なことを言い出したとしても、だ。


 しかしそれをどう受け取ったのか、加奈はこちらをちらりと見ると、


「そう、だよね。こういうことってちゃんと知っておいた方がいいよね?」


 と何かを確認するように僕を見つめる。


「知らないで後悔するぐらいなら、ちゃんと勉強して後悔しないようにした方が良いもんね」


 なんの話だろう?加奈はなにか自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「うん、よし!もう大丈夫!あのね、高藤くん、お願いがあるんだけど」


「うん、なに?」


「恋人ごっこ、してくれないかな?」


 小学校以来の友人がなにか妙なことを言い出した。


 昔は恋だの愛だの、そんなことまったく気にするようなタイプではなかったはずなのだが、どうやら高校生へと成長するにつれてなにか大人の階段を上り始めてしまったのかもしれない。


「あのね、高藤くん。私ね、これからはもっと好きなことをやって生きていきたいんだ」


 と真剣な面持ちで語る加奈。まあ、彼女の今までの境遇を思えば、そういう考えに至るのは納得かな。


「うん、そうなんだ」


「でもね、私、何も知らなくて。ほら、ずっと陸上一筋でやってきたから、その、男の子との付き合い方とか知らなくて」


――だからね、と加奈は続ける。


「高藤くんみたいな女の子慣れしてる人にいろいろ教えて欲しいんだ」


 …僕ってそんな軟派野郎みたいに思われてんの?


「あの、僕、別にそんなチャラい奴ではないんだけど」


「え、でも、夜霞さんとは付き合ってるんだよね?」


「付き合ってないよ」


「え、そうなの?付き合ってないの!」


 まるで初めて知ったとばかりに目を見開いてその瞳を輝かせる加奈。一体彼女の心理でなにが起こったのだろう?ビッグバンでも起きたかな?


「そもそも夜霞さんと話すようになったのはほんとここ最近だからね。付き合うもなにも、誕生日すら知らないよ」


 まあ、相手は僕の誕生日知ってるけど。4月生まれって言っちゃったし。


「そ、そうなんだ。……そうなんだ………それなら…」


 なぜ二回言う?それそんな大事なこと?


「まあだからね、別に僕、チャラくもないし、女遊びとかもしてないからね。もしもそう思ってるなら、それは誤解だよ!」


「うん、わかった。そうだよね、高藤くん、そんなキャラじゃないもんね!はあ、よかった」


 うん、よかったよかった。納得してもらえて良かったよ。


「じゃあお互い納得したことだし、恋人ごっこしようか!」


 と改めて提案をする加奈だった。


 はて?そんな会話の流れだったかな?いや、確かにそういう話をしてた気もするけど、なぜそこまでやりたがる?


「だって、彼氏でもない人と二人っきりで褒めあうなんて恥ずかしいんだもん」


 とつり目がちな瞳をうるうる潤わせ、困ったような顔をして僕を見る褐色娘の加奈。そんな可愛い顔するなよ、断れないじゃん。


「えっと、普通に褒めるのが難しいけど、恋人ごっことして褒めるなら、やれそうってことかな?」


「うん、そう。それにね、ちょっと憧れもあるんだ」


「というと?」


「だって私、彼氏できたことないし。ずっと部活ばっかりで、そういうこと無いから、私だっていろいろやってみたいんだよ?」


 そのいろいろってアレだよね?一緒に夏祭りに行ったりとか、クリスマスにデートするとか、そういう爽やかな青春のことだよね?決してスケベで爛れた大人のエレベーターに乗車することじゃないよね?違うよね、信じてるよ!


「うん、まあ気持ちはわかるよ。僕だって彼女欲しいし」


「そうだよね!じゃあお互い将来の恋人を作る練習ってことで…」


 ――恋人ごっこ、してみようか、と加奈はなんだか大人びた顔で僕を誘う。


 え、マジでするの?


「えーっと、あのー、恋人ごっこをすることで相手のことが褒められそう、だからやりたい、そういうことでいいのかな?」


「うん、それでいいよ。はやくやろ、高藤くん」


 と無邪気そうな笑みを浮かべる加奈。この笑顔に他意は無いんだよね?ただ純粋に、あくまで恋人ごっこというロールプレイをすることで褒めることが上手くできそうだからやる、それだけのことだよね。


 いってみれば、人前で告白とか無理だけど、演技ならできる、みたいなことで良いんだよね?そうだよね、信じるよ!


 ならば、僕も協力するべきか。


 そうだよ。それで加奈が緊張せずにやれるというのであれば、協力しようじゃないか。


「わかった、いいだろう、恋人ごっこ、しようじゃないか。今から僕は加奈の彼氏だ」


「うん、よろしくね!」


 こうして何故か夕方の放課後、部室にて、小学校以来の女友達の加奈と恋人ごっこをすることになった。


「ねえ、高藤くん」


「なにかな?」


「私ね、最近部活辞めちゃったから、体力が有り余ってるんだ」


 そう言ってすっと僕の隣に近づく加奈。彼女はそのまま僕の腕に自分の腕を絡ませ、ショートカットの頭を僕の肩に乗せる。


「高藤くんもむかし野球やってたし、体力には自信、あるよね?」


 と僕の耳元にそっと甘い声で囁く加奈。


 …あれ?これごっこだよね?なんかマジで恋人同士みたいな距離感だけど、あくまでごっこだよね?


 ここは褒め部。ただ褒める、それだけの部活動だ。


 そんな褒め部の部室にて、恋人同士のような褒めが始まる。

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