第14話 頑張った真面目系女子さんを褒めてみた

 あの後。


 さんざん夜霞さんの胸の中で泣いて疲れたのだろう、その日の部活動はそのまま終わり、そして解散。帰宅する頃には加奈のあの暗い雰囲気が消えて、小学生の頃のような明るい笑みを浮かべられるまで回復してくれた。


 きっと本心をずっと隠していたのだろう。その隠していた感情を全部吐き出すことでようやく胸のつっかえというか、鬱憤やらがなくなってスッキリできたのかもしれない。


 もちろん、正論を述べるのであれば、加奈の問題はなにも解決していない。


 加奈が陸上を辞めたことで職員室で教師たちが大いに騒いでいたらしいし、その余波で加奈のことをいじめていた先輩たちの噂が一気に広まって今度はその人たちが白い目で見られるようになったらしい、などなど。


 正直な話、なにも解決はしていない。夜霞さんがやったことは、ただ加奈の辛い体験を理解して、褒めただけだ。


 やったことはそれだけなのだ。しかし、それでも、加奈がこれでようやく心を落ち着けて再び前を向いて生きられるようになったというのであれば、それでいいじゃないか。


 それにしても、だ。


 夜霞さんがあんなにもちゃんと加奈のことを真摯に受け止めてくれるとは意外だった。以前の夜霞さんであればもっとこう、いろいろと正論パンチをかましていたかもしれない。


 いや、あの人はもともと悪い人ではないのだ。ただちょっと人とのコミュニケーションに難があるだけで、別に悪人とかではないのだ。


 困ってる人がいたら普通に助けてくれるし、話をすれば普通に聞いてくれる。


 そう、いたって普通なのだ。普通に良い人なのだ、あの人は。


 ただちょっと残念なところもあるというだけで、基本は良い人なのだろう。


 だからこそ、加奈のことをちゃんと受け止めてくれたのかもしれない。


 まあなんにせよ、加奈を褒め部に誘ってよかったと思う。


 そんなことを考えつつ一夜が明け、次の日。


 今日はいろいろと整理したいことがあるとのことで加奈は部活を休んだ。


 水梨さんはバイトのミーティングがあるとのことで、こちらも休み。おそらくVtuberの活動だろう。


 すでに褒め部は四人もの部員がいるなかなかの規模のサークルだ。このままだと本当に部活を名乗れる日が来るかもしれない。


 しかし今日は二人だけ。もともと狭い部室なので二人でも十分なスペースなのだが、最近はいろいろあったので、二人だけだとちょっと広く感じた。


「高藤くん」


「なんですか、夜霞さん」


 部室で二人っきりになった時、夜霞さんに話しかけられる。


「昨日のことについて、ちょっと振り返っても良いですか?」


「あ、はい。いいですよ」


 放課後の部室。夕焼けの赤い光が窓から差し込む部屋にて。夜霞さんは椅子に座って僕の方をじっと見つめながら…


「昨日の加奈さんのことですが…私は上手くやれたのでしょうか?」


「え、ああ、はい。そうですね。もうこれ以上ないくらい上手くやれましたよ?」


「本当ですか?」


「本当です」


 僕がそう言って肯定すると、夜霞さんはその切れ長の瞳を閉じて、すぅと息を吸い込み、そしてはああああああああああと盛大に息を吹き出すと、


「よかったああああああああああ、本当によかったあああああああ」


 緊張の糸がぷつりと切れたのか、ぐったりと脱力。普段あまり見せないような弛緩しきった表情を見せる。


「あれ、どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもないでしょ!なんですか、なんで急にあんな真面目な相談がくるのですか!私、内心びっくりしてたんですけど!」


 おっと。すごく冷静に相談に乗ってたからてっきりなんの問題もないのかと思っていたが、どうやら夜霞さんは夜霞さんで内心動揺しまくってたようだ。


「あ、そうなんですか?なんかずっと平常心を保ってたみたいだったんで、余裕かと思ってました」


「違います。あれは驚きすぎて逆に反応できなかっただけです」


 ああー、なるほどー。まあそういうことってあるよね。本当にビックリすると、人ってなにもできないよね。


「私があの時、どれほど驚き、困惑したかわかりますか?」


「いやー、ちょっとわかんないっすねー」


「もっと軽い相談が来るのかと思っていました。水梨さんのような適当な悩みが来るのかと思っていましたよ。まさか本当に真剣な悩みが来るだなんて思わないじゃないですか」


 夜霞さんはなんだか不満そうに愚痴をこぼす。うんうん、わかるよ、まさかガチな悩みが来るとは思わないよね。


「私、もういっぱいいっぱいで。本当にこれはマズイって思ったんですよ?」


 なんだか批難するような口調である。きっと僕のせいだって思ってるのだろう。まあ、加奈を呼んだのは僕だし、責任の一端はあるかもな。


「高藤くん、こういう真剣な話は事前に言っておいてください。でないと私、とんでもないことをしでかすところでしたよ?」


「そうなんです?ぜんぜん余裕そうでしたけど?」


「余裕なんてありません。もしも私がなにか間違えて変なことを言ってしまったら、きっと宮古さんの人生が大変なことになるかもしれない、そんな恐怖でいっぱいでしたよ」


 ――たった一言が人の人生を左右する、正気じゃいられません、と夜霞さんは僕を睨む。


「確かに、そうですね。でも最後には上手くいったじゃないですか」


「結果論ではありませんか。だいたい高藤くんは知っていますよね?」


「え、なにがですか?」


「私が褒めるの下手だってことです。嘘をつくのも演技をするのも下手。そんな私が上手に相手を褒めることなんてできないってわかってたはずですよね?」


 ――なのになんで私にあんな重大な場面を任せたのです?と夜霞さんは批難めいた口調だ。


 いや、別に任せたわけではないのですけどね。夜霞さんが勝手に話を進めただけで、僕は積極的に止めようとはしなかったという、それだけなのですが。


 ふむ、でもそうだな。


「夜霞さん、人を褒めるのに嘘とかいらないですよ」


「そんなことないでしょ。現に高藤くんは嘘ばかりついて人を褒めるではないですか」


 それではまるで僕が詐欺師みたいじゃないか。


「あの、別に僕、嘘をついているわけじゃないですよ」


「あら、そうなのです?てっきり嘘をついて褒めてるのかと思っていました」


 いや、そんなことないって。それにしてもなんだか今日の夜霞さんは気が立ってるな。


 確かに急にあんな責任重大な場面に直面したら、小言の一つくらいは言いたいかもしれないね。


「夜霞さんはあんまり、嘘をつけないタイプなんですね」


「それのなにが悪いのです?正直に生きて悪いですか?」


「悪くないですよ。だって、夜霞さんが本音で話してくれたから、あの時の加奈は救われたんですよ」


「え?」


 僕は改めて夜霞さんを見る。急に変なことを言われたからなのか、当惑げにぱちぱちと目を瞬きする夜霞さん。


「加奈の心を救えたのは、夜霞さんが本音で相手とぶつかることができたからです。夜霞さんがいなかったらきっと加奈はまだ心を病んでたかもしれません。だからですね、友達を助けてくれてありがとう、夜霞さん」


「え!あの、ん!も、もう………あの、急にそんな真面目な顔をしないでください。高藤くんはちょっと適当に生きる感じの、緩い顔の方が似合ってますよ」


「うーん、そうですね。僕もそう思います」


 ――じゃあこの話はもうお終いで、と僕は夜霞さんに告げた。


「なんだか調子が狂いますね」


「いいじゃないですか。こういう日もありますよ」

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