第十五話 不穏

 龍之介はまりあと帰路につく。 


「遊園地とても楽しかったね!」

「ああ、そうだな」


「あんたどこに住んでるんだっけ?」

「倉光町だよー」


 龍之介はまりあを見つめる。まりあは豊かな黒髪を揺らした。


「今日化粧してるのか?」

「うん!」


「……へぇ、今日も綺麗だな」

「……?」


 龍之介はまりあの頭をポンポンとした。まりあはとても照れくさい。


「おい。あんた」

「……うん?」


「あんたすごい美人だよな」

「え? そんなのでもないよー」


「……まりあ」

「うん?」


「俺と手を繋ごう?」


 龍之介はまりあの手を握りしめた。要するにまりあと龍之介は恋人繋ぎをしていると言う事だ。


「俺はあんたがすごい美人だなと思って」

「龍之介くん、わたしの事をそんなに褒めても何も出ないよー」

「……俺は本気で言ってるんだけどな」


「あんた。今度、俺の家来るか?」

「いいよー!」


「龍之介くんの家にわたしも行きたいなー」


 帰路につく。鈴虫のなく声がする。季節も涼しくなってきた。


「じゃあ、もう玄関先だね。今日は楽しかったね」


「ああ、今日まりあとこれて俺も楽しかったよ。俺は今日から、あんたの事をまりあと呼ぶことにしたよ」


「……?」

「じゃあな? まりあ? これの紙に書いてあるのは俺の連絡先。これが俺のメールアドレスと電話番号。SNSの連絡先もここに書いているから」


 龍之介は去っていった。まりあは龍之介の姿が見えなくなるほど手を振った。


(なんだか龍之介くんはどこか寂しそう)


 紅葉の季節なのか。まりあはタワーマンションの庭に咲く金木犀の木を見た。香りが龍之介に似てる。


「あっ、折りたたみ傘忘れてる」

 まりあは渡しに行った。


 ◇◇◇


「あっ、もしもし? 母さん? ……え? いまから、お見舞いに行く? 分かった。今日帰ったら料理は俺が作っておくよ。ハイハイ。じゃあ切るよ」


 龍之介は北口駅口で電話をした。

 どうやら父親の病院に行くとのことらしい。しまった。どうやら折りたたみ傘をまりあ宅に忘れたようだ。


「龍之介くーん!」

「まりあ?」


「傘忘れてるよ」

「わざわざ俺に?」


「母さんから電話があって。いまから、親父の病院に見舞いに行く。俺は帰って料理を作らないと」

「そっか。じゃあ、また!」

「またな?」


 駅の階段を下りると山岡がすれ違った。

 山岡から声をかけられた。


「桜井?」


 渋々答える。


「……山岡さん? バイトあがりですか?」

「うん」


「お疲れ様です。俺は帰りますので」

「桜井」


 双葉は龍之介の腕をガシッと掴んだ。

 目つきが本気だ。


「彼女居るんでしょ? 見てたよ」

「……山岡さん、辞めてください」


 山岡はしどろもどろになっていた。


「……桜井。私、実はストーカーに付き纏われてて。付き合ったふりをして欲しい」

「……は?」


「桜井の事は本気なんだ」


「双葉? こいつは?」

「か、彼氏だよ」


 龍之介たちに声をかけてきたのは遊び人風の顔だ。


「双葉ちゃん、モテるな。そんなに照れちゃって〜。俺とは付き合ってくれないの?」


「う、うん」


「嫌がってるんだ。やめてやれ」

「か、彼氏?」


「双葉ちゃん、そいつと話をさせてくれ」


 二人でベンチに腰掛けた。


「双葉ちゃんの事は世界で一番好きなんだ」


 意味が解らない。この人に付き纏われていたのは定かではないが。


「……山岡とはどういったご関係で?」

「俺が一方的に好きなだけです。……そっか。双葉ちゃんには彼氏がいたのか」

(俺は山岡のただの同僚なんだけど)


「年下彼氏?」

「……」


「双葉とは店員と客の関係なんだ。俺が客で双葉が店員。俺は双葉の事を好きになって」

(……俺は全く関係無いんだけど)


「双葉ちゃんの事をお願いね」

「はい。ハンカチ」

(……俺のハンカチで鼻かんでる。汚えな)


「ありがとう。双葉ちゃんの彼氏くん。あなたは優しい子だね」

(……俺は山岡の彼氏じゃねぇ)


「あなたをみて諦めがついた。僕は帰ります。彼氏くん良い子だね。双葉を幸せにしてやってね」

(……んなの知るかよ。勝手にしろ)


「……」


「山岡さん、俺は忙しいので帰らせて頂きます」

「桜井! ありがとう!」

「あ、はい」


 ◇◇◇


 龍之介は帰宅して、料理を作り終わり、お風呂からあがるとベッドにバタンキューだ。まりあとの話は楽しい。だが、山岡とその付き纏いの相手は正直疲れた。


「……眠みぃ」


 ウトウトと眠ってしまった。

 夜が更けて、二階の寝室にて、寝返りを打つ。まりあの香水の残り香がした。


「……会いてぇな。こんな夜に着信?」


 ピロンと鳴る。


「……また山岡からか。てめぇじゃねぇ」


 龍之介は舌打ちした。

 溜め息をついて、ベッドに身体を横たえた。

 寝返りをうつ。また着信が来る。


 無視して眠ろうとしたが、眠れない。

 今度は琉花からだった。


「まりあとは付き合えたよ、と打つか」

「……む?」


 件名なし

 彼女ちゃんかわいいね。私より彼女ちゃんなの? お仕事の事を教えようと思って。私は本当に桜井の事が好きだよ。桜井も同じくらい好きでいてね。今度一緒にご飯行こう。


「……は? 面倒くせぇな。勝手に決めつけんじゃねぇ」


 件名なし

 山岡さんとは職場でのご関係ですし、食事をご一緒するのは難しいかと思います。申し訳ありません。


「……はぁ、まりあに会いてぇな」


 布団にくるまって眠る。


 翌日。

 龍之介はボサボサ頭の儘、歯磨きをしていた。髪があちらこちらにぴょんぴょん跳ねている。乱暴にしまうと髪をセットした。朝風呂に入る。温泉の素を入れて湯船に浸かった。気持ち良いと呟く。頭の上にタオルを乗せた。今度は髪を乾かし、シャツに袖を通し、ダークブルーのネクタイをする。


「龍之介〜! 誕生日おめでとう!」

「あ? 母さん、ありがとう」


「あんたを生んで、もう十六年経つのね!」

「あんたに買ってきたわよー! ほーら!」

「……む?」


 龍之介は包みを開けると、びっくりした。


「……リップスクラブ?」

「あんたも一つは持ってたほうが良いじゃない」


「龍之介、今朝、あんたの携帯の電話が鳴ってたからお母さん、受信して、取ったわよ。確か、まりあちゃんかしら?風邪でお休みだからお伝え下さいと言ってたわよ。あんたものアルバム見たらすごい可愛い子じゃない!」


「か、母さん、勝手に電話を取るんじゃねぇよ……」


「ああ、そうか。プレゼント、ありがとう」

「いってらっしゃーい! 龍之介ちゃん!」


「ちゃん付けんじゃねぇよ……」


 鍵を閉め、玄関をあとにした。

 山岡から連絡が来ていた。適当に返信を返すとスマホを通学鞄に入れた。瑠花が声をかけた。


「龍さんおはようございまッス!」

「ああ、瑠花。おはよ」


(今日は風邪でお休み……。まりあは来ねぇのか……)


「龍さん、ハピバですっス〜!」

「ああ、ありがとう」


「今日は転校生が来るみたいッスよ!」

「……転校生? しわがれた婆さんが転校してくるのか?」


「そんな訳無いっスよ〜。男ですよ」

「……は?」


「楽しみッスね!」


「龍之介ー! 琉花ー! 俺、今日は早起きして、四時に家を出たんだ。今やっとついたー!」 

「ええ? そんなに早くから? 危ないッスよ!」



「ずっとここらへんを歩いてたんだー!」

「……ここからお前の家からここの通りは五分くらいの場所じゃねぇの?」


「龍之介ー! 誕生日おめでとう!」

「ああ、ありがとう」


「二人で選んできたんだ。龍之介、誕生日おめでとう!」


「……化粧品?」

「俺はメンズメイクしてるから龍之介にもしてほしいなって思って!」


「ああ、晴人。ありがとう」

 龍之介はコスメを丁寧にしまう。


「龍さーん! 俺からも!」


 プレゼントをもらう。

 プレゼントなんて有り難いものだ。琉花からは男物香水だった。大切にしまう。龍之介は水門大学附属高校につくと、教壇に立つ、浅川を見た。桃華が声を掛けてきた。悠木かえでは相変わらず他のグループにいる。


「桜井、おはよー」

「ああ、桶川? 今日は相方が居なくて寂しそうだな」


「そ。じゃあ、あんたは? あんたもとっても寂しそうね……!」

「……す、すみません」


 今日は転校生が来るようだ。

 浅川が黒板に名を書いた。


「来なさい」

「まずは一人目、五月女さおとめ奏多かなた君だ。歓迎してやりなさい」


 乾いた拍手が返ってきた。すると品の良い感じの文学青年のようだ。


 サラサラとした清潔感のある黒髪。透き通るような白い肌。切れ長の目、眼鏡をかけていた。長身痩躯。手の血管が浮いてる。


「五月女は龍之介の隣だ」

「……宜しく」


 奏多にあまり好感度はない。

 龍之介は睨みつける。奏多は言った。


「宜しくお願い致します」

 奏多は気怠そうだ。


「クラスのみんな、仲良くしてやれよ〜」

 浅川はそう言った。

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春雷 朝日屋祐 @momohana_seiheki

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