第十四話 遊園地

 まりあは身支度をした。桃華が望月家のインターホンを鳴らした。


「はーい!」

 まりあ出た。

 桃華は玄関先で靴を揃えた。


「お邪魔します」

 まりあに桃華はそう声をかけた。桃華はまりあの顔をぐいっと近づけ、化粧を施した。どんなメイクになるのかは解らない。まりあは桃華に問いかける。


「まず化粧下地はこう塗る」

「なんだか、桃華ちゃん。メイクアップアーティストみたいだね」


「化粧下地、ファンデーションは顔全体に塗らない。グラデーションしないと」


「グラデーション?」


「わ、わたし、アイライン、はじめて……」

「大丈夫よ。眼を上に向いて。アイシャドウ、アイライン引けないわよ」


「桃花ちゃんわたし、アイメイクはアイシャドウくらいしか塗らないのです……!」

「じゃあ、メイクを覚えよう」


「ハイライトも入れないとね」

「……は、ハイライト?」


「アイブロウもね」

「凄い……」


「世の中にグラデーションリップというのもあるのかな?」

「そうよ」


「こんな感じよ。ほら、鏡」

「鏡?」


 まりあは鏡を見た。


「じ、自分が自分でないみたい……!」

「あんたは元々整った顔立ちしてるし。私、いつも思うけど、まりあは学校でも喋らなければ凄い美人なのにね」

「よし出来た。完成ね〜。桜井といってらっしゃい〜」

「そっか……。桃華ちゃんも来るよね?」


「来る? さあどうでしょう?」


 日神ゆうえんちの入り口に着いた。

 家族連れや友達との待ち合わせで客はごった返す。まりあはあたりを見渡した。丁度、龍之介が壁にもたれかかって、スマホを見ていた。まりあは龍之介の許へ駆けつける。


「龍之介くん! お、おはよう……」

 まりあは昨日の事もあって、少々気まずい。

「あんた。おはよ」


「え? あれ? 桃華ちゃん達は?」

「四人は用事があって来ないみたいだけど」

「……え?」


 携帯を見ると桃華から着信が来ていた。


 件名なし

 まりあー。ごめん。

 私は家業の手伝いをしなくちゃいけなくなったんだ。一緒に行けなくてごめんね。あと風下も沖田もかえでも来ないみたい。桜井は予定が空いていたから一緒に行けるみたい。今日は桜井と二人きりで楽しんで来てね。


「……桶川に化粧してもらったのか?」

「うん!」


「いつもと雰囲気が違うな」

「人が多いから俺とは、はぐれないように」


「はぐれる? わっ!」

 休日というのもある故、思ったより、日神ゆうえんちは人が多い。まりあはフリーパスチケットを購入した。


 まりあはふと龍之介の左耳にイヤリングをつけているのを見た。


「龍之介くんのイヤリングいいね!」

「は? ……まぁ、俺はピアスを開けてるけど、女はピアスじゃなくてイヤリングのほうが良いんじゃねぇの?」


「ジェットコースターに乗るか?」

「うん!」


「怖いね」

「……そうだな。怖そうだ」


 ルルラッシュマウンテンに乗る。

 二人はぎゃあああと叫んだ。まりあ達は水を思いっきりかぶった。ふたりとも、カッパを着ていたから大丈夫だった。


「髪が濡れちゃったね」

「あんたの髪はあんま濡れてない。俺の髪がかなり濡れてる」


 まりあは思う。龍之介にポップコーンバケツを買ってもらった。


「こういうことわざもあるねー。水も滴るいい男だね!」

「それ褒めてんの?」


 二人はいろんなアトラクションを周った。龍之介は髪が濡れてる。まりあは濡れてない。龍之介はテチテチと歩くまりあを見た。


「しかし、腹減ったなー。俺、弁当を作って持ってきてるんだよ。あんたも食うか?」

「うん!」


 二人はテラス席に腰掛ける。龍之介は重箱を開けた。いつもより豪勢なお弁当だった。まりあが食べている姿を龍之介は愛おしい眼で見た。


「美味しい」


「あんた。なんか口元に付いてるぞ。俺が取ってやろうか?」

「あっ、ありがとう!」


「はい」

「なんだ。水滴だったか?」


「お弁当美味しいねー! 卵焼きとても甘くて美味しい!」


「タコさんウインナーも入ってるね!」

「……ああ」


 桃華が龍之介がまりあを見る目は恋愛対象だと言っていた。まりあは思う。自分は誠実に彼に向き合っていたのか。自分も好きな筈だ。だとしたら自分は龍之介に告白したら受け入れてくれるだろうか。いまの関係を壊したくはない。龍之介とは友達としていても心地よかったからだ。まりあは昔自分を慕ってきた男の子に悪さをされた事がある。その彼のようにはされないかが、心配である。


 簡単に男性とは交際しないという風に決めていたからだ。龍之介は悪い男性ではない。寧ろ好きだ。だが、その一歩が踏み出せない。友達から彼氏になるのが怖い。



 今日は人がごった返す。龍之介はドリンクを買ってくるといい。違うところに買いに行った。あたりを見渡すと龍之介とははぐれてしまった。


 寂しいな、と思うと小雨が降ってきた。天気予報を見ないで傘も持ち忘れていた。しまったとまりあは思う。小雨が降る中、まりあは小学校のあのときの事を思い出す。


『ママー。どこに居るの……? ママが居なくなってわたし、すごく寂しいよう……』


 一人泣いてるところ。傘を差した仏頂面の少年が傘を貸してくれた。


『あっ、ありがとう! お名前はなんていうの?』

『……俺か? 桜井っていう。転校してきたばかりで碌に友達もいないんだ。あんたに傘を貸してやろうと思って』

『……そっか』


『親父が車停めてある。じゃあな? あのときの事忘れんなよ!』


 小学校に問い合わせをしたら、桜井という生徒は在籍してないといった。彼はどうして傘を貸してくれたのだろう。


 まりあはトボトボと歩く。


「恋しい……」


「まりあ! どこだ? ドリンク買ったから! 


「あっ、ごめんね」


「雨降ってんのに傘無しで何をボーっと突っ立てるんだ? あんたは女だろ。身体が冷えて、風邪でも引いたらどうするんだ?」


「あんたの大切なチャームを拾った。これ、あんたのだろ?」

「ゆっ、指輪?」

「……おもちゃの指輪だな」


 まりあは思う。もうそんな事は怖くない。


「あんたにチョコレートドリンクも買ってきたぞ……「龍之介くーん! 大好きだよ!」

「……な、何をすんだよ!」


「うふふ〜! 抱き返してー! 龍之介くんはわたしのもの!」

「……!」


 まりあの口は龍之介の手で塞がれた。


「もごもご! うぐうぐ!」

「俺が言おうとした台詞をあんたが言うんじゃねぇ……。告白するのは俺からだ」


 ◇◇◇


 龍之介は少し怖い思いをする。初恋の人に告白するのだから。


「あんたは、いつも明るく楽しそうに振る舞っている。けれど、まりあはいつもどこか寂しそうなんだ。俺はそういうあんたが好きなんだ」


「……うん」


「まりあ。俺と交際して欲しい。異性の友達ではなくて、俺はまりあの彼氏として……あんたの隣りにいるのが好きなんだ。あんたは俺みたいなつまんない男でも良いか?」


不束者ふつつかものですが、わたしこそ、宜しくお願いします」


 龍之介はまりあを抱き締めた。まりあは抱き返してくれた。龍之介は少し目が潤む。


「龍之介くん、ありがとー!」

「あんたが好きだ」


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