第三篇 想いは一つ
第十三話 恋
「やったー! 補習終わったー!」
ホームルームの補習が終わってまりあは嬉しそうだ。龍之介は気怠い様子だ。数日間は担任と挨拶していた。
「龍之介。ワックスつけてるのか? 学校ではだめだぞ」
「……はーい」
「望月さん。コンソメポテト食べたか?」
「あっ、はい!」
「美味しかったか?」
「あっ、はい! とても美味しかったです!」
「ちゃんと口をふくんだぞ」
浅川はちょっと笑ってる。まりあは真顔。龍之介は補習は面倒くさそうだが。まりあをチラチラ見て嬉しそうだ。
「じゃあ。これで補習は終わりだ」
まりあはふふっと微笑んだ。龍之介にこう言う。
「桜井、背伸びたな?」
「……ああ、俺はスラックスをしょっちゅう新調してますが。なにか?」
「桜井の背が伸びたから、望月の背が縮んで見えるって他の先生が言ってたぞ」
「そうですか」
「桜井。お前。その髪は地毛か? 染めてるとか? それともパーマでもしてるか?」
つるつる頭の先生が龍之介に厳しい口調で問いただす。
「はい。桜井の髪は地毛ですよ」
浅川は龍之介にコソッと耳打ちする。
「地毛証明書出してやるから安心しろ」
「……ありがとうございます」
「龍之介。ところで親父さんは具合は大丈夫か?」
龍之介の表情が険しくなる。眉を顰めた。
「あまり良くはないです」
「そうか。大変だな」
「龍之介くんと一緒に帰れるなんてわたしすごく嬉しいよー! 龍之介くん、髪色暗くなった?」
「……あ? これは親への反抗期の証だけどな。バイトはじめて久しぶりに髪色暗くなったかな」
「バイト? そっか。色々あるんだね」
龍之介は切なそうにまりあをみる。
「あんたの家は?」
「え? お父さんとは仲良しだよ!」
「……俺はあんまり親とうまく行ってなくて。あんたの家が正直憧れるな」
「そっか! じゃあ今日はどこか行く? お買い物一緒に付き合うよ」
「……ああ、ありがとう」
まりあは龍之介の表情を見るなり抱きついた。龍之介はびっくりした様子だ。思わず、龍之介は頬を赤らめ、驚く。
「な……な、なにを! びっくりしたじゃねぇか!」
「うふふ。ありがとうって言ってくれてすごく嬉しいよー!」
「……まぁ、俺はあんたならいいけど」
「どこでバイトしてるの?」
「ファミレス」
「そっか。今度龍之介くんのお勤め先行こうかな」
◇◇◇
「こちらがドリンクとイタリア風ドリアでございます。どうぞ、ごゆっくりしてくださいませ」
龍之介はウェイターをはじめた。新十郎の治療費は膨らんでしまう。奈津子は彼氏と別れ、酒浸りになっている。龍之介は経済的にも精神的にも苦労を強いられている。携帯を見ると友人から着信が来ていた。誰から見ても龍之介の心身ともに不安定なのかがわかる。
件名なし
ビテオ通話したとき、龍さんの眼の下に隈がができてましたけれど大丈夫ッスか?
件名なし
大丈夫。
件名なし
龍さん、気を取り直してくださいね。今日は望月さんが来ますっスよ。龍さんがそんなに疲れた顔では望月さんも心配しますよ。
「あのウェイターすごいイケメンじゃね?」
女子高生が噂する。店長が龍之介に声をかけた。
「桜井。お前。休憩を取ったほうが良い。疲れた顔をしてる。俺がやっておくから」
「……承知しました。ありがとうございます」
「あっ、二名様ですか?」
「あっ、龍之介くん?」
二人が談笑する姿が羨ましく思う。
「私も来てるよー」
「桃華ちゃん。イタリア風ドリアとても美味しそーだね!」
「私はインドカレーが食べたい」
「お父さんがわたしにこう声をかけてくれて」
「あー、私の親父もそんな感じやっぱりそうよねー」
龍之介には「お父さん」という言葉が脳内でぐにゃぐにゃとした感じで受け取られる。龍之介は自分は「お父さん」という言葉に囚われて、自分は歪んでしまっているのかと思う。龍之介は声をかけられた。大学生で、バイト先の先輩の
「桜井くん? これから休憩?」
「ええ、山岡さん。俺になにか?」
「私と休憩一緒なんだね」
双葉は龍之介の隣の席に腰掛ける。双葉は龍之介を見るなり、頬が赤くなっている。
「桜井くん、話があるんだけれど」
「話?」
「今日は二人で帰ろう?」
「…山岡さん、俺には用事があります」
「……そっか」
「ん?」
「桜井くんは整った顔立ちしてるね」
「俺の顔がなにか?」
「同級生はあの子?」
「はい」
「お人形さんみたいな顔立ちの子だね……。私よりかわいい」
「まぁそうですね」
「桜井くんは思いっきり、振り切った事言うんだね……」
「ポテト好きなの?」
「好きって言うほど食べないですね」
龍之介は隣の席の女性より、ポテトにぱくつく。龍之介はこの女性と話すより、ポテトを食べてたほうが気楽だ。
「ポテトはやっぱり、塩だよね」
「ええ、そうですね」
「珈琲も好きなの?」
「まぁ好きですよ」
「
「まぁ、美味しいって言えば美味しいですが」
「そだね……。なんか話しかけちゃってごめんね」
(俺にやたらに話しかけてくる。中学生の頃、俺をやたらと慕ってきた後輩がいた。その子に似てるな)
「桜井くん」
「なんですか?」
バイト先では猫被った龍之介を周りは大人しく、もの静かで、おっとりとした優しい子だと勘違いさせられる。龍之介はバイト先では人気者だ。龍之介は思う。まりあと交際できたら山岡と話すより遥かに嬉しいし、楽しいのに。
その悩みはやはり、上司の世話好きなおばさんのせいである。龍之介が嫌がってるのを止めない。寧ろ、山岡との恋路を応援して、勘違いを生んでる。
「桜井くん。山岡さんと話せて嬉しそうねぇ。顔赤くして照れちゃってるわねぇ〜」
「……い、いや? 僕は仕事に戻ります」
「山岡さんは金平糖が好きみたいよ」
龍之介は思う。そんな情報いらないんだが。
琉花から着信が来た。
件名なし
龍さん。望月さんはトイゼリヤに来てるんスか?
件名なし
望月なら来てるよ。
件名なし
龍さん。望月さんの連絡先を聞いたほうが良いっスよ。これでは望月さんとはいつまでも友達の儘ですよ。
龍之介はゴクリと固唾を飲み込む。まりあとの生易しい関係が続くなら、振られたほうが良いのか。今のところまりあは龍之介が好きな様子がない。振られるのが怖くて、勇気を振り絞って告白できない。
龍之介は思う。龍之介が告白したらなんのことかな、とまりあはきっと、とぼけるだろう。
そういうまりあが好きなのだが。実はもっとはっきりしてほしいと言うところが龍之介の本音である。まりあは優しくていい子なのだが、恋をしたことがなく、恋らしい恋もしたこともないと言う。どうすればよいのだろうか。
◇◇◇
「桃華ちゃん! とっても美味しそーだね!」
桃華は琉花とやり取りをして、ひっそり計画を立てていたことを実行に移そうと思った。
「桜井達と今度、
「遊園地? 行く行く! 龍之介くんは異性の親友だもん!」
「桜井のことを恋愛対象として捉えたことはある?」
「れ、恋愛対象? わたしが、龍之介くんを、れ、恋愛対象として……。見たとこがあるかという……?」
「まりあはいつも優柔不断なのよ」
「……」
「桜井がまりあを見る目は恋愛対象としてよ。気づかないの? 桜井はバイトで忙しい中、お弁当をまりあに作ってくれる。それになにか感じない?」
「龍之介くんはわたしの事が好き……?」
「桜井が逆ナンされたとき、まりあ、遠慮しちゃったじゃない『龍之介くんはわたしの者!』って抱き着くくらいしなさいよ。そうじゃないと桜井ずっと報われなくて可哀想でしょう?」
まりあは思い返す。あの桜並木の広場である男の子に言われたこと……。
◇◇◇
あれは幼稚園の頃。
優子が交通事故で世を去った日の事。
まりあは桜並木の広場で声を殺して泣いていた。大きな目から涙が溢れた。優子とはもう会えない。話せない。抱き締めてはくれない。優子を抱き返せない。まりあは涙が溢れて止まらない。すると堅物そうな男の子がまりあの隣に腰掛けた。
『あんたにやるよ』
『え?』
『いつか、あんたがお母さんとまた本当に会える日のときに』
おもちゃの指輪を貰った。
『……え?』
『あんたに指輪を渡してやる。悲しくなったらいつでも! この指輪を握れよ! 俺がいつか大きくなって本当にあんたと結婚するときまでに。この指輪を持ってろ』
『いいか! 本気で言ってるんだぞ! 俺は将来あんたと結婚するんだ』
頬の下にほくろがあった。それはもう昔のこと。だが、彼が言ってることはまりあは冗談だとも思わなかった。
頬の下にほくろがあるというとそれは。
『おい、あんた何をそんなに泣いてるんだ。俺がいるから安心しろ』
当時の面影はほとんどない。彼は背が高くなっているから、顔立ちも違う感じになっている。その彼は多分頬の下にほくろがある────。
「おい。あんた。何をそんなにボーッとしてるんだ?」
「ご、ごめんね」
「別に。俺は大丈夫だけど、あんたは?」
龍之介はその幼稚園の頃の彼か。推測の域でしかないが。まりあは思う。龍之介はもしかして毎日欠かさず、お弁当を作ってくれる。ガラは悪いけれども彼はなんだかんだ言って優しい。龍之介か逆ナンされて、遠慮してしまった。その時からずっと龍之介に恋をしていたのかも知れない。
「あっ……龍之介くん?」
「あ? 俺はもう仕事に戻るからな」
「本当は恋してるんじゃない? 桜井に」
目をパチクリと瞬いた。
「まりあ。行こうね? 今度は桜井は意中の男性として」
「じゃ、十一時頃に集合ね!」
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