第十二話 眼

(まりあは大丈夫なのだろうか。浅川さんにまりあの搬送先を教えて貰えたら良いのだが。お見舞いに行きたい。浅川さんに教えて貰おう。私は風下の電話番号を知らないんだよなあ。浅川さんに聞いてみるか)

 桃華は夏休みの夜に自宅で浅川のSNSにメールをする。風下琉花の電話番号とメール先を教えてもらえないか。浅川から返信が来る。桃華はまりあが搬送された病院にお見舞いに行きたいと書いたが、まりあの病院はこちらでは教えられない。とメールが来た。桃華は思う。まりあに命に別状がないと良いのだが。琉花のメールアドレスに紹介文とメールを出した。


(……風下にメールしても返信がない。まりあの搬送先の病院知らないからお見舞いに行けないんだよね)


(先日も聞いたんだけど浅川さんはあんまりまりあの搬送先を教えてくれないんだよね。命に別状がないと良い。心配すぎる。風下に帰るわなんて言ってしまったから怒っているのかな)


 桃華は琉花に携帯に電話をかけた。


(ん? 繋がった?)


「もしもし。桶川です」

「もしもし、あらまあ! 桃川桶華さんッスか? 今日超俺エクスタシー!」


「……桃川桶華さんって誰ですか?」

「俺ね! 第一体操第一はじめ! 桃川さん、今日は寝させませんよ! 時こと風の如く〜! 静かなる〜!」


「ん? 武田節? ……それ、私の死んだ親父がよく歌ってた曲だわ」


 桃華は感極まるのか、はたまた爆笑するのかどちらか分からない状況になる。


「桃川さん! 俺。自分のことめっちゃ好きやねん!」


 琉花はナルシストなのか。分からない。もしかしてと思い、桃華はパソコンを開いた。クーグルで検索した。


「関西では自分は二人称?」

 桃華は分かった。琉花は自分のことが好きなのか。


「風下? もしもし?」

「すみれは美しく散る〜!」


「あの、風下。聞いてる?」


「私は風下のことは良い友達と思ってたけれど、実際は……? 夏祭りのあのとき、私になんて言おうとしたの?」


「ああ、俺の告白ッスよ!」

「風下。そのことは考えさせてほしいな」


「今日は淫らなグラビアモデルが〜〜〜!」

「あの、私の話聞いてる?」


「なんか、よく状況がつかめないんだけど」

「ああ〜〜〜!」


 桃華は首を傾げ、琉花の電話を切った。


 ◇◇◇


「ムッツリな龍さんがあの動画を持っているとは……!」


「ぎょえええ! 龍之介! 琉花! 俺。全然そういうのに免疫ないんだけど」


「胸が麗しい! ギャァァァ!」

 完全に三人はノリノリになってしまった。そこへインターホンが鳴る。


「だ、誰?」

「やべえ! 龍さん! パソコン閉じないと」

「もっと見せろ! お前らはクローゼットに隠れてろ!」


 龍之介は二人を無理やりクローゼットに押し込めた。


 誰かが鍵を開けてきた。琉花と晴人は焦りまくる。二階まであがってきた。ドアをノックしてきた。


「龍之介! ただいま〜!」

「開けるわよ〜!」


「ギャァァァ!!!」

 琉花と晴人は叫ぶ。


「あらま。貴方、性欲があったのね! 嬉しいわ!」


「そうだよ。母さん」

「龍之介! 良かったじゃない! これも立派な性教育の一環よ!」


「龍之介! あらまあ、この男優は良い男じゃない! もっと見せなさいよ!」


「母さん、俺と一緒に観るか?」

「あら、龍之介。あの男優素晴らしい体格ね!」


「あんた中学時代に彼女いたわよね?」

「ああ、あれか」


「その子とは別れたんでしょ? お母さん知ってるわよ〜! 彼女は恋愛的な眼つきだったけれどあんたは恋愛的な眼つきではなかったわね! あんたに遊ばれた方も哀れだけど深層心理を知らないで付き合ったあんたも気の毒だったわね」


「なら、母さんは? 彼氏とは旅行に行ってたんじゃねぇのかよ?」


「母さん彼氏に別れを切り出したのよ」


「……は? あんなに彼氏に熱上げてたのに?」


「あんた馬鹿じゃないの? あんたは小学生の頃に読み書きが出来なくて特別支援学級に入れられそうになったじゃない。IQテストしてすごい数値出たのに。本当にあんた脳みそあるのかしら? 母さんはあんたまりあちゃんに真剣に恋をするようになってから私もすっごく悩んだのよ。あんたがまりあちゃんに本気で恋をする姿を見て私は我が身を省みたのよ」


「私は彼氏のことが本当に好きなのか。それとも私が遊んでるのか。私が遊ばれてるのか。本当は私はあの人が倒れて、勝手に傷ついただけ。私は永遠を誓った新十郎に背いただけなのよ」


「……」


「新十郎は私を許してくれるかどうかは分からない。けれどあんたは少なくとも私より、本当に恋をしてたのよ。あの子に」


 琉花と晴人は顔を見合わせた。


「……すげえ母ちゃんだな」

「……そうだな」

「その声は風下くんと沖田くんかしら? 龍之介の高校のお友達よね?」


「少年よ大志を抱けなのよ!」


「お泊りするなら、あんたと風下くんと沖田くんにお料理作ってあげるわね。龍之介はまりあちゃんが隣にいないと大騒ぎするんだから。風下くんと沖田くんはお料理何が良いかしら? 龍之介。あんた風邪引いてるんだったらカレーライス作るわね。台所が無茶苦茶じゃない。数年ぶりに掃除してあげるからあんたは休んでいなさい。私はあんたのお母さんなんだから」


 奈津子は部屋をあとにした。

 龍之介は熱でベッドに身体を横たえる。


(……まりあ。あんた、大丈夫か?)



 まりあは病院食を美味しそうに頬張る。すると声をかけられた。


「まりあ?」

「あっ、桃華ちゃん?」


「容態はどう? 大丈夫?」


「大丈夫! 元気だよー!」


「いつものあんたで良かったわ。はい、お土産。林檎を剥いてあげるよ」


「嬉しいー! ありがとうー!」


「桃華ちゃんは、もうお昼ごはん食べたのかな?」


「私の昼飯はインドカレーだよ」

「うふふ! 美味しそー!」


「まりあは、桜井のことどう思う?」

「……ど、どう思うって? 友達だと思ってるよ!」


「桜井は、かなりのイケメンじゃない?」

「……イケメン? イケてるめんつゆの略かな?」


「イケてるめんつゆ? よくわからないけど旨そうね。桜井も背伸びたよね」


「桜井のことはどう思う? 格好いいなとか思わないの?」


「うーん。格好いいかな?」


「桜井が彼女作ったらまりあはどう思う?」

「嬉しい! 応援するよ! 友達だもん!」


「桜井の好きなひとは誰だと思う?」

「知ってる! おむすびとしらたきが好きな人だよね? 晴人くんから聞いたよ」


(……あのお馬鹿。まりあにどういう入れ知恵したのよ)


「まりあは、桜井のことはどう思う? かなりの美形だし、成績優秀だし、料理も好きだし、強いて悪いところと言うなら口が悪くてガラが悪いだけじゃない?」

「うふふ。龍之介くんは、美味しいお弁当を作ってくれる優しい友達!」


「まりあに好きな人はいないの? 気になってる男子いるんじゃない?」


「……気になってる男子? ビーバーのぬいぐるみで遊んでるよー」


「まさか。桃華ちゃんは、龍之介くんのこと好きなの?」


「まりあ。そんなわけ無いわ。私は桜井に興味無い」


 ◇◇◇


「龍さん。風邪の具合どうッスか?」

「まぁまぁだ」


「じゃ。俺は寝落ちしますよ」


 蝉がなく日。龍之介はベットに身体を横たえた。龍之介はおでこを手にやった。汗をかいてる。


(……なんで俺はこんなに恋ごときに翻弄されるんだろう)


「龍之介。夜食のおにぎりよ〜! あんたご飯食べなさい。病み上がりなら尚更ね」


「ああ、母さん」


「ちゃんと熱は下がったの? ゆっくり休みなさい」


「龍之介。おやすみ」

「はーい」


 まりあが授業中に居眠り姿もかわいい。ご飯を美味しそうに食べる姿が、かわいい。黒目がちな目もかわいい。まりあが辛そうにしていると守ってあげたくなる。


(俺。何考えてんだろ)

 布団に潜る。そのまま寝静まった。朝方になり日が照ると。小鳥のさえずりが聞こえる眠い中。電話に着信が鳴る。


「龍之介〜! 今日。俺夜遅くまでバスケ観戦してるんだよ〜!」


「ああ、そうか。晴人」

「俺。悠木かえでって子が好きなんだけれど龍之介は応援してくれるかな?」


「かえでから連絡あって俺。めっちゃ嬉しくて」

「そうか、良かったな」


 龍之介は晴人の話の内容が耳に入ってこない。晴人との恋路は応援していた。だが、まりあは龍之介を全く眼中にない。龍之介は晴人に少し苛立ってくるが仕方ない。話に適当に相槌をうつ。晴人からの電話は切れた。ベットに再度横たわったが、龍之介の胸に貯まるモヤモヤはおさまらない。


「……電話も全然、集中出来ねぇ。なんでだろ。俺」


 龍之介は、独り言を呟いた。


(まりあに会いたいな)


 まりあと結ばれた姿を想像する自分は本当に気色悪い。まりあにこんな感情を持っていることを知られたらとても恥ずかしく思う。


 龍之介は携帯に登録した桃華にメッセージを送る。


「桶川は、まりあの連絡先を知ってるか?」

 返信が返ってきた。

「まりあの連絡先なら知ってるよ。桜井に教えようか?」

「ああ、ありがとう。桶川。まりあは俺になにか言ってたか? まりあの情報また教えてくれるか?」


「……へぇ。あんたは、文字通りの臆病者ね。あんたがまりあのことが本当に好きだったら、こんな卑怯な手段を使うんじゃないわよ。男たるもの堂々と告白しなさいよ」


 言葉が喉の奥に詰まる。龍之介は桃華になにも言い返せなかった。龍之介はこう書いた。


「俺はまりあに告白してふられるくらいなら、いまの関係のままでいいと思ってしまう」


 龍之介はそう書いた。


「いまの関係のままで本当に良いの?」


 龍之介はこう書いた。


「このはっきりしない関係はもう嫌だ」

「なら、まりあに勇気を振るって告白したら?」


 龍之介は達観した目をした。

 川に落ちるまりあの眼は悲しげだった。


 龍之介に「クソ親父」と罵られた新十郎と同じ眼をしていた。龍之介は思った。

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