ステップ12

 僕たち三人を載せたラングラーは、後ろにキャンピングトレーラーをくっ付けたまま、全速力でハドソン川に架かる橋を渡っている。

 僕は後部座席から、助手席のハッピーに言う。「ハッピー、そこのグローブボックスにハーシーズバーが詰まってると思うんだけど」どれでもいいからひとつくれないかな。

『どうぞ』

「ありがとう」僕はヘーゼルナッツ入りチョコバーを齧りながら言う。

 僕は言う。「これは──始めて言うことだけれど」

「何かしら」ハンドルを握りながら、前を向いたままプープーが言う。

 僕は言う。「僕、犬がすきなんだ」

 前を向いたままのプープーが言う。「知ってるわ」

 プープーは言う。「ルルには何て言えばいいのかしら──とにかく──感謝してるわ」

 僕は言う。「チャンスを無駄にするなよ」このままグランドキャニオンに突っ込んでエンドロールが流れて終わりはゴメンだ。あと、奇跡はナシだ。

 プープーはクラクションを鳴らしまくって、バイクで抜くみたいに車を抜いている。「分かってる。無駄にしない。奇跡はナシよ」

『奇跡ナシ!』

 ハッピーもボードに強調付きで書かれた言葉を見せてくる。OK、あとはどれだけ逃げおおせるか、運次第だ。

「ねえベイビー、お願いしてもいいかしら」

 プープーが、運転しながら片方だけ僕の方に差し出した手には、ハッピーが渡した便箋が握られている。

 プープーは言う。「運転しながらだと読めないじゃない?」

 僕は言う。「ハッピーが恥ずかしくないなら、いいけど」

 プープーの方に向けられたハッピーのボードには、こう書かれている。『あなたに知られてはずかしいところなんてもうないわ』

「OK、読もう」

 クローバーのシールを剥がすと、折り畳まれた飾り気のない便箋が現れた。ハッピーの努力の結晶だ。拙い字で、精一杯の文章が書き連ねられている。

 僕は言う。「ええと、こう書いてある」


 わたしの宇宙で一番愛しい愛しいプープー=ブリンガー様へ


 あなたがこれを読んでいる時、隣にわたしはいないかもしれません。儀式に失敗して、わたしは目が覚めていないかもしれません。それでも、わたしはあなたに言葉を残したいのです。

 あなたと出会ったのは、忘れもしない、あなたが偶然参加させられていたグループセラピーでした。わたしはあなたを一目見て、わたしを自由にしてくれる存在だと確信しました。ですから、自由になりたがっていたあなたの手助けをし、わたしも連れて行ってくれるように仕向けました。

 そうですね。あの時自由になりたがっていたのは、あなただけではありませんでした。あなたがわたしにメロメロなのはバレバレでしたが、初め、わたしはあなたを利用しているだけでした。

 いつからあなたに本気になっていたのか、それはわたしにもわかりません。わたしは毎夜あなたを知り、あなたもまた毎夜わたしを知りました。

 あなたが奇跡を止めようとした時、わたしは反対しました。けれど、わたしと並んで歩きたいと言ってくれて、ありがとう。本当は、その言葉が一番嬉しかったです。

 あなたはわたしの人生そのもの。ずっと一緒にいられるように出来なくてごめんなさい。あなたと離れ離れになるのは身を引き裂かれる思いですが、心が共にある限り、わたしたちは不滅です。わたしたちはどこにでも行けます。あなたがわたしの姿を思い出す時、ハグの感触を思い出す時、そして、永い時が経って、あなたがいつかわたしを忘れてしまっても、わたしは永遠にあなたを愛し続けています。

 あなたのすべてを赦します。

 愛してくれてありがとう。


 キスが届きますように

 あなたのハッピー


 僕が読み終えて顔を上げると、バックミラーには平静を保とうとしているらしい、ぐしゃぐしゃのプープーの顔が写っていた。わお、僕まで泣きそうだ。

 僕は言う。「プープー、車を停めた方がいい。これじゃサツに見つかる前に事故が起きそうだ」

「そ、そうね、停めるわ」

 上擦った声でプープーが言うと、車は路肩に停まった。多分、僕たちのアパートに程近いニュージャージーの何処かだ。

「ハッピー」

 プープーは言う。

「あなたを置いて行こうとしてごめんなさい」

「二度と一緒にいられないなんて思わせない」

「だから」

 プープーは言う。

「だから、ハッピー、結婚しましょう。これからもずっと一緒よ」

 ハッピーはすぐさまボードに言葉を書き込んだ。

『ありがとう、もちろん』

 僕は言う。「おめでとう、次の目的地はベガスかな」

 プープーは言う。「それもいいわね、でも、式は捕まる前にさっさと挙げましょ。誓いの言葉はあんたが言うのよ」

「我流でいいなら言うけど」

「じゃ、頼むわね」

 プープーはハッピーの手を取って、僕の言葉を待っている。僕は牧師じゃないけれど、多分神は許してくれるだろう。

 僕は言う。「あー、汝、プープー=ブリンガーはハッピーの事を、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しき時も富める時も愛し、慰め、助け合い、何でもいいけどとにかく愛することを誓いますか」

 プープーは言う。「ええ、誓うわ」

 僕は言う。「汝、ハッピーもおんなじ事を誓いますか」

 ハッピーはボードを掲げて言う。『はい、誓います』

 僕は続ける。「ついでに、子供を作らないことを誓いますか」

 プープーが閉じた目を開いて言う。「は?何よそれ」

 僕は言う。「一応僕たちAAのメンバーだろ?子供なんか出来た日にはルルに顔向け出来ないよ」

「わかったわ、子供は作らない。そもそも、あたしたち子供が出来る組み合わせじゃないもの」その代わり。プープーは言う。

「その代わり、犬を飼いましょ?それなら文句無いでしょう」

 僕は言う。「デカいやつ?」

「ええ、デカいやつよ」

「ペットショップは駄目だ」

「里親募集中の捨てられた子から選ぶわ」

 僕は考える。

「OK、ああ、汝らは子供を作らず、僕たちの共通の友人ルルのことを忘れず、代わりにデカい犬を飼うことを誓いますか」

 プープーが言う。「こう言えるわね──“あらゆる罪を犯した。母親になる罪を除いて”……誓うわ」

 ハッピーも言う。『はい、誓います』

 僕は言う。「よし、じゃあサツに追い付かれる前にさっさと遠くに行こう」

 ハンドルを握り直し、アクセルを踏みながらプープーは言う。「婚姻届を出しにベガスに行くの、悪くない気がしてきたわ」取り敢えず、80号線を目指すわ。

 僕は言う。「いい感じのデカい犬を見付けたら、ルルって名前を付けよう」次にルルに会えた時にルルがどんな顔するか、今から楽しみだよ。

「そうね。あたしたち、上手くやれると思うの」

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産まれてしまった子供たちの為に 夢葉 禱(ゆめは いのり) @Yumeha_inori

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