「藻守さん、査定お願いします」
墨尽
1番重目 変身は可能か
「
インカムから流れてきた声に、藻守さんは顔を上げた。足元にたくさんの玩具やぬいぐるみが転がっている中、僕に責めるような目を向ける。
「そんな顔しても、指名ですよ。藻守さん」
「
自ら散らかした玩具を跨いで、藻守さんは溜息をつく。垂れ目がちの瞳が更に垂れ、頬は僅かにぷくりと膨れた。
数か月前から働き始めたこの職場は、所謂リサイクルショップだ。敷地は広く品数も多いのに、従業員は絶望的に少ない。
アミューズメントフロアもあるし、ゲーム、おもちゃ、古着、釣り具、家電、漫画……様々なエンタメで溢れた職場だ。
そんな職場で僕は、「おもちゃ担当」という超多忙な部署になり、先輩の藻守さんの下について仕事をしている。
藻守さんの作業場は、玩具であふれている。番重いっぱいに詰められた玩具を仕分けして、品出しするのが藻守さんの仕事だ。
アニメ、特撮、漫画、それらがひしめき合う番重の中は、まさにカオス。それを仕分けるのは至難の業だ。
この仕分けが完璧にできるのは、藻守さんしかいない。
一見すると散らかったこの作業場も、藻守さんにとっては聖域。決して片づけたり、続けて仕分けをしたりしてはいけない。
「さて、藻守さんが帰ってくるまで、何するか……」
藻守さんは年齢不詳だ。見た目はとても可愛くて、何よりも小さい。
150㎝以下である事は間違いないが、「小さいですね」「可愛いですね」という言葉は、彼女の地雷だ。
踏んだら最後、数時間は口を利いてくれない。数週間前に身をもって知った事だ。
仕分けが済んでいそうな番重を見繕って、中に入っている玩具を引っ張り出す。
中に入っていたのは仮面ランダーの玩具で、セットはされていないがある程度揃っているようだった。
「仮面ランダー、苦手なんだよな。でも仕分けてあるのこれしかないし……」
仮面ランダーは一年ごとに新しくなる。玩具も一年ごとに新しくなるが、リサイクルショップでは今まで出たランダー商品全てを取り扱う。
その数は膨大で、これを仕分けるのも非常に難しい。
この玩具は何年前のランダーの変身ベルトで、付属品はどれか。知識がないと調べることも出来ない。
藻守さんに教えられた知識を駆使して、変身ベルトを並べる。我ながら完璧と思いながら組み立てて、いざ加工という所で声を掛けられた。
「向山、ストップ」
「あ、藻守さん。おかえりなさい」
きょとんとした顔をした藻守さんが、並べられた玩具を見つめている。
特撮系の玩具に詳しいのも、この職場では藻守さんだけだ。その仕事量は半端ではないので、彼女の力になれたことが誇らしい。
藻守さんは垂れた瞳を見開き、小さな口を開いた。
「向山、これでは変身できないぞ」
「……は?」
「このセットで、向山は変身できるのか?」
セットしたベルト一式を掴み、藻守さんはそれを裏返した。ベルトには二つのくぼみがあり、それには筒状の付属品が差してある。
「この付属品では変身できない」
「え? ちゃんとこのベルトに合うの差しましたよ? 正規品では無いという事ですか?」
「違う。組み合わせが違う。このウサギの筒と、戦車の筒の組み合わせじゃないと、初期フォームに変身できない」
僕は足元を見下ろして、口を引き結んだ。
その筒は何種類もあり、足元には数十個も転がっている。その中から正しい二つを選ぶなんて、僕には不可能に等しい。
固まる僕を放置して、藻守さんが別のベルトを手に取った。
そのベルトの付属品には、豪勢なものを選んだ。組み立てた付属品は相場の価値も上がっていたので、高く売れると思ってセットにしたのだ。
「それとこれ、向山は初期フォームをぶっ飛ばして、最終フォームへ変身するつもりなのか?」
「……」
「向山はそれでいいかもしれんが、この玩具を買うキッズは初期フォームがお望みなんだ。最終フォームの付属品が欲しい転売屋に、生殺与奪の権を握らせるな」
「……ちょっと意味が分からないんですけど……」
急に出てきた鬼の雰囲気に苦笑いを零すも、藻守さんは止まらない。また別のセットを掴んで捲し立てる。
「こっちのセットも、必殺技が使えない仕様になっている。向山は必殺技を使わずして敵を倒そうと思っているんだな。素晴らしい意気込みだ」
「も、藻守さん……なんで僕が変身することになって……」
「ん? こっちはメインでありながらサブへと変身する気なんだな? 自ら縁の下の何とやらになりたいとは、何と殊勝な事だ」
「……すいませんでした」
最早返す言葉もない。僕が謝ると藻守さんはベルトを素早く組みなおした。
それを目にもとまらぬ速さで加工しながら、藻守さんは口を開く。
「向山と同じように、これを買う子も、その子の保護者も、知識がない事が多い。こちらがきちんと売り出さないと、買って帰って泣くのは子どもだ。ちゃんと変身できないと、可哀そうだろう?」
「はい。そうですね……」
僕が言うと、藻守さんは朗らかに笑う。優しい笑みだ。
藻守さんが笑うことは珍しくないが、この手の笑みは貴重だ。
「でも手伝ってくれたことは嬉しい。特撮系玩具はみんな避けて通るから、助かる」
「藻守さん……素直なの超かわいい」
そう言った瞬間、藻守さんの雰囲気が変わる。
小さな鼻梁に皺が寄り、威嚇する子猫のように口を開いた。
「……お前のような陽キャに、向ける笑顔ではなかったな」
「僕は陽キャではありません。ちなみに変身もしませんよ」
僕の言葉を無視して、藻守さんは作業へと戻った。
拗ねる姿も可愛いのを、彼女は自覚していない。
「藻守さんは、仮面ランダー好きなんですね?」
「……好きじゃない。でも愛着はある」
藻守さんはそう言いながら少し微笑み、再度玩具を仕分け始めた。
番重に詰まっているのは、かつて誰かが嵌った沼だ。そして今度は誰かが嵌る沼でもある。
リサイクルショップ『沼はまストリート』で、藻守さんは今日も沼の中を泳ぐ。
「藻守さん、査定お願いします」 墨尽 @mohuo_yuhima
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