再会を約して
惑星ラートリーの宇宙港は、当然のことながら二百年前の面影を残してはいなかった。だから、ライラが最後にアルトゥールを抱きしめたのはどの辺りのことだったか、現在の彼女には分からなかった。彼女の主観でも半世紀以上も昔の、曖昧な記憶だから仕方ない。
「懐かしい……」
それでもライラは微笑んで呟いた。同じ船を降りた乗客たちが、彼女を追い越していく。彼らは若く、思い出で胸を塞がれてはいない。
分厚いドームが星々を覆う、黒い空。そこに時折、花火や様々な光の像が稲妻のように過ぎる。闇と人工の光が同居する、これこそラートリーの夜だった。
故郷に降り立つライラが一歩を踏み出すたびに、かつての記憶が蘇る。遥かな時と距離を旅し続けて、枯れて痩せた足の歩みは
別れの切っ掛けは、とある星系主催のコンテストでの入賞だった。ライラの作品が最初に認められた時。百年前のコレクションに触れた感性が、当時の審査員には新鮮に見えたらしい。
『私、行くね。試してみたいの。私の実力っていうか──才能が、あるなら』
『そう』
授賞式に招かれた二十五歳のライラが告げると、アルトゥールはあっさりと頷いた。見た目に似合わぬ老獪さゆえに、彼は感情を隠すのも巧みだった。でも、ライラには天使の微笑の裏を見通すことができた。必死に平静を装う彼の内心が見えたから、退職金の話題になる前に、彼女は早口に付け足した。
『そして、戻ってくる。ラートリーの夜明けの時に』
『ライラ……?』
『冷凍睡眠を繰り返せば、私でも二百年くらいは生きていられる。旅を続けて、その先々でアルトゥールのために作品を創る。夜明けが良いかな? 太陽が昇るところを、いろんな星で、いろんな角度から見せてあげる』
まだ新人でさえないアーティストが、二百年に渡って作品を発表し続けられるのか──分からないけれど。ライラはあらゆる努力と手段を尽くすつもりだった。
『待って。それじゃ、君の知り合いも皆死んじゃうじゃないか。ひとりになっちゃう……!』
『だから、最後は帰ってくるんだってば。アルトゥールは、ここで夜明けを待つんでしょう?』
彼をひとりにしないために、彼女が考え付いた手段はそれだけだった。宇宙の彼方に別れたとしても、約束があればまた会える。長い夜も耐えられる。
『帰って来ないかもしれない。旅立った先で、恋をしたり家族を持ったりすれば』
アルトゥールは、彼自身に言い聞かせているようだった。期待を持つまいとするかのように。そんな声を聞かされては、ライラの決意はより固くなるだけなのに。彼女の家族は、彼だけなのに。
『大丈夫だってば。だから……待っていて』
だから、ライラはそう囁いてアルトゥールを抱きしめた。
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