二百年前の日没の後

「もう、うるさいんだから……!」


 十七歳のライラ・グローヴズはドームの空を彩った花火の閃光と、一瞬遅れて響いた人々の歓声に金色の眉を寄せ、足を早めた。数週間前の以来、ウシャスではあの手のバカ騒ぎがあちこちで開催されている。生まれながらのラートリー人、本来の堅実・実直を旨とする鉱業惑星の気質を持つ彼女には耐え難い騒音だった。


 父さん母さんが、生きていれば。


 ライラは何度も呟いた「もしも」を奥歯で噛み殺す。

 彼女の両親は、鉱業で栄えていた頃のラートリーの活気に惹かれて単身移住した労働者だった。この星で出会ってライラが生まれて──の時代に資源を掘り尽くす計画は始めから分かっていたから、が来たらまた別の星へ移住する予定だった。


『太陽がないと生きてるって気がしないだろうからな』


 父がそう言っていたのを、ライラはよく覚えている。夫婦ふたりで働いた蓄えで、移住の費用を賄う。その頃にはライラも基礎教育を終えていて、他星で専門教育を修める──そんな、明るくも堅実な未来を思い描いていたのに。

 鉱山での事故で、ライラは両親を失った。ふたりの遺産は、今ではかなり心もとなくなっている。歓楽惑星に姿を変えたラートリーで、簡単な仕事をして暮らすだけならともかく、他星への移住には足りない。それに、受け入れてもらうだけの資格や職歴がなければ。


「仕事、そろそろ決めたら? とりあえず、で良いんだから。資格の勉強は仕事しながらでもできるわ」


 職業案内所に入ったライラに、職員の女性が困ったように微笑んだ。個室ブースには十指に余る数の求人票が中空に表示されているけれど、どれもライラが望む職種ではない。ウェイトレスや清掃員──キャリアにならないものばかり。


「そう、ですね……」


 こんな仕事で移住に必要な資金を貯めるのに、いったいどれだけかかるのだろう。星都ウシャスを覆うドームはの暗さと寒さに備えていっそう分厚く補強されてしまった。人工の昼夜は巡っても、星の光はもう見えない。夜に閉じ込められた星で、虚しい輝きに目を眩ませ、虚ろな嬌声に耳を塞ぐ日々は想像しただけで息が詰まる。でも、何年か──何十年か、耐えるしかないのだ。

 

 ライラがむっつりと考え込む重たい沈黙を、職員の明るく作った声が破る。


「あとは──住み込みの仕事は? 家賃も浮くし、将来は信頼できる人柄だ、ってアピールにもできる」

「住み込み?」


 若い女に? と。ライラが警戒したのが分かったのだろう、職員は宥めるように微笑むと、一枚の求人票をライラの目の前に表示させた。


「郊外だけど、貴女にはその方が良いんじゃない? 仕事内容は、調家事全般と、雇用主の話し相手。条件は──」


 職員が一瞬言葉を切った理由は、ライラにも分かった。その住み込みの求人に記載された条件はどうにも曖昧で、しかもこの惑星にはこの上なく不釣り合いだったのだ。


「太陽が好きな方、ですって」

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