明けない夜のヴァンパイア
悠井すみれ
夜明けを待つ夜の星
シャンデリアが輝く星間宇宙船のサロンに、盛装した老若男女がたむろしている。彼らの話題の中心は、サロン中央の3Dモニターに映し出される惑星ラートリー。そして、闇に沈む星の中に煌々と輝く星都ウシャスだった。
「
「でも、ウシャスがその名に相応しいのは今だけだ」
「次は何百年後だっけ。今、生きている人間のほとんどは再びこの星の夜明けを見ることができない」
船客たちの高揚は、ラートリーの歴史の一ページに立ち会おうとしているからこそのものだ。
極端な楕円形の公転軌道を持ったこの惑星は、一年──といっても地球の基準では三百年近くに相当する──のほとんどを暗く冷たい夜に閉ざされる。この星系の太陽はラートリーの公転軌道のごく端に位置しているから、ほとんどの季節では熱や光の恩恵が届かないのだ。夜の時代のラートリーでは、太陽は地球から見た満月程度の光源でしかない。
過酷かつ極端な環境の
そして再び長い長い夜が近づき──ひっそりと寂れていくはずだったラートリーを、指導者たちは観光地として再生させた。太陽が昇らないのを逆手に取って、退廃的かつ享楽的な夜の街として大々的に喧伝したのだ。闇に包まれた惑星の中で一点だけ眩しく輝くウシャスの映像は宇宙に広く知られて多くの観光客を集めた。そしてそれから約二百年経った今、惑星ラートリーは、人類が入植して以来二度目の夜明けを迎えようとしていた。
二百年ぶりに星都ウシャスは太陽の光を浴びる。夜の街として名を馳せた都市が、束の間の昼を迎える。その瞬間に立ち会うために、全宇宙から物見高い人々がラートリーを訪れているのだ。
サロンの片隅に老婦人が佇んでいる。白く変じた髪と裏腹に、緑の目は若々しい知性と好奇心を
「懐かしいわ……あの時みたい」
彼女の呟きを、グラスを手に話し相手を物色していた青年が拾った。彼は給仕ロボットを呼び止めながら、老婦人に話しかけた。
「あの時、と仰いますと? ラートリーは初めてではないんですか、マダム?」
青年に身振りで飲み物を勧められ、老婦人はロボットが捧げ持つ盆から炭酸水のグラスを取りながら柔らかく微笑んだ。
「私はこの星の出身なの。『夜明け』を見るために戻って来たのよ。……前回の『日没』ぶりに、ね」
さらりと二百年以上前の出来事を口にした老婦人に、青年は一瞬目を瞠り──そしてすぐに訳知り顔で頷いた。
「冷凍睡眠を繰り返していらっしゃる? 旅人なんですね」
今時、人によって時の流れの速さが違うのはよくあることだ。超光速航行に冷凍睡眠。違う時の流れで生きてきた人が故郷に帰れば、数百年経っていることだってあり得る。
青年の察しの良さを称えるように、老婦人はグラスを掲げた。青年が応じて高く澄んだ音が響くと、ふたりはそれぞれグラスを傾ける。
「ええ。色んな星で夜明けを見たわ。故郷の夜明けは、最後に取っておこうと思っていたのよ」
ロボットに空いたグラスを返すと、老女は右手を青年に差し出した。握手した瞬間に小さな電子音が響き、皮膚下埋込チップからお互いの情報が交換される。
「ミズ・ライラ・グローヴズ……映像アーティスト? すごいですね」
「ありがとう、ボーモンさん」
「ラートリーの夜明けも作品にするんですか?」
「いいえ。ただ見に来ただけよ。一緒に見ようと約束した人がいるの」
ライラはモニターに映る惑星ラートリーを眺め、約束の相手はその地表にいるのだと仄めかした。
「ご家族──ご親族でしょうか」
「いいえ、もう誰も。でも、友達が待っている」
多くを語る気はない、と笑みを深めたライラに、青年はきょとんと瞬いた。彼女がラートリーを離れたのは二百年前。連絡可能な親族が在住している可能性さえごく低いだろうに。
「今頃は、ウシャスもものすごい賑わいよ。二百年前もそうだったから」
青年の戸惑いを余所に、ライラは星都の輝きを見て懐かしげに目を細めた。
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