<第六話>

 まるで、世界が何かを待っていたかのようだった。連日で鐘が鳴ってから、次に鳴るまでは一週間の間があったのだから。





『まあ、ちゃんと息子が生き返ってくれたし、私の怪我も治ったんだ。いいってことにしないと、バチが当たるってもんだよ。ただ、“殺し合い”に勝った人間は、今後も呼ばれる確率が上がるって話だからね。そこは気を付けないとなとは思うけどね』

『そういえば、聞いたことあります。負けた人より、勝った人の方がまた呼ばれやすくなる。酷いと連日で殺し合いに呼び出されちゃう人もいるって……どうしてなんでしょうか』

『…………さあねえ。神様が考えてることは、私にはわからんからね』




 シュレインは嘘付きだな、とグロリアは苦笑した。何故、殺し合いに勝った人間が再び舞台に上げられる確率が高いのか、彼は最初からその理由を知っていたのに、と。

 簡単だ。神様が考えていることなど、本当にシンプルなことでしかなかった。

 一度勝った人間は、次の戦いでも勝てる可能性が上がる。特に、短時間で素早く相手を屠ることができた“素材”は、神様には何よりも魅力的な存在としてその眼に映るのだ。

 本当は彼らだって“神様”などではないくせに、その瞬間だけ彼らは神様気取りになれるのである。いや、神様を気取っているつもりさえないのかもしれない。自分達がやっていることはごくごく当たり前な、ほんの些細な遊びでしかなくて――それによって、町の住人が苦しむことなどまったくの度外視であるのかもしれなかった。

 そう、グロリアは再び舞台の上にいる。

 晴天の下、戦場に立たされているシュレインと共に。予想できない話ではなかった。なんといってもグロリアは先日、極めて短い時間でミツルギを葬ることに成功している。瞬殺したとまでは言えないかもしれないが、非常に“強い素材”と見なされるのもわからない話ではなかった。対するシュレインも、棍棒を使ったパワープレイは実に見事なものであっただろう。彼の方は、満身創痍での勝利だったのでそこまで圧勝のイメージはないのだろうが。




『この町は、おかしい』




『幼稚舎の頃から、俺達全員が戦いの修行をさせられる。町の外にはモンスターが出て危ないから、っていうのが一応の名目だけど、実際はそんなもの誰も見たことなんてないし、襲われたことのある人だっていないだろ。実質、全部殺し合いのための修行のようなものじゃないか。何でこんなことする必要があるんだ?こんなことして、一体誰に得があるっていうんだ……』




『決まっている、解決策なんか何もないからだ。殺し合いをやめることなんかできない。確かに、俺達は誰もそんなことしたくはないし、“神様”さえいなければと思ったことは誰だって何度でもあるだろう。でも、俺達は“神様”を殺すことはおろか、逆らうこともできない種族だ。“神様”が俺達の目の前に姿を見せたことが一度だってあるか?ないだろう?姿も見えない、この世界に降りてくることさえない相手を一体どうやって倒すというんだ。俺達は、此処から出る術なんか一切持たないというのに』




『逆らったら、世界が滅ぶってことだ』




『俺達は人間じゃない。だから殺してもいいし、傷つけてもいい。“神様”は、そう思っている。……それだけだ』




 何故、鐘が鳴ったら殺し合いをしなければならないのか。

 選ばれた者以外も、全員がギャラリーとしてその場に参上しなければいけないのか。

 どうして、次の朝が来れば死んだ人間も生き残った人間も全ての傷が回復し、蘇るのか。

 そして何故――逆らったら、世界が滅ぶのか。


――全ては、一本の線で繋がっていた。あまりにも残酷で、あまりにもくだらない答えがそこにあったんだ。


 グロリアは真実を知った。そして、自分が想像していたよりも遥かにそれが絶望的であったことを悟ったのだ。

 最初はこの町が、前世で罰を受けた人間の地獄か何かであると思ったのだ。そういう物語を本で読んだことがあったからである。延々に、人々を殺しあわせ、苦しめ続ける地獄があるのだと。修羅の国に堕ちることでしか、贖えない罪がこの世にある。自分達はただ、それを覚えてないだけの大罪人であるのかもしれないと。

 呆れたことだ。自分達には“覚えてない罪”さえも存在してはいなかった。大罪人などではない。此処は、地獄でさえない。地獄であった方がよほどマシだった、なんでなんと馬鹿げた話であったことだろう。あるいは、これがせめて神様の実験場のようなもので、自分達がそのモルモットのようなものであったなら。いっそ、自分達が戦うことで神様の役に立っているとか、そこがそういう箱庭であるというオチだったのなら。まだ、心に救いを持つこともできたかもしれないというのに。

 真実はそれさえも上回る悲劇。いや、喜劇であるのかもしれなかった。

 大人達が隠し続け、子供達に教えずにいた現実がそれだった。グロリアは正しく、何故彼らがそれを伏せるしかなかったのかを理解したのだ。なるほど、自分が彼らの立場でも隠しておきたくなるというものだ。こんな、救いようもない、絶望的な現実なんて。


『……どうして、シュレインさん達大人は……あんな真実を知ることができたんだろう』


 あの日の、帰り道。ぽつり、とメルが告げた言葉がそれだった。覚悟を決めた筈だというのに、あまりにも受け入れがたいそれ。どこかで否定したい気持ちが働いたと、そういうことなのだろう。


『だって、普通に生活してたらさ。知りようがない、よね。こんなの』

『確かにね。でもメル、俺はなんとなく想像がつく気がするよ。……多分それも、神様の気まぐれなんじゃないかな』

『どういうこと?』

『この世界の正体を書いた本か何かをさ、神様がわざと図書館か何かに紛れ込ませておいたんじゃないかってこと。……それを知って俺達が反応するもよし、しないもよし。むしろ……別の神様がそれを見て、面白がるためだったのかもしれないね。そもそも、多くの神様はきっと、僕達がこんな事を考えて歯向かおうとしてるなんて……予想もしなかったことだろうから』


 神様達にとって、自分達は本当に“人間”ではなかったのだ。

 答えはただ、それだけのこと。

 ああミツルギやシュレインが何故それを繰り返したのか、今ならば痛い程理解できる。


『……グロリアは』


 メルは俯きながら、言った。


『全部を、終わりにする気、なのね?』


 数年を共に過ごした幼馴染には、全てが分かっているようだった。確認の言葉に、グロリアは頷く。

 楽しいことも、嬉しいこともあった世界だった。それでもこの世界の人々は、いつ鳴るかもわからぬ鐘に怯えて、心から笑うこともできずに苦しめられ続けてきたのである。それは、終わりなどない、延々の無間地獄。自分たちはそんな場所でしか生きることのできない、あまりにも儚くちっぽけな存在だった。


『みんなには、悪いと思ってる。全員の同意を得るなんてきっと無理だって知ってる。でも俺は……俺達に許された最後のカードを、絶対に捨てるべきじゃないと思うんだ。俺達の心って、誇りって、魂って、きっとそのために産まれたものだと思うから』


 だからさ、と。グロリアは――メルをそっと抱きしめて、告げたのである。




『次に俺が選ばれたら、その日を最期にする。……ごめんねメル、俺は……』




――俺は、この世界を……終わりにする。


 目の前に立つシュレインは、グロリアの意思をわかっている筈だった。彼は悲痛な顔でグロリアを見つめて、そして。


「……本当にやるのか、グロリア」


 覚悟を、問うた。あの時と、同じように。


「うん。……やります、俺。みんなには申し訳ないけど、俺は……これが唯一、神様に一矢報いる方法だと思うから」


 二度目の鐘が鳴るまでは、数分しかない。だからその前に、グロリアはぐるりと観客席の方を見回した。そして。


「みなさん、ごめんなさい。俺は……俺は、こんな残酷なこと、酷いこと、これで全部終わりにしたいんです!」


 叫んだ。観客席がざわつく。何を言い出すのか、と時折声が飛ぶ。

 同時に、予想がついた一部の者からは悲鳴が上がった。こんな世界であろうと継続を望む者がいるのは当然のことだ。むしろ大人の方が、子供よりも守りたいものが多いことだろう。我が子を抱きしめ、恋人の手を握り、こんな壊れた世界でも生きていたいと望むのは当然のことではある。

 それでも、グロリアは選ぶことにした。身勝手な自分は、それでも己の身勝手を通すことだけが、自分達に許された最後にして最大の権利だと信じていたからだ。


「みんなは、これでいいの?……神様が命令するまま、神様に人間扱いされないまま、このまま大好きな人たちを殺し合いをさせられるような世界で本当にいいの?悔しくないの?神様は本当は……神様なんかじゃないのに!だってあいつらは……!!」


 グロリアは、その場で真実をすべて、ぶちまけた。

 そして己が自分達の心を、魂を蔑ろにする連中を見返してやるには、これだけしか方法がないことを説いた。命を賭けて、全身全霊で皆に訴えかけたのだ。

 その言葉が、どれほど皆に届いたのかはわからない。グロリアひとりで町の全員を説得することなど不可能ではあるし、全員に正しく己の声が聞こえるとも思っていなかったのだから。納得できない人などいくらでもいることだろう。グロリアを自分勝手と罵る者もいてしかるべきだろう。なんといっても自分は、両親やメル、シュレイン以外の友人にさえ許可を取ることもしていないのだから当然だ。

 だからこれは、実際のところ自己満足でしかない。

 既にグロリアの中での決定事項を伝えているだけで、もしかしたら今なお蘇らないままのミツルギさえも反発すようなことであるのかもしれないのだ。

 それでもただ、“決めていた”。ゆえに、グロリアは。


「罰が下るということは、神様気取りの連中が俺達を不快に思うってこと。損をするっていうこと。気に食わないってこと。……たったそれだけ。傷をつけるなんてレベルじゃないのかもしれない。でも俺は。……俺達の意志がちゃんと此処にあるってことを、あいつらに見せつけてやらなくちゃ気がすまないんだ」


 鐘が、鳴る。

 二度目の鐘を聴いて、グロリアは。




「だって俺達は、“人間”で……俺達にとってはこの世界こそが“現実”なんだから」




 剣を自らの首に押し当てて、思い切り引く。

 少年が最期に見た景色は、青空に映えるばかりの真っ赤な鮮血の色だった。




 ***




「うっわ、マジ最悪!バグばっかりじゃん、このゲーム!!」


 ある場所で、ある男が叫び、ゲーム機を放り投げた。


「ミツルギはバグで戦闘不能のまま使えなくなるし、グロリアは自滅するし!意味わかんねー、金返せ!」


 男はゲームソフトを引き出すと、苛立ちのままゴミ箱へと投げ捨てた。せっかくレベルも上がってきて、色々な対戦を試せるようになって面白くなってきたかと思った矢先にこれである。親子対決も親友対決もなかなか見ものだった。特にグロリアは、早々に大剣の一撃を決めてミツルギを葬れる“スペック”と“使いやすさ”の持ち主であったので、今後はバンバン使って行こうと思った矢先であったというのに。せっかく強化ポイントをつぎ込んで強くしてやったのに、なんと恩知らずなクズキャラクターだろうか。


「くそ、弁償しろや弁償!どんだけ高い金払って買ったと思ってんだ!」


 このままでは気がすまない。このゲームを買うのに五千円以上のお金を払ったのだ。ゲーム機も一緒に買ったから実質もっとお金を使ったようなものである。

 ガリガリと爪を噛みながら、男はスマートフォンに手を伸ばした。とにかく、開発会社に文句の一つも言ってやらなければ腹の虫が収まらなかったのだ。――まるで、“所詮ゲームの世界のキャラクターでしかない”連中が、人間様に逆らったような、そんな気がしてならずに。

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不条理ワールズエンド はじめアキラ @last_eden

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