次と洗濯

花恵

第1話

 ぴこん。

この時間のこのタイミングの通知音。携帯を手に取る。


「今日家よる」


短い文章。


「り、いつ?」


「19時くらい」


「おけ」


もう、スタンプも笑もびっくりマークさえ使わないLINE。淡々と続けていくLINE。何もない。周りから見たらただ、ドライなLINEに思える。でも、浮き足立つ自分。


嬉しくない。嬉しい、嬉しくない、ウレシイ、ウレシクナイ、うれしい…


チャイムが鳴る。インターフォンの画面は見ずにアパートの自動ドアを開ける。

待ってたなんて思われたかなぁから。でもすぐ、玄関の鍵は開けて、デスクに戻る。


玄関が開く音。


「おつかれ」

「おつかれ」


彼の方を見ないで呟く。 

決まって彼が言う。

「何でそんなそっけないん」


「素っ気なくなんかないって」


「じゃあ何でこっちみんのよ」


「なんでもない」


「何でもないなら見ろよ」


彼の手が伸びてくる。頭を撫でる。そのまま、にこにこしながら彼の方に顔を向けさせようとする。

抵抗する。負けてしまえば…次の瞬間どうなってるかわかるから。


いやだ…もうやめるんだこんな関係。絶対ここでよぎるこの考え。せめてもの抗いをする。抗いたい。


彼の優しい声。


抗いたい。


「こっち顔向けてよ」


抗いたい。


顔が彼の方に向けさせられる。手で覆い隠す。


「何で顔隠すの?ねえ」


彼の面白がっている顔を…手の向こうから感じる。

いやだ、いやだ、いやだ、よくない、よくない、よくない、でもでもでもでも、


手が避けられる。若干の力の緩みを狙って。


彼の顔が見える。5秒。彼の目。5秒後には、もう目の前は肌色にぼやけて、何も見えなくて、彼の匂いと彼の暖かさと気持ちよさを感じる。そして諦めて、目を閉じてそれに身を委ねる。


その繰り返し。もう顔を隠すための手がついてる腕は機能しなくて、力無くぶら下がる。そして、次の瞬間には、彼を引き寄せる機能を持つ。


溶けていく。溶けていく。床に溶けていく。床に溶けていく。ベッドに溶けていく。ベッドに溶けていく、、、


(もういい、何も考えない。考えても仕方ない、委ねてめちゃくちゃなされてしまおう)


そうやって2人は溶ける。




気づいたら12時前。


「そろぼちかえるわ」


「うん」


「悲しそうな顔してるね」


「そんなことない」


また彼の顔がぼやけて肌色になる。暖かさを口に感じる。



「またな、おつかれ」


「うん」



そんなことない、わけないの。いつも寂しい。君と一緒にいたい。行かないで帰らないでそばにいて。好きだよ。そんな言葉言った途端に終わる関係。終わらせられない。終わらしたくない。


彼が玄関を開ける。さしたらもう絶対振り返らないの。玄関が閉まる。リビングに戻る。ひざまづく。涙が溢れる。自分を自分の腕で抱きしめる。彼の匂いが、服からするの。次いつ会えるのかな。


また、大学に行く。朝。洗濯機を回そうとする。

あのとき着てた服。洗濯機に放り込む前に、匂いを嗅ぐ。抱きしめる。一瞬のためらいの後、洗濯機に入れる。「次」があることを祈りながら…








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次と洗濯 花恵 @hanamegumi

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