26

 執行猶予がついた結花は、都内の更正施設に入った。

 宣言通り、稲本夫妻と悠真そして静華も身元引き取りを拒否したから。


 更正施設での結花の評判は良かった。

 お行儀よく振る舞い、作業は真面目に……寮母やスタッフからは評判が良かった。

 言葉遣いも丁寧になり、多少丸くなった――は表向きの顔だった。

 裏では共同生活している人達、特に年下の子達に陰湿な嫌がらせをしていた。

 人のプライベートを聞き出し、弱味をついて、脅した。

 気に食わないことがあれば、八つ当たりや、怪我をさせるようなことをして、ニタニタ笑っていた。

 共同生活している人達は全員女性で、みんな結花より年下の10代から20代の5人ほど。

 自分の親ぐらいの人間にいきなり嫌がらせや脅しをされ、社会経験の少ない彼女達は泣き寝入りするしかなかった。

 更正施設は2、3ヶ月で出て行くので、短期間で住人が入れ替わる。そのため結花の悪行は知られることなく、自立することが出来た。

 元々共同生活無理な結花が早くでるために、優等生キャラを演じていただけだった。

 

 他の人同様3ヶ月で出た結花は、ホームレスになってしまった。

 冬の寒い頃だったが、結花の姿を見た支援団体の男性が「寝食、職場が保障されているところがあるので、いかないか」と誘った。

 働くのは不本意だが、衣食住そろっているならとすぐに話に乗り、その場所へ向かった。

 

 都内から車で1時間ぐらい離れた辺鄙な山奥の施設だった。

 まるで刑務所のような要塞と無機質な鉄筋コンクリートの建物。

 まるで隔離されたような村と言えばいいのか、数百人の男女が集団生活をし、せっせと畑仕事や工場仕事をしていた。

 服は冬の時期にも関わらず、薄着の青のジャージだった。男女問わず。

 結花の中に嫌な予感が走ったが、もう引き返せなかった。

 ここに入ると一生出られない。同行者兼紹介した男性――洲本すもとが運転中に言った。

「え? ここなに?」

 洲本に尋ねても「農業工場」と答えるだけだった。

「なんで、こんなにみんな薄着なの?」

 その瞬間洲本は「つべこべ言わずついてこい」と口調が荒くなった。

 公園で声かけられた時は穏やかだったのに、ここに来て急に豹変した。

 洲本についていくと地下室のような建物が見えた。


 大量の電灯とエアコンに遮光するかのようなカーテン。何か甘いにおいがした。思わず鼻をつまむ。

 白みを帯びた緑色の葉っぱが見えた。

 せっせと収穫の作業だろうか男女が段ボールに詰める。

「今日からお前はここで働いて貰う。さっきも言ったがここにいる以上一生出られない。いいな?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! ここなに? 変な匂いするんだけど?」

「口答えするな。お前は俺にとやかく言える立場じゃない」

 洲本は「こいつが今日からお世話になるやつだ。みっちりやってくれよな」と結花に厳しい指導をお願いした。


 この建物での就業が終わると、各自大部屋に入れられる。

 結花は女性用の部屋に入ったが、思わず声を上げた。

「なにこれ?!」

 6畳の畳敷きに10人がぎっちぎっちに入って、申し訳程度にある毛布数枚を2人で使うというものだった。

 部屋の中はまるで刑務所の牢屋のような感じで、室内に監視カメラがあった。

 エアコンがあるものの、全然効いていなかった。

 髪はボサボサ、化粧気もなくしわがめだち、口元が悪人のような顔立ちになった結花。

 服も露出多い物ではなく、みんなと同じ青のジャージに着替えた。ここでは仕事中だろうが、就寝だろうがジャージを着て過ごすと。

 既にいる先輩方の年齢は幅広い。

 結花と同い年ぐらいから、下は10代の女性。

 ここのメンバーと寝食をともにすると洲本に言われた。

 名前も呉松結花ではなく、120番と呼ばれるようになった。

 刑務所同様、名前が剥奪されるのである。

「あんた新入り? 私50番なの。ここは一生出れないよ。おめでとう!」

 同室の女性の1人がダミ声で話しかけた。

「わ、私は、呉松結花よ! ゆいちゃんって呼んで!」

「残念ながら、ここは名前で呼ばれない。全員番号で呼ばれる。刑務所と一緒さ。なんたって、ここは、問題起こした人間のだから」

「ど、どういうこと?」

「文字通りさ。私達に行き場がないの。今の時代、一回やらかした人間は社会に戻られるのを嫌がるからねぇ。だからね、人と顔会わせないように、こんな僻地で集団生活おくるのさ。日本各地の”問題児”が送り込まれるんだよ。ここはある意味治外法権だから、館長の言うことが絶対なの。私達に人権なんてないんだから」

 自嘲気味に話す女性は、なにか諦め切ったような顔をしていた。

「人権ないって。そんなのおかしいじゃん?」

「おかしいっていっても、あたしたちに言われてもねぇ。夏の暑いし、冬は寒い。仕事が出来なければ罰が待っている。館長や各部屋のリーダーの機嫌を損ねたら死んじゃうからね。服もこんなのだし、虫も出るから」

 同室の人達は体をかきむしって必死にこらえる。

「あ、病院とかないから、死んだらそれまでだからね。毎日誰かしらここの施設で死んでるから」


 施設――暁水館ぎょうすいかんの本当の過酷さはこれからだった。



 近隣住民から変なにおいがすると暁警察へ通報があった。

 暁水館の中を調べると、例のビニールハウスから大麻栽培していることが分かった。

 主犯として館長の洲本、彼の妻、兄弟が捕まった。

 そこから芋づる式で、暁水館の実態が分かった。

 犯罪をして出所した人がホームレスになり、衣食住がない人たちをあつめ、大麻栽培に関わらせ、虐待や劣悪な環境で働かせていたこと。

 そこで亡くなった人達は近隣の山中で遺体を遺棄していた。 


 8月12日、あかつき町5丁目の山中で、女性の遺体が発見されました。

 遺体の損傷がひどく、警察は遺体の身元判明を急いでいます。


 外傷が目立つので誰かに襲われたか――。

 警察は事件と事故の両面で捜査している。

 身元は結花だと分かった瞬間、マスコミが陽鞠のもとへ来た。


『因果応報でしょうね。家族を裏切り、同級生いじめたりしていましたから。やっとこの世を去ってほっとしています。あの人にふさわしい最期だと思います』

『誰かに恨まれたんですないですか? 嫌ってる人いっぱいいましたから』


 悠真と陽鞠のコメントは何一つ結花を悼むものではなく、いなくなってよかったと遠回しに喜んでいるものだった。 

 良輔と静華も「無関係です」と遺体の引き取りを拒否した。


 自治体で無縁仏として遺骨が保管されることになった。

 ネットでは怨恨説や自作自演説、暁水館にいたことから、そこで死んで遺棄されたのではなど推理を披露する人が出た。以前炎上したことや、琥珀と翡翠を誘拐して脅迫していたことから、因果応報と喜ぶコメントが並んでいた。

 暁水館は、出所した人を支援するという名目で、山奥に隔離し、劣悪な環境で働かせてたことから、そのやり方を支持するコメントも相次いだ。

 因果応報や犯罪者にふさわしい末路と。

 

 ――世界一可愛いゆいちゃんは、イケメンで高収入な夫と結婚して可愛い子供を産んで、おばあちゃんになっても孫と子供に囲まれて生きていくの。


 彼女の願いはむなしく消え散り、最後は身内から見放された形だった。享年56歳。


 見た目だけで甘やかされ、学習も成長も努力もせず、悪行を重ねた女の末路である。

 これ、因果応報なり。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった! 月見里ゆずる(やまなしゆずる) @nassyhato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ