第16話 エピローグ
3日後、IBAIのオフィスで次に起きる異象に備え、捜査官たちは待機していた。
唐突に紬が知らせた。「雛菊が天使を連れて戻ってきます」
「やっとか」律は一安心して頭をがっくりと垂れた。「エンジュとイーを連れて中庭で出迎えよう」
律たちはオフィスを出た。松倉チームのオフィスには犀星が声をかけた。
「そもそも死者ではないイーが天界に入れるんですか?」天国や地獄に行けるのは死者だけのはずだと蘭は思った。
「当然今のまま天界に行くことはできないから。神獣にしてもらうのが一番いいだろう」
「神獣?ですか」蛍雪は1ミリの隙間もなく蘭の隣に立った。
「雛菊と同じだ。これから何千年の時を過ごすことになる。エンジュのいい相棒になるだろう」
「じゃあエンジュも寂しくないな――」フランクの瞳に悲しみの色が漂った。
「泣くなよ、気色悪いな」白鶴はフランクの肩を殴った。
「悲しいんだから泣いたっていいだろ!俺は感情に正直なんだ」鼻を啜った。
とても離れがたく、いっそ連れ去ってしまえたら波打つ心は静まってくれるだろうかと、この数日フランクは本気で考えた。
最初はただ可愛いと思っていただけの幼い少女は、少しずつ大人びてきて、時折感じる穏やかな眼差しが、フランクの心を惹きつけ心地よく締め付けた。
いつかは天界に帰ってしまうと分かっていたはずなのに、実際その時が訪れると胸が塞いだ。
律と紫雲チーム松倉チームの面々は、エンジュとイーを連れてIBAIの中庭に座って雛菊の帰りを待っていた。
天使であるエンジュの清浄な心を感じとると、イーはエンジュを早々に受け入れた。今は頭を撫でられ、気持ちよさそうにその腕に抱かれている。
5日前、雛菊が消えて行った空間が再び裂け光が漏れた。
狐の姿の雛菊は豊な尾を揺らしながら、裂けめの外へ出ると人型に変化した。「お待たせ、天界はエンジュの前任者が逃げ出しちゃって、捕まえるのにてんやわんやの大騒ぎになってたのよ。やっと戻ってこれたわ」
「天界は大変だな。下界は何もすること無いから楽でいい」座って待っていた律は立ち上がって雛菊に近づいた。
雛菊の後から天使が2人歩いてきて律の前に立った。天使は膝の上までありそうな長い白髪の髪に、白く透き通るような肌をした男と、琥珀色の緩やかにウェーブした髪が、ウエスト辺りで踊っている褐色の肌の女だった。
女が前に進み出た。「私はシュロ、彼はプラタナス。遅くなってごめんなさい。地獄の番人律、迷惑をかけましたね」
「大した被害は無かったから大丈夫だ。だけどイーは連れて行ってもらえないか?ここにいると危険なんだ。一度は絶滅するほどに欲された生き物だから、天界にいた方が安全だろう」
「我々の責任です、喜んで預かりましょう」プラタナスはエンジュの手からイーを受け取った。
何の抵抗もなくプラタナスに抱かれたイーは、ちらりと顔を見上げるとその腕に頭をもたせ掛けた。
「エンジュ、寂しくなるよ――」フランクはエンジュの首にネックレスをかけた。手製の
それ以外に『慕情』もあった気がするなとタマルは思った。
見かけからは想像がつかないほどにロマンチックなフランクが、見落とすはずはない。とすると、これは意図的に隠されたのだろう。2度と合えない天使に不毛な恋をしたフランクは、その想いをこっそりとネックレスに込めたのだ。やたらと背の高いこの男の、その切ない心を気の毒に思い黙っておくことにした。
「フランク、とても綺麗ね……ありがとう」エンジュは槐の花を両手で包み込んだ。
時間があれば会いに来て、他愛もない話しで笑わせてくれるフランクを憎からず思っていたエンジュは、ほんの少しここでの日々を手放し難く思った。
「皆さんもありがとう。私のせいでご迷惑をおかけしてしまったのに、とてもよくしてくださいました。一緒に過ごした時間はどれもいい思い出です。お世話になりました。お元気で――」
エンジュは手を振って眩しく光る裂けめに消えて行った。
天知る、地知る、我知る、子知る 枇杷 水月 @MizukiBiwa
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