最終話 モルゲンロート王国女王アーデルハイト

 最初に産んだ子、第一王子アレクサンドルが、今日の良き日に王太子となりました。

立太子の儀を終え、その日の午後に10歳のお披露目会を行なったのですが、とても立派で、思わず涙が滲みそうになったので、目を細めて笑むことで、それを隠しました。


 ここに至るまで、本当に色んなことがありました。


 まさか、第一子アレクサンドルを含めて5人も子を産むことになるとは思いませんでしたが、どの子もかけがえのない、誰が代わることも出来ない、それぞれが唯一の宝です。


 第一子に続き、2人目も男の子ということで、モルゲンロート王国は安泰だと周囲はお祝い状態で、「お次は〜」などと言い出す雰囲気ではありませんでしたが、夫となったセラフィムはそんなことお構いなしに寝所に誘うものですから、ドナートが「王子がお二人おられるのですから、セラフィム様には避妊していただきましょう」と言って、セラフィムの方が対処されてしまいました。

王がわたくしなので、わたくしの方が避妊薬を飲んで、妊娠しにくい身体になってしまうと、万が一が起きたら大変なことになるということだったので、仕方がありませんわね。


 でも、子は神様から贈られるものだと思っておりますので、あまりワガママなことを言ってはいけないと思いつつも、女の子もほしいな……と思ってしまい、その……、セラフィムにねだった わたくしがいけなかったのよ、きっと。

毎晩のように誘われ、酷い時はベッドの住人となり午後からでないと仕事に行けない日もあり、そういうときはセラフィムがこってり叱られており、アレクサンドルに白い目で見られていましたわ。


 そして、ねだった結果、アレクサンドルが7歳の頃に、双子の女の子を授かりました。

痛みに耐え、やっと産んだけれど、その痛みが再び始まり、「やはり双子でしたか!!」という産婆の声で、もうひと頑張りしないといけないのだと分かり、出し切ってしまった気力を無理矢理かき集めて、更に振り絞り、なんとかなりましたが、双子は大変だったわ。

 産むのも育てるのも2倍だけれど、可愛さも2倍で、子供たちの祖父であるアイゼン伯爵とテルネイ大公はもうデレデレでした。

周りが苦笑して呆れるほどの可愛がりようで、アレクサンドルが「あれでは妹たちが阿呆に育つ」といって、引退していたマヌエラを呼ぶべきだと言い出したため、わたくしは、彼女の跡を継いで侍女長となったレオナなら大丈夫よと言って、しばらく様子を見ることにしたのです。


 レオナは侍女長としてはまだ若いけれど、マヌエラから色々と指導を受けておりますからね。

今の自分で対処できないと思えば、すぐに対処できる人に頼むので、何とかしてくれるわ。


 アレクサンドルの立太子とお披露目会を終えて、少し時間ができたから、久しぶりにお友達を呼んで個人的なお茶会を開くことにしました。


 お茶会に来てくれたのは、アレクサンドルの教師となったグリゼルダ、表向きは女伯爵で本来の仕事は暗部である大きなリボンが特徴のマーニャ、女性騎士団団長となったフローラ、マナー教師としてアレクサンドルにも教えてくれているビアンカで、財務補佐官となったイリーナは、仕事の都合で参加できないのが悲しいと、怨嗟の思いが窺える文字でお返事がありました。

アレクサンドルが立太子したことで、財務関係のみならず、色々な各部署の仕事が増えたでしょうから、仕方がありませんわね。


 5人目を産んでからは初めてとなる個人的な茶会とあって、話題は子供のことや、子供が小さかった頃の話に花が咲きましたが、ビアンカとこのように仲良くなれるとは思いもしませんでした。

ビアンカは、マヌエラの孫である執事となったマリウスと結婚して姓は変わってしまいましたが、彼女はかつてオーベルト侯爵家の令嬢で、わたくしアーデルハイトのお披露目会のときに、わたくしに対して「許可なく声をかける、許可なく名前を呼ぶ、公の場で敬称を省略する」という、3つのやらかしをしてしまった子だったのですから。


 そんな彼女は、周囲から厳しい視線に晒されることになり、そのことで自分の何がいけなかったのか、真剣に考え、悩み、母親に相談し、厳しいマナー教師をつけてもらうことを選んだそうです。

ビアンカのやらかしについては、彼女に対して父親が、王太子殿下に声をかけてみたらどうかと言っていたことが周囲に知られたことで、それは、父親も悪いのではないかという話になり、ビアンカへの風当たりは本人の頑張りもあって弱まって行きました。


 そして、ビアンカは、自分のような、無知から来る失敗をしてほしくないと、マナー教師になるため徹底的に学び、マナーについて厳しいことで評判なマヌエラの祖母が「もう教えることはありません。素晴らしい淑女になりましたね」と、満点合格を出したほどにまで上り詰めたのです。


 最初は、驚きましたわ。

あの、やらかし令嬢ビアンカが、マナー教師……と。


 でも、本当に美しい所作で、見惚れてしまうほどになったのよ。

こんな教師に習えるのならば、きっと素敵になれると思えたわ。


 ビアンカは、わたくしの息子アレクサンドルに対して、歩き方、立ち方、指の動かし方、優雅に見える動き、話し方、カトラリーの使い方、笑顔の作り方、それらの男女共通で使える部分を教えているそうで、アレクサンドルからは、セラフィマの記憶があってもかなり大変だったと、少しゲンナリしていましたので、無理はしないようにと言い、たくさん褒めてあげました。


 それでも、彼が必死で頑張っているのは、自分の失点が母であるわたくしの失点にもなるからだと、手を抜くことはしないのだと、毅然とした態度で習得していっています。


 お茶会も中盤に差し掛かり、フローラが、当時は嫡男であり今は当主となった異母兄が父親を引退させてくれたことで、お互いに尊重し合い支え合える男性と出会えたし、その彼とやっと結婚することができて、今はお腹に第二子となる子も授かって幸せだと言い、「アーデルハイト陛下と出会っていなければ、どうなっていたかと、ゾッとします」と、暗い顔を覗かせていました。


 「今は、幸せなのでしょう?」

「はい。ありがたいことに、とても幸せです。でも、わたくしがあの日、お友達候補として呼ばれたのは、フランツお兄様がいたからです。彼がアーデルハイト陛下の直属部隊隊長となっていなければ、わたくしは軟禁されていたかもしれません。それに、ヴァルター師匠の養女となったレオナ様とフランツお兄様が結婚したことで、ヴァルター師匠も父の引退を手伝ってくださったと聞いています」

「まぁ、そんなことが……」


 フローラが言うには、かなり遅くにできた末娘ということで、父親から溺愛され、どこにも嫁に出さないどころか、お茶会にも必要最低限しか出さないつもりでいたそうなのだけれど、異母兄のフランツがわたくしの直属部隊の隊長に抜擢されたことで、わたくしと同い歳である妹のフローラがお友達候補になったため、その時点で色んなお茶会に誘われるようになったそうなの。

その後、当時王太子であったわたくしのお友達となったことで、お茶会を最低限にすることは出来ず、フローラは色んなところへ参加し、顔繋ぎをしていったそうなのですが、王太子のお友達になっていなければ、最悪、父親の溺愛による軟禁に近い生活が待っていたかもしれなかったと言うのです。

 

 そんな話を聞き、グリゼルダもわたくしに出会っていなければ、という"もしも"の話をし始めました。


 グリゼルダは、亡き母に焔鳥ほむらどりの化身を喚ぶための術式を右眼に刻まれていたのですが、母親が亡くなったことで術式が途中のままになり、どうすれば良いのかと思うも、母親から絶対に誰にも知られるなとキツく言われていたことで、曽祖父であるグスタフに勉強を教えてもらうかたわら、母親が残した資料や曽祖父の蔵書を片っ端から頭に詰め込んで、独自に調べるしかなかったそうです。

そして、その術式が発動するための鍵となったのは、セラフィムが「ごっこ遊び」をするときに使っていた文言と、彼の赤い髪の毛であったことを突き止めたことで、それを発動させて役目を果たしたけれど、それを知る切っ掛けがなければ、最悪は化身の力に耐えられず、その身を炎にまかれ命を失っただけに終わった可能性があったとのこと。

 

 そうなると、わたくしが死ぬ前のときでは、もしかしたら、グリゼルダは若くして死んでいたのではないでしょうか。

さすがにセラフィマ様は「ごっこ遊び」をしなかったでしょうし、王妃となっていたセラフィマ様に気軽に声を掛けたりも出来ず、その文言をグリゼルダが知る切っ掛けはなかったでしょうから。


 そういえば、財務補佐官となったイリーナは、金貨が大好きで、チャリっ、チャリっと重ねて、それを目で見て耳で聞いて楽しむ趣味があったことから、お金に関すること以外に興味を持っていなかったと、随分と前だったけれど言っていたわね。

お茶会に出ても、どれが一番高価なものなのか、目を皿のようにして眺めて吟味することに忙しく、最低限の挨拶を交わしたら、交友関係を広げることもせずに自分の興味のあるものにしか目を向けなかった、と。


 しかし、王太子のお友達となったことで、社交をしないわけにもいかなくなり、交友関係が広がっていくうちに、高価なものにだけ価値があるのではないのだと知り、人も含めて色んなものに目を向けるようになったそうなの。

そのおかけで、楽しいものが増えたし、幸せだと感じるものも増えたと、嬉しそうだったわ。


 お茶会を終えて自室へと戻り、ふと、窓の外を見ると、もう夕焼け空になっていました。

思い返せば、本当に色々とありましたが、わたくしがアーデルハイトとして再び人生をやり直したことで、色んな人の未来が変わったのですね。

 良くも悪くも変わったのでしょうが、わたくしが人生をやり直すことを神様がお選びになられたのですから、この未来は、神様がきっと是とされたのでしょう。


 5人も子を産みましたが、アレクサンドルが言うには、5人目として生まれた娘もセラフィマ様の息子ではなさそうということでした。

そうなると、もしかしたら、次の子になるのか、それともアレクサンドルの子として生まれて来るのか分かりませんが、恐らく、わたくしはもう子を産まないと思います。

 さすがに4回の出産で5人も産むと身体が辛いのですよ。

ありがたいことにセラフィムは、5人も子を産んだわたくしを未だに愛してくれていますが、アレクサンドルがドナートに「父上のアレを取ってしまえ!」と、ちょっと過激なことを言い出し始めましたので、ドナートにはセラフィムへの避妊薬を切らさないように頼んでおきました。

 

 わたくしが人生をやり直す前は、18歳で死にました。

その18歳を超えるまでは、わたくしは妊娠したくないと、頑なに拒んでいたのですが、セラフィムが「逆に考えれば、お腹にセラフィマ姉上がいると思うと死ねないと思うのではないか?」と言い、それもそうかと、まんまと妊娠させられてしまいました。


 でも、それで良かったのだと思います。

だって、早く産めば、それだけ早く会えたということなのですから。

 

 わたくしだけでなく、ロザリンドも子を産みました。

わたくしが死んだ後の、あの世界の続きを神様が見せてくださいましたが、魔眼に支配されていたロザリンドに子供はおらず、彼女も若くして死んでいました。


 結婚や子をもうけること以外にも幸せはあります。

ロザリンドが生きて、貴族というしがらみがあるとはいえ、自分の意思で人生を歩めていることが嬉しいのです。


 もう、二度とやり直せることなど無いでしょう。

たまたま、神様が命を賭したセラフィマ様とその息子に手を差し伸べてくださっただけで、本来ならば、死ねばそれで終わりなのです。


 これから、良いことばかりとは限らないでしょう。

でも、辛いことがあったとしても、それでもわたくしは膝をついたりはしない。


 死ねば、そこで終わるのだから、最後まで足掻いてみせるわ。

二度と、あのように全てを諦め、死んでいるような、まるで人形であるような生き方はしない。


 マヌエラから、母とは強いものだと、その意地を甘く見ないでほしいと、そう言われたことを、アレクサンドルを産んで分かりました。

この子のためならば、どんなことでも耐えてみせる、と。

 

 だから、わたくしは、膝をついたりなどしない。

何があっても前を見て、意地でも立っているわ。


 でも、もしかしたら、アレクサンドルから「お母様、いえ、女王陛下、そろそろ引退してください」なんて言われて、譲位するかもしれませんけれどね。


 未来のことなど分からないし、人生にやり直しはない。

だからこそ、その日その日を精一杯生きるわ。


 生き様を背中で見せて、正面からは腕を回し、頬を寄せて愛情を注ぐの。

アイゼン伯爵夫人であるお母様のように、セラ様のように、わたくしもそうありたいと思うわ。

 

 子供たち、民たちに、幸あらんことを願って。


 セラフィムは良いのよ。

彼は、わたくしや子供たちがいるだけで幸せだと言うのだもの。

 わたくしもそうよ。

家族が揃って、皆が笑顔だから幸せよ。


 さあ、明日は、どんな日になるかしらね?




 ― 完 ―

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やり直した王女〜今度こそは、と決意した先にあったもの〜 もちもち @schwarze

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