閑話 はじめまして……おかあさま

 私は、揺蕩たゆたうようにして、そこにいた。

温かくて、いつまでもそこに居たい思いと、早く会いたい気持ちとがあって、ついに、そこに居るよりも会いたい思いが強くなったとき、大きな流れに押し出されるような動きがあったから、今会いに行くよ!と、私も頑張った。


 暗い暗い道を、どれだけ掛かったのか、ずいぶん長く進んでいたように思う。

そこを通り過ぎると、とても眩しい光に包まれて、思わず驚いて声をあげてしまった。


 「おぎゃあっ!おぎゃぁっ!」

「女王陛下!!元気な男の子でございます!!おめでとうございます!!」

「はぁ……っ、はぁ……っ、お、おと、この子?見せて。わたくしのかわいい子。そのままで良いの、すぐよ」

「か、かしこまりました、陛下。まだ、綺麗にしておりませんので、汚れますが……」

「いいの。……あぁ、やっと会えた、わたくしのかわいい子。会いたかったわ。わたくしが、あなたのお母様よ」

「まあっ、陛下のお声を聞いておられるようですわ!」


 温かい場所にいるときから、周りが何を言っているのか、だいたい聞こえていて、それを理解することが出来ていた。

暗いところを通ったら眩しくて、次に寒いと感じたけれど、すぐに温かい場所と同じくらいの温かさに包まれて、「あなたのお母様」と言われて、そちらを頑張って見てみようとしたけれど、うまく動けなかった。


 とても美しい声の人だと思った。

私は、この人を知っているような気がする。


 温かい場所にいたからではない。

そのもっと、ずっと前だと思う。


 そのうち、私は、お母様の名前がアーデルハイトということを知り、そこから、ふわりふわりと少しずつ思い出していった。


 そうだ。お母様は、私の大好きなハイジだった。

なんてことだろう。嬉しい。やっと会えた。





 神童と言われたアーデルハイト女王陛下の息子もまた神童だ!と、騒がれているが、セラフィマであった頃の記憶があるのだから、出来て当然といえなくもない。


 そんな私の今世の名前は、アレクサンドルといい、愛称はアレックスだ。

父上が悩みに悩んで付けてくれたそうなのだが、「危うくお前の名前が『セラ』になるところだったんだぞ」と笑っていた。


 どうやらお母様は、「セラ様は、セラ様でしょう?」と不思議そうな顔をしていたらしく、父上が「新たな人生なのだから、新たな名前をつけてあげるべきではないか?それに、男の子なのだから、セラフィマ姉上だとは限らないだろう?」と言い、考えていた名前の候補からアレクサンドルと名付けたという話だった。


 育つにつれて、段々とはっきりと、セラフィマであった頃の記憶が蘇ってきて、「あ、この人知ってる」という顔ぶれをよく見るようになったが、とある人物との初対面で、その人の顔面を小さな手でぺちりと叩いてしまった。


 父上が私を抱き上げて、「侍従のドナートだ」と紹介してくれたのだが、仕方がないではないか。

セラフィマの頃であったとはいえ、どのような顔で子作りした男と接すれば良いのか分からず、うっかりぺちりとやってしまったのだ。


 顔を叩かれたドナートは、「えっ。え、殿下!?」と混乱していたが、私も混乱していたのだ。許せ。


 お母様は、「あら?……あ、アレックス、恥ずかしいの?」と、驚いたような顔をしていたが、そうだ。恥ずかしかったのだと思う。


 それを見た父上は、「ぶはっ!叩いたぞ!もう1回いくか?」と笑っていたが、未だにこの男がお母様の夫で、私の父親というのが受け入れられない。


 まるで、小さい頃のお転婆だったセラフィマを見ているようで、いたたまれないのだ。

父上は、もうイイ歳をした大人だろうに。


 この、お転婆なセラフィマにそっくりな父上の名はセラフィムといい、セラフィマが生まれて来なかった代わりというのも何だが、そういった立ち位置で誕生した、セラフィマの2歳年下の弟になるそうだ。


 私がセラフィマであった頃の記憶を持っていると知ると、「姉上!!」と目を輝かせて喜んだ父上は、私に「テルネイのお祖父様やお祖母様に会うときに、セラフィマであることを知らせるか?」と、優しく聞いてくれた。


 セラフィマがお母様の子として生まれて来ることを知っていたのは、お母様と父上、マヌエラなどのお母様の身近にいる人だけで、テルネイの者たちには話していないということだった。

それは、私が知らせるかどうか決めれば良いと判断したからだそうで、伝えたくなければ、そのまま過ごせば良いと頭を優しく撫でられた。


 ……同じだ。テルネイのお父様と同じ撫で方だった。懐かしいな。


 会いたいと言ったところで、10歳のお披露目会までは会えないのではないかと尋ねれば、孫が祖父母に会うのに、そこまで決まり事を優先する必要はないだろうと、お母様も父上も言うので、会うことにした。

というより、お母様が「文句があるなら蹴散らすまでよ?家族に会う邪魔はさせないわ」と笑ったので、それに甘えることにしたのだ。……ハイジ、強くなったね。


 今世では、初めてお会いしたテルネイ大公と夫人、そして、大公の側室である父上の母君。


 それと、元アイゼン王国国王ことアイゼン伯爵と、その妻である伯爵夫人。

その二人の後ろに少し隠れるようにして立っている刺繍が施されたベールを被った女性と、その横に……あれは誰だったか。あっ、ベルトラント侯爵家のヴェルナー殿だったか?では、あのベールの女性は、彼の奥方だろうか?

 何故に、この場にいるのだ?


 自分がセラフィマであることを上手く言える自信が持てないことから、事前にそれを伝えてほしいと、アイゼン伯爵とは清い関係であったことも話した。

さすがにアイゼン伯爵の妻が生きているのだから、この世界の話ではないにしても、そこは、きちんと伝えてほしいと頼んだのだが、どうやら、そこら辺はお母様が神様から夢という形で教えてもらってあるので、関係者は既に知っていると言われて、ホッとした。


 セラフィマであった頃の記憶よりも、お父様と王妃様、お母様は、お元気そうというか、若々しさがある。

あ、違った。お父様ではなく、テルネイ大公と大公夫人、側室殿だった。間違えないように気をつけなければな。


 彼らにとってセラフィマは、性別も分からぬほどに小さく流れた子でしかないのだろうが、私からすれば、守りたい家族だった。

家族を守るために立ち向かい、命を賭したのだ。


 その家族が、嬉しそうに微笑んで、両手を広げて迎え入れてくれた。

お母様が、「家族なのだから、アレックスを王子としてではなく孫として接してください。ここは、家族のための場ですから」と、にこやかに笑ってくださったから、身分に関係なく家族として振る舞える。

 

 でも、驚いた。

自己紹介をして、挨拶を返されたが、その中にロザリンドがいたのだ。


 お母様から魔眼の話を聞かされ、ロザリンドの中から魔眼が消えたことは知らされたが、ベールの女性がロザリンドだったとは思わなかった。

焔鳥ほむらどりの化身に目を貫かれたことで火傷を負い、片目はかろうじて見えている状態なのを魔道具の眼鏡で維持していると聞かされていたが、実感がわかなかったのだ。


 ベールをしたままなのは失礼にあたらないか、火傷の痕があるのでお目汚しにならないか、怖がらせてしまわないかと、ロザリンド殿は随分と気遣ってくれたが、これが魔眼に支配されていない、本来の彼女の姿なのだろうな。


 私は、ロザリンド殿が嫌でないのであれば、お顔を見せてほしいと頼むと、夫となったヴェルナー殿がゆっくりとベールをめくってくれた。


 痛々しい火傷の痕を想像していたが、化粧で割と隠されており、それほど気にはならなかった。

眼鏡を掛けているロザリンド殿の右目は少し濁っているけれど、眼鏡をしていれば、ちゃんと見えるらしく、「瞳が陛下、いえ、ねぇさまにそっくりですわね」と嬉しそうに笑った。


 ベールをしているのは、火傷の痕を隠すのも多少はあるのだが、その理由の大半は、ロザリンド殿の目が疲れないように、ということだった。

ベールで視界を隠していると、あまり疲れないらしく、それで手紙の読み書きや、どうしても自分で見なければならないもの以外は、ベールで遮っているらしい。

 

 あの儚げなふりをして瞳の奥をギラつかせていた性根の腐った、私の知っているロザリンドではなく、とても安心したが、あれは魔眼であって、ロザリンド自身ではなかったのだろうな。


 セラフィマであったときの世界には、アイゼン伯爵夫人は既に亡くなられていたが、元気そうに過ごされているようで、「弟にみんなで並んだ姿を描いてもらいましょうね」と、笑いかけてくれて、贈り物の絵本も貰った。

しかも、その絵本の挿し絵はブラットが描いており、1ページに2行ほど書かれている文章は彼女の直筆で、とても優しく綺麗な文字であった。


 アイゼン伯爵夫人は、とても文字が上手く、それを活かして写本を作っているそうで、私が練習するための参考文字を書いたのも彼女だった。

優しく柔らかでいて男性らしい文字、男らしく角張った文字、読みやすい標準文字と、3種類の練習をさせられているが、少し大変でもあり楽しくもある。セラフィマだった頃の癖で、たまに女文字おんなもじが出てくるが、そこはご愛嬌ということにしておこう。


 それにしても、生きた彼女を見るのは初めてであったが、なんというか、この人に王妃は無理だったのではないかと思える天真爛漫さであった。

そんな彼女の異母弟が、あの画家ブラットだったとは驚きだったし、何より、家族の絵をブラットに描いてもらえるのが、とても嬉しい。


 お母様が、私のためにとブラットを確保したと言い、「セラ様のためにしたことが、叔父であるブラットの命を助けることに繋がったのよ。もちろん他の画家たちや、手を差し伸べることで救われた人もいるわ」と、イタズラに成功したように笑ったのだが、お母様がこのような表情ができる環境であることを幸せだと思う。


 ロザリンド殿とヴェルナー殿の結婚は、ロザリンド殿の恐怖心から始まった恋物語なのだと、ちょっとお母様がニマニマしていた。

うっ、ハイジのニマニマ顔なんて初めて見るっ!と、セラフィマだった頃の自分が悶えている。本当に私はハイジが大好きだな。


 魔眼が消えたことは、教皇様から伝えられていたし、何の心配もいらなかったのだが、それでもロザリンド殿は、「また自分の意識が遠のいて、勝手に動いて、誰かを操ったりしたら……」と、怖かったらしい。


 しかし、ヴェルナー殿を始め、ベルトラント侯爵家の者たちには、それが効かなかったことは知らされており、その効かなかった状況もおぼろげではあったが覚えていたことで、姉であるお母様に会うときなどには、ベルトラント侯爵家の者たちに同席してもらうこともあったのだとか。

 

 そんなことがあり、たまに用事で同席できないヴァルター爺さんの代わりに、女王陛下直属部隊の隊員であるヴェルナー殿が護衛を兼ねて同席していたことで、お互いに少しずつ惹かれあっていったらしい。


 これは、ヴァルター爺さんが、わざと用事を入れてヴェルナー殿を行かせたのではないか?

お母様の護衛を理由にして逢い引きのような感じにしたのでは?と思ったら、父上が既にニヤニヤしながら指摘済みだったらしい。さすが、私の弟、違った、私の父上だ。


 ロザリンド殿も努力を重ね、令嬢の手本となれるほどの淑女になったし、何より、王の証がこれから生まれて来ないということもあって、お母様がロザリンド殿とヴェルナー殿の結婚を勧めたらしく、今、夫婦となった彼女のお腹には小さな命が宿っている。

 

 最初の頃は、アイゼン伯爵が自身の娘であり女王となったお母様以外のアイゼンの血を残すことに拒否感があったそうなのだが、お母様から「魔力の多様化が始まると、教皇様から伺いましたの。それならば、なるべく血を残していくのも良いではありませんか」と、アイゼン伯爵を説得したらしい。


 魔力の多様化って、なんだろうな。

気にはなるけれど、そんなにすぐに変化があるわけではないそうなので、頭の片隅に放置しておいて大丈夫だと言われた。


 それに、領主が足りないのだから、継いでもらわなくては困ると言ったのもトドメだったらしい。

うん、アイゼン伯爵、ちょっと額が広くなっているものな。大変なのだろう。


 まあ、テルネイの祖父母たちにとって私はセラフィマではなく、孫のアレクサンドルでしかないのだが、それで十分だ。

誰が知らなくともハイジが、お母様が知っていてくださるのだから、それで良いし、私も自分のことをアレクサンドルだと思っているからな。


 だけれど、父上が「ふふんっ。私もセラフィマ姉上のお姿を見ることは叶ったのだぞ!」と、得意気に言うものだから、神様に見せていただけたのかと思ったら、違った。


 なんで、女装するかな。

そのときの姿をブラットに描いてもらった絵を見せてもらったけれど、確かに、ちょっと気持ち悪いと思ってしまうほどに、セラフィマでしかない人物が描かれていた。


 「……アレックス。なんだよ、その目は」

「いえ、気持ちわ……、なんでもないです」

「あ、今、気持ち悪いって言おうとしたな?仕方がないだろう。ハイジと教皇様しか知らないんだぞ?そんなの嫌じゃないか」

「父上……」

「私も姉上のお姿を見てみたかったのだ。良いだろう?」

「えぇっと、まあ、はい。良いですけど」

「それよりも、アレックス。弟のパーヴェルは、知ってるか?」

「……末弟のパーヴェルですか?」

「そうだ。そのパーヴェルだ。お披露目会のときに会うことになるだろうが、アイツ暗部に入ったぞ」

「……は?」


 パーヴェルが暗部?あのパーヴェルが?頭のおかしい癇癪持ちの母親に怯えて、いつも周囲を窺っていた、あのパーヴェルが?


 そう思って父上とテルネイのお祖父様に尋ねてみたところ、テルネイ王国王子であった頃までのパーヴェルは、おおよそ私が知っているパーヴェルと似たような感じだったようだが、今は婿入り先の妻にデレデレなのだとか。

そもそも、あの癇癪持ちの母親からして暗部の一員で、パーヴェルも含めてあれが演技であったと教えられ、白目になった。


 私の可愛い末弟パーヴェルが幻想だった……。

いや、もしかしたら、セラフィマがいた世界のパーヴェルは、可愛い末弟パーヴェルだったかもしれないではないか。よし、そう思うことにしよう。


 それと、パーヴェルが婿入りしたのは、マヌエラに与えられた伯爵位を継ぐ予定のマーニャだった。


 マーニャ……?

マーニャ!!?あの、大きなリボンに、ぬいぐるみを鎮座させていた奇抜なマーニャ!?


 お母様によると、マーニャのあの大きなリボンや、ぬいぐるみなどには、色々なものが隠してあるそうで、小さい頃はキャンディなどのちょっとしたお菓子だったものが、今では暗器やお薬などを隠してあるのだとか。


 ただの奇抜な令嬢じゃなかった……。


 しかも、そのことに気付いた者は誰もおらず、祖母であるマヌエラどころか、暗部の本家と自負していたドロシーたちの家の者ですら、全く気付けずにいたことから、それが発覚したときには、めちゃくちゃ悔しい思いをしたらしい。


 お菓子を隠してるなんて可愛らしいねって油断して放置していたら、いつの間にかそれが成長と共に暗器とか薬に置き換わっていたとか、ちょっとした悪夢だよ。


 そのことが知られる切っ掛けになったのは、もちろんマーニャがバレても構わないと思ったからなのだろうが、パーヴェルが大好きな兄であるセラフィムを取られたことに嫉妬して、女王陛下であるお母様にちょっと失礼な態度を取ってしまったことで、それを知ったマーニャが怒ったかららしい。


 マーニャはパーヴェルとのお見合いの席で、大きなリボンから、するりとお菓子を取り出し、「ナイショよ?」と、はにかみながらパーヴェルへと渡し、ぽ〜っとしたパーヴェルはそれを側仕えに確認させることもせずに口にして、悶絶することになったそうだ。


 身体に害が残るものではなかったけれど、とんでもなく酸っぱくて苦いものだったらしく、数時間ほど口の中が痺れて味覚が麻痺したそうで、その日に用意されていた限定の人気菓子を味わえなくされてしまったのだとか。


 マーニャは、「アーデルハイト女王陛下の義弟となるからといって、調子に乗らないことね」と、さっきの、はにかみながらの笑顔は何だったのかというほど、冷え冷えとした表情をしており、その落差にパーヴェルはマーニャに陥落したという話だった。


 知らなかった。あのマーニャが、そういった感じの女性だったとは……。


 ああ、でも、ハイジは、マーニャが好きだったよね。

あの堂々とした態度が好ましいと、自分に自信を持っている姿が羨ましい、と言っていたけれど、マーニャがそれを知ったのだとすれば、嬉しかったのかもしれないな。

 

 今のところ、第一子で第一王子でもある私が王太子になる予定で、授業が進められているのだが、その授業を担当してくれている教師はグリゼルダ先生といい、右目に黒い眼帯をしていて、その周りは少し火傷の痕が残っている。

彼女は、宰相補佐官をしているイザーク殿の妻なのだが、伯爵位を持っているのはグリゼルダ先生なので、彼は入り婿なのだ。


 最初は、グリゼルダ先生を教師として採用することを反対する者がいたそうなのだけれど、それは、彼女が当時テルネイ王国王太子であった父上の髪を勝手に切り落としたからだった。

結果的に彼女が魔眼を消滅させることに成功したので、その行為については、父上が咎めることはしないと宣言したので、罪には問われなかったのだけれど、私の教師という席を他に渡したくない者たちが、そのときのことを持ち出したのだ。


 グリゼルダ先生の曽祖父であるグスタフ翁は、王族の教師を長年務めていたのだが、その彼が所持していた蔵書と知識をグリゼルダ先生は受け継いでいたため、彼女を超える教師など居なかったので、最終的には採用された。

彼女の教え方は、的確でとても分かりやすかったので、教えるにあたって何かコツがあるのかと質問してみたところ、従姉妹のフローラに教えるのに頑張ったと返ってきた。


 グリゼルダ先生の従姉妹にあたるフローラ。

それって魔獣馬に乗って暴れまわ……いや、乗りこなしている女性騎士団のフローラ団長かな。


 確か、女王陛下直属部隊隊長フランツの異母妹だと聞いたような?


 うーん。マーニャは奇抜だったから覚えていたけれど、グリゼルダ先生やフローラ団長、イリーナ財務補佐官とか、お母様の友人となった女性たちについて、セラフィマだった頃の記憶に、あまりないんだよね。


 記憶にないと思ったところで、ふと、とある人物のことが見当たらないし、耳にしたこともないと思い至り、テルネイのお祖父様に尋ねてみた。


 「テルネイのお祖父様。カジミールは、どこに居ますか?」

「…………鉱山だよ」

「え、鉱山?何をしたのですか?」

「ククっ……、鉱山の管理とか、視察の下見とか、仕事だとは思わないのだな」

「当然でしょう、お祖父様?あのカジミールですよ?」


 どうやらカジミールは、国家転覆に関与していたとされ、テルネイ大公領の一つ、"焔鳥ほむらどりの息吹"という鉱山へと送られたとのこと。

うわぁ……、あの鉱山使うことにしたんだ。まあ、犯罪者の首をはねて終わらせるよよりも、孤島にある鉱山で奴隷として使った方がいいよね。


 カジミールについては、まだ若過ぎるので、さすがに罰として重いのではないかという声も出たそうなのだが、過激派の「テルネイの群島の一つを与えてやるから」という話に乗り、まるで自分が王にでもなるかのような態度で、周囲を恫喝していたことが判明し、その内容を手紙にして送っていたものが証拠として押収されたため、あの鉱山へと連れて行かれたそうだ。


 アイツ、権力欲に固執していたものな。

かしずかれて、周囲が自分にこうべを垂れる。それが現実になる日が来るかもしれない、みたいなことを妄想していたように思う。


 それが現実のものとなるには、それに値するだけのこと、つまり民や国のために仕事をしなければならないのだが、アイツの頭の中にあるのは、王冠をっけたら人々が平伏す、みたいな幼稚な妄想だったのではないだろうか。


 父上はカジミールから、殿下が女性なら自分が王配となったのに、というようなことを言われたことがあったそうで、次期王となるお母様には絶対に会わせられないと、頑張ってテルネイに置いて来たら、カジミール自身がやらかして自爆してしまった。

幼馴染の友人として、カジミールが始末されないようにと苦労して行動したのに、何してんだと頭を抱えたらしい。


 まあ、ドナートが知れば、異母兄としてサクっと始末しただろうから、鉱山行きになったのは、まあ、いいんじゃないかな。

セラフィマに対してやらかしたカジミールは、この世界にいるカジミールではないので、ざまぁ!とは言えないけれど、鉱山で使える人員が多いのは良いことだと思うよ。


 気になるというか、やらかしそうな人物たちが既に片付いているか、遠ざけられていると知り、これならば以前と違って国のために力を入れられそうだし、代替わりが早くなっても問題なさそうだ。

幼い頃から、ずっと王太子として頑張ってきて、今も王として頑張っているお母様には楽をさせてあげたいから、なるべく早く王位を継ぎたいと思っている。


 そんなお母様のお腹には、私の弟妹になる予定の小さな命が宿っていて、そんな状態でも仕事に追われているのだ。


 ちょうど、ロザリンド殿の他に、グリゼルダ先生などのお母様の側近たちも妊娠中なので、きっと生まれてきた子たちはお友達候補となり、いずれお友達になっていくのだろうな。


 私にもお友達候補は既にいる。

まだ私はお披露目会を終えていないので会えていないが、何人かいるらしく、お披露目会が楽しみだ。


 お母様たちのように、信頼できる関係を築いていけたらと思う。


 いつか、あの小さな手で一生懸命に助けてくれた、一緒に命を賭した私の息子にも会いたいな。


 いつ会えるかな。


 きっと、会えばすぐに分かるはずだ。


 お母様の子として生まれてくるのだろうか。


 それとも、私と妻となった人との子として生まれてくるのだろうか。


 未来が楽しみだ。


 

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