閑話 アーデルハイトに出会ったグリゼルダ
私がアーデルハイト女王陛下に初めてお会いしたのは、彼女のお披露目会であった。
堂々とした立ち居振る舞いに、王族たる存在感を放つ彼女は、次代の王として頼もしく感じ、おそばに居たいと自然と思えた。
王太子殿下のお披露目会があるからと、書庫から引きずり出されて王都へと連れて来られ、普段は男の子と同じようにパンツスタイルで過ごしているのに、それではダメだと無理矢理ドレスを着せられた。
曽祖父から、「きちんとしていれば、あとで読みたがっていた本を渡してやるから」と言われたが、恐らく私が王太子殿下のお披露目会に参加することを渋ると思って、前々から渡さないようにしていたのかもしれない。
しかし、お披露目会に参加して良かった。
彼女のためになら、私は、命を賭してもいいと、そう思えたから。
私の母は、幼い頃に亡くなっている。
事故で急に亡くなったので、周りは気を遣って私に母の話を振ることはしなくなった。
私が母の話を振られて答えに窮するのは、何も亡くなった母のことを思い出せないとか、辛いから思い出したくないとか、そういったことが理由ではないのだが、かと言って本当のことは、母との約束があるので喋れないのだ。
母は、いつも本と紙に埋もれていた。
私は、その母がいる部屋のソファーに座らされて、絵本を読んでいることが多く、たまに母がやって来て私に何かしていくが、その時は何をしているのか分からなかった。
今は空洞になってしまった右目。
私の右眼に母は、
一度にしてしまうと、私への負担がかなり掛かるため、少しずつ少しずつ施して行ったのだと、今ならば分かる。
だけど、母は、その術式を完成させる前に事故でこの世を去ってしまったので、私は、これからどうすれば良いのか幼いながらに迷い、とりあえず、そのままになっている母が積み上げていた本と紙を見てみることにしたのだ。
しかし、そこに書かれている内容は、幼い私には難解過ぎて、読めはするけれど内容が全く理解できず、立ち尽くすしかなかった。
それでも、母が残していったこの場所を何とかして守り抜かなければならないと思い、「母様との思い出を壊さないで!」と周りに頼み込んで、部屋の現状を維持してもらい、とにかく母が見ていたものを自分でも理解できるように学びたかった。
どうやって学べばいいのか分からずにいたけれど、私の存在を持て余した父が、気分転換という理由で私を曽祖父であるグスタフお祖父様のところへ預けてくれたおかげで、学び方を知ることが出来た。
グスタフお祖父様は、「幼子の面倒の見方など分からぬが、幼子に勉強をさせることは出来るぞ」と言って、私に知識と大量の本を与えてくれたのだ。
そこからは、
周りは、幼い頃に母を亡くした私に強く出ることが出来ないでいたらしく、書庫から私を引きずり出すために、従姉妹のフローラを寄越すようになったのだけれど、私よりも小さいフローラのどこにあのような力があるのか、未だに不思議だ。
フローラは、私が母の話を引き合いに出しても、「そうなのね。うん、でも、書庫から出てくれないと困るの」と、自分の主張を曲げることはしないし、意地でも動かずに本を読んでいると、私の着ている服が傷もうがお構い無しに引きずって行った。
少しずつ、母が残した資料を読み解き、自分の右眼に術式の続きを施していくと、
そのため、それを抑える術式を刻んだ眼帯をつけて過ごすことになってしまったけれど、どうしてこのようなことをするのか説明するわけにはいかず、適当にはぐらかしておいた。
書庫にこもり、本と資料に埋もれ、神経を研ぎ澄ませて自身の右眼に術式を少しずつ刻み、そうまでしてやっと、あのときに間に合ったのだ。
このくらい執着して本を読んで、母が残した資料を読み込んで、やっとギリギリ間に合ったのだけれど、最後の鍵を持っていたのは、当時テルネイ王国の王太子殿下で、今はテルネイ大公子息となったセラフィム様だった。
母が探していた、最後の鍵。
術式を発動させるための媒体に、赤い炎が必要だとあった。
右眼の術式が発動しては困るので、紙に魔石を溶いたインクで書いたもので実験をしたけれど、何を燃やしても反応しなかった。
さすがに
しかし、母が残していた資料にあった文章と、セラフィム様が仰られていた、幼い頃に遊ぶときに使っていた言葉とが同じであると知り、彼の髪に視線が引き寄せられた。
赤い、それこそ、燃えるように赤い髪。
もしかしたらと思ったけれど、彼の髪をそのときは入手することは叶わず、王都にある迎賓館に滞在されているときに、何とか入手することに成功し、実験をしてみた結果、術式を書いた紙が反応した。
あのときの言いようのない震えは、今も鮮明に覚えている。
これだ……。これなんだ……っ!母が探していた赤い炎は、これだった!!と。
そして、私は、術式を最後まで刻み終え、それを発動させる媒体を手に入れるために、ドレスに短剣を隠した。
どこで機会に恵まれるか分からないのだから、常に用意できるようにと短剣を隠し持っていたけれど、まさか、あんなにすぐに機会が訪れるとは思わなかった。
躊躇している間も、許可を得ている暇もないと判断した私は、隠し持っていた短剣でセラフィム様の長い髪を切り落とした。
あの燃えるように赤い髪を長く伸ばしているのは、もしかしたら、媒体だったからなのかもしれないと、そんなことを思いながら切り、そして、呪文を唱えた。
唱えたあとは、生きてはいられないだろうと思っていた。
人の身でありながら、力の一部とはいえ伝説の
だけど、私は右眼を失うだけで、命に別状はなく、助かった。
倒れた私の意識が戻って最初に見たのは、
誰だろうとジッと見ていたら、相手が私の視線に気付いたのか、ガバリと頭を上げたので顔が見れた。
驚いたことにイザーク殿だった。
子供たちが集う茶会に、何度か引きずられて行ったときに話すことがあったけれど、彼は、どうして意識のない私の手を握り、そばにいたのだろうかと疑問に思い尋ねてみれば、婚約者なのだから当然だろうと返ってきた。
…………いつ婚約したのか覚えがないと言うと、昨日したと言われ、あれから数日経っていたらしい。
本人の意識がないときに婚約者になっていたとは、更に驚きだった。
何度か、イザーク殿との婚約話は出ていたのだけれど、私は断っていた。
術式を発動させるのに命懸けになる可能性が高いというか、そうなると思っていたので、死ぬと分かっていて婚約者にはなれなかった。
私がやった事を見てイザーク殿は、「これが断っていた理由か……」と思い至り、万が一私が死んでいたら王家を恨み憎んだと言った。
「それは筋違いですぞ」
「それでもだよ。恨まずにはいられないっ」
「アーデルハイト殿下は、あれを何とかしようと必死になられていたのは、あのときに知りましたが、それを恨むことなどいけないことですぞ。……酷い言い方をしますが、何もしない者に何かを言う権利はないのですぞ」
「っ!!?」
「あれの存在を知らなかったのだから仕方がないと思いますし、傷つけるようなことを言って申し訳なくも思いますが、その恨みは幼稚ですぞ。私は、アーデルハイト殿下にならば命を賭してもいいと思えた。だから、発動させた。あのお方の周りに侍る者は、皆そうですぞ」
「……っ。わ、たしは、そこまでは……」
「イザーク殿が側近候補としてのお友達となったのは、私も候補にいたからなのでしょう?アーデルハイト殿下が一番でないのなら、その地位からは降りるべきですぞ」
「そんな……っ言い方……」
「あなたの妹君であるイリーナ嬢は、金貨よりもアーデルハイト殿下を好きになられましたぞ。あなたは、どうされますか?」
「ーーーっ!!私、は。……アーデルハイト殿下よりも、妻が好きだという人間が一人くらい居ても良いではないですかっ。私は、そういう立場で居ます!」
「はははっ!あなたらしい。では、その妻に、私はなりましょう」
「っ!!グリゼルダ!!」
「呼び捨ては、まだ早いですぞ」
「ぅぐ……っ」
こうして私は、いつの間にやらイザーク殿の婚約者となっており、彼が待てないと急かすので、私が成人してすぐに婚姻することとなったのです。
アーデルハイト殿下は、戴冠し、アーデルハイト女王陛下となり、国の名前もモルゲンロート王国と変わり、私も書庫から出て、教師となる道を選びました。
アーデルハイト女王陛下にお子がお生まれになられたら、私の蓄えた知識を少しずつ教えて行ければと思っています。
私を書庫から引きずり出していたフローラは、異母兄フランツを追いかけるようにして女性騎士団を作り、そこの初代団長となりました。
魔獣馬を乗り回す彼女には驚かせられましたが、元気そうで何よりですね。
今日も生きていることに感謝し、一日を大切に過ごしていきましょうか。
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