閑話 アーデルハイトを助けたいテルネイ大公
私が、テルネイ王国国王からモルゲンロート王国テルネイ大公となって、早数ヶ月。
やっと、終わった……。
長かった。本当に……長かった。
テルネイ大公の地位は、私に与えられた爵位であるため、先代国王という地位にいた父上は無爵位となってしまうが、離宮の裏手にある海辺で、のんびり釣りをしながら余生を楽しみたいので、爵位など要らぬと言われてしまったので、蒼空の別邸と呼ばれることになった元離宮を父上に使っていただくことにした。
テルネイ王国先代国王であった父上に、証持ちの子が出来なかったことで、その期待は第一王子として生まれ王太子となった私も背負うことになった。
いくつになっても元気だとはいえ、父上も歳をとり、いずれ老衰で亡くなるし、病や事故で急に亡くなることが絶対にないわけではないことから、証持ちである私の父上が生きているうちに早くと、かなり急かされた。
どこにいても過激派の影がちらつき、夢の中にまで出てきて「さっさと証持ちのお世継ぎを!!」と責められ、心から安らげることはなかった。
証持ちであるセラフィムが生まれてからは、過激派共がセラフィムを必要以上に構うため、少し神経質にもなっていた。
アイゼンに降り立ち、過激派の中心人物たちを引渡し、アイゼンがテルネイを吸収してモルゲンロート王国となったときに、やっと腹の底まで息が吸えた気がする。
これからは、テルネイを次代へと渡し、私は女王となったアーデルハイト陛下を支えようと思い、過激派の掃除をしに来たのだ。
過去から戻ってきたとはいえ、アーデルハイト女王陛下は、あの若さで王となり、婚約者であるセラフィムは未だ幼さの残る11歳なのだから、息子のためにも彼女を手助けしてやりたい。
テルネイの粛正に関しては、主要な過激派たちが既に居ないことと、アーデルハイト女王陛下が直属部隊をお貸しくださったことで、割と早く済んだし、私の弟妹や子供たちにも協力してもらった。
その後は、証持ちである父上も呼んで、テルネイ大公領の爵位も含めて今後のことについて話すことにした。
私のすぐ下の弟は、爵位も財産も何も要らないから、過激派共を地獄へ放り込んでくれと、憎悪のこもった目で願ってきたが、アイツらを地獄へ放り込みたいのは皆とて同じだから落ち着けと、宥めることから始まった。
テルネイ王国をアイゼン王国へと吸収してもらい、モルゲンロート王国となったことから始まり、ここがテルネイ大公領となったこと、過激派を引き渡したことによる褒美として、爵位をいくつか与えられたこと、モルゲンロート王国でも粛正によって貴族が減ったので、あちらで貴族になることも可能だと伝えた。
ただ、いきなり吸収された国の貴族が、自国の領主となれば、面白くないと思う者も出てくる可能性があるため、あちらで貴族になる場合は、養子や結婚という形をとってもらうことになる。
そのため、あちらで貴族になる者は、どうしても若い世代になるだろう。
テルネイ王家に王族として残っていたのは、先代国王である父上と、国王の私、王太子のセラフィム、彼が成人する前に国王である私に何かあったときのために残っていた第二王子、あとは、未成年の子供たちだった。
セラフィムが女王陛下と婚約し、婿入りすることになったことから、テルネイ大公領を継ぐのは、第二王子であった二番目の息子ベルナルドにしようかと思っているが、どうだろうかと尋ねると、彼は「テルネイ大公領となって、一旦全員が無爵位の平民となったのであれば、跡継ぎは長男である兄上にするべきだ」と言い出した。
証持ちが生まれなければ、王太子となっていたであろう第一王子。
しかし、証持ちであるセラフィムが生まれたことで、公爵家へと婿入りした第一王子は、その話を断ってきた。
「その提案を受けるわけにはいかない。私は、ベルナルドに全てを押し付けて逃げたのだ。本来ならば、第一王子である私が予備として残り、お前が婿入りするはずであったのだから」
「それは、散々話し合っただろう!兄上と義姉上は、互いに思いあっていた。王家から公爵家へと婿入りするのは決まっていたのだから、それならば、互いに思い合う二人が一緒になれば良いと!!」
「そうだ。だから、それで良い。私は、公爵家へ婿入りし、お前は王家に残った。その王家が大公家になり、王太子であったセラフィム様が婿入りすることになったのであれば、お前が跡継ぎになるのが当然だろう?」
兄弟であるのに、証持ちとして生まれたセラフィムだけは、私的な場であっても敬称をつけて呼ばれた。
それは過激派共が強要したことであったが、同じ兄弟同士であるのに、自分だけが敬称をつけて呼ばれることは、セラフィムが付け上がってしまう一因となっていた。
ドナートのおかげで何とかなったようだが、あのまま育っていれば、私はいつかセラフィムを殴っていただろう。
まあ、そんなことになれば、過激派共から「証を持たぬ者が何をする!!」と喚き散らされただろうが、セラフィムは証持ちである前に私の息子だ。子育てにまで口を出すなと言いたい。
そして、過激派共から、なるべく逃れられるように身を寄せ合って育ってきたことから、王家の者たちは、とても仲が良く、結束力も強い。
そう、とても仲が良いのだ。
「ねぇねぇ。ベル兄様たちが継がないなら、僕が継ぐ〜」
「は?」
「いや、どうして末っ子のお前が継ぐ話になるのだ。私とお前との間には、ベルナルド以外の兄も姉もいるのだぞ?」
「だって、兄様たち海大好きじゃない。何か美談風に押し付けあってるだけで、船に乗りたいんでしょ?僕は海よりセラフィム兄上様の方が好きだから、大公家を継いで、兄上様を支援するの」
「あぁ〜……、そういやお前、セラフィム様大好きだったな」
末っ子のパーヴェルは、セラフィムの一つ歳下ではあるが、誕生日は半年ほどしか離れていない。
しかし、パーヴェルは小柄な母親に似たのか、年齢よりも幼い見た目に見えるため、セラフィムを含め、周りの兄弟たちはパーヴェルを可愛がり、特にセラフィムは「あの可愛らしいパーヴェルが証持ちでなくて良かった。アイツには、本を読んで、のんびりした生活を送らせてやりたい」と、兄らしく笑っていたのだ。
……なぜ、こうも息子たちは、パーヴェルの見た目に惑わされて中身に気付かないのだろうか。
娘たちは、パーヴェルの本質を早々に見抜き、中には距離を取ることまでしているというのに。
実は、パーヴェルは、かなり性格が悪い。
いや、悪いというと語弊があるのだが、まあ、施政者向きの腹黒さは持っている。
私がパーヴェルの母親を側室に迎え入れたのは、過激派共に好き勝手され、なかなか対応できずにいたところをパーヴェルの母親が手助けしてくれたことがあったからだった。
ドロシーとその息子であるドナートには最後まで「本当に良いのですか?後悔しませんか?本当に大丈夫ですか?」と、念を押された通り、最初は頭を抱えることになったよ。
側室として迎え入れたパーヴェルの母親にも、もちろん過激派共の手の者がつけられたが、彼女は、些細なことで喚き散らし、物に当たり、それはもう凄まじいほどの癇癪を起こした。
中には、彼女に手をあげられたという侍女やメイドまで出てきて、私は過激派共から「離縁して修道院へ入れろ」と、再三にわたって要求されたが、その度に彼女はそれを聞きつけて癇癪を起こしたし、過激派共が毒をもろうにも、そのことに気付いて更に激しい癇癪を起こすの繰り返しで、結局、過激派共が折れたのだ。
その手腕には驚かされたが、手段はどうにかならなかったのかと思わずにはいられなかった。
目的のためには自分の評価が落ちることも構わず、望む結果を最短で手にするのは、素直に凄いとは思うが、しばらくは胃が痛かった。
そして、彼女は、誰にも聞かれない内緒話が出来るようにと、普段から派手な装いをし、私に
その内緒話の内容には、アイゼンにいるマヌエラという女性とのやり取りも含まれており、実家からもたらされる情報を私に直接伝えてくれたのだ。
マヌエラ殿がやり取りを
そのマヌエラとのやり取りや、実家からの情報ということから分かるように、彼女はドロシーの妹なのだ。
そんなドロシーの妹であるパーヴェルの母親は、今は、自室にて、ゆっくりと休んでいる。
10年以上、いや、それよりももっと前から彼女は、「表向きは物静かなご令嬢、裏では手のつけられない癇癪持ち」という人物を演じていたのだ。
テルネイの王族を救うために、過激派共の手が届かない場所を作るべく、彼女はそれを演じきった。
彼女を側室として迎え入れれば、ドロシーたちは動きやすくなる。
しかし、それと同時に彼女の命が危険にさらされることにもなる。
そのことがあったため、ドロシーとドナートは「後悔しないか?」と念を押してきたのだ。
まあ、そのことを知る者は、皆で仲良く胃痛に悩まされることになかったがな。
そんな母親を見て育ったパーヴェルは、見事な腹黒となった。
自身の母親が癇癪持ちなのではなく、効率的に、そして、効果的に癇癪を起こしていると知り、「なるほど」と納得してしまったのだ。
そのパーヴェルが取った手段というのが、幼い見た目を利用した、「癇癪持ちな母親に怯えても、それでも母と慕う、健気で心優しい末っ子王子」だった。
演技だとも知らずに、そんなパーヴェルならば御しやすいと思ったのだろう。
過激派共が接触して行ったが、様々な情報を抜き取られて終わり、パーヴェルから何かを得ることは出来ずにいた。
ちなみに、パーヴェルの母親が癇癪を起こして破壊した調度品は、精巧に作られた贋作である。
押収した贋作を処分するために、盛大に叩き壊していたので、それが贋作であったことに気付く者はいなかったが、贋作だと分かっていても胃がシクシクしたものだ。
私が思うに、パーヴェルのこの年齢で、これだけのことが出来ているのであれば、暗部を任せた方が良いのではないかと思っていたのだが、パーヴェル自身がテルネイ大公家を継ぐと宣言した以上、邪魔はしない方が良いのだろうか。
とりあえず、邪魔をするつもりはないが、父として、大人として、意見を言っておこうと、幼い頃の昔話を兄弟でしているパーヴェルに声をかけた。
「パーヴェル」
「はい、父上」
「テルネイ大公家を継ぐということは、ここに残ることになる。常に王都、モルゲンロート王国王都にいるわけには、いかなくなるが、それで構わぬのだな?」
「あっ。そうですよね。代官に任せきりでは、ダメですよね?」
「その程度の者に、家を任せるわけにはいかぬ」
「うぅーん……」
「パーヴェルよ。……暗部へ行くか?」
「え……?」
「過激派共が牛耳っていたとはいえ、ドロシーやドナートの家は隠れながら暗部として行動してくれていた。……お前の母もだ」
「あ、そうでした」
パーヴェルの母親が暗部として行動しているという内容に、ベルナルドたちは目を剥いたが、何故か先代国王であった父上まで驚いていた。
……話していなかったかな。覚えがないな。まあ、良いか、過ぎたことだ。
ただ、パーヴェルの見た目がこのまま育っていき、ドナートに師事を受けるとなると、この子も場合によっては女装するのだろうかと思うと、なんとも言えない気分になるが、今更か。
セラフィムが既に女装して、生まれてくるはずであったセラフィマを見せてくれたのだから、息子が女装することなど、もう今更だと思おう。
アイゼン王国には、まともな暗部がおらず、アイゼン王国に居たテルネイの穏健派と過激派がそれぞれに持っていた。
アーデルハイト女王陛下が王太子であった頃に、ヴァルター殿が暗部を育て始めたようだが、マヌエラとやり取りをするようになって、そちらへ任せるようになったそうだ。
今、あちらの暗部は、マヌエラの家が担っているが、元を辿れば、ドロシーたちの家が本家にあたるので、暗部としての腕はそちらの方が上になるようだった。
マヌエラの孫娘に、パーヴェルと似た年頃のご令嬢がいたはずだから、彼女と相性が良ければ、そちらへ婿入りするのもどうかと話すと、どうやら乗り気になったようだ。
そのマヌエラの孫娘は、アーデルハイト女王陛下のお気に入りだそうだから、結婚すれば、夫婦共に呼ばれる頻度も多くなるだろうというのが、最後の後押しとなった。
パーヴェルの「どんなご令嬢なのか調べてみて、確実に落としますね!」と、無邪気な笑顔を向けられたが、早まっただろうか……。
アーデルハイト女王陛下は、そのご令嬢をいたくお気に召しておられるそうだが、マヌエラ殿はあまり良い顔をしていなかったし、漏れ出る周りの声を聞くに、婚約も難しそうだという話だったので、それならばと思ったからこそ出た発言だったのだ。
頭に大きなリボンとぬいぐるみを鎮座させている、個性的なご令嬢という話だったのだが、パーヴェルはどうやって落とすつもりなのだろうか。
案外、パーヴェルの方が落とされたりしてな。
ということで、私のすぐ下の弟と、私の長男は公爵家へ婿入りしていたが、その家は伯爵家に、王家に残っていた次男ベルナルドには子爵位を与えることにして、他の兄弟姉妹たちが嫁入り婿入りした家は、いくつか統廃合することになり、子爵家や男爵家とし、残った爵位は無理に与えず取っておくようにと、父上から言われた。
これからテルネイ大公家に生まれて来る子供たちに、残せる爵位が一つもないというわけにはいないし、更に爵位を賜れる保証もないのだから、と。
粛正により婚約が破談になった娘は、婚約の結び直しになるが、どうやら思いを寄せていた子息がいるようで、もう爵位にとらわれずに婚約の打診が出来そうだと、嬉しそうに笑っていた。
どうやら、そのお相手は男爵家の子息で、テルネイが爵位の統廃合をすることになった結果、伯爵家に組み込まれたとのことだ。
男爵家の子息とはいえ、かなり優秀であったことから、その子息のことは私も耳にしたことがあるほどだったので、あとで婚約の打診をすると娘には約束した。
もう過激派に怯え、顔色を窺うこともしなくて良くなったが、過激派共が杜撰な管理をしていた領地を立て直していかなくてはならない。
本当に最後まで腹の立つことだ。
過激派共が管理していた領地の領民が増え過ぎて、賄えなくなっていたようなので、あぶれた領民はモルゲンロート王国本土へと送ることにした。
あちらは、まだまだ開拓の余地があるとのことなので、そちらで生きていってほしい。
さて、では、掃除も済んだし、モルゲンロート王国王都へと向かおうか。
購入した王都邸の改装をするために、妻と子供たちを連れて行かなければならないし、婚約の結び直しとなった子供たちには、あちらで相手を探すのも良いだろう。
というか、セラフィムがうるさい。
アーデルハイト女王陛下に会いたいと、それはもう、うるさい。
お前は、素敵な婚約者がいて、あちらへ婿入りするから良いかもしれぬが、他の者たちは婚約の結び直しや、爵位の統廃合、連れ合いが過激派であったことから、独り身となってしまった者もいるのだからと言えば、大人しくはなったけれど、そわそわしていて鬱陶しいことこの上ない。
しかし、なんだ。このような、穏やかな時間が来るとは、夢にも思わなかったな。
…………おや?ところで、テルネイ大公家は、誰が継ぐのだ?
まあ、良いか。順当に行けば、本妻の息子が継ぐものなのだから、そちらから選んでも良いのだが、モルゲンロート王国の国王が女性なので、うちも跡継ぎを娘にしても良いかもしれぬな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます