ここはオカルト研究会

たなかし

ここはオカルト研究会

「――――ふぅ、もう大丈夫です。無事終わりました」

「これはこれは、助かりました。どうもありがとうございました」


 私は一連の儀式を終えて執事さんにそう伝えると、お礼を返される。


「あとは一晩どうか安静にしてください」

「感謝の言葉もございません。こちらは少ないですが、どうぞお受け取り下さい」


 そう言って彼は私に謝礼のを手渡す。遠慮はしない。これは私の儀式の当然の報酬だから。


「では、また何かありましたら」


 そう残して私はお屋敷を後にした。




 って、かなりかしこまった言い方しちゃったわね。私の名前は「神奈木珠緒かんなぎたまお」。高校生ながら片手間に依頼を受けて仕事をしているの。

 どんな仕事かって? いい質問ね。

 簡単に言えばオカルト全般。除霊、悪魔祓い、祈祷などなど。学校ではオカルト研究会会長をしているわ。

 だって私の家は代々宮司ぐうしの家系。母方のおばあちゃんは恐山でイタコをしていた。言わば私は霊能界のサラブレット。

 さっきもそう。オカ研のHPに依頼が届いて、あのお屋敷で若奥様の悪魔祓いをしてきたところ。

 どうやったかって?

 そうね、簡単に言うと……熱を出して寝込んだ奥様のご飯を作ったり、掃除や洗濯。食後に薬を飲ませ身の回りのお世話全般をして、最後に子守歌を歌って熱にうなされる彼女を静かに寝かしつけた。

 ――分かってる。言わないで。騙されたの……。みことめ、悪魔祓いの依頼って言ったくせに……。

 まぁ何はともあれ、普段オカ研の依頼は同級生の恋愛相談や進路相談。落とし物を探したりその日の運勢を占ったり程度で報酬もお菓子やジュース。なのに今回の依頼の報酬はなんと現金千円よ?!




 そう独り言を呟きながら学校へ戻る道中、貰ったおさつを嬉しそうに眺めて歩いていると、突風が吹いてそれは見事に桃太郎の桃のように川に流れていった。


「はぁ。運の悪さでもカンストしてるのかしら……」


 私の足取りは重くなりつつも、それでもみことに一言文句を言わなきゃいけないという使命感からしぶしぶと学校へ向かった。




 敷地の旧校舎にある1部屋。私たちの本拠地。ここはオカルト研究会。

 足早に階段を上ってドアを開けると、膝の上の猫を撫でながら私を見る少女がいる。

 この子は私の数少ない理解者にしてオカルト研究会(通称オカ研)唯一の会員。オカ研のホームページ管理全般をこなし依頼受付人兼会計「裏屋敷うらやしきみこと」。なお、お金には厳格だ。


「ちょっとみこと! なんなの今日の依頼は。ぜんぜん悪魔祓いじゃないじゃない?!」

「でも珠緒さん、そうでもしないと何の依頼も来ませんよ?」


 く……痛いところをつくわね。


「珠緒さんの毎日の部室内での飲食代で活動費はもう底を尽くところです。それでは今日の報酬を回収します」


 そう言ってみことは私に右手を出してくる。そう、部費のほとんどは私の飲食で消えていってるのは事実……。千円落としたとか言ったら殺されそう……。


「はい……」


 私は泣く泣く財布から自腹の千円をみことに渡す。


「確かに。ご苦労さまでした」


 みことの笑顔代が千円とは……とほほ。


「ところでみこと。他の依頼は?」

「ありませんよ。さっきのだって1か月ぶりですし」

「そう、よね……」


 私はみことに別れを告げて家に帰る。きっと背中に哀愁を漂わせていただろう。




「あれ?」


 家に着くと、庭にある蔵の扉が開いていた。倉庫としてしか使ってないし、滅多に開けないから不思議に思って中に入ってみる。


「――なにこれ……」


 中はゴミ屋敷状態だった。見てしまったものは仕方ない。床に落ちたものだけでも整理しようと片付け始めたとき、


「いったぁーい……」


 ドツンと頭に何か落ちてくる。


「なんだろう?」


 それは小さな四角い箱のようだ。開けてみると「絶対にやらないでください」と書かれた説明書のような紙が出てくる。


「やるなって言われたら、やりたくなるに決まってるじゃない!」

【注:運の悪さをカンストしている珠緒は、賢さは平均以下である】


 そういうの、怖がって躊躇ちゅうちょする人も多いだろうけど私はそんなの気にしない。むしろ好奇心の塊の私は、早速書かれていたようにほうきで地面に五芒星を描いて呪文を唱える。


「アムカオエーディ、アムカオエーディ……」


 辺りは静寂に包まれる。


 5分後


「……なにも起きないじゃない!」


 がっかりしながら玄関に入るとお父さんがいた。


「おかえり、珠緒」

「お父さん、蔵が開いてたけど」

「あ~、ほら前言ったようにお父さん明日からしばらく家を空けるから、明日の粗大ごみの日に出すいらいらないものを整理しようとね。危ないから中に入っちゃだめだぞ」

「……は~い」


 お父さんごめん、手遅れ。

 お父さんは明日から知り合いの神社にしばらく助っ人を頼まれて出向する。よそと違ってうちの神社は廃れていた。地域の地区祭りで使われるくらい。お母さんは私が小さい頃病気で亡くなっている。明日からしばらく私は1人暮らしになる。

 ご飯を食べてお風呂を済ませ、ベッドに横になりながら大好きなオカルト本を読んでいたときだった。

 本から目をずらしたとき、ベッドの横に誰か立っている気配を感じる。


「あ、あれ‥‥疲れてるのかな……」


 目をこすってよく見ると、変なコスプレをした若いイケメンが私をじっと見ている。

 あ……あれ、今日ってハロウィンだっけ……。

 混乱したわ。だって大声出して逃げ出そうにも部屋の出口はそいつを通り越さないといけないし。そもそも私は霊能者。お化けくらいで悲鳴を上げていたら廃業しちゃう。でもこれが人間だったら? 普通に不審者だったら? そう考えると私は一言も出せないまま布団の中でブルブル震えるしかなかった。

 でも顔立ちは端正で髪はツヤのある黒色。長いまつ毛に切れ長のツリ目。どこかもの悲しそうなたたずまい。綺麗な指先に長い脚。はっきり言うわ。私にどストライクのイケメン。怖いけどもっとその尊顔を拝みたい……。


「おい」


 私が心の中で葛藤を繰り広げていると、突然その男がしゃべった。私どうしていいのか分からないよ……。


「おい、お前。聞こえているだろ?」

「は、はい……なんでしょう……?」


 恐怖で声が裏返ってしまった。霊能者失格ね……。


「お前の望みを言え。そして俺と契約しろ」


 は? なにこいつ、いきなり何言いだすの? 私の感情は恐怖から一転、その男の命令口調に怒りを覚えた。私は優しい男が好きなの。ちょっとイケメンだからって何様のつもりよ。


「ちょっと、何言ってるか分からないですけど」

「お前が俺を呼んだのだろうが。さっさと願いを言って契約しろ」


 ど、どういうこと? 私こんな人呼んでませんけど……。


「人違い……じゃないですか?」

「バカかお前。悪魔が人違いなどするわけないだろう」


 え、この人今自分のこと悪魔って言った? 顔はイケメンなのにかなりやばい人なんじゃない?


「呼んでません! 帰ってください! 警察呼びますよ!」


 私は大声で言った。だってこんなおかしな人と関わりたくないもの。


「俺だって早く帰りたい。だからさっさと契約を済ませろ」


 まだ言ってる……。


「……契約ってなんですか?」

「俺を召喚したお前の望みを1つ俺が叶える。そしてお前は俺と契約を交わす。そうすれば俺は元の世界へ戻れる。分かったら早くしろ」

「……あなたが悪魔って、しょ、証拠でもあるんですか?!」


 それはそうだ。こんな痛い人今まで……あ、あれ。私も普段こんな感じ?


「珠緒ー、どうした? さっきから大声で」


 お父さんが私の声に気付いて上がってくる。

 部屋のドアをガチャっと開けると、お父さんはこの男と顔を合わせた。


「やあ、いらっしゃい」


 お父さんは男にそう言うと、戻って行ってしまった。


「え……」


 訳が分からない。目の前で娘の部屋に見知らぬ男がいるのよ? いくら相手がイケメンだからってなにやってるのお父さん! 【注:お父さんにイケメンは関係ない】


「記憶を操作した」


 急にその男は言い出す。


「え……お父さんの?」

「さっきの人間はお父さんというのか。そうだ、お父さんの記憶を操作した。これで分かったか。早く俺と契約をしろ」


 あり得ない出来事に私は限界を迎え、そのままベッドで卒倒してしまった。




 翌朝。


「う、うーん」


 朝かな。なんか昨夜は変な夢見たな。悪魔とかなんとか。へんなの。でもイケメンだったな~。


「やっと起きたか」

「え?!」


 あいつは目の前にいる。夢じゃなかった。


「ちょ、ちょっとあなたずっといたわけ? 私寝てる間にへんなことしなかったでしょうね?!」

「人間よ、お前に興味などない。早く願いを言え」


 な……私に興味ないってどういうことよ?! ちょっとくらい何かしなさいよ(謎)! それは確かに私ちょっと変わってるし、見てくれも普通だし、胸は……残念だし……でもそんなはっきり言うことないじゃない! 私だって年頃の乙女なんだから!


「言わない」

「なんだと?!」

「私悪魔にお願いするようなことありませんから。むしろ昨日だって悪魔祓いをやったくらいのエリート霊能者なので。では私学校に行かなきゃいけないので失礼します!」


 なんだろ、私に興味ないって言われたことに怒ったの? でもいい、あんな無作法なやつ!




 教室入ると私の目は「手島ユウト」にいっていた。女子から大人気のバスケ部のエース。

 はぁ、イケメンは見てるだけで癒される……。

 あいつの無礼で傷ついた私の心はイケメンを見て癒すことにした。


『ちょっと何あの人』『超イケメンじゃない?』『モデル?』『うちの学校にあんな素敵な男子いた?』


「え?!」


 廊下のざわめきにふと目をやると、あの悪魔が映った。

 あいつ……私をつけてきたのか……。

 私はバレまいとそのまま机に顔を伏せた。


 幸い気づかれることなく授業を終えて、オカ研に向かった。


 ドアをくぐるとそこにはみことがもういる。でも昨日と違った。悲しい顔をして下を見てる。膝の上も昨日と違った。


「あれ、みこと……猫は?」


 だってみことがいつも抱いていた、学校に居座る地域猫がいなかったから。


「猫ちゃん……車にかれて……」


 どうやら事故にあったみたい……。


「みこと……」

「猫ちゃん、毎日来てくれてたのに。いつもに甘えてくれたのに。可哀そうに……すごく可哀そう……」

「みこと、気持ちは分かるけどだめだよ。猫に「かわいそう」って言っては……」


 そう、猫にその言葉を言うと憑りつかれてしまうのだ。よく大人たちが言ってた。


「そんなの迷信でしょ?! かわいそうなものはかわいそうなの!」

「みこと……」


 泣き出す彼女に私はそれ以上言えなかった。


「そこの人間よ。この娘の言うことが正しいぞ」


 聞き覚えのあるその声に私が振り向くと悪魔がいる。

 みことは下を向いてうずくまっているので、悪魔に気付いていないようだ。気付かれては面倒になると思い、慌てて悪魔に向かって小声で言う。


「……ちょ、ちょっとあんたなんでここにいるのよ?!」

「なんでとはなんだ。お前が望みを言って俺と契約しないと……」


 このままではみことにバレると思い、私に答える悪魔の口を慌てて塞ぐ。


「あ、じゃ、じゃあみこと。ちょっと私今日は用があるから帰るね……。また明日~」


 みことにそう告げ、悪魔の口をふさいだまま部屋を出た。


「あのね、あんたに望みを言うつもりもないし、契約するつもりもない。朝言ったでしょ! 分かったらもう私の前に現れないで!」


 そう言って私は走って旧校舎の外に出る。


「はぁはぁ。よし、いない」


 後ろに悪魔のいないことを確認して胸を撫でおろすと、


「危ないぞー、よけろー!」

「え……?」


 野球部の放った打球が一直線に私に向かってきたのだ。

 顔に、直撃する……。

 気付いたときにはもう遅く、ボールはもう私の目の前にあった。なすすべない私はそのまま覚悟を決め目を閉じる。


「――あれ?」


 もうボールに当たっているはずなのに、なんの痛みもないのに疑問を抱きながらそっと目を開けた。


「え……」


 いつの間にか私の前に悪魔がいて、私の代わりに顔にボールの直撃を受けていた……。


「怪我はないか娘よ……」


 悪魔は私に向かって、必死に痛さを我慢するような顔で言った。

 なにがなんだか分からないまま、他の人に悪魔のことを知られるのを嫌い、私は悪魔を放ってそのまま走って校門を出る。


「…………」


 私のすぐ後ろに悪魔がついてきてる。でも相手にすると面倒だから私は無視を決め込みそのまま歩く。


「危ないー!」


 今度は正面から走ってきたおばさんの自転車が、まさに今私と衝突しそうになる。

 ドーンと衝撃音はしたのに痛くない。私はまた恐る恐る目を開ける。

 悪魔が私の代わりに自転車に轢かれていた。


 その後も犬に嚙まれそうなところをかばったり、マンションの上から落ちてきたから守ったり、挙句あげく犬の糞を踏みそうになった私の代わりに踏んでみたり――。


「ちょっと。なんで私を守るの? いくらそんなに献身的にやっても私は契約しないから!」


 しつこく付きまとう悪魔に私は大声で言う。


「別に構わん」

「……え?」

「お前が学校とやらに行ってる間、少々この世界を見学したが、まぁ多少面白そうなのでな。急いで帰ることもなかろうと」


 意外な言葉だった。


「じゃあなんで私を守るの?」

「召喚主に死なれては俺は消えてしまう。お前を守ってるのでなく、自己防衛してるだけだ」


 守るって言うなら身代わりになるじゃなく、回避させるなりもっとスマートなやり方あるのに。この悪魔、見た目と違ってちょっと抜けてるのかしら。


「ふふ」


 そう思ったら、自然と笑ってしまった。


「……学校と家の中はやめて。あとは好きにすればいいわ。あなた名前は? 私は珠緒」

「召喚された悪魔に名前はない。お前が勝手に決めろ、珠緒」

「……じゃあリョウ。あなたの名前はリョウよ!」


 ふふふ、私の推しイケメンの名前を授けるわ。


「なんでもいい、好きに呼べ」


 そう言うリョウを、私はにやついて見つめる。少しこの間抜けな悪魔と一緒にいてもいいかなって。

 そして視線をリョウの顔から降ろしたとき、私は気付いて言う。


「……あと、その服はやめて」


 そう言ってリョウに、今どきの若者の服を買って着せた。


「とほほ、さよなら私のお年玉……」


 自分でもなんでこんな見ず知らずの悪魔にここまでするのかと思ったけど、まぁ一応危険から私を守ってくれた命の恩人だし……ってか、私犬の糞踏んでも死なないけど……。


「じゃあここまでよ」


 家の前に着くと、リョウに念を押して私は中に入る。


「ただいまー」


 玄関に入ると書置きがあった。お父さん、もう出て行ったみたい。

 軽くご飯を済ませ、お風呂に入る。


「ふ~、1人は気楽だけど。ちょっと寂しいってか、怖いかも」


 湯船につかりながらそう考えていたとき、私の視界に黒いあれが飛び込んだ。光沢のある体にカサカサと素早い動き。そして私と目が合うと、それは私に向かって飛び掛かってきた。


「き……きゃぁぁぁぁぁー!」


 ドタドタドタという足音に続いて、お風呂のドアがガラっと開く。


「どうした、珠緒?! 無事か?!」


 窓から飛び去ったGと入れ替わりで、扉からリョウが入ってきた。見つめ合う私と悪魔。そして私は当然まっぱ……。


「で……出て行けぇぇぇぇぇー!」


 桶やシャンプーボトル、お風呂にあったあらゆるものを投げつけ、リョウを追い払った。

 お風呂を上がって廊下に出ると、リョウが立っていた。

 風呂場のこともあって私はそのまま無視して通り過ぎようとすると、


「さっきはすまなかった」


 意外にも素直に謝ってくる。


「あなたね……私は裸見られたのよ。ごめんなさいで済むわけが……」

「いやお前の裸など興味ない。あの小さな虫を退治できなかったことを謝っているのだ」


「な、な……。出て行けぇぇぇぇー!」


 私はリョウを家から追い出した。

 布団の中で泣いた。なんだろう。裸を見られたことじゃなくて、私に興味ないと言ったあいつの一言。なんでそんなことでこんなに頭にきてこんなに泣くんだろう……。




 翌朝、リョウはいなかった。

 ちょっと拍子抜けしたけど、ともかく私は今まで通り自由になれたのだ。

 なのに、なぜか心に穴が開いたような気持ちのまま学校に向かう。


「なぁ、神奈木。今日学校終わったら時間あるかな……もし大丈夫なら、放課後公園に来てくれないかな? 伝えたいことがあるんだ……」


 教室に入ると手島君が私にそう言ってきた。イケメンで女子の憧れの的。地味な私なんかとまったく接点ないのに。

 ずっとオカルトオタクをやってきた私は恋愛経験など皆無だった。もちろん私だって密かに手島君に思いはあった。でもまさか向こうから私に言ってくるなんて……。

 ど、どうしよう……あの言い方。これってきっとあれよね。私に、告白……。

 もちろん内心はすごく嬉しいのだけど、耐性のまったくない私はその日1日中、心臓が飛び出そうなくらいドキドキしていた。






 そして迎えた放課後。

 一応オカ研に顔出してみことに部活を休むこと言っておこうと部室に寄ると、いつも欠かさずそこにいたみことはいなかった。

 あれ……みこと?

 とりあえずそのまま部室を後にして、私はド緊張しながら公園に向かった。




「あ……お待たせしました……手島君……私には、は、話しって……?」


 手島君はもうそこにいた。私は待たせてしまった罪悪感と、これから起こるであろう告白に対してもう自分でも何を言っているのか分からないくらい、緊張から意識を保つのがやっとだった。


「神奈木、来てくれてありがとう。率直に言う。お前が好きだ。俺と付き合ってくれ」


 どストレートに告白された。なんだろうもっとこう恥じらいながらとか思ってたんだけど、男ってこうなのかしら。でもずっと憧れてた手島君。もちろん断る理由などなく私は舞い上がった。


「は、はい。私でよければ……喜んでぃ! あ、よろしくお願い……します」


 私は舞い上がる気持ちを必死に抑えながら、返事をした。


「…………」


 あ、あれ。手島君から言葉が返ってこない。気のせいか彼の口持ちが緩んだ気がした。早く何か言ってよ。

 彼の言葉を待つ間、ほんの5秒くらいだったはずなのに、私にはそれが永遠に思えるほど長く感じた。


「な、言っただろ。俺の勝ちだ」


 え……。


「ちぇ、また手島の勝ちかよ」「あーあ、神奈木なら恋愛興味なさそうだからいけると思ったのにな」「イケメンのユウトが断られるわけないじゃない」「でもちょろいよな、神奈木」


 公園の奥からぞろぞろと、彼の取り巻きが出てきた。


「じゃあお前ら掛け金没収な」


 彼はみんなからお金を集めていた。え……私騙された? 賭けの対象にされてた?

 混乱して泣いている私を見て彼は言った。


「あ~悪いな神奈木。全部嘘。だいたい俺がオカルトオタクのお前を好きになるわけねーだろ。もっと自分てものをちゃんと見ろよ……」


 なんだろう……今日1日、ずっとドキドキしてたのに。バカじゃん、私……。悔しくて悲しくて、止まらない涙を流していた私の横を何かが通り抜けた。

 バコーンと言う音が響いた次の瞬間、手島ユウトは勢いよく吹っ飛ぶ。

 そこにいたのはリョウだった。


「貴様ら、これ以上珠緒を泣かせたらただではすまさんぞ!」


 そのあまりの威圧感と破壊力に、手島も取り巻きたちもただただ物おじしていた。


「く、くそ」「覚えてろよ」「ちょっと、なに……すごいイケメンじゃん」「いくぞお前ら」


 そして負け惜しみを言いながら一斉にその場を去っていった。


「大丈夫か、珠緒」


 リョウは私を見てそう言ってきた。


「なんで、なんで来たのよ。なんで私を助けたのよ……」

「お前が泣いていたからだ」


 私の胸は張り裂けそうになった。体中が熱くなり、リョウの目を見つめられなくなった。


「あ、ありがと……」


 私の言葉を聞くとリョウは笑顔を見せる。


「泣かれて死なれては困るからな」


 あーそれ、言わなくていいやつ……。

 ちょっと拍子抜けしながら聞いた。


「でもどうしてここが……今までどこに?」

「ちょっと気になることがあってな、それを調査していた。その帰りお前の泣く声が聞こえたからここに来ただけだ」

「――私、気晴らしがしたい。あんたも一緒に来なさいよ」


 そう言って私はリョウの腕を引っ張り、複合レジャー施設に行った。

 映画館ではリョウは感動して泣きだすし、ゲームセンターでは楽しそうに笑ったり、負けて悔しんだり。普通に人間の男の子のようだった。

 そこでクレープを買って一緒に食べる。


「うまいなこれ! こんなものが人間界にあるのか!」


 おいしそうに食べるリョウを見て、私も嬉しくなる。


「そうだ、さっき言ってた気になることってなんなの?」

「おーそうだ。珠緒、みことという娘に近付くな」

「え?」

「あやつは呪われている」

「な、なに言い出すのよ急に……」


 私は動揺する。だってみことは親友だもの。


「いいか、俺の忠告を忘れるな」


 そういえばみこと、今日部室にいなかった。でも彼女が呪われてるなんてそんなことは……。リョウの言葉に不安を覚えながらも、明日にはみことは普通に顔を出すだろうと思うことにした。


「じゃあリョウはここで寝てね。絶対に2階には上がってこないこと! 分かった?」

「うむ」


 1人暮らしになっちゃったし、外だと不憫ふびんだろうからリョウを家の1階に住むことを許可した。もちろん2階の私の部屋は厳禁で。




 翌日。


「やっと起きたか珠緒。朝食はできている」


 階段を降りると、居間でリョウが私を出迎えた。


「すごーい、あなた料理できるの?」


 テーブルに並べられた朝食に私は目を輝かせる。


「インターネットというもので様々な料理を覚えた。しっかり食え。死なれてはかなわん」

「いや、朝食抜いたくらいで私死なないから……」


 リョウはお父さんのパソコンで、人間界のことを勉強しているみたいだった。その勉学に向ける姿勢のわずかでも私は欲しかった。




 学校でリョウと別れると、私はみことの教室に向かう。


「え、裏屋敷? そういえば昨日から見てないな」


 昨日も部活だけでなく学校を欠席してたらしい。電話もメールも通じず、私はどんどん不安にかられていく。

 自分の教室に戻って、1人考えこんでいると手島ユウトがやってきた。


「神奈木……昨日は悪かった……」

「…………」


 私に謝罪してきたけど今はみことのことで頭が一杯だし、昨日の今日で許せるはずもない。


「お前にはひどいことをしたと反省してる。昨日の彼にも一言謝りたいんだけど……」


 え……?


『昨日は悪かった。許してくれリョウ』

『気にするな。俺もお前を殴ってしまって……ユウト、怪我はないか?』

『そんな……君に負わせてしまった心の傷に比べたら、僕なんて……』

『ユウト……』

『リョウ……』

【珠緒の脳内では妄想が広がっていた】


 ――は?! だめだ、こんなときに何考えてるの私……こんなことでは……。


「いかーん!」


 私は妄想を振り払い、机をバンと叩いて大声とともに立ち上がる。

 突然の大声に、手島ユウトはビクついたようだ。


「か、神奈木?」

「ごめん、あとにして。邪魔だから」

「……あ、あぁ」


 手島ユウトはうなだれながら私から離れて行く。だってこれ以上あいつがリョウの話すると、変な妄想が広がっちゃうんだもの。



「今日はみことの家にいくから」

「お前俺の忠告忘れたのか?!」

「忘れてない! でも親友だから、心配だから。じっとしてられないの。だからあなたもきて」

「当たり前だ。お前に何かあったら俺が困る!」


 学校が終わると、外で待っていたリョウにそう告げてみことの家に向かう。まったく、最後の台詞だけ切り取るとまるで私の彼氏みたい。

 みことの家に向かいながら、私は心配なはずなのになんだか照れてしまった。


「こんばんはー」

「あら、珠緒ちゃん。みことね、ずっとベッドでうなされたままで……明日にでも病院に連れていこうかと……」

「ちょっと失礼します」

「あ……」

「邪魔をする」

「あら……まぁ……」


 おばさんに断る前に私はみことの部屋に向かった。リョウも一緒だったけど。彼を見たとき、気のせいかおばさんはうっとりしてた気がする。

 みことの部屋の前に来ると、勢いのままドアをガラっと開ける。


「みこと?!」

「うー……うぅ……」


 みことはベッドで苦しそうにうなだれている。

 すぐに駆け寄ってみことのおでこに手をあてる。


「すごい熱……」


 まるで卵でも焼けるんじゃないかってくらい、みことの身体は熱かった。


「だから言ったであろう」

「呪われてるって……一体何に……?」

「猫だ」


 リョウがそういった次の瞬間、何かが私めがけて勢いよく飛び込んできた。


「正体を現したか、化け猫め」

「ンミャ~~」


 みことの目と爪はまるで猫のように細く、鋭くなっていた。そして私に飛び掛かったところをリョウが守ってくれた。


「みこと……みこと、私だよ。珠緒だよ? 分かるよね?!」

「ンミャァァァァー!」


 そんなみことの姿を見て泣いて呼びかける私に、またみことが襲い掛かる。


「だから言っただろう。これで俺の言ったことが分かったか!」


 リョウがみことを抑え込み、私に言う。


「みことは……どうなるの……」

「もう憑りつかれている。俺は払うことはできん。このまま退治する!」

「え……」


 リョウの言葉に私は考える。最後確か退治するって……。

 みことの攻撃を器用に交わしながら亮はなにか呪文を提唱し始めた。


「〇▲♠♦✖◆――――」


 そしてリョウが手で印を結ぶ。

 退治って……だめだよ。みことを傷つけちゃ……だめだよ……。


「待って! やめて!!!」

「?!」


 私の叫びを聞いてリョウは印を解除する。そしてそのまま無抵抗でみことに殴られ、蹴られ、一方的にぼこぼこにされていった。

 そしてみことはリョウを吹き飛ばすと、今度は勢いよく私に向かって長い爪で襲ってきた。

 このまま私の身体は貫かれる……。

 覚悟を決めて閉じた目を開けると、ボロボロになったリョウが私をかばい、その体を貫かれていた。


「珠緒……逃げろ……」

「リョウー!? どうして……どうして私をかばって……」


 みことの爪はリョウに深くささったまま、抜けなくなってしまったようで必死に爪を引っ張っていた。


「言っただろう……お前が死ぬと、俺は消える……自己防衛だ」

「だってあなたが死んでしまったらもともこもないじゃない?!」


 私はリョウの身体を抱きしめ、大粒の涙をながして言った。


「さぁな……俺もこの世界で……珠緒、お前が泣くのは見たく……」


 そう言うとリョウの手はぶらんと下に垂れた。


「お願い、死なないで……私契約する……私の望みはあなたの命! 契約するから! だから……死なないで。私を1人にしないで。ずっと私を守ってよ……リョウ! お願いぃぃぃー!」


 垂れた手を握りしめながら私は叫ぶ。

 その願いも届かず、リョウの身体は消えていった。

 みことが体勢を立て直し、泣き崩れる私を向く。


『珠緒、お前はエリート霊能者だろう? 悪魔祓いをやってみろ』


 それは耳じゃなかった。私の心に直接響いたような声だった。

 私は記憶の奥から封印の術を引き出し、それを念じ、脚で魔法陣を描いて襲い掛かるみことのおでこに手のひらをかざす。


「悪霊、退散……」


 みことの身体から白いもやのようなものが上がっていき、みことの姿は元に戻った。


「う、うーん。あれ、珠緒……さん?」


「みこと。もう、大丈夫……大丈夫だからね……」


 私は泣きながらみことを抱きしめる。みことは何も分からないと言った感じできょとんとしていたけど、私を見て察したのか、


「ありがとう。珠緒さん」


 と言って、私の頭を撫でる。

 リョウ、ありがとう。




 翌日。


「おはよう!」


 居間の扉を開ける。リョウの姿はそこにない。分かってた。分かってたけど……。

 彼のいない朝。今まで通りの普通の朝。だけど心にぽっかり穴の開いた朝。

 私はその穴を手でふさぎながらとぼとぼと学校へ向かう。

 授業も身が入らず1日中ずっとぼーっとしてた。


 放課後部室に向かった。


 ドアをガラっと開けると、みことが笑顔で迎えてくれた。

 よかった、いつもと同じみこと。


「遅かったな、やっときたか珠緒」


 いつもと違った顔がいる。


「え……」

「大変だったぞ。お前が3つも願いを言うから、ほとんど魔力を使い果たしてしまった。おかげで魔界に戻れん。残ったわずかな魔力で生徒たちの記憶を操作して、やっとここに来たのだからな」


 笑顔の悪魔がそこにいた。


「も、もうー! 私、超……超……心配したんだからねぇぇー! リョウ、おかえりなさい……でも、どうしてここに?」


 私はリョウの胸に飛び込み、うれし涙を流す。


「ここは悪魔や妖怪退治の依頼を請け負うのだろう? 俺も協力してやる。失った魔力をどもから吸い集めなければならぬからな」

「珠緒さん。依頼、きてますよ。今度は狐の祟りだそうです」


 私たちを見ながら、みことがにっこりして言った。


「よーし、新生オカ研初仕事よー!」


 私はこぶしを握り2人に力強く言った。




 旧校舎の一室。今日も依頼を待ち続ける。ここはオカルト研究会。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





ご拝読ありがとうございました。


いかがでしたでしょうか?


少しでもいいと思っていただけましたら下の♡や☆からの評価、感想等いただけると嬉しいです。


ありがとうございました。

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