第四話 イナツルギ 


 隼人がその異変に気付いたのは人々の悲鳴が聞こえてからだった。


 怪獣という単語に慌てて控室に踵返し、外へと向かう。


 仮設のテントから飛び出してみると、黒い波となった人だかりの後ろには巨大な怪獣が人々を追いかける形となって迫ってきていた。


「あれは…」


 隼人は過去にあの怪獣に対面していた。名前を思い出そうとした瞬間だったすると後ろから先ほどまで控室にいたアルテミス達が悲鳴を聞きつけて飛び出してきた。


「何事!?」


「アルテミス、怪獣が出たようで…」


 桃色の髪を持った少女、エリィが隼人と目が合う。次の瞬間、少女が青年を指差して食ってかかってきた。


「あなた! アルテミスを撮った地球人! あの記録媒体を渡しなさい!」


「ちょ、まってまって! 今それどころじゃ!」


「エリィ、落ち着いて、本当にそれどこじゃなさそうよ」


 アルテミスが桃色髪の少女、エリィの肩を叩き怪獣を指差すと、怪獣の背面にある八基の角が光だし、なにやら力をため込んでいるようだった。


「あれ、まずくね?」


「ええ、とってもまずいですね! 伏せてください!」


 次の刹那、怪獣の咆哮と共に角がスパークし、先から雷状のレーザーを四方八方にばらまき、建物を粉砕していく。 


「イナツルギの野郎! 派手にやりやがって!」


「イナツルギ?」


「雷棘怪獣イナツルギ、旧地球防衛軍時代から出現しつづける怪獣だ。神出鬼没でどこからともなく現れては大暴れしては忽然と消える。そのおかげで防衛軍は後手後手に回ってたんだ」


 隼人はハッとなり顔に手を当てる。やってしまったとついつい、感情的になると怪獣とかの知識を語ってしまうのが彼の悪い癖なのだ。


 しかし彼の反省をよそに二人の異星人は怪獣の対策を話し合っていた。


「なるほど、空間転移とかですかね?」


「彼の話を聞く感じだとそんなとこかしら? あの背中の突起が怪しいわね」


「あれ砕けば弱体化するのかな? あの地球人さん?」


「え? ああ俺の事か?」


「あの記録媒体の事はとりあえず後にしますけど、後でちゃんと返してもらいますからね」


「ああ、あれね。いいよ。元々使う気なんてしなかったからさ」


 その言葉を聞いたエリィはアルテミスに目配せすると、軽く会釈を返して路地裏に向かって走っていった。


「あ、彼女はどこに?」


「色々準備をしに行ったのよ。さてとまた会えたわね。お兄さん」


「ああ、先日ぶりっていったところかな…やっぱり君がそうなんだな」


「…ええ、先日の巨人の一体は私よ。ヴァルバム、この星的にいうと鋼鉄戦鬼って言ったところかしら? あんまり好かないネーミングだけどね」


「そっか…んじゃ味方なんだな?」


「ええ、この星からダークロイドを狩るのが私の役目よ」

 

 その言葉を隼人は何故だか自然と受け止めることが出来た。理由は分からないが、目の前の少女が、あの黒い巨人と戦うために遥かな星から来てくれたことは間違いないという自室に安心してしまったのだろう。


 隼人は言葉よりも先にも例の写真を彼女に突き出していた。


「これは俺からの信頼の証だ。ここで処分してくれ」


「いいの? これをどこかに売り出せばいい情報になるのに?」


「俺らの星のために、頑張ってくれている子にそんなこと出来ないさ」


 彼女は隼人の顔を見ると、一泊おいてからアルテミスは写真を受け取った。すると彼女はいたずらそうな顔をして、写真を見る。


「にしても信頼の証が、盗撮の写真とはお兄さんもいい度胸してるわねぇ」


「不満かい?」


「ちょっとだけ?」


「じゃあ、俺の出来る範囲内でってのは?」


「それじゃ! この星の美味しい物、なにかおごってよ!」


「っえ?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。それもそうだろう。大食い大会であれだけ食べておいてまだ美味しい物を欲しがるとは。


 隼人の態度にアルテミスは、じっと距離を詰める。


「ダメなの?」


「いや…いいよ。分かった! 何でもどんとこいだ!」


「やった! あ、そうだお兄さん、名前は?」


「隼人、日野隼人。敬称はいらねぇからな」


「分かったわ。ハヤト、あなたはこの後どうするの? ここにいると危ないだろうし。私達と一緒に来る?」


 アルテミスの言葉に隼人はすこし考えると暴れている怪獣を見る。ティルスはまだ来ていない。アルテミス達が巨人化するにしたってまだ時間がかかるだろう。


 今は商店街だけだが、このままにすればすぐにでも人口密集地の多い場所へと移動してしまうだろう。そうなれば先日のダークロイド戦のような被害になる。それだけは絶対に避けなければいけない。


(だったらやるべきことは一つだ)


 気付けば手は対怪獣用の大型拳銃のホルスターに触れていた。再び、こいつの力を借りるときが来たと確信できる。


 あの頃の正義感はとうに朽ち果ててはいるが、目の前にいま見ず知らずの惑星のために戦おうとしている少女がいる。その事実が隼人に覚悟を決めさせていた


「俺が時間を稼いで奴をここに釘付けにする」


「え? でも? 大丈夫なの?」


「こういうのは初めてじゃない。それにまだティルス、この星の防衛軍も来てないみたいだしな。誰かがやらなきゃ」


「俺が時間を稼いで奴をここに釘付けにする」


「え? でも? 大丈夫なの?」


「こういうのは初めてじゃない。それにまだティルス、この星の防衛軍も来てないみたいだしな。誰かがやらなきゃ…」


「…信じていいのね」


 アルテミスの赤い瞳は、真っ直ぐ隼人を見つめる。力強いが、どこか不安そうな眼差し、それに隼人は見つめ返すことで返答する。


 アルテミスはコクッと頷くと隼人の肩を一回パシッと叩く。そして踵返してエリィの消えた路地へと入っていった

  

「さてと、さっそく行きますか!」


 隼人は片手に持っていた拳銃を構え、足に力を入れると尋常じゃない速度でダッと駆け出しイナツルギに肉薄し背面にある角の一本めがけて引き金を引いた。


 対怪獣用のこの拳銃。反動は一般の拳銃の数十倍と言われている。普通の人間ならば拳銃を撃てば、反動でバランスを崩してしまい吹っ飛ばれてしまうのが関の山だ


 しかし、隼人は映画のガンマンなさがら片手で大型拳銃を討ち放ち、その反動をものともしていない。


 放たれた弾丸は不意を狙って撃ったのもあって、真っ直ぐイナツルギの角にぶち当たり、巨大な角を爆砕した。


「ギャオァァァァ!!」


 突然の衝撃と激痛にイナツルギは頭を押さえ悶え苦しむ。そして自分の角を吹き飛ばした存在を探し始める。すると再び何かが己の身体に当たり爆発する。


 振り返ると一人の人間が武器を構え狙っている。こいつだとイナツルギは確信し怒りの咆哮を上げる。


「久しぶりだな!! イナツルギ! ちょっと付き合えや!」


 隼人は再度、拳銃を発砲してイナツルギのヘイトを向けようとしている。するとイナツルギの角が光だし雷状の光線を怒りに任せて放ってきた。


「あっぶね!!」


 隼人は光線が当たるギリギリで避け、受け身を取りつつ拳銃を放つ。アルテミスが鋼鉄戦鬼へと変身する時間を稼ぐために。


  一方その頃、オデッセイに戻っていたアルテミスとエリィはその様子を、モニター越しに見つめながら、急ピッチで変身シークエンスを進めている。


「急いでエリィ! どんなに隼人が普通の地球人より身体能力が高くても、このまま戦っていたらもたないわ!」


「分かってます! もう少しで変身シークエンスが完了しますから! アルテミスは射出ポットの方へ!」


「了解!」


 たたっとポットに駆け出したアルテミスは巨大化シークエンスの準備を始めるのであった。


 彼女達が準備を進めている間、隼人はイナツルギから放たれる光線を必死に避けながら逃げ回っていた。


「くっそ! やっぱしこの拳銃だけじゃあんまりダメージ与えられないか!」


 イナツルギの背中から放たれる雷状の光線は隼人をすれすれを掠め、爆発し熱風に頬が焼かれる感覚を喰らう。


「くっ!」


 爆風をもろにくらいバランスを崩して隼人は背中を強打してしまう。


 凄まじい衝撃と痛みが背中に走り、一時的に息が吸えなくなる。


意識が遠のき、目が次第に霞んでいく。うつろいゆく意識の中で巨大な影が迫り、もはやこれまでと思ったその時であった。


「Αστραπή! Χτυπήστε!《稲妻よ!鳴り轟け!》アルテミス! ギガンティック!!」


 聞き覚えのある声が隼人の耳に響き、影を吹き飛ばした。


 最後に見たのは眩い閃光から現れた紅蓮の姿をした戦士の姿だった。それを確認した隼人はフッと笑みを浮かべてそのまま意識を手放した。



 ☆  ☆  ☆


 隼人がイナツルギに踏み潰される数分前、大急ぎでバイオアーマーを装着したアルテミスは手順を飛ばしてオデッセイの砲台から撃ちだされた。


 イナツルギに向けて飛んでいくと巨大化するためコードを叫んだ。


「Αστραπή! Χτυπήστε!《稲妻よ!鳴り轟け!》アルテミス! ギガンティック!!」


 彼女のボルトクリスタルからバイオアーマーにエネルギーが充填される。アルテミスの巨人の遺伝子を刺激する酵素が分泌され、アルテミスは急激に巨大化した。


 鋼鉄戦鬼になったアルテミスは、隼人が踏み潰される前に右拳に雷を溜め、イナツルギ目掛けて渾身の技、ライトニングシューターをぶち込んだ。


 真横に吹き飛んだイナツルギはまだ改修中の敷地へと倒れこんだ。


(エリィ! 彼をお願い!)


(了解!)


 何とか隼人を助けだしたアルテミスはテレパシーでエリィを呼びだし、彼を託すと再び怪獣へと向きなおった。


 むくと体を起こしたイナツルギは残りの背中の棘を発光させ、四方八方に光線をバラまいた。アルテミスはボルトクリスタルを発光させ、己の周囲にバリアを発生させる。


 凄まじい弾幕は土煙を舞い上げ、その勢いはアルテミスを隠してしまうほどだ。


 しばらく撃ち続け、ようやく止まったころには自身の周りは硝煙に包まれていた。さすがにあの巨人も生きていないと思ったのか雄叫びを上げる。


 その瞬間だった―硝煙の中からダッとアルテミスが飛び出し、油断しているイナツルギの頭を掴み側転して真後ろに回る。そして両の手にエネルギーを貯めて刃を形成する。そして一気にイナツルギの背中の棘を切り裂いた。


「これであの光線は使えないわね!」


 イナツルギは怒りの咆哮を上げ、アルテミスを睨みつける。


 アルテミスは油断なくイナツルギと間合いを取る。角がなくなったとはいえこの星の防衛軍を翻弄し続けた相手、何もないわけがないのだ。


 そう思った瞬間だった。イナツルギの長い尻尾がゴキンっと嫌な音を立てて、勢いよく頭より高く持ち上がると、尾の先から高出力の雷撃が発射される。


「くっ!!」


 咄嗟にアルテミスはボルトクリスタルがついている。両腕をクロスさせると防御シールドを展開して何とか受け止める。しかしイナツルギはますます出力を上げるとじりじりとアルテミスを後退していく。


「アルテミス! このままじゃ…」


 エリィは悲痛な声を上げる。船に戻れば、搭載されている砲台で援護射撃が出来る。しかし今はこの地球人を保護しなければいけない。


 本当はこんな地球人など放り出して、すぐにでもアルテミスの援護に回りたい。しかしそんなことをすれば、彼女、いやヴァルバムの信条に反することになってしまうだろう。


 もどかしい気持ちを推し殺させねばいけないのが、エリィにとっていま、一番辛いことであった。


「お、おい、ピンク髪の嬢ちゃん」


 その言葉にハッとなったエリィは気絶していた彼の方を向く。どうやら意識を取り戻したようだ。隼人はググっと体を起こそうとしているが、力が入らず動けそうにない。


「くっそ、状況は大分やばそうだな」


「ええ、このままでは、推し切れられてしまうかもしれないです」


 彼女は悲痛な表情を浮かべながら、それだけ告げると船の方へひきずっていこうとする。隼人はその手を掴んで彼女を静止する。


「嬢ちゃん、協力してくれないか?」


「協力って…何を?」


 隼人は手に持っていた拳銃を見せる。


「あと一発は入っている」


「でもそれ、あの怪獣には…」


「ああ、他の外皮は硬すぎてこいつじゃ貫けない。だが、生き物なら絶対に固く出来ない柔らかい部分ってのがあるはずだ」


エリィはハッとなって顔を上げ、イナツルギを見る。この怪獣の唯一の柔らかい部位、それは―


「目、あの怪獣の目を撃ち抜くんですね!」


「その通り、俺達で目にもの見せてやろうぜ!」


 エリィと隼人はお互い頷き合った。


 そして、イナツルギと戦っていたアルテミスだったが、次第に防御シールドにヒビが入り、推し負けてしまいそうになる。すぐにでもライジンを使って、守護獣の一匹であるライローを見に纏えば、勝負は簡単につく。


しかし、今は後ろに隼人達がいる。下手にライローやライジンを使ってしまえば、彼らを丸焼きにしてしまうのは目に見えていた。


 ここは何としても耐えて、勝機を待つしかない。そう思った瞬間だったー


 ガウンッと一発の銃声がなったかとおもった矢先、イナツルギが突然苦しみだして後ずさりする。そのおかげで雷撃から逃れることが出来た。


 よくみるとイナツルギの瞳から赤い血液が吹き出している。アルテミスは銃声のした方向を振り向くと、そこには銃を構えた隼人とそれをサポートするかのように体を支えているエリィの姿があった。

 

 隼人はアルテミスにニヤリと笑みを浮かべると力の限り叫ぶ。


「ぶちかませ!! 鋼鉄戦鬼アルテミス!!」

 

 アルテミスは隼人の言葉に頷くと両腕のボルトクリスタルに力を貯める。ボルトクリスタルが眩い光を放ち、凄まじいスパークを生む。その時、アルテミスはクリスタルから雷を抜き放つ。


 それはかつてとある神話の最高神が放つ。最強の一撃、悪しき者を打ち倒すその雷の名は―


「ケラウノス!!」


 アルテミスは激しい雷の塊を撃ち放つ。凄まじいエネルギーの本流となったケラウノスはイナツルギの身体に吸い込まれていくと、雷鳴が轟き、その巨体に風穴を開けた。


 これが長年防衛軍を翻弄しつづけてきた雷棘怪獣イナツルギは、鋼鉄戦鬼アルテミスによって倒されたのであった。


 夕日が破壊された商店街を包み、アルテミスの銀髪を赤く染める。その光景に見とれていた隼人は思っていたことが口に出てしまった。


「綺麗だな」


「当然です。アルテミスはボルト星でも一、二を争うほどの美人でしたから」


 何故かえっへんと胸を張るエリィ。そうかと一言いうと隼人はそのまま言葉を続ける。


 隼人達の会話が聞こえたのかは定かではないが、キリッとしたアルテミスの顔がすこし緩みそうになったことは彼女しか知らない事であった。


 その後、とりあえずはこの場を離れるという事になり、三人は戦艦オデッセイに乗り込む。そして静かにオデッセイは地中のなかへと消えていった。

 

 しかし、その様子を倒されたイナツルギの傍で見つめている黒い影にアルテミス達は気づくことはなかった。さらにこれがまだ前哨戦でしかないという事にも


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雷霆閃姫アルテミス ヒョウコ雪舟 @aratadesu

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