第三話 電撃少女を探して
ここは日野隼人の事務所兼自宅に使用しているアパートの一室。普段から掃除をしていないせいか、本棚とかには埃が溜まってしまっている。
さらに、事務所のデスクには山のように書類が両端に詰まれていて隼人は、そんな事務所のデスクに足を乗せて、天井を見つめながら煙草をふかしていた。
最近、運が向いていないと隼人は思っていた。まずはタコ型の宇宙人に財布をすられたことだ。何とか気付いて追いかけたが、あれのせいで怪獣関連に巻き込まれる事になってしまった。
そして今、隼人はデスクに広げてある写真を一枚とって深いため息をつく。
これはあの巨人、アルテミスとダークロイドの戦闘を何とかカメラに抑えたものだが。しかし全てが色ボケやフレアのように白くなっている。
そして今、隼人はデスクに広げてある写真を一枚とって深いため息をつく。
さすがにこれでは、クライアントに渡すには不十分すぎる。そのため現在隼人は頭を抱えるはめになっているのだ。
だが一枚だけ、最後に取った写真だけは彼女の姿がはっきりとカメラに抑えることが出来た。赤い真っ赤な装甲に、銀色の髪をたなびかせた雄々しくも美しい女巨人。
そしてどことなく、商店街で出会った赤髪の電撃娘。彼女とも似ている気がした。結局名前を聞けなかったがあの子は無事だったんだろうかとふと頭によぎる。
もしかしたら、あの子があの巨人何だろうか…とふと考えもしたが「まさかな」っと一言呟き、そんな妄想をかき消した。
こんなくだらない事よりも今は、これを提出するか、否かだ。この写真であればクライアント側も納得するのだろうが、隼人は何故だか乗り気になることが出来なかった。
偶然にも彼女が隼人の前に降りてきてくれたために、撮れた一枚ではあった。
だが何故か、それは撮ってはいけない物に思えてしまったのだ。この写真を見るたび、頭の中では商店街で出会った少女の面影がちらつき、胸の奥底がざわついてしょうがなくなってしまったのだ。
「あ~もう! 何なんだってんだ!」
隼人は叫ぶと蹴りあがるように立ち上がる。椅子にかけてあったトレンチコートを引っ手繰るように掴み、身に纏う。懐に写真を懐に入れて隼人は部屋を後にした。
部屋の中でもんもんと考えていてもしかたないと思い、あの少女に再び出会うためにあの商店街へと向かった。
しかし、到着して早々、隼人は後悔することになった。
何故なら商店街の通りには、見渡す限りの人、異星人、人、異星人、人…まるで人の海だ。
どうやら今回は運悪く商店街のイベントにぶち当たってしまったようだ。電柱に貼られているチラシには「商店街主催、食べ歩きフェス」と書いてある。
しっかり見てみると通りの店の前には屋台が設置され、そこに人が押し寄せてきているようだ。
だが、隼人はあの少女を探しにきたのだ。こんな人だかりの中で一人の少女を探すのは困難だろう。
(さぁすがに分が悪いなぁ…出直した方がいいかぁ?)
隼人は日を改めようとして、商店街の出口へと踵を返そうとしたその時であった。
商店街の電柱に取り付けられているスピーカーから感情の籠ってない男の声が響いてきた。
「こちら商店街運営委員会です。これより、商店街中央で食べ歩きフェス、一番の目玉企画大食い大会を行います。ご参加になられる方は早めのエントリーをお願いいたしております」
広報が終わると、プツンと音が途切れる。すると人の波の動きが変わり、みな、商店街の中央へと歩き始めた。
「大食い大会ねぇ…いないと思うが行ってみるか」
放送を聞いた隼人は、少し悩んで見てみたが、あまりいい案が思う浮かばず、致し方なく、人が大勢集まる場所であろう商店街中央へと向かう事になった。
一方、その頃地球防衛軍では一体の怪獣に関して、会議が開かれていた。
会議室には上座に指揮官のク=ヴェルが座り、その両脇に副官のカルセドニと赤星零慈。
そして三人のモニターには報告役の隊員。
「現在、コードネーム、雷棘怪獣イナツルギは突如出現しては消える事を繰り返し、行動の予測が出来ない状況にあり、そのせいで我々ティルスも二の足を踏んでいる状態です」
どうやら数日前から、とある怪獣が神出鬼没に出現。街を破壊し、痕跡を一切残さず消えるという事が起こってしまっている。
しかし、ティルスも痕跡を残さず出没する怪獣に手をこまねていてしまっているのが現状だ。そのため、イナツルギの対策が議論されているが、進展は見えないでいた。
「昔の資料にあった記述には、当時の隊員に攻撃されて、激昂。その隊員に襲い掛かろうとした瞬間に忽然と姿を消してしまった。そういう話がかなり多いんだよ。この怪獣は」
水色の髪を揺らしながらカルセドニは持ち込んだ資料を叩きながら報告する。その内容に零慈は口に手元を置いてしばらく思案する。すると考えがまとまったのか口を開く。
「そうか…そうなるとこのワープ能力自体はイナツルギの能力ではないということになるな」
「ああ、その意見には私も同意だね。そうなるとだ。こいつを出したり消したりしている張本人がいるって事だね」
その言葉に、零慈は首を縦に振る。恐らくそれははずっとティルスの中で警戒しつづけてきた存在。先日、初めてこの地球に出現した黒き巨人。
「ダークロイド」
リ=ジェルは重い口調で宿敵の名を出す。その言葉に両翼にいる副官が頷く。ありとあらゆるレーダーに反応しないで、暗躍出来る存在など奴らにおいて他はいないだろう。
そのせいで、この間の鋼鉄戦鬼とダークロイドの戦闘では完全に後手に回る結果となってしまった。
「カルセドニ、零慈。いつ怪獣が出現してもいいように警戒を怠るな」
「了解!!」
カルセドニと零慈は、ほぼほぼ同時に、立ち上がり、敬礼をして厳戒態勢を部下達に伝えに行こうした。
するとリ=ジェルが「カルセドニ」と名指して呼び止める。カルセドニはすぐにリ=ジェルの横に駆け寄る。
「どうかしたのかい? 指令?」
「うむ、もうすぐあれが完成するので知らせておこうとおもってな」
「そうかい」とカルセドニは嬉しそうな表情を浮かべる。胸ポケットから蒼い宝石のような物を取り出すとジッと見つめ、それをギュッと握る。
「その時が来たら頼むぞ。プロメテウスの子孫よ」
「任せといて。先祖が守り抜いたこの星をダークロイドには渡さないよ」
その言葉に満足した顔をするリ=ヴェルは、優しい声で「行きなさい」と促し、カルセドニは会議室を後にする。
一人残ったリ=ヴェルは端末を起動し、どこかの遺跡の発掘現場が映し出される。そこで発掘されているのは巨大な鎧を身に着けた腕であった。
「プロメテウスよ。人類に、あなたの子孫達に、新たなる炎を授けてくれ」
リ=ヴェルは吐き出すかのように、祈るかのように呟いたのであった。
そして再び場面は商店街に戻る。
あまりの人の多さに赤い髪の少女探しを半ば諦めかけていた隼人だったが、大食い大会が開催されている商店街の中央に到着した瞬間、奇妙な脱力感を覚えた。
大食い大会のために設置された簡易ステージ。そこに出場者が集められているのだが、その中にあの赤い髪の少女が混ざっていたのだ。
会場の遠目にいてもよくわかる赤毛に、赤いその衣装は間違いなく、数日前に商店街でクトゥ星人に雷撃を撃ち込んだあの少女だった。
探し人がこんな簡単に見つかったことに狐につままれた気分なった隼人。呆然としているうちに大食い大会が始まってしまった。
まずはホットドッグに、わんこそば、そして寿司と大量に出される料理達に一切怯みもせず、食べ続ける出場者たち。
しかし、一人、また一人と倒れ、ファイナルステージに残ったのは赤髪の少女と虫型の異星人だった。
「さぁ、最後に残った猛者はこの二人! 宇宙の大食漢! イゴナ星出身! アルゴス! もう一人は小柄な体に無限の胃袋! ボルト星出身のアル!」
紹介されるやいなや会場が喝采で包まれる。どうやらこの声援のほとんどは赤髪の少女、アルに向けられたものらしい。
誰もがその細身の体のどこに大量の食べ物が入るのか気になっているようだ。
二人はステージに設置された長机の前に立ち、据え置きのパイプ椅子に座り込む。するとステージの奥から山のように積まれたカレーライスが姿を現した。
「うっそだろ…」
その光景には隼人を含めた会場を見に来た見物客、すべてが唖然としてしまう。
さすがに異星人も混じってこういった行事に参加するようになった昨今。だったとしてもこの異常な量は異星人とは言えども食べきれるかどうか。
しかし、いざアルとアルゴスの前にカレーライスが配られると、凄まじいスピードで食べ始めたのだ。これにはしたり顔だった司会者も驚いてしまっている。
すでに二人の横には皿の塔が出来上がっていて、アルに関してはすでに二つ目の塔を作り始めている。負けじとアルゴスもペースを速めるがまったく彼女のペースについていけていない。
そして遂にカレーの皿が三つ目の塔を作り上がりそうになった時だ。アルゴスの手がとまり、数分、空を見上げたかと思うとそのままカレーの皿に顔をめり込ませて倒れてしまった。
その瞬間、司会役の男性がブザーを響かせ、試合を終了させた。こうして大食い大会の優勝者は赤髪の少女、アルに決定されたようだ。
しかし、当初の彼女自身は終了の知らせを聞くときょとんとした顔をしまう。
さらにまだお腹いっぱいじゃないよと司会者をドン引きさせていたが、これで終わりだと言われて、しぶしぶステージから退場することになった。
彼女に完全敗北したイゴナ人のアルゴスに黙とうを送った隼人であったが、ハッと我に返り少女を追いかけて舞台裏へと向かった。
隼人は人目を避けて、舞台裏に忍び込んだ。周りには使わなかったパイプ室などが並んでいる。ふと壁を見ると『女子控室はこちら』と看板が貼られていた。
隼人は看板に従って、彼女が着替え中じゃないことを祈りながら舞台裏を進んでいく。すると、とある場所から女性たちの声が聞こえてくる。
こそっと覗き込むんでみると先程の少女、アルともう一人、桃色の髪をした少女が楽しそうに談笑していた。
「アル、お疲れ様でした」
「うん! ありがとうエリィ。これでこっちのお金手に入れられるね」
「はい! 本当に焦りましたよ。買出しに行ったら私達のお金使えないんですもん」
「まぁおかげ、私はこっちの美味しい料理とか食べられたから悪くはなかったんだけどね。でもアルって呼び名は安直すぎない?」
「いいじゃないですか。呼びやすいし、それにそのまんまだとこの星の皆さんびっくりしちゃいますよ。え~と確か、月の女神なんでしたっけ?」
「そう、月の女神アルテミス。私と同じ名前の女神様。どういった経緯でそうなったのかは知らないけどね」
アルことアルテミスはやれやれと手を上げて見せる。その様子を見ていた隼人は顎に手を当てて考える。
(アルテミスっていやぁ、ギリシャ神話で月の女神でゼウスの娘だったよな。その名前を関した子が今、地球で活動してるか…)
なにかあるなと思ったが、現状では断定すら出来ないので、そのまま彼女たちの会話に耳を傾ける。
「でもようやく本調子に戻れそうよ」
「あの時は大変でしたね。スリープから目が覚めてからの戦闘だったおかげで、ステータス低い状態で戦うはめになっちゃいましたからね」
「おかげでノーマルのダークロイドに苦戦するわ。記録媒体撮られるわ。さんざんだったわ。まぁ記録媒体一枚くらいはそこまで問題じゃないんだけどね」
「でも悪用されたら大変ですし、しっかり回収しましょうね」
アルテミスはめんどくさそうに「はいはい」と返す。そこまで話を聞いた隼人は、数日前に戦ったあの女巨人は彼女だと確定した。そして隼人が撮った写真を回収するために出向いてきたのも目的の一つだという事も分かってしまった。
「あの時の写真ね…」
戦闘の強いフラッシュのせいで上手く撮れなかった写真のなかで、唯一撮れたあの写真だ。隼人本人はかなり悩んでしまっていたが、彼女本人はそこまで、気にしてなかったのが少し肩透かしを食らった感じになってしまった。
写真を返すかどうするか悩んでいるその時であった―
突然、地面が激しく揺れ、会場やテントを揺さぶる。会場に遊びに来ていた人々はいきなりの地震にどよめきを隠せないでいる。
商店街のスタッフがマニュアル通りに対応に当たってはいるものの、なかなか落ち着きを取り戻せていないのが現状のようだ。
すると、人ごみの一番後ろで女性の悲鳴がこだました。人々が恐る恐る背後を振り向くとそこには全長45メートルもする二足歩行型の怪獣が商店街の入り口に立っていた。
爬虫類のような顔に血走った赤い目、茶褐色の鱗をもち腕と足には鋭い爪。さらに背後には八本のあばらを思わせる角が生えていてその巨体を更に大きく見せていた。
唖然とする人々を目の前にして、不動だった怪獣がゆっくりと一歩を踏み出した。その瞬間、
群衆の誰かが言った「怪獣だぁ!」の一言で静寂は悲鳴に変わる。
雪崩のごとく人々は怪獣とは反対方向へと駆け出し、落ち着くように言っていた商店街のスタッフですら目の前の圧倒的強者を前にしては逃げ出すという選択肢しか残っていなかった。
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