第二話 ファーストラウンド


 暗く大きな部屋で白銀の隊員服に身を固めた20、30人の若者たちがモニターを通して今、起きている巨人同士の戦いをを冷静に観察しデータを取っていた。


 彼らは国際地球防衛軍ティルス。宇宙から飛来する脅威に立ち向かうために難民船団の代表と志願した若者たちで編成されている組織だ。


 発足者は難民船団で初めて総理と対面し、国連の各首脳とも対話をした小柄で耳長のドゥル人の長老。リ=ジェル。


 彼が常に言い続けていた伝承がある「宇宙が闇に飲まれし、ヴァルハムの鎧を見に纏いし戦士が闇を打ち倒す」


 この伝承を信じつづけて、リ=ジェルは自ら長官に就任し、ティルスを拡大し続けた。


 そして今、伝承の通りに雷光を見に纏いし戦士、鋼鉄戦鬼がこの地球に現れたのだ。


 指令室の全体が見渡せる席。そこに隊員達と同じデザインの服装に黒いラインの入った服を着たリ=ジェルが座る。


両脇に隊員服に赤いラインが入ったデザインの男女が立っている。


彼らはリ=ジェル直属の部下だ。 右に黒髪ショートに細いメガネを掛け、瞳は黒、その目つきはいわゆる三白眼をした鋭い眼差しをした青年。


左に水色の美しいロングヘアー、瞳はエメラルドグリーン、特徴的な尖った耳には深い蒼の殻に覆われており、胸もたわわな長身の女性型の異星人。



「長官、彼女が?」

 

 ふと黒髪の青年がリ=ジェルの長い耳に耳打ちする。その言葉に首を縦に振り、しわくちゃの口を動かす。


「うむ、間違いない。あれこそがヴァルハムの鎧を見に纏いし戦士だ。伝承は間違いではなかった」


手をわなわなと震わせ、簡単に浸るリ=ジェル。左の女性は手をポキポキと鳴らし、アルテミスの戦闘を見入っている。


「へぇ、あれが鋼鉄戦鬼か。戦鬼っていうからもっと強面のガッチガチした野郎が来ると思ってたよ。案外かわいい子が来たね」


男勝りな荒々しい口調で女性は軽口を叩いた。


「おい、カルセドニ、任務中だぞ。私語は慎め!」


 黒髪の若者はキッと目を向き、水色髪の女性、カルセドニに怒声を上げる。しかし、彼女は飄々とした態度で黒髪の若者をいじり始める。


「零慈坊ちゃんは短期だねぇ! ほれ眉間に皺が五本も寄ってるんじゃないかぁ!」


豪快に笑らわれた黒髪の若者、赤星零慈は顔を真っ赤にして怒りを見せ、彼女と睨み合う。


 しかしリ=ジェルが杖の先端で、床を叩く。すると先ほどのまでの剣呑な雰囲気を醸し出していた二人は急に冷静を取り戻し、再び定位置に戻った。


 これはリ=ジェル達、ドゥル人の特殊能力で杖から発せられた超音波で対象の精神を落ち着かせるというもの。


 二人が落ち着きを取り戻した所で、リ=ジェルは椅子の上に立ち、くるりと二人を見つめた。


「零慈、カルセドニよ。ここが全ての別れ目だ。それは分かっているね」


零慈とカルセドニはほぼ同時に、胸に手を当てる。これが地球防衛軍ティルスの敬礼だ。


 二人の返事に満足したのか、リ=ジェル再びモニターの方を見やる。そして持っていた杖をギュッと握りしめる。


「ヴァルバムよ。その力しかと見極めさせてくれ」


まるで祈りの如く小さな声でリ=ジェルは呟いた。


◆ ◆ ◆


 アルテミスに吹き飛ばされたダークロイドはゆっくりと起き上ろうとするが膝から崩れ落ちる。


 今がチャンスと思ったアルテミスは更に攻勢を仕掛けるために高く飛びあがり、脚部のボルトクリスタルにエネルギーをため込む。


 そして一気に高度を下げと共に一気にそのエネルギーを開放した急降下キックをダークロイドに叩きこもうとした。


 しかし…


 突然、ダークロイドの背中から腕がもう一つ生え、アルテミスの足をガシッと掴む。


 その手をよく見ると、まるで黒曜石のような鉱物的な見た目をしている。


「まさか!!」


 アルテミスはハッとしてうなだれたままのダークロイドを見ると、うずくまって、地面に面している先から大地がえぐり取られているではないか。


 彼女は思わずしまったと苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

 ダークロイドの特性の事は父からよく聞かされていたが、まさか融合するまでの時間がここまで短いとは思ってもいなかったのだ。


 すると背中からボコッとまた鉱石のような腕が生えた。アルテミスには次のどんな攻撃が来るのか予想は出来てる。


 しかし、片足を掴まれている状態では選べる選択肢はすくない。


 そんなことを考えていると、新しく生えた腕が弾丸の如くアルテミスの腹に目掛けて撃ちだされる。


「チッ!!」


 舌打ちを打ちつつも、腕の手甲で何とか受け止め後方に吹き飛ばされる。何とか空中で体制を整え地面を削りながら着地した。


 再び立ち上がり、眼前の敵を見る。腕が四本になり、心なしか体格も強靭になっている。


 (これが融合体か…やっかいね)


 心の中で再度舌打ちをすると構えなおし、敵を分析する。まずは正面、四本の腕を広げてこちらを待ち構えている。


 一見がら空きのように見えるが、無策で突っ込めば先ほどのように四本の腕に捕まるだけだ。


 また両サイドも難しいだろう。必ず邪魔されてしまうだろう。


(だったら!)


 アルテミスは再度、両脚部のボルトクリスタルにエネルギーを溜めだす。

 

 その様子を見たダークロイドも胸の赤いクリスタルにエネルギー溜め、四本の腕を前に突き出し赤い光弾を形成していく。


 エネルギーが溜まった両脚部のボルトクリスタルがバチバチと火花が飛び散る。


 向かい合う二人、辺りを静寂が支配する。


 それは一瞬の出来事だった。


 先に動いたのはアルテミスだった。


 その光景を見つめる人々にはアルテミスが消えてみたことだろう。


 ダッと彼女が駆け出したかのように見えたかと思えば、次の瞬間、ダークロイドの背後を取っていたからだ。


 着地したと同時に腕に光輪を発生させ、出現した鉱石のような腕の付け根にむけて叩きこむ。


 放たれた光輪は鉱石の腕をぶち抜き粉砕し、もろとも吹き飛ばす。


 勝利を確信したアルテミス。


 次の瞬間だった。破壊された腕の付け根からもう一本の鉱石の腕が飛び出てきたのだ。


「なっ!?」


 驚愕の声を上げた彼女に、ダークロイドは腕を鞭のようにしならせ、容赦のない高速の打撃を喰らわせる。


 咄嗟に腕の装甲でガードするも、思っていた以上の衝撃で彼女は原宿の駅ビルに突っ込んでしまう


 駅ビルの外装がガラガラと崩れ落ち、衝撃の強さを物語っていた。


 一方、その光景を見ていた日野隼人とクトゥ星人。


 その光景はまるで神話の時代にタイムスリップしたかのよう、巨人と巨人同士の戦いが繰り広げられている。


「一体…何が起こってやがる!!」


 隼人はクトゥ星人に肩を貸して、避難所への道を走っていく。


 本当は病院に行くはずだったが、巨大生物注意報により渋谷スポーツセンターに行くことになった。

 

 渋谷スポーツセンターには臨時の診察スペースが設けられているはずだ。そこにクトゥ星人を任せるといった感じだ。


 今はビルの影で見えないが、先ほど凄まじい音がした。


 建物が崩れたか、もしくはどちらかの巨人が倒れたか。どちらにしても状況が見えない以上は避難所まで走るしかなかった。


 走り続けて十分くらい、ようやく渋谷スポーツセンターの立て看板が見えてきて、通りにデカデカと避難所と書かれた旗が立っている。


「おい、タコ頭。避難所が見えてきたぞ!」


「だ、旦那~あんた命の恩人だよぉ~!!」


 そういうと吸盤の付いた手で隼人に抱きつこうとするが、隼人に足蹴されて、引き離される。


「よし、ここまでいいだろう! お前はさっさと診察スペース行って診てもらってこい!」


「え? 旦那はどうするんで?」


「あ? もちろん、特ダネを撮りにいくのさ」


 ええ!?っと驚愕の声を上げるクトゥ星人を尻目に、隼人の手にはキャメラが握られている。


「あ、危ないですよぉ! あんな所にいたら命がいくつあっても足りませんよ! 旦那ぁ!!」


「気にすんな、俺はそう簡単に死にゃしねぇーよ。じゃな!」


 そう言って隼人は街の暗がりへと姿を消した。一人取り残されたクトゥ星人はトボトボと避難所に入っていくのであった。


 場面は変わり、原宿駅ー


 駅ビルの中に倒れこんだアルテミス。それを追い詰めるかのようにゆっくりと細長い三つの腕を振り回して、近付く。


 三つの腕を天に構えると、腕が融合し一つの巨大な腕に変化する。それを倒れているアルテミスにあらん限りの力で振り下ろす。


 次の瞬間、アルテミスの目がパチリと開き、振り下ろされる直前に背面へ飛びのき、回避する。


 腕の衝撃波で無残にも崩れる原宿の駅を尻目に再び相対する二体の巨人。


 アルテミスの額から赤い血が少し流れる。回避には成功したが衝撃波で少し切ってしまったようだ。


 だが、それでもアルテミスの闘志は一切消えることなく、むしろ燃え上がる一方だ。


 彼女は再度、胸の前で拳を打ち付ける。


「ライジン!!」


 そう高らかに叫ぶ。すると空に暗雲が立ち込め一筋の稲妻がアルテミスの腕に落ちる。


普通の生物ならば、雷を直接受ければ感電死するだろう。だが彼女は雷のクリスタルを称えた惑星ソーマからやってきた雷神の娘。


閃光をその身に受けた身体はほのかに光り輝き、身体に埋め込まれたボルトクリスタルは力強く火花が飛び散る。


身体中から力が漲る。


それは敵の予想を遥かに超えた力。


ダークロイドが反応するよりも早く懐に入り込み。エネルギーの爆弾となった拳をその漆黒の身体に叩き込んだ。深々と重い拳が突き刺さる。


 メリメリと嫌な音を立てて今にもぶち抜いてしまいそうな勢い。だがそれでも融合体になったダークロイドの体を滅ぼすにはまだ足りない。


 それはアルテミスも分かっている。


 だからこそライジンをその身に宿したのだ。

 

 そして今こそ、己が見に宿した獣を開放する時なのだ。


 アルテミスは叩き込んだ拳を開き、その下にもう一つの手を添える。そして、自身の身体に宿した獣の一匹を解き放った。


<ライロー雷狼ー>


 彼女の両手から金色の巨狼が出現し、彼女に覆いかぶさると彼女の鎧が変化する。体の所々に牙や金色の装飾が現れ、髪が長くなり紺青色へと変化する。頭から犬のような耳が生える。


これがヴァルバム人の守護獣の一匹、雷電狼獣ライローを見に纏った姿だ。アルテミスは自身の身体を雷光へと変えて、ダークロイドを天へと連れ去っていく。


 遠くからその光景を見ていた隼人は、まるで地に落ちた流星が再び天へと昇っていくように見え、いつの間にかカメラのシャッターを切っていた。


 アルテミスはダークロイドを大気圏外まで連れ去ると、投げ飛ばして距離を取ると雷を放ち、ダークロイドの身体を討ち貫く。


 そして、アルテミスのボルトクリスタルは更に力強く光り輝き、煌めきを尾にして眼前の敵に迫る。


「アルゲース・ストラァァァァイク!!」


 雷の弾丸へと姿を変えたアルテミスは、その紅蓮の拳をダークロイドのコアにぶち当てる。徐々にヒビが入るコア、その瞬間、アルテミスの瞳が輝く。


 アルテミスの拳からライローが矢の如く出現し、ひび割れたコアを討ち貫いた。


 コアを失ったダークロイドは、体を維持することが出来ず宇宙の闇に爆散して消えた。


 元の姿に戻った巨狼の頭を一撫ですると彼女の体に戻り、再び雷光となり地球に消えた。


 一方地球では一瞬にして消えた巨人達、あの金色の狼すらも消え周囲は静寂に包まれる。


 その光景を見ていた隼人はカメラを抱えたまま呆然と立ち尽くすしかなかった。


 まるで今までの戦い全てが夢みたいじゃないかと隼人は思う。だが崩れたビル、崩壊した原宿駅。それらの凄惨な爪痕がこれが現実であるという事を鮮明に物語っていた。


 すると、隼人の頭上で鋭い雷鳴と光が走る。直視できない閃光に思わず目を塞いだ。


 次第に光は巨大な人の姿へと変わっていき、先ほど戦っていた女性型の巨人になった。


 全長が40mを超える巨躯の身体を見上げるとその巨人と目が合いこちらへと振り向く。すると少し微笑む返してくれたように隼人には見えた。


 隼人は無意識に手に持っていたカメラで彼女を撮影した。


 しばらくすると彼女の姿が薄くなり、まるで幻のように消えた。隼人はまた一人残されてしまう。これが隼人とアルテミスの初めての出会い。


 そして地球と宇宙、二つの平穏を賭けた戦いの火蓋はこうして切られたのだった。


 

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