第23話『戦争前夜/騎士に誇りは宿るかⅤ』

 銃弾が入り混じる戦場であり、元は人の営みが存在していたであろう市街地──。

 瓦礫漂う街道を、一台の車が走り抜けていた。

 姿が見えるのは、レオニオルとシオリの二人。レオニオルは自動車の運転が出来ないため、運転席側に座っているのは当然シオリの方だ。


「──あの子たちは大丈夫だろうか」

「大丈夫だろ。ジグロ──ジャン? この際どっちで呼べばいいんだ?」

「いや、あくまでも今の俺はジグロ。貧困街の長ジグロ・メイナードだ」


 そんな、どうでも良いかつわりと重要そうな話を耳にしつつ、シオリは自動車を運転する。

 確かに、戦闘ヘリに加えて歩兵の類、他の種類の兵がいる現状、あまり目立った動きを取りたくはないのは事実だ。

 しかしそれ以上に危惧しているのは、単純な頭数とその移動速度。前者は対応できる事に限りがあるという事で、後者は一般的な人の移動速度では逃げ切る事が難しいという事だ。

 それに、こうしてレオニオルとシオリ、それと敵の戦術的目標であるジグロがこうして目立っていれば、早々余分な事はしてこないだろうという思惑付きではあるが。


「──ところでシオリ。少し気になっている事があるんだが」

「今回の任務の事?」

「まぁな。確かに相手方はやっている事は効果的だ。だが、はどうする? たとえ本当に相手がクルシュカ共和国だったとして、ウチに戦争を仕掛けてくるなんて、採算が取れる筈がねぇ。戦争ってのは、からこそ行われるものだろ」


 戦争とはビジネスだ──。

 お互いの主張を張り合う大規模な戦闘は、既に過去のもの。流石に今はもうないとまでは行かないが、それでも時代遅れと言えよう。

 その理由は、に尽きる。

 故に、そのメリットがあれば戦争は起こりうるものだ。

 ビジネスでも信念でもその理由は正直どうでも良いが、それが誰かのメリット──誰かを殺してでも得たいは、人を駆り立てるには十分過ぎる代物と言えよう。


「──となると、戦争するだけのメリットが存在している?」

「いや、メリット云々じゃねぇな。メリット関係なら、もっと慎重に行動するだろうし。……のわりには、面倒くさい手を使う」

「ちょっとかな。あまり踏み入ったら、変なところで足を取られそうだ」


 ちぐはぐ過ぎる──。

 これまでの事件──入学式の際の襲撃や港町たるカンパネラでのカーチェイス、それに今回の大規模戦闘。これら全ては、短い期間に立て続けに起きた出来事であり、ひと月すらも経っていないのだ。

 そして、これらの目まぐるしいイベントがそう重なるなんて……偶にある程度な訳で、同じ人物が絵を描いているとまでは行かないだろうが、それでも関連性ぐらいは疑うべきだ。

 もっとも、あくまで推測の範疇を出ない訳で、決めつけるには早すぎる訳なのだが。


「あーあ。の奴がいたら楽出来たんだがなー」

「私は最近会ってないけど。レオニオルって、司書に会ったの?」

「まぁな。此処に来る前にオルクス帝国に寄ったんだが、その時挨拶した程度だがな。よろしく伝えておいてくれってさ」


 “オルクス帝国情報局、筆頭司書”──。

 実際、戦術面や戦略面、あとは兵站面などから見ても、あれほどの傑物はこのファディアス大陸広しと言えどもそういない。

 とはいえ現在“司書”は、あくまでも“オルクス帝国”に所属している身だ。

 身の振り方もあるだろうし、下手に関わりを持つべきではないだろう。


「──とはいえ、それを考えるのは今の私たちじゃないし」

「だな。オレたちがメイナードを学園都市アークの内側に無事連れて行けば、それで任務完了だ」




「──まぁ、なんだけど」




 バックミラーに映るは、無数の影──。

 だがしかし、その影の形状は人型ではない。

 所謂、無人機ドローンの類。自走爆破、装備された銃器による射撃など、何でもござれな軍事機械だ。

 それが黒色の集合体と化しているのだから、正直銃器による迎撃では手に余る。


「──シオリ、どうだ、撒けそうか?」

「いや無理そう。単純に向こうの方が速いし、狭い場所に行ってもどうせ向こうの方が小回りが利く」

「だよなー。無人機ドローンの対処って、わりと面倒だし」


 しかし、こうして愚痴り合っている当のシオリとレオニオルではあるが、何も反撃の手立てがない訳ではない。

 電磁パルスによる破壊や範囲的な爆破物──所謂、範囲的な攻撃であればそれなりに対処は可能だ。

 夢幻輝石シリウスライト──。

 シオリとレオニオルの両者共の夢幻輝石シリウスライトは、どちらも範囲攻撃を可能とするものであり、効果的に行使できるだろう。




 ──勿論、シオリは夢幻輝石シリウスライトを使用したくはないのだが。




「……──レオニオル」

「おうさ!」


 自身の主義を貫く返答は、一個の手榴弾──。

 先に挙げた範囲的な爆破物の規定には入るだろうが、ソレ一つでは心もとない。

 多少の爆発程度で抑えられるほど、あの黒い波は甘くはないのだ。

 しかし、シオリはそれを承知の上で、レオニオルに対してソレを託した。



「──さらば、私の給料」



 その瞬間、解放した車の上部から乗り出したレオニオルは、ピンを抜き取るとそのまま投擲──。

 走る車の向きとは逆の方向に、何度かバウンドを繰り返し、ソレは解放された。



 ──っ!!




 奔る雷撃は、宙を駆ける。

 その瞬間、此方を追跡していた無人機ドローンは誤作動を起こし、そのまま墜落をする。



「──指向性電磁パルスグレネード。金の無駄遣いにならなくて良かった」



 再度、前へと視線を向けたまま、シオリはそう呟く。

 後ろは見ない。

 結末は分かっている事だから。


「──良いモン使ってんな、シオリ!」

「良い物じゃなかったら困るって。結構なお金叩いたんだから」

「と言っても、ソレ“三龍会”のモンだろ。あそこなら、不良品クソ掴ましてくる事なんてないだろうし」

「まぁね」


 実際、シオリの使用している私物の銃器などの殆どは、“三龍会”と呼ばれる商社で仕入れている。

 中規模な商社でありつつ、物資の質だけで言えば良質なものばかりで、普通の家系用日用品や食料品などの品揃え。それに加えて、シオリたちのような傭兵相手の銃器なども販売していたりもする。

 客からの評判は上々。

 わりと、シオリのお気に入りの商社だ。


「……」


 慣れたやり取りの、ほんの一部。

 だが、此処は死と硝煙が入り交じる戦場。

 それは、人が生きるには辛すぎる環境と言えよう。

 


「──君たちは一体」



「──ん? 今はただの学生さ」



 その言葉と同時に、“アーカディア学園”の制服が風と共に揺れる。

 しかして駆動は、今だ地に足を付いたままだ。



 /30



 あれからしばらくして──。

 先の無人機の襲撃以降、特に妨害もなくシオリたちは道のりを進めた。

 しかして、遠くから聞こえてくる銃声が、今だ戦闘が続いている事を如実に表していて、今だ緊張の糸を解く事は出来ない。


「──不可解過ぎる」

「シオリもそう思うか」

「そもそも相手の目的がメイナードさんだとして、此処まで静か過ぎるのは正直どうかと思う」

「メイナードが目標ではない?」

「なら、態々“貧困街”を狙う理由っていう根本的なところになるけど」


 そもそも何故敵性勢力は、この時期に学園都市アークの“貧困街”を狙うに至ったのか。

 時期はおそらく、様々な学園の入学式があるために、工作員などを送り込み易いからだろう。実際、入学式の季節は様々な学園や人が交差し、わりと事件には至らずともそれなりの騒動が起きるものだ。

 しかして、その狙いが読めない。

 先も言ったように、この大規模戦闘において敵性勢力の得る事ができる利が、早々ある訳ではない。

 そして、今回態々“貧困街”を狙った理由。

 少なくとも、金銭面などではない事は確かだ。




『──此方α班。返答を求む』




 ふと聞こえてきた、機械的な声──。

 その声の持ち主は、本隊と繋がっているトランシーバー。

 

「──此方minus班。返答を求む」

『ようやく通じたか。現在位置はポイント!』

「テリー街道を北上中。残り1000」

『了解。君たちが到着する頃には、此方も掃除を終わらせておくつもりだ。──健闘を祈る』


 如何やら、本隊の戦闘はあらかた終わったのだろう。

 一部の装備の質には驚かされたが、それでもまだ治安維持局側の方が優勢なのは確か。その上、兵の量質においても勝っている。

 余程の油断がなければ、で決まっていた。

 そこに称賛こそあれど、驚きの類は存在しないのだ。



「……──一旦、休憩でもしようか」



 そんな提案をしたのは、意外と言うほどでもないのだが、運転をしているシオリ自身であった。

 別に不思議な事なんて何もないのだが、対してレオニオルは驚いた表情をしていた。

 そして、護衛対象であるジグロはというと、後部座席から“貧困街”の街並みを眺めているだけだ。


「合流ポイントの掃除なら、向こうの奴等がやってくれると思うんだがな」

「まぁそれもあるけど、一番は単純に私が疲れた」

「……なら、仕方ねぇか。メイナードさんもそれで良いか」

「あぁありがとう」


 そんな三者のやり取りの末、シオリたちはしばしの休息を取る事にした。

 隠れるだけなら、残骸と化した都市は最適中の一つに入る事だろう。

 ただ、斥候としてレオニオルが隠れ場所(仮)に行ったように、隠れ易いのと同時に奇襲を受けやすいのが難点ではあるが。


「──レオニオル、どうだった?」

「特に問題なかったぜ。ただ少し先の道路、少しが埋まっててな。ちょっと手こずったぜ」

「ちゃんと処理した?」

「まぁな。ただオレ、イモ掘りは苦手なんだから勘弁してくれ」

「働かざる者休むべからずって言うでしょう」

「……それ、どんなことわざだよ」


 そして、少しばかりの時間の末にレオニオルはシオリとジグロの元に帰ってきた。

 ちなみに、シオリとレオニオルが言うイモとはであり、大きさによって品種による呼び方が変わったりする。ただわりと判別が面倒くさいため、基本的にはイモが標準語だ。


「──メイナードさん。調子はどうだ? 水でも飲むか?」

「……君にそう言われると気持ち悪くなるのは、何故だろうな。いただくよ」


 そして、すぐ傍にあった椅子に座っていたジグロに対して、レオニオルは備品の水を渡す。 

 飲料が水なのは、どの種族も飲料として使用できるから。

 とはいえ、戦場特有の喉の渇きが癒される事はあっても、完治できる訳ではない。


「──少し聞いても良いかメイナードさん」

「構わないが、どうした? もしかして、相手方の目的を探るためか」

「いや、それは簡単に分かりそうにないし、後にでもやるつもりだ。オレが聞きたいのはそれじゃなくて──」



「──君は何のために戦う」



 生きる事は戦い続ける事──。

 戦い続けるという事は、意味を問い続ける事。

 意味を問い続ける事が、己の人生そのもの。

 何の意思もなく生き続ける事は、死んでいる事と同じ。ただの歩く屍人ゾンビでしかない。

 別に、大層な戯言を言っているのではない。

 娯楽であろうとも、些細な趣味であろうとも。それは何かしらの意味を孕んでいるものであり、人が歩いてきた道のりには必ず足跡が付くものだ。


 だからこそ、レオニオル・グレイシスは“貧困街”長であるジグロ・メイナードに対して問い掛ける。

 ──何のために戦う、と。

 これまでの足跡とこれからの道のり、そしてその意味を問うているのだ。


「──俺は別に、誰かを救いたくて戦っている訳じゃない」

「まぁそんなモン、あまりにも無責任過ぎるしな」

「あぁ、俺は綺麗事を言うつもりなんてないし、無責任な事だって言いたくない。今の立場に登る事がどれだけ難しい事か、俺は知っている」



「──でもさ。んだよ」



「俺は人様に誇れるような人生を歩んできた訳じゃない。でもさ。俺が気まぐれでやった善行でさ、子供が笑ったんだよ」

「……」

「嬉しかったとか、やりがいを見つけたとか、そんな偽善じゃない。けど、歩いてきた道のりを後で後悔したくない」

「……」

「馬鹿だよな。人生後悔したくないなんて、普通に今の地位にいて、普通に金を稼いで、普通に家族を作って。それで子供を作れば、俺の願いは叶う筈なのに」


 その道は修羅そのものだ。

 到底、人が歩みを進めるための舗装をされていないものだろう。

 しかして、時代を切り開くのは、時として鬼道を歩まなければならない事もままあるものだ。

 特に戦争と差別で彩られた、この戦時この血塗られた大地においては、文字通りの死山血河を歩まなければならないだろう。



 だがそれは、平穏な時代を作りたいと思っているジグロだけではない──。



「「「──っ!?」」」



 圧倒的なプレッシャー。

 まるで、物理的な重圧がそこにあると云わんばかりの重みは、シオリたちに平等に降りかかる。

 手足が悴む、呼吸が荒くなる。

 しかして、幾度も戦場を渡り歩いてきたシオリとレオニオルだからこそ、彼女等は武器を取り警戒をする。


「──シオリ、どうする? 相手はまだ此方の正確な位置までは気付いていないようだし、先に奇襲でも掛けるか?」

「……」

「……武者震いか。らしくないな、シオリ」


 お互いに殺気を前に武器を取ったからこそ、戦意がある事だけは理解していた。

 理解しているからこそ、これおほどまでに頼りになると相手に対して信頼をしている。

 だからこそレオニオルは、でシオリが怯むとは到底思えない。

 何かしらの理由があるからなのか、何かしらの思惑があるからなのか、はたまた冗談の類だと思っていた。

 だが、シオリからの返答は、レオニオルにとって予想外の言葉であった。



「──先行っておいて」



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 神妙な趣のまま、ジグロの運転する車の助手席に座るレオニオル──。

 明らかに、敵の数が少なすぎる。

 その原因が先ほど残ったシオリが原因だとしても、こうして車を走らせていたとしても直接的な妨害がないという事はおかしい。

 此方の敵の数がそもそも少ないのか。


「(もしそれが本当だって言うんなら、だろうか)」


 態々、レオニオルが車両の運転できないという事を理解した上で、シオリはそう判断を下した。

 レオニオル自身、戦闘においてそう足手纏いにならない自信しかない。もしも彼女が足手纏いになるような戦闘が起きようものなら、世界有数の実力者ですら同様に足手纏いの類になるだろう。

 故に、シオリにとってが絡んでいると考えるのが自然だ。


「大丈夫、だろうか」

「まぁ大丈夫だろ、シオリだし」


「(──一向に夢幻輝石シリウスライトを使用しようとする気配がないのが少し気がかりだが。まぁ、シオリの夢幻輝石シリウスライトって、どう考えてもチーム戦に適していねぇしな)」


 最近は、如何やらシオリ自身、あまり夢幻輝石シリウスライトを使用しない方針を取っているらしい。

 とはいえ、たとえ夢幻輝石シリウスライトを使用できなくとも、玖帳シオリは強い。

 そもそも、実力者ほど生身の戦闘能力が高い傾向にあり、強力な夢幻輝石シリウスライトを誇示している奴ほど、足元を掬われるものだ。特に、実力もないくせに強力な夢幻輝石シリウスライトを所持している奴ほど、わりと簡単に対処できる。

 ちなみに、一番困るのが生身の戦闘能力が高い上に、強力な夢幻輝石シリウスライトを所持していて、その上で油断も隙もない奴。



 故に、油断も隙もない奴に掠りはしそうなレオニオルだからこそ、気付いたと言うべきか。



「──ちぃ!?」



 衝撃、轟音──。

 斯くて、事象が確認される前には起きた。

 周囲に雷の如く轟音と衝撃を撒き散らすのだが、しかしてそれは文字通りの雷撃の類ではない。

 言ってしまえば、まるで轟雷と形容する攻撃意思。


「……──大丈夫か!?」

「あぁ問題ない。しかし一体何だって言うんだアレは」

「それは、アイツ等が答えてくれるらしいぜ」


 車両が余波で瓦礫の一部と化す前に、どうにか離脱をしたレオニオルとジグロの二人。

 そんな二人の視線の先には、が立ちずさんでいた。

 そしてその答えは、その彼の立ち振る舞いで容易に想像できるものだ。



「──クルシュカ共和国第一陸戦軍」



 その言葉を否定する者は、この場の何処にもいない。

 クルシュカ共和国第一陸戦軍──クルシュカ共和国における精鋭部隊であり、目の前の男性等もそこに所属しているのだろう。

 その証拠と言えるものではないが、あの迷彩服はその部隊で支給しているものだったのを記憶している。似ている戦闘服が幾つかある中で、前にシオリとの会話で国名辺りの目星を付けていたのが幸いした。


「面白そうじゃねぇか」


 合流ポイントはこの先。

 足は碌なものを使えず、歩いて合流地点に行くためには、この敵を倒していく他ないらしい。

 少なくとも、目の前の男性等は此方を逃がす気なんてなさそうで、レオニオルも好戦的な姿勢を貫いている。

 庇いながらではあるが、相手にとって不足なし。



「「──」」



 言葉は不要。


 互いに闘志を滾らせる事が答え。


 抜刀する刃は鏡面の如く、互いの三日月が微笑んでいる。


 刹那、修羅が舞う。



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