第24話『戦争前夜/騎士に誇りは宿るかⅥ』

 火花が奔る──。

 それは、突撃銃による一斉掃射。

 しかして、散るは血液ではなく火花。

 それが、が役不足ではなく、強者の証明であった。


「──はっ! この程度でオレを殺せると思うなよっ!」


 突撃銃の掃射なんて、それこそ頑丈な体を持つ種族であろうとも、無傷で済む筈もない。

 だが、レオニオルは今だ健在。

 対戦車ミサイルの一撃すらも防ぎ切るBOB製の装甲に加えて、騎士国家ロンディニウムの正式騎士で採用されている形状は、まさしく技術の集大成と言えよう。

 そして、たとえ対戦車ミサイルを防ぎ切った上で衝撃を軽減する機構を装備していたとしても、その盾捌きと身体能力はレオニオル本人のもの。

 少なくとも、レオニオルのこの鉄壁の守りを突破できる人は、果たしてどれほどいるのだろうか。


「(──けど、かなりっぽいんだよな)」


 しかして、一部隊を相手にしても尚優位であるレオニオルであったが、それと同時に不安を抱えていた。

 それが火力不足。

 ジグロを守りながらの戦闘は、レオニオルの得意分野である剣──近接攻撃の殆どが出来ない。精々が迎撃程度なものだ。

 たとえレオニオルの右手にある最新鋭の突撃銃の類であっても、この数この火力の差を埋めるのは、あまりにも厳し過ぎると言えよう。


「──メイナードさん。そっちはどうなっている!」

「いや、向こうも戦闘中だそうだ」

「……──やってくれる」


 そして、レオニオルの嫌な予感は的中していた。

 おそらく、敵側がレオニオルたちを本隊に合流する前に、貧困街の長たるジグロを拉致するために、向こう側でも妨害が行われているのだろう。

 そのため、本隊からの支援はまずあり得ない上に、合流地点にたどり着いたとしても、おそらくまだ回収部隊は来ていない。

 正直、シオリを待つというのも一つの手だ。


「あークソッ! 何考えてやがる!?」


 視線の先でマズルフラッシュが瞬き、レオニオルの大盾に着弾する度に火花が散る──。

 拮抗状態は、あまり好ましくない。

 カチリッ──と、レオニオルは弾切れの隙を無くすため、大盾の裏から取り出した煙幕榴弾を複数投擲。


「(メイナードさん。この煙幕の中を抜けていくから、オレの後ろから絶対離れんじゃねぇぞ)」

「(分かった。それと一応、無線機の電源は切っておくから)」

「(そうしてくれると助かる。ただ、危険だと思ったらためらわずに撃ってくれ)」


 駆けるレオニオルとジグロ。

 だが、背後に迫る気配が、細かい位置を把握せずとも大体の位置は把握しているらしい。その証拠に、先ほどから煙幕の裂くように、銃弾がレオニオルとジグロの二人の傍を抜けていく。


「──っ!? ちぃ!」


 火花──。

 それは、レオニオルの構えた大盾に着弾した事によるもの。

 流石にあれほどの掃射をされて、一発の被弾もないなんてあり得ない話だ。

 そして、その微かな光を見逃すほどクルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等は甘くはない。

 あれをガードしていなかったら銃弾を撃ち込まれていた可能性が高いが故に、レオニオルは口を噛み締める。

 だが、その代償はあまりにも大きい。

 レオニオルが防いだ事による火花は、たとえ煙幕の中でも相手に気付かれ、そのまま集中砲火を受けてしまう。


「──グレイシスさん、こっちだ!」

「っ!? あぁ!」


 地の利。

 丁度ここら辺が廃墟と化した建物などが立ち並ぶ地形で幸いした。

 レオニオルが建物の間を通過した瞬間、彼女は突撃銃から剣へと武装を変更をし、それを振るう。

 何もそれは、煙幕を抜け此方を追撃してきている彼等に向けたものではない。

 剣は確かに、そのを崩した。



「──っ!? 崩れるぞっ!」



 建物が崩れる音と共に謳われるは、危険を伝える声と砂煙。

 流石に、これで脱落者が出る事を祈るほど、レオニオルも相手の事を見くびっていない。精々が、時間稼ぎになれば御の字だろう。

 とはいえ、その時間は値千金。

 追撃か反撃かで銃弾がレオニオルとジグロの元に飛んで来ないだけ、先ほどの煙幕よりも効果的だろう。


「──クソッ!? ツイてねぇなぁ……」


 だが、その時間稼ぎによるリードも、地形次第で簡単に霧散するもの。

 特に、今レオニオルとジグロの二人が掛けているのは、何の障害物もない大広間。廃墟立ち並ぶ群生地帯に、丁度開けた大きい空間が広がっていると言って良いだろう。

 故にこのフィールドでは、文字通りのだ。


「グレイシスさん!」

「──走れ! このまま突っ切る!」


 正直、レオニオル自身も考えなしか脳筋だとは思っているが、この場を早く抜けなければらならないがある。

 確かに、正面きっての撃ち合いは、どう頑張ってもレオニオルが負ける。

 しかして、それ以上にレオニオルが危険視しているのが──。



 ──ダァン!



「……ギリギリだな」


 を大盾による防御で防いだレオニオルは、はるか先のスナイパーを見る。

 距離にして300メートルほど。

 先ほどまでは瓦礫や廃墟などで射線が切れていたが、この大広間に関して言えば狙撃するに十分過ぎる射線が生まれてしまっている。

 レオニオルもそれに気付いていたから、地上戦力に対しての妨害によって事なきを得たが、これが何度も通用するほどクルシュカ共和国第一陸戦軍は甘くない。


「(クソがっ!? このままじゃジリ貧だぞ!)」


 レオニオルにとって予想外なのは、敵の戦力が想定以上に高かった事。

 確かに、レオニオルとクルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等が正面切って戦えば、きっと勝利するのはレオニオル側だろう。

 だが敵も、無策無謀で突っ込んで来る訳ではない。

 レオニオルの動きから推察して、明らかにジグロの方を狙いつつ、彼女の動きを制限していた。

 彼等にとって、ジグロは生け捕りにするべき人物であるのと同時に、レオニオルもまた彼を無事届ける事が本任務。

 つまりは、レオニオルがジグロを守り切る事を信頼した上で、彼等は生け捕り対象を狙って撃ってきているのだ。


「新手か!」

「思ったより時間を掛け過ぎちまったからか。──クソッ!? キッチリこっちの射線を切ってやがる」


 そう呟くのは、先行していたジグロのもの。

 おそらく、廃墟の中や建物同士を駆け抜け、最短距離でジグロの元へと飛び降りたのだろう。

 予想外だったのは、ジグロが思ったよりもという事。

 流石に相手も、生け捕りが条件だったとはいえ、それでも数秒持ちこたえる事ができるというのはとても大きい。

 その証拠に、その数秒さえあればレオニオルが追いつく。


「──おらっ!」

「──っ!?」


 風切り音が、耳に着く──。

 ジグロの目の前を風が吹いた瞬間、相対していた相手の姿が消えていた。

 しかして、それと同時にレオニオルがそこにいて、振り切った足が風を纏う。


「──大丈夫か」

「……あぁ問題ない」


 しかして、崩れた瓦礫の中から、レオニオルが蹴り飛ばした男性が姿を現す。

 レオニオルも、手加減をしていた訳ではない。

 スピードを重視した蹴りは、確かに通常よりも低威力だったとはいえ、大の大人ですら昏倒する一撃だった筈だ。

 それでも起き上がるという事は、予想通り一級の装備を着込んでいるか、それともそもそもの種族がレオニオルと同じように頑丈に出来ているか、それかその両方なのだろう。


「(──どうすれば。いっその事、切り札でも切るか?)」


 現状は、劣勢──。

 だが、勝てぬ訳ではない。

 後あれば、レオニオルの方に優位に傾く。

 であれば、レオニオルもを温存する理由が存在していない。



「「──っ!」」



 ──ダァン!!



 斯くて弾丸は、木霊する。

 しかしてそれは、レオニオルのものでも、クルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等のものでもない──。

 それならば、一体誰のものなのか。

 答えは単純、特に推理する必要もなく、レオニオルはその正体を知っていた。


「──まさか。に助けられる日が来るなんてな」

「グレイシスさん、援護します!」

「まさか。グレイシスさんを助けるなんて、分からないものですね」

「(……さっきの狙撃は、やっぱニーナだよな)」


 そう言って現れたのは、此処にいる筈もないだった。

 しかして何も、カグヤとカノンの二人は突発的に来た訳ではない。それは、二人の装備が戦場などで装着するような戦闘服を着ていることが、証明のカタチとなっている。

 第二陣というより、別動隊でカグヤたちが選ばれたというべきか。


 ──そして形勢は、一気にレオニオルたちに傾く。

 とはいえ、その形勢は一過性のものでしかない。

 実際、こうしてカグヤとカノンの奇襲を受けたとはいえ、こうして持ち直され掛けている。

 先ほどの拮抗した状態へと持ち直されるのは、時間の問題だろう。

 故に──。



「──いや。メイナードさんを連れて、先に本隊と合流しておいてくれ」



 そう、宣言をするレオニオルは、一歩また一歩と前進をする──。

 その行為は即ち、自分一人でクルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等と戦うという宣言であり。

 その言葉に瞠目したカグヤは、更に説得を試みようとする。


「──ですが。この人数差を覆すなんて、グレイシスさんでも無理です!」


 嗚呼、それが普通の返答だろう。

 しかして別の返答は、レオニオルもカグヤとも違うところから訪れるのだった。


「──夢野さん。グレイシスさんなら、大丈夫だと思いますよ」

「……カノンさん、どうしてですか」

「そもそもあの人滅茶苦茶強いですし。でもそれ以上に、です」

「──っ!?」

「そんな私たちに出来る事があるのだとしたら、。これに尽きると思います」


 そう、あの一瞬の攻防の末、レオニオルに鍛えられたカノンは理解していた。

 ──このまま戦えば、カノンたちの誰かが死ぬ。

 しかしてそれは、何も戦力が相手よりも劣っているが故の話ではない。むしろ、レオニオルがいるだけで、戦力は此方が有利だろう。

 だが、レオニオルは護衛対象であるジグロを守る気はあっても、カグヤとカノンを守る気はない。

 レオニオルにとって、三人を守りながら撤退するか、自分一人で殿を務めるか。前者は誰かが死ぬ可能性が高く、後者は特に問題ない。

 故に、レオニオルを自由に戦わせる──それが一番効率が良い。


「──……それに。シオリさんがいませんしね」

「まぁな。アイツを連れて帰るから、お前等は先行ってろ」


 しっしと、レオニオルは邪魔なものを追い払うようにジャスチャーをする。

 その心情はさておいて、利を得るのなら、それが一番正しい選択なのだろう。

 

「……グレイシスさん」

「まぁ、オレの実力を知ってんなら、特に問題ねぇからよ。先に本隊に合流しといてくれや」


 そして、特にカグヤたちは、ジグロを連れて離脱する事に成功するのだった。


「……──追撃しねぇんだな」

「──それをするほど、俺等も盲目してないしな」


 そう、レオニオルとクルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等は相対する。

 そこに侮りは存在していない。

 彼等からして、この戦局はあまり望んでいないものだ。

 もしも、最優先目標であるジグロを追い掛けて追撃しようものなら、この均衡はすぐさま崩れさる事だろう。先ほどの戦局を見ても、時間稼ぎにすらなるのか怪しい。

 故に、戦力の分散は、あまり好ましくない。

 そして彼等に出来る事があるのだとしたら、目の前のレオニオルを始末した上でジグロたちを追い掛ける事だ。

 だが、だ。


「──はぁ!? 盲目してねぇって、お前等の目は節穴か! オレを相手にすんだったら、この3倍の戦力は持ってこい!」




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