第25話『雷神喰らう孤狼は吼える、万里轟く咆哮を』

 騎士国家ロンディニウムにおいて、“騎士”の称号は絶対だ──。

 数世代に渡る身分の保証に加えて、様々な特権を得る事ができるのだから。

 しかし、数多の万人が“騎士”の称号を目指し夢破れて行く中で、そこそこの結果を残す者は稀に存在している。

 そして、そんな彼等の目標は、何も“騎士”の称号では終わらなかった。


「……」


 剣を捨てる、盾を捨てる。

 正真正銘の無手なレオニオル。

 先ほどまでの威勢が故に、今のレオニオルに対して不審に思いつつも、突撃銃の引き金に彼等は指を掛ける。

 マズルフラッシュと共に現れる死の現象。

 しかして、



「──逆光せよ、オレの夢幻輝石シリウスライト》」



 火花が弾ける──。

 その瞬間、レオニオルの姿はそこにはなく、ただ空を切る銃弾の雨のみ。

 瞬間移動をした訳ではない。

 単純な速度による暴力は、しかして視界に捉える事叶わず、ただ残像だけを捉えるばかりだ。

 其の夢幻輝石シリウスライトの名は。



「──雷神喰らう孤狼は吼える、万里轟く咆哮をヴォルフガング・ケラウノス



 そう呟くレオニオルの体は、文字通り雷に包まれていた。

 単純な身体強化。

 その上で、純血の獣人種ライカンスロープとしての優れた身体能力は、彼の者のパラメーターを生物としての限界をも超える。

 

「──っ、だがっ!」


 誰かが叫ぶ。

 嗚呼、確かにそれは正しい。

 自身の夢幻輝石シリウスライトを解放したレオニオルは、ため、今だ無手だ。

 だからこそ、本領を発揮したレオニオルにとって、最も適した武装が必要になる。

 “騎士”たる証。

 血と鉄を以ってして鍛え上げられた武装が、現実に顕現をす。



「──、刻銘『ディオス・クロノス』」



 加速する刻の中──。

 レオニオルが紡ぐは、

 夏草や兵どもが夢の跡。

 “騎士”の称号を与えられた者にしか振るえない、神代の武装。

 そう、レオニオルが得意とするのは、誰かを守護するための剣と盾ではなく、数多の敵を打ち倒すための双槍だ。


「──コイツまさか、か!」

「ようやく気付いたか。如何にも、騎士国家ロンデニウムの王によって選定された騎士の一人なり!」


 雷を纏う騎士が、此処に立つ。

 “騎士”とは、一人で一大隊をも滅ぼすとされており、騎士の最高位ともなれば一軍をも壊滅させるだろう。

 故に、普通の騎士であったのなら、歴戦のクルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等の勝利もそう難くない。

 そう、場合なら──。



「──双槍の騎士、ケラウノス。そしてその立ち姿。──まさかお前っ!」



「──そう! 我は、四騎士大公グレイシス家の娘にして、現無銘の十騎士カランドナイツが第4位。レオニオル・グレイシスである!」



 /32



 無銘の十二騎士とは、元々世界最強の十人──烈大神話ナンバーズに挑むために設立された枠組みである。

 十年に一度開催される“剣闘武祭”において、優勝をした者が彼の烈大神話ナンバーズの誰かに挑戦する権利を得る事ができるといった具合だ。

 そして、レオニオルは前期の“剣闘武祭”において、第4位の優秀な成績を収める事に成功した。

 だが、運の悪い事に当のレオニオルの準決勝の相手が前大会の優勝者であり、第10位に挑んだ結果ボロ負けをするという、何ともつまらない話に終わってしまったが。


 これは余談ではあるが、その優勝者を認めない声が度々挙がる。

 負け犬の遠吠えと、そう捉える事も出来よう。

 しかしながら、レオニオルと当優勝者の準決勝の試合の裏──あの激戦或いは神話の戦いを考えれば一定の理解は得る事ができるのだろう。

 ちなみに、その試合は激戦の末、両者敗北に加え競技場が全損という結果に終わってしまい、結果決勝戦は不戦勝に終わってしまったが。



「──遅せぇ、遅せぇっ!」



 だが、その事実を以ってして、レオニオルが弱いという事にはならない。



 雷光は残像すら残さず、槍先はケラウノスに至る。

 弾ける火花は、レオニオルがいた場所で瞬くだけ。

 最速の騎士の称号に偽りなく、ただ残像だけが残されるばかりだ。


「……──隊長」


 ただでさえ、普通のレオニオルに弾丸が命中する事はなく、ましてや彼女の夢幻輝石シリウスライトを使用されてはただ影を捉えるばかりだ。

 これが雑兵相手であれば、このままレオニオルが蹂躙して終わっていた事だろう。

 嗚呼、これがであれば──。



「──これが隊長としてのだ。総員、命をくべろ!」



 ごぽり、と水音が辺りに響く。

 その瞬間、クルシュカ共和国第一陸戦軍の彼等が一度震える。

 その正体をレオニオルは知らない。

 だが、がある事を、レオニオルは知っていた。


「──強化剤か。それも粗悪品とは、随分と醜悪な事だ」


 昔、傭兵時代に何度か見かけた事のある代物だ。

 そもそも傭兵とは、時に格上討伐ジャイアントキリングを行わなければならない存在。事実レオニオルたちも、何度もそのような事を行った。

 そういった時に使用するのが、強化剤というものだ。

 本来なら、数年間体が使い物にならない程度のデメリットでしかないが、最近を聞いている。

 ──曰く、“正規に出回らない粗悪品にして、人を変える悪魔の薬”。

 たとえ、の彼等だとしても、人を捨てる事を誰も肯定はしない。


「──だが、その程度のものでオレを殺せると思うなよ」


『GRYAAAA!』


 駆け出す──。

 レオニオルの瞳に映るは、人の背なぞ優に超えるだろう背丈の“キャンサー”。その醜悪な姿が、彼女の前に立ちはだかる。

 しかし、その足が止まる事はない。

 更に加速すると共に、白銀の槍先が煌めく。


 

 ──火花が瞬く。



 そして、レオニオルの振るう双槍の穂先と“キャンサー”の拳がぶつかり、火花を撒き散らす。

 それと共に両者に訪れるは、響くほどの衝撃。

 だが、それでも今だ健在だ。


「(……小物は兎も角、アレは少しばかり手こずりそうだ)」


 数秒程度の拮抗。

 しかして、その程度の時間があれば、実力のほどは知る事は出来る。

 中型の奴等は、特に問題ない。片手間で片づける程度のものだ。

 しかし、最後に打ち合った大型のアレは、少々手こずりそうだ、と結論を下す。


「──だが、この程度の修羅場、幾度となく潜ってきた!」


『GAAAA!』


「生憎だったな。これが任務でなければ、少しは遊んだものを。その不運を恨むんだなっ!」


 槍を引き絞る──。

 その様は、槍投げ或いはミサイル。

 雷を纏いし短槍は、加速と共にその暴威を撒き散らすのだ。



「──天地穿つ雷霆」



 光景が起き衝撃が伝わり、そして音が遅れて届く。

 本来、衝撃より音の方が速く、音よりも光の方が速いもの。

 だが、レオニオルの一撃は、それらの摂理すらも歪ませてしまう。

 あり得ない事象であるものの、そんな光景レオニオルにとって当たり前の事だ。



 ──だが、当たり前の光景ではない。



 あまりの衝撃と高温を以ってして、地面の一部が炭化或いは溶解をする。

 そして、響く雷を見ていた“ケモノ”等の姿はなく、ただ煤けた何かがそこに何かしらがいた事だけを証明するだけだ。

 圧倒的なまでの破壊力。

 対人戦にはあまりにも過剰火力であり、戦術クラスどころか戦略クラスの破壊力を持つ夢幻輝石シリウスライトだ。


「(──だがそれでも、と比べてもな)」


 その証拠と云わんばかりに、目の前には一匹のキャンサーが立っている。

 流石のレオニオルも、此処が市街地であるために威力こそ絞っていたが、それでも目の前のキャンサーの防御力は高いと言わざるを得ない。

 しかして、その体躯は既にボロボロ。

 動く度に亀裂部分から退役を垂れ流し、その動きはあまりのも遅い。


「……──部下を異形に変えて消え去って、それでも生きたいと思うか」


『……』


 返答は、既にない。

 何か言葉を発しようとしても、声なき声が空気となって漏れるばかりだ。

 その光景に、レオニオルは再度双槍を構える。



 ──レオニオルの手は、親しい者の血で濡れている。



 それが最善だと知っていながらも、レオニオルはあの日の事を今でも夢に見る。

 間違っていないが、間違っている。

 もしも、あの時あの場所にいたのがレオニオル自身ではなくシオリだったら。

 もしも、レオニオルにあの難題を解決するだけの能力を持っていたら。

 嗚呼、後悔ばかりだ。



「──それでもオレは、!」



『──GRYAAAA!』



 駆ける、掛ける──。

 人を辞めたキャンサーはその腕を振り絞り、人として歩む事を選んだレオニオルは槍を引き絞る。

 だがしかし、結果なんて分かり切っている事だ。



「──オレは死ぬために生き続ける、この罪を抱いて。だからこそ、勝手に死んだお前の負けだ」



 勝者は、常に死山血河の上に座り続ける。

 いつの日か、その玉座に他の誰かが簒奪するまで。



  🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷



 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 “第二世代型霊長類”って言葉、わりと気に入っていたり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る