第22話『戦争前夜/騎士に誇りは宿るかⅣ』
時々、夢に見る──。
レオニオル・グレイシスという少女は、騎士国家ロンディニウムの四騎士大公の娘として生を受けた。
恵まれた生まれだっただろう。差別と迫害と死が蔓延るこの大地において、そのいずれかと離れる事ができる生活というのは、あまりにも幸運だったと言えよう。
別にレオニオル自身、その生活に不満を覚えていた訳ではない。
しかし、あの出来事がレオニオルの生き方を変えたという他なかった。
「──ねぇ。私も連れていってくれないか」
その後、彼女等は“黒鋼旅団”という傭兵団を立ち上げた。
しかし、傭兵団と言っても、世間一般で言う傭兵団とは少し色合いが違っていた。
基本的に傭兵団という組織は、金があるところに集まるものだ。特に金払いの良い雇い主側に着く事が当たり前というか常識だったか。
だが、レオニオルたちの“黒鋼旅団”は、金よりも人脈を優先して手に入れていた。
正直言って、金さえあれば信用を得る事は可能だろう。金という力はあまりにも強大で、それで人生が狂う事なんてザラだったからだ。
そして、その目論見が成功したかは本人にしか分からないが、様々なものを手に入れた。海運業を営む会社や果ては一国家まで。もっとも、口が上手い奴が交渉に尽力してくれたのが大きいのだが。
“黒鋼旅団”のメンバーは、様々な人種や国家出身が集まった。
マフィアの時期当主や世界的な重要指名手配犯、海運会社の社長に果ては帝国の司書までいたほどだ。
人種に関しても、四大種族である
正直言って、人種差別や他国同士の国民間の差別が今尚残るこのファディアス大陸において、此処までの他種族組織自体珍しいと言えよう。
しかしこれは、その設立者の一人である彼女の元に集まって来たというだけで、仲間同士の仲はそう良いものではなかった。特にレオニオルやテキーラなどの女子三人組の仲は、殺し合いをする程度には悪かったと言えよう。
──だが、信用はしていなくても信頼はしている。
たとえ、どれほど相手の事を私情で嫌っていようとも、その実力だけは誰もがお互いを認めていた。
実力こそ必要だったものの、その慣れ合いが“黒鋼旅団”の飛躍に大きく貢献した事は事実であっただろう。
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レオニオルにとっての二度目の転換期は、彼女等が立ち上げた“黒鋼旅団”結成から数年過ぎた時だった。
傭兵団というものは、保持する戦力も兎も角だが、それと同時に信用も大切である。
仕事を受ける事ができなければ、その報酬の金を手に入れる事ができない。そこには、当傭兵団への信頼が必要となってくるのだ。
よく荒くれ者や力だけある者が傭兵団を立ち上げて一攫千金なぞ夢見ているが、そういった連中の殆どはまず成功しない。物資の調達や士官クラスの教養の持ち主の不足、そしてそもそも信用信頼を得る事ができないという戦う以前の問題が、彼等の成功を許しはしない。
しかし“黒鋼旅団”は、元々設立者の一人がそういった方面についての知識があった上、その手の専門家まで仲間に引き入れたのだから、その躍進ぶりは押して図るべし。
実際に“黒鋼旅団”の名は、ファディアス大陸全土に広まっていた。
『黒き鋼の心臓を持つ者ら、その全てが英雄』
Ⅰ~ⅩⅡまでの数字を刻まれた印を持ち合わせた幹部連中となれば、単騎で戦場をひっくり返せるのだから、その言葉はあながち嘘ではないらしい。
そして“黒鋼旅団”は、その名をファディアス大陸全土に広める事に成功した。
数多の戦場を駆け抜け、その団旗である二振りの剣と盾の紋章は、誰でもと言うほどではないが、それでも数多の人々に知られていたのだ。
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そんな時だった。
彼女等はひょんなことから、とある依頼を受ける事になった。
『──自国の奪還』
あまりにも博打過ぎる内容。
“勝てば官軍負ければ賊軍”なんて使い古されたことわざに過ぎないが、まさかそれを体験する羽目になるなんて、当時のレオニオルは思いもしなかっただろう。
「(──さぁて。反乱を起こす気があるなんて随分とイカレてやがる彼女な事だ。是非、その面を拝んでみてぇな)」
そんな彼女の護衛を任されたのは、“黒鋼旅団”の中でも一番年齢の近いレオニオル本人。
レオニオル自身、自分の人生は絢爛豪華で波乱万丈な道であったと自負しているが、まさか同等な存在がいるだなんて思わなかった。もしもロンディニウムで暮らしていた子供の頃のレオニオルに教えたら、きっと法螺話の類だとスルーしていただろう。
そこにあるのは、先ほどまでの疎外感や面倒くさいものではなく、むしろ好奇心。
本当にそんな人生を歩んできた人物がいるのだとしたら、一体どんな人に育っているのか興味が湧いたのだ。
「──黒鋼旅団のレオニオル・グレイシス、只今着任いたしました」
「あら、随分と早いのね。──どうぞ入ってきてください」
──衝撃だった。
可憐なまでの声色。
清廉なまでの垂れた髪質。
肉付きが悪いとまでは言わないが、それでも荒事に慣れていなさそうな肉体。
そんな彼女の周りには、何処の子か知らないが複数の子供がいて、彼彼女等に構ってあげていた。
「──」
普通だ。
普通なのだ。
何処にでもいそうな、普通な女の子。
そんな普通な女の子が、元自国を相手に戦争を繰り広げているというのか。
「──あのユリーシアさん」
「砕けた口調でも構いませんよ。私は気にしていませんし、そもそも元王女というだけで、今はただのレジスタンスですから」
「──グレイシスさんは一体何処の生まれですか?」
「ロンディニウムだが」
「まぁ! 騎士国家ロンデニウム! あの絢爛豪華な街並みは一度行ってみたいと思ってましたの!」
「そう……か」
嗚呼、感性も普通らしい。
人を殺す事に慣れていないような、明るくてまるで陽だまりを思い浮かばせるような、そんな快活さ。
そんな普通な女の子が、人を殺す事を許容できるのだろうか。
「……──意外ですか。“血濡れのユリーシア”と呼ばれている私が、こうして子供と遊んでいるなんて」
「……いや」
「ふふ。別に良いですよ、慣れてますから。それに貴女から嫌な感情は伝わってきていませんし」
如何やら、影武者とかそういった他人の事ではないらしい。
証拠は何かと聞かれれば答えるのは難しいが、これまで色々な人を見てきたレオニオルだからこそ分かる。
──あれは覚悟を決めた者の目だ。
覚悟を決めたからこそ、その意思瞳には重厚な覚悟が宿る。
「──私はね。平和な世界を創りたいんですよ」
「平和な世界?」
「そう、平和な世界。戦争なんてなくて、誰もが平穏な日常を享受する事ができる、まるで陽だまりのような日々」
「……」
「あ、無理って思いましたね。それ自体は否定しませんし、それを叶えられていない私が反論する事ではありません」
「──だからこそ私は、ソレを目指さなくてはなりません!」
「──私の理想に殉じていった者たちのためにも、そして私自身のためにも」
数多の屍の上に栄える平和な世界。
その中で人々は、高らかに愛を謳う。
霊長の歴史とは、戦争と繁栄の物語。
どれほどの綺麗事を述べようとも、どれほどの優しさで人を助けようとも、その血塗られた手が拭われる事はない。
「私たちは寿命があります、永遠なんて最初から存在なんてしていない」
「……」
「いつか私たちのバトンを受け取って、これから先の世界を生きていくこの子たちのためにも、──私は私のやるべき事を行うだけです」
そう言ってユリーシアは、傍で不安そうにしていた子供たちの頭を撫でる。
すると、知らない人が現れたために不安そうにしていた子供たちの表情が和らぐ。
──信頼とはこの事だ。羨ましいとはこの事だ。
いつか、レオニオルも彼女──シオリから信頼を得る事ができるのだろうか。
そしてそれは、どれほど幸せで満たされる事なのか。
レオニオルは、無意識にも己が拳を握りしめていた。
「……──では改めて。オレの名はレオニオル・グレイシス。一年間の短い期間だが、よろしく頼むよ」
「──えぇ、グレイシスさん。此方こそよろしくお願いいたしますね」
高貴な生まれな上、歩んできた道のりも決して薔薇街道のような平穏なものではなく、どちらもその道のりは血塗られていた。
そして、レオニオルとユリーシアの二人の出会いから始まり、
──レオニオルがユリーシアと子供たちを皆殺しにしたところで、この物語は終わるのだ。
♦♢♦♢
あの後レオニオルとシオリは、どうにかジョン院長──いやジグロ・メイナードの説得に成功した。
勿論、ジグロを一度仮拠点へと連れて帰り、そのまま学園都市アークへと連れて行くつもりだ。
しかし、そう話は簡単ではない。
急を要する物事ではあるが、それを承知の上でジグロは、シオリとレオニオルの二人に対して、一つの要求を突きつけたのだ。
「……それが、子供たちと少しの間遊んでやれ、と」
実際のところ、あまり時間の余裕はない。
だが、此処を後にすると言っても、それなりに準備の類が必要だ。
特に此処は、途中で話を聞く限り孤児院であり、こうして孤児となった子供たちがいる。流石に学園都市アークの一区画だとはいえ、誰であろうともこのファディアス大陸の大地はそう甘くはない。
「──そう言えばレオニオルって、ジョン院長と顔見知りだったらしいけど、いつもはどんな感じに遊んでいた?」
「あー。いつもは教会の外で遊んでたんだがなー。何か良い案でもないか?」
「全然。そもそも、子供相手に遊んだ事なんてないし」
「さいで」
実家ではお嬢様をやっているだけあって、レオニオルのそういった同年代や子供相手の関係はわりとある方だ。特に、同年代のお茶会にはよく参加していたのを、よく覚えている。
それに対してシオリはというと、わりと謎だ。いや別に、交友関係や付き合い等が悪いという訳ではなく、旅団内の飲み会などには参加していた方だろう。
正直当のレオニオルとしては、そういったお遊びに縁がなさそうだとは思っていたが、まさにその通りだったとは。
人は
「──ねぇ。お姉ちゃんたちは何処から来たの?」
「あーコイツ? オレと同じ学園都市アークの内側だぜ」
「(……レオニオル。そう言って大丈夫?)」
「(まぁオレが初めて来た時にも似たような事を言ったが、特に問題なかったし。大丈夫だろ)」
衛生面も食事も、設備や食事なども。学園都市アークにおいて、第38番街とそれ以外は雲泥の差と言っても過言ではない。
あくまでも此処は、所謂隔離区画。
差別ではなく、区別の類。
その証拠に、先ほどから馴染みのあるレオニオルに群がっている少年少女を見れば、自ずと言いたい事が分かるだろう。
「(──ノヴァニウム鉱脈症)」
致死性の感染症の一つとされている病気だ。
ある程度の知識を持っている人からすれば、そもそも”ノヴァニウム鉱脈症”は、患者に対しての接触や飛沫感染等程度では感染をしない。それは、他の大学にて学び研究をした事のあるシオリにとって、何を今更と言う他ない事だった。
ならば何故、感染しにくい病気を持っている人を差別するのか。
「──君は混ざらなくていいのか?」
「ジグロ・メイナードでしたっけ」
「あーいや、此処ではジャン院長かそのままジャンとでも呼んでくれ。そう通っているからな」
「そうですか。別に私はあまり子供は得意じゃありませんので」
「そうか」
実際、年長者や知識のある奴等、はたまた飛び級で卒業をするような奴等とばかり交友を持っていたシオリとしては、正直あまり誰かと一緒に遊んだという経験自体が少なかった。
特に、年端のいかない少年少女となんて、10年以上は遡る事になりそうだ。
「ところで丁度良いんですが、何故ジャン院長は孤児院を」
「孤児院をって……。あぁ成程。あの子たちのノヴァニウム鉱脈症でも見つけたのかな」
「えぇ、世界的に差別されているノヴァニウム鉱脈症患者。そんな子供たちを養うなんて、一体どのような理由があってと思いまして」
差別とは、安心だ。
人は差別をする事によって、己の立場を安定させる。
良い悪いという分け方では、この問題を計る事なんて出来ない。
誰かよりマシ、その言葉はあまりにも甘美で、まるで依存性の高い麻薬を思わせるものだった。
「そうだね。正直、子供を救う事は良い事だ、なんて綺麗事を言えるほど俺も世間知らずじゃない。そもそも、孤児院を運営する事自体金と信用が掛かるし、子供たちのための“ノヴァニウム鉱脈症”の抑制薬だってかなりの金が掛かる」
「……」
「金だ、あぁ金だ。金より大切なものがあるだなんて数多の人々が言うけど、結局のところその金より大切なものものも金で支えられている幸せだと、誰もが目を逸らし続けている」
「……」
「あぁすまない。こんな事、人──それも赤の他人に言うものではなかったね。今のは忘れてくれ」
少し熱弁が過ぎたと、その場を後にするジャン院長。
だが、不思議な事があった。
そんな寂しい後ろ姿に声を掛ける者がいたのだ。
「──強さとは、強靭な信念に宿るもの。そして強靭な信念は、意思を通す」
「──私はそれを知っている」
彼だって、凪のような人生を生きてきた訳ではない。
荒波の揉まれた人生。その中で何度も大切なものを失い続けた人生であり、正直何度死のうと考えたか記憶にないほどだ。
故に、偽善者の類には人よりもずっと鼻が利く。
だからこそなのだろうか、彼──ジョン院長──“貧困街”の長ジグロ・メイナードは、
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「……」
そろそろ行く時間だ。
レオニオルとシオリは元の任務──ジグロ・メイナードの救出を再開する。
再開すると言っても、あくまでも護衛の類。このままジグロを学園都市アーク内に連れて行けばそれでゲームセットだろう。
そして、レオニオルとシオリの任務は、その道のり途中までだ。
「……──おーいシオリ何やってるー?」
「別に」
レオニオルに呼ばれた事に気付いてか、シオリは手にしたスマホの電源を切り、足を進めるのだった。
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お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
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