第21話『戦争前夜/騎士に誇りは宿るかⅢ』

 黒色のバイクが、荒れた道路を駆ける。

 その背には、二人組の女性が乗っているらしい。

 目指しているところなんて、この荒れ果てた“貧困街”では一つしか思い当たる場所なんてなく、おそらく彼女等はそこへ向かっているのだろう。

 ──黒い塔。

 このへと、登場人物の誰もが目指している筈だ。


「──なぁシオリ。、お前はどう思っている」

「どうって?」

「決まってるだろ。場所が“貧困街”だとはいえ、此処は“学園都市アーク”だ。そうそう簡単に、敵性勢力の類をこんな短時間の内に二度も送り込める訳がねぇ」


 レオニオルの運転するバイクに乗り、二人組の女性──シオリとレオニオルは、此処最近の出来事について話し合っていた。

 確かに、と云わざるを得ない。

 少なくとも、“学園都市アーク”の防衛能力などは決して低くはない。様々な人種が住んでいるだけあって、その能力等は大陸最高峰と言えるだろう。

 だからこそ、此処までの暴力性を秘めた事件の連続は、おそらく“学園都市アーク”が出来て初めての事。

 少なくともこれは、がいなければ成立しない事案だ。


「私が遭遇した入学式の時の暴動はそうだろうね。だけど、今回の件は多分だ」

「……」

「レオニオルも覚えているだろ。かつての私たち“黒鋼旅団”が参加した最大最悪の戦争──“百年戦争”を。あれと同じ匂いがする」


 “百年戦争”──。

 それはファディアス大陸全土で勃発した、百年に及ぶ戦争であり、大陸史における最悪の戦争である。

 ファディアス大陸全土を巻き込んだ大対戦であり、その規模だけならば世界大戦と同程度はあっただろう。実際、まるでドミノ倒しのように、大陸各地で複数の戦争が起きていたのだから。

 だが“百年戦争”は、国家間の戦争ではなかった。

 ローグレス人と呼ばれるが、数多の国家を相手取った世界規模の戦争なのだ。


「……オレたちは傭兵だから何度も戦争に参加してきたが、アレはもう二度とやりたくねぇな」

「同感。あんな戦争、命が幾つあっても足りないし」


 その中でもシオリとレオニオルたち“黒鋼旅団”が傭兵団として参加した、幾つかの百年戦争──特に“血の日曜日事件”は特に酷かった。

 元々、そんな予兆はあったのだ。

 その国は移民や難民を積極に受け入れており、そこに住まう国民は全てにおいて冷遇を受けていた。税金などが急激に増え、その享受の質や量は年々少なくなっていき、人々は困窮の日々に瀕していた。

 そんな税金と保証によって贅沢な暮らしていたローグレス人を、“上級非国民”──そう蔑称として、国民は日々の鬱憤を消費する毎日だったと言えよう。


 その中で、民衆によって組織されたレジスタンスが蜂起をした。

 勿論相手は、国家と件のローグレス人。正直言って、レジスタンス程度の組織が国家を相手にするなんて、土台無理な話だったのだ。

 だが幸運な事に、民衆によって構成されたレジスタンスの中には、それほど資産額は多くなくとも金持ちの類がいた。

 そんな彼等の活躍によって、武器の購入や傭兵団を雇う事に成功したのだ。

 それこそ、一時はレジスタンス等の優勢だと国際的にも言われていたほどに、彼等は様々な戦場を有利に進めていった。


「──だが、オレたちは負けた」


 そのレオニオルの苦虫を噛み潰したかのような言葉に、シオリは無感情のままに頷いた。

 やはり、あの戦いで敗北した大きな原因は、先の“血の日曜日事件”だろうか。

 そう、劣勢に追い詰められた政府らは、その時に手を染めたのだ。

 本来なら、戦闘意思のない者は、敵国の兵士であろうとも国際法に基づき一定の危害を加える事を禁止している。特に拷問や処刑などは以ての他だ。


 しかし移民難民と時の政府は、戦闘に参加しなかった民衆を捕らえると、そのまま磔にしたのだ。

 悲鳴を、助けを求める悲痛な声。

 それを以てして、今だ隠れ潜みゲリラ的な戦闘を繰り広げているレジスタンス等をおびき出そうとしたのだ。

 それに加えて、国際法の違反に慣れてしまったのか、禁止された兵器の複数に及ぶ使用などもあったが、そんなの一々数えていられないほどだ。



 生き残った数少ない者に言わせて貰えば、あそこは現世に現れた、



 磔にされた女子供。

 毒ガスによって、最後まで苦しんで死んだ者等。

 ナパーム弾によって、体が焼け焦げていった者等。

 強酸性爆弾によって、生きながらに溶かされていった物等。


 “勝った者こそ正義”──。

 あの言葉を体験し理解した時はそれほど存在しないと、当のシオリは思った。



「──ん?」



 あの凄惨たる戦場の事を思い出してか、感覚が気付かぬうちの鋭くなっていた当のシオリ。

 だからこそなのか。

 その鋭敏になったシオリの感覚は、的確に自らの脅威となる出来事の訪れを知覚していた。


「──レオニオル。前方、多分空」

「空って。おいおい、相手は軍隊らしい奴等が相手だとはいえ、早々良いもん揃えられる訳ねぇだろ」

「……」

「……」



「「──ちょっ!?」」



 機械的で特徴的な駆動音──。

 その聞き覚えのある音に、レオニオルは先ほどの自らの発言が間違いだった事に気付く。

 だが、遅い。

 レオニオルが撤回しようとする前に、が姿を現したのだから。


「──戦闘ヘリ」

「ちぃ、やっぱりか!? シオリ、捕まってろ!」


 アクセルを前回に回す。

 傍から見ただけではあるが、おそらく武装は2機のミニガン。ミサイルの類が見られないのは不幸中の幸いだ。

 そして、あちらもバイクで駆けるレオニオルとシオリに気付いたらしい。

 駆動する機械音、閃光するマズルフラッシュ。それと同時に刻まれる銃痕が目に付く。


「レオニオル」

「分かって、いる!」


 銃撃の雨。

 それら全てを駆けるバイクにて避け続けるレオニオルの運転捌きは、流石と言う他ない。

 だが、それだけだ。

 避け続けているだけで、一向に逆転の一手を打てないのだから、現状の維持どころかジリ貧になると言っても過言ではない。


「舌、噛むんじゃねぇぞ」

「ちょ!?」


 何も、レオニオルは無策で避け続けていた訳ではない。

 此処“貧困街”は、増設を繰り返しているためか、建物──障害物の類が多い。流石に瓦礫などは盾にすらならないが、路地裏にでも入れば此方のものだ。


 火花の雨、銃撃の雹──。

 それら幾つもを回避しつつ、レオニオルはバイクを走らせる。

 その度にバイク地面マズルフラッシュ等の火花が散るが、この程度小雨みたいなものだ。



「──シオリ! 捕まれっ!」



 衝撃──。

 まるで、車にでもぶつけられたような、いや事実速度と衝撃だけで言えばその通りだろう。

 確かに、レオニオルはアクセル全開で地を駆け、瓦礫などの影に隠れつつも、そのバイクを走らせた。

 その結果、シオリとレオニオルの二人は、どうにか射線の通らない路地裏へと逃げ込む事ができた。流石に、逃走の痕跡を消し去るような悪手掃射はしてこないと思っていたい。



「──レオニオル、大丈夫かー?」



「駄目だなこれ。完全にバイクのホイールがイカレてる」



「あ。そっち」



 という訳で、完全に足を失ってしまったシオリとレオニオル。

 別にそのままでも向かえるのだが、流石に戦闘ヘリを相手にするには、少々手間が掛かる。いや、勝てるには勝てるのだが、最悪それで任務の続行どころか達成が不可能になってしまう。

 そんな、どうしたものかと頭を悩ませている時だった。


「……」


「……子供?」


 そう、子供だ。

 戦場と化した“貧困街”に子供がいた。

 街中での戦闘なら、別に子供が紛れ込む事自体珍しい事ではない。

 だが、その様子が何処かおかしいのだ。


「──あれお前、カイトか!?」

「知り合い?」

「……まぁな。それよりもカイト、お前何故此処にいる?」


 して、その少年──カイトは、レオニオルの知り合いらしい。

 勿論、対するシオリはその少年の事を知らない。

 もしかしたら、“黒鋼旅団”解散以降に出会った人なのかもしれない。

 だが果たして、そんな人物と偶然こんな突発的な戦場で出会うだろうか。

 

「──……おーい、シオリ」

「ん?」

「近くに休める場所があるから、少し寄ろうぜ。このまま進んでっても良いが、流石に替わりの足が欲しいし」


 時間は押しているが、確かにレオニオルの言う通りだ。

 先の通り、先ほどの戦闘ヘリに加えて他兵力を相手にする事自体は、レオニオルとシオリの二人で対処は可能だ。だが同時に、その周囲への被害が尋常ではないという事。

 なら、東方のことわざという先人の知恵にある通り、『急がば回れ』という選択を取ってもみるのも悪くないかもしれない。


「そうだね」


 そう呟きながら、シオリは先にバイクを引きつつ歩いていくレオニオルの後を付いて行く。

 その先に何が待っているのか。

 それを知る者は、案外いる事を伝えずにおく。 



 /26



 少年に連れて来られたのは、小さな一件の孤児院だった。

 建物の外見からして、世界的宗教の一つである“バリオン”の教会を再利用しているのか、それともこの孤児院を運営しているのが、その“バリオン”の信徒だろうか。


「──邪魔するぜ」


 慣れた感じで、レオニオルは大きく重い扉を開く。

 均等に置かれた長椅子にシンプルであり芸術的な白い柱。奥は一段高くなっており、そして一番目立つ場所には大きなステンドグラスが飾られていた。


「確か、創世記の話だったか」

「……そう。神々の最終戦争ラグナロクが終了した際に、神は人を創り、様々なものを与えたとされている」

「あーそうだっけ」

「創世記第二章。授業で習った筈だけど、ちゃんと聞いてた?」


 その文明の授かりが、おそらくこのステンドグラスに描かれている出来事なのだろう。

 右手には燃え盛る炎──つまりを、左手には剣によって造られた天秤──つまりを。

 もっとも、このステンドグラスに描かれている出来事が、本当の事なのだと証明する方法はないのだが。


「──やぁグレイシス君。久しぶりだね」

「おー。コイツも残ってたからもしかしてとは思っていたが。まさか院長もまだいたとはな」

「俺等は“学園都市アーク”に居場所を貸して貰っている身。他に行くところなんてないからな」


 そんな、シオリがステンドグラスに視線を向け思考している最中。

 如何やら、さっき少年が連れて来ると言っていた院長が既に来ているらしく、またその院長はレオニオルの知り合いらしい。

 おそらくは初老。種族に関しては、外見から判別できないものだろう。

 そんなと思考を切り捨て、シオリはレオニオルと院長の元へと足を進める。


「──っと。紹介が遅れたが、コイツが玖帳シオリだ」

「玖帳シオリです」

「あぁ、君が前にグレイシス君の言っていた子か。失礼自己紹介が遅れた。俺の名は“ジャン”、この貧困街で孤児院を運営している者だ」

「教会の者ではなく?」

「俺は無神論者だからな。外見から此処を教会か何かかと思ったかもしれないが、ただ廃墟となった教会を借りているだけだ」


 予想通りだ。

 あくまでも、教会を間借りしているだけ。

 実際、神父が身に付けているような聖歌の紋章が描かれた衣ではなく、動きやすさ重視のものを着ている。流石に緊急事態とはいえ、そう簡単に教会の法の例外は存在しえない。

 

「……」


 そんな時だ、が奇妙な行動に出たのは。

 院長についていて、子供ながら大人しくしていた少年へと、当のシオリは近づいて行く。

 しかし、あまり来訪者に慣れていないのか、それともシオリのを無意識下に察知してしまったのか。真偽を判断する術はないが、緊張をした少年に対して、シオリはその少年と視線の高さを合わせる。


「……ボク、名前を何というかな?」

「……カイト」

「そうか。カイトって言うのか。私の名前は玖帳シオリ。それと、カイト君以外にも、此処で暮らしている子供たちはいるかな?」

「うん。いるけど……」

「だったら、少しそっちに行っていてくれないかな? 私はちょっと院長と大人な話をしたいし」


 少年個人の判断の枠中を超えて、彼は院長──ジャンの方へと視線を向ける。


「……院長」

「あぁ。少し俺は彼女たちと話をする事があってな。何心配するな、グレイシス君は君の知っている人だし、その隣の玖帳さんもきっと優しい人物だよ」

「……」

「それでカイト君にお願いなんだが。向こうに子供たちがいるだろ。ちょっと話をするって事を伝えてきて欲しいんだ」

「……うん」

「ありがとうな」


 少し納得していない様子だったが、それ以上にカイトはジョン院長の事を信頼しているらしい。

 人徳故か。

 そんな事を思いつつも、カイトがこの場から去っていくのを見送った。


「……それで。無駄に神経を尖らせてまで、オレたち三人にした訳は、勿論ちゃんとある訳だよな」

「あぁ。その前に二人には少し聞いておきたい事がある」

「聞いておきたい事とは?」




「──?」




 シオリの口から何事もなく告げられた言葉は、三者三様に異なっていた。

 真実を追求すべく仮面を取っ払うシオリ。

 やっぱり気付いていたかと云わんばかりに、納得の様子なレオニオル。

 そして、二人と関係性の薄いジャン院長は、とても驚いた様子をしていた。


「あー。やっぱり気付くのな。──ジャン院長、これからの話は腹芸の類はなしでお願いしたい」

「あぁ。だがその前に、玖帳君──君が究明し見つけた真実を話して欲しい」

「分かった」


 そのやり取りと共に、レオニオルとジャン院長の表情が真剣になる。

 そう、これまでは前哨戦、お試しみたいなもの。

 此処からが本番という訳らしい。


「──まず最初に気になったのは、レオニオルコイツが何故か部隊長に選ばれたという事」

「おいおい。オレがちゃんと任務をこなして、その結果得た正当な地位だろうが」

「その前にお前、バイトの身でしょうが。──っと、話を戻して。たかがバイトの身で部隊長なんて、色々と無理があり過ぎる」


 組織というものは、何も実力で全てが決まる訳ではない。

 確かに、能力というものは人を計る上でとても分かりやすいものだろう。分かりやすい物差しがあれば、知識があれば誰だって計る事ができるのだから。

 しかし、物差しは何も

 少なくとも組織には、先に挙げた能力の他に、他者から信頼されているという点もまた存在しているのだ。


「その疑問は、あの子に会って何となく理解はした。──レオニオル、何度か“貧困街”に来た事あるでしょ」

「……まぁな」

「別に責めてる訳じゃないから。おそらく、レオニオルが部隊長に任命されたのは、此処“貧困街”をよく知っているから。でも、なのか」


 そう、それだけでは不十分過ぎる。

 たとえ、あまり慣れていない土地であっても、土地勘のあるレオニオルに対して、もう少し良い立場があった筈なのだ。


「──答えは単純明快。。己惚れが過ぎているとは思うけど。けどいたからこそ、こんな無茶苦茶な作戦を立てた。正直此処までの道のり自体、ソイツの予想通りだろうから、少々癪だけどね」

「何かお前に褒められると案外照れるな。それよりも、オレとお前がいたから?」

「そうそれ。そしておそらく、ソイツは私とレオニオルの

「あーそう言えば」


 レオニオルが思い出すのは、つい数日前──。

 レオニオルとシオリが此処に来るきっかけとなった出来事の内の一つに、それはあった。

 “

 ホーリス長官は何故か、レオニオルとシオリの事を知っているみたいだった。そしてそれを補強するかのように、二人の知り合いから聞いていると言っていた。


「──となると、今回の首謀者はホーリス長官と?」

「そう。そしてそれは同時に、態々治安維持局長官様お偉いさんが私たちの実力を知った上で、色々と画策したという事」


 色々と画策した。

 そしてそれは、一体何を意味するのか。


「多分一番神経を尖らせたのは、やっぱりの事かな」

「オレたちが行こうとしている場所か」

「そう。だった」

「罠?」

「だってそうでしょ。何かしらの襲撃が考えられた最中に、態々孤島で立てこもりを決め込む奴なんていない。そんなもの、って言っているようなものでしょ」


 そもそも、これが単なる救出劇だとしたのなら、何故なのだろうか。

 いや別に、これが急に発生した任務であり、その準備のためにそれ相応の時間を必要としたのは十分納得できる話だ。

 そしてそれは、彼の者もまた同様の話だった。

 

「だからこそ、その狙いを悟られないように、私たちもあの場所へと向かった。不測の事態か、そもそも計画に記載すらされていないかは分からないけど、。もっとも、最初の襲撃をモロに喰らう羽目になって、アドリブか修正したみたいだけど」



「どう、レオニオル?」



「……」



 当のレオニオルは答えない。

 その沈黙と自信に満ちたその瞳が、暗に正解だと語っていた。

 しかしてそれだと、此処に筈だ。


「──その憶測が正解なら。俺──ジャン院長とは一体何者か?」

「簡単な事。レオニオルも聞いているでしょ。今回の任務──その救援者について」




「──貧困街の長“ジグロ・メイナード”。それが貴方の名前です」




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