第20話『戦争前夜/騎士に誇りは宿るかⅡ』
学園都市アークにおいて、様々な部署が存在している──。
金融関係や教育関係、他にも厚労関係といった色々な部署。他にも各学園を纏め上げているところ──運営委員会もまた存在している。
そして、此処が学園都市アークにおいて、防衛関係を司る省庁。
──“治安維持局”が此処にはある。
「──レオニオル・グレイシス、入ります」
「玖帳シオリです。入りまーす」
基本的に、学園都市アークの各省庁は、中央の区画に存在している。
各省庁はそれぞれビルを所有しており、そして何故か呼び出されたシオリとレオニオルは、その防衛庁の中でも“治安維持局”が管理しているビルの屋上にいた。
「──よく来たな」
屋上の一室に、シオリとレオニオル──それと一人男性がいた。
元々、このファディアス大陸に住まう様々な種族の殆どは、かなりの長寿を誇っている。レオニオルの
勿論、ただ長寿という訳ではなく、ただただ全盛期が長いだけ。
さて、シオリとレオニオルの年齢は、おおよそ20代。
そして、目の前にいる男性は、勘と目測ではあるが100歳辺りは超えているだろうか。
「──と、自己紹介が遅れたな。“ホーリス・ダグラス”。治安維持局長官だ」
そう、自己紹介を終えたホーリス長官から、微かな香水とおそらく葉巻と思われる特徴的な匂いがほんの微かに薫る。
鼻に付かない程度の香り。
前にシオリとレオニオルが所属していた傭兵団の中に、酒と葉巻が大好物な男性がいたからよく覚えている。
「さて。今日君たちを呼んだのには少々訳があるのだが。……何か心当たりはあるかな?」
「「……」」
「……まぁ良い。そもそもあそこは解体が決まっていた上、何処かの誰かさんが後始末を率先して行ってくれたからな。玖帳君とグレイシス君の事を話したら、よろしくと言っていたぞ」
完全に気付いている。
だが、此処でシオリ自身が白状しようものなら、事の隅々まで調べられる羽目になるだろう。
しかし、その理由までは分からないが、この件に対してシオリとレオニオルに対して追及しようとする意図は、ホーリス長官の言動の節々には存在していない。
見逃すつもりか、はたまたそれ相応の対価を要求されるのか。
「──此処からが本題だ。君たちは、学園都市アークの“貧困街”を知っているか?」
“貧困街”──。
学園都市アークの第38番街に存在している区画。
基本的にそこに住民は、学園都市アーク内での税金を十分に払えない者や金銭的に厳しい者ばかり。
ただ最近は、如何やら移民や難民の勢力が増してきているらしく、少々きな臭くはなっているが。
「そりゃ勿論」
「知っていますが」
「──先日、先方からとある通信が送られてきてな。君たちには、その調査に向かう一団に加わって欲しい」
要領を得ない任務だ。
確かに表面上は、何の変哲もない任務だろう。
だが、果たしてその調査を、態々防衛関係を司る組織である“治安維持局”が対処すべき案件なのだろうか。
その上、ホーリス長官はその調査に向かう一団に加わって欲しいと、そう言っている。おそらくその一団の他構成員は、レオニオルは兎も角として、他の治安維持局員だろう。
此処までの話を整理すると、どうにも話が胡散臭いと言わざるを得ない。
「──ホーリス長官、質問よろしいでしょうか」
「許可する」
「当任務にあたる際、武装や物資についてはどうなっていますか」
「……我が“治安維持局”第一級武装及び、装甲車の手配は既に済んでいる。他に何かあるか」
「いえ、ありません」
確信──。
シオリとレオニオルの予想通り、今回の臨時任務は実に面倒くさい事になりそうだ。
「当任務の開始日は、2日後とする。それまで学園で授業等を受けつつ、休養及び準備に当たるように。」
「──以上」
♦♢♦♢
そうこうして、シオリとレオニオルは“治安維持局”長官室から退出をする。
如何やら、貧困街までの足は、ご自慢の“治安維持局”の装甲車両を使用して良い事になっている。実際、前にシオリがかっぱらってきた上大破した装甲車両よりも世代が後なので、案外その表現は間違っていないのかもしれない。
「──そう言えば。前に会った時に聞き忘れてたんだけどさ。そっちは大丈夫なんだろうな」
「……大丈夫?」
そんな感じの廊下でのやり取り。
任務の前という事も相まってレオニオルは、事前に聞いておきたい事を訊ねてみるが、対するシオリの反応はというと何処か要領を得ない様子。
「……おいおい。数年前に
「あー……」
レオニオルが視線を向けた先にあったのは、何か納得したような感じなシオリの腕──包帯で覆われた右腕。
前にシオリが人前でその包帯を取った事があるが、その時は普通の人の肌だった筈だ。何処にもおかしいところなんて見受けられない。
「確かに文字通り腕が吹き飛んだからね。そう言うレオニオルも、腹に風穴が空いてたでしょうが」
「まぁな。おかげで一ヶ月ぐらい療養する羽目になったけどな」
同時討伐は想定されていないとはいえ、片方だけなら余裕に遂行できるだけの戦力も人材も資材も用意出来ていた筈だ。
しかし、招集されたシオリたちの傭兵団の目の前にあったのは、想定外を遥か通り過ぎた災厄そのもの。最悪なケースと言っても過言ではない。
その損害は国家クラスのものであり、実際シオリたちの傭兵団も例外ではなかった。
その殆どが怪我などを負い、特に負傷が大きかったシオリは腕が千切れ、レオニオルの腹に風穴が空いていた。おかげで当人が言う通り、長い間療養する羽目になったのは今は実に関係のある話だ。
「「──とはいえ」」
「──
「|Are you going to ask me about that《それを私に聞くつもりか》」
/25
当日──。
学園都市アーク第38番区。
基本的に此処は、学園都市アークと壁で区切られている。
そもそも、学園都市アークはこのファディアス大陸においても有数の近代都市であり、その物価や税などの類はそれなりに高いと言えよう。
とはいえそれなりだ。ある程度の技術や知識、または実務経験があれば、それなりには学園都市アークでやっていけるだろう。
「……」
だが、それでもやっていけない、いやそもそも中に入る事ができない人々もいるのは確かだ。
前者は職種さえ選ばなければある程度はやっていけるのだが、しかして後者はそうはいかない。
そもそも、学園都市アークに入国するためには厳しいテストをクリアする必要があり、普通の国家なら一般教養程度であれば合格する事ができる筈だが、此処ではそれにプラス専門分野についてを問われるのだ。
そう、専門分野であれば何でも良い。
要は、何かしらに精通したスペシャリストかその卵が欲しいのだ。
勿論、そのテストの前に防衛省によるスパイの判別もあったりするが、それはただの余談に過ぎない。
「──なぁシオリ。お前は彼等の事をどう思っている」
「ノーコメント、で」
「まぁそうだよな」
そして、そのテストに落ちた者等に対して、その当時は何もなかった。
言ってしまえば、必要のない人々を養う義理は、学園都市アークには存在していないという事だ。
理不尽と思うかもしれない、人道に反すると誰かが言うのかもしれない、自由を愛せと高らかに叫ぶのかもしれない。
だが、それが国だ。
秩序によって平和は肯定され、繁栄と共に人々は笑顔を咲かせる。
何もかもが自由で何もかもが好き勝手に生きられる場所は、それはもう国とは呼べないのだろう。
──よって、この学園都市アークの第38番街──通称“貧困街”にも、それ相応の秩序がまた存在している。
「──ところで、私たちは一体何処へ向かっているんだっけ?」
「ん? ……まぁ、今回の任務は、第一段階としてとある人物に会う事になっている。その後の任務は、まぁソイツに聞いてみるしかないがな」
「なるほど。だから今の時期、か」
「まぁそういう事だろうさ」
阿吽の呼吸とはまた違う、お互いの思考回路と考えを理解しているが故の、思考の共有とでも言うべき行為。
だが、他人からしてみれば、今のシオリとレオニオルの会話は到底会話の内容が理解できないものだろう。現に、この装甲車に乗っている他の“治安維持局”の構成員は、此方の話をただの与太話として気にしていないか、それとも気にして聞き流したか。
別に当のシオリとレオニオルも、他の誰かに聞かせたくて会話を繰り広げていた訳ではない。お互いに思考と理解が通じ合えば、それだけで良いのだ。
「……──レオニオル」
「あぁ了解した」
──閃光。
本来なら、防御性能を獲得するために窓などの外を見るための機能は最低限であった筈の装甲車内にて、突如として目が眩むような閃光が奔る。
その尋常ならざる異変に、車内にいた者等は各々が臨戦態勢を取るが、もう遅いと言わざるを得ない。
そして、無慈悲と云わんばかりそのコンマ数秒後には、シオリとレオニオルたちが乗る装甲車に対して、此処からが戦場と斯く言う衝撃が襲い掛かる。
♦♢♦♢
「……レオニオル。そっちは無事」
「あぁ何とかな」
瓦礫の中に生き埋めになっていたシオリをレオニオルが掘り起こすような形で、お互いの生存確認を果たす。
お互いに軽傷の範囲内。
あれほどの衝撃があったにも関わらず、この程度で済んでいるのか幸運と言わざるを得ないか、それとも対処が素晴らしかったのか。
もっとも、シオリは持ち前の運の悪さから瓦礫の下敷きになって動けなかったで、レオニオルが掘り起こしてくれなかったら、割りとヤバかったのは事実だが。
「しっかしお前、本当に運が悪いな」
「……それはもう諦めました。──でも、この程度で済めばまだ良い方でしょうし」
炎──。
瓦礫の中から這い出たシオリが目にしたのは、燃え盛る炎だった。
鼻に付く独特な臭気と黒煙混じりの炎が、この目の前の事態を自然的なものではなく、人為的なものである事を物語っていた。
最新鋭の装甲車を吹き飛ばすような、そんな攻撃性を持った武器か、それとも
その正体を判別するには、それなりの時間を消費する事になるだろう。
明らかな後手だ。
少なくとも、部隊の再編成を要する規模の被害だろう。
それが彼女等なかったの話だが。
「──レオニオル。状況報告」
「敵性存在は不明。襲撃武器についても不明だが、少なくとも対戦車クラスの攻撃力を有しているのは確かだな」
「……」
「仲間の安否については言うまでもなさそうだが、一応全員生きてはいる。だが不意打ちだった上あの威力だったからな。半分近くが病院送りだ」
時に戦場において、死傷兵が出るより負傷兵が出る事の方が被害が大きかったりするものだ。
確かに、どちらとも戦力の低下である上、士気に限って言えば前者の方が被害が甚大なのは事実。外的な感想で言えば、同様な答えが返ってくるだろう。
しかし、戦力が減るという観点で言えば、負傷兵が出る方が大きい。
負傷兵の手当に加えて、その者たちの搬送等など。手間は下手な死者よりも大きいと云わざるを得ない。
何せ、戦場ではわざと負傷程度で留めている事もあるくらいだ。その効果は押して図るべし。
「……──っと。あったあった」
「おーい。人的被害を言ってるそばから、興味なさげに通信機を探すのは、流石のオレでもどうかと思うぜ」
「別にこの程度じゃ死なないでしょ、普通」
「……相変わらずお前、他者への評価が何故か高いんだよなー」
そんなこんなの会話の末、シオリは瓦礫の山の中から通信機を取り出した。
別にこれはシオリなどの運が良かった話ではなく、元々重要機器周りは頑丈に造られたりするものだ。それでも、あれだけの攻撃を受けたのだから、まぁ若干の運の良さも絡んでいたのは事実。
もしも、この通信機が故障していた場合かなりの面倒くさい事になっていたので、この幸運には感謝せざるを得ない。
「はいこれ。後はよろしく」
「此処までしておいて人任せかよ。──まぁ顔の効くオレがやった方が確実なんだがな!」
「はいはい。与太話の口じゃなくて事実確認の口を動かす。私は周辺警戒をしてるから」
つまらなさそうにレオニオルは、手にした通信機の調子を確かめる。
所々凹んでいたり中で物音がするが、何とか使えるといった塩梅。少なくとも、向こうの状況を把握し、指示を貰う程度は持って欲しいものだ。
「確か……こんな感じで……よし繋がったか。──此方β班、返答を求む」
『……』
「……」
『……』
「……」
『──此方α班。β班って言うと、……君か』
「おいおい。治安維持局でバイトしてる可憐な
『問題行動ばっかり起こしている君は、この程度で十分だ』
そんな軽口を叩きつつも、どうにかお互い通信が繋がった事を確認する。
だが、向こうから聞こえて来る声色と環境音は、どうも芳しくないようだ。
銃撃音や瓦礫の崩れる音──。
どうやら向こうでも、此方と同様か似たような事が起こっているらしい。
『──そちらの方はどうなっている』
「あー。先の襲撃で半数近くが負傷した。どうにか防衛等は出来ても、これ以上は流石に動かせそうにねぇな」
『そうか。負傷者と聞いたが、支援部隊との連絡は』
「今からやるつもりだ。さっさと報告だけはしておきたいからな」
「──それで奴等。一体何が目的なんだか」
『敵性だけは十分にあるみたいだが』
「だな。銃どころか爆発物すらも使っているみたいだから。装甲車も吹っ飛ばされたし」
『装甲車が吹き飛ばされた!? ……となると、連中かなりの武器を持っているみたいだな』
銃火器に爆発物。
それらを組織的に統括。
今日日、銃火器や爆発物自体を調達する事ができても、高水準の装備となれば話は別だ。
正規のルートは、規制が厳しい上にトレーサビリティ等で探知も可能。対して非正規──云わば闇ルートでは様々な物が売買されているが、その中で装甲車すらも吹き飛ばせる爆発物となるとかなりの金額を提示される事が多い。
「──おーい、レオニオル。話の途中みたいだけど、少し良いかな」
そんな時、何処かに行っていたシオリが、何故か話に入ってこようとする。
本来なら、態々時間を取る訳にもいかないが、それを想定してのシオリ自身の発言だとしたら、話はまた変わってくる。
少なくとも、今回の件について、新たな収穫があった事を指し示しているのだから。
「……ちょっとお待ちを。──どうしたんだ、シオリ」
「そこら辺に他のトラップが仕掛けられていないか見回っていたところ、ちょっとおもしろいものを見つけて、ねっ!」
「……驚いたな」
「ね。こんなの持ち合わせているなんて、自意識過剰かそれとも本物の馬鹿か」
そう言うと、シオリはレオニオルに対して、一枚のプレートを投げ渡してきた。
何の変哲もないプレート。何やら紋章等が描かれているだけで、特に神秘や機械的な機能を持ち合わせていない、ただの板切れでしかない。
だが、その紋章のカタチ等に、シオリとレオニオルには心当たりがあった。
「──戻りました」
『あぁ。いきなり上官との会話を中断させただけの価値はあったのだろうな』
「そりゃぁもう。さっきシオリが巡回がてらに面白いものを見つけてな」
『……面白いもの?』
「ただの何の変哲もない勲章だったんだが、アレは“クルシュカ共和国第一栄光章”だったぜ」
クルシュカ共和国第一栄光章──。
クルシュカ共和国民だけが受け取れる権利を所持しており、他国の人が手に入れられる事はまずないと言っても過言ではない勲章の一つだ。
勿論、クルシュカ共和国が今回の敵に見せかけるためのブラフという線も十分に存在しているが、クルシュカ共和国第一栄光章に限って言えばそれはないと言っても過言ではない。
確かに、見た目はただの勲章だ。
しかし、クルシュカ共和国第一栄光章は、様々な特権や優先的に物資を得られる事に加えて、同時に共和国民としての誇りでもある。命よりもずっと重いものなのだ。
そして、その崇高さ故か、戦場にその
『──なるほど。クルシュカ共和国第一栄光章を所持しているのなのなら、敵勢力は分かったのも当然か。一応、ブラフの線も警戒しておくにしても、……本当に面倒な話だ』
詰まる話が、今回の件は他国が絡んでいる可能性が高い。
その場合、下手をすると、国家間の戦争すらあり得るだろう。
この際、本当か嘘か、真偽の類なんてどうでも良い。
戦争が起こりうる──その事実だけが、この事態の深刻さを物語っていたのだ。
「──だが、面倒だからと言って、こんな事態放置しておく訳にはいかないだろ」
『まぁな。相手が何にせよ、これは戦争前夜だ。故にこそ我々は我々にできる事、遂行すべき事をしなくてはならない』
『──wolf1、wolf13に告ぐ。先刻までの貧困街の長“ジグロ・メイナード”からの救援及び、追加としてその障害となる得る敵性勢力の排除。』
『また、敵性勢力の生死は問わん、此方で処理をする。私たちも片付け次第そちらに向かうが、私たち以外の援軍等はないと考えて貰っても構わん』
『──では、健闘を祈る』
「「──了解」」
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お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
マージで投稿遅れてすみません!
一周年迎えたのにも関わらず一章すらも関係出来ないクソ雑魚ナメクジですが、これからもどうぞよろしくお願いします。
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