第19話『戦争前夜/騎士に誇りは宿るかⅠ』

 彼女──レオニオル・グレイシスは、所謂である。

 騎士と言っても、物語ファンタジーの中の登場人物のような、何処かの国の王女様を助けるような騎士ナイトの類ではない。それは、おとぎ話の中だけの存在だ。

 あくまでも、騎士国家ロンディニウムにおける、ある種の一つの称号である。

 ロンディニウム国内においては、一族の栄光と繁栄が約束されていると言っても過言ではない、名誉ある称号。

 また、国外の者からしてみれば、本国や傭兵として雇われる際にかなり箔が付くらしく、


 そんな、輝かしい栄光を手に入れられる“騎士”と呼ばれる称号だが、その“騎士”の称号を得るためには大きく分けて二つ。

 騎士国家ロンディニウムに何世代もの忠誠を尽くすか、それとも3年に一度開かれる“騎士闘技会アルフレッド”において優秀な成績を収めるか。

 どちらにしても、艱難辛苦な道のりであろうとも、その果ての栄光は輝かしいものだろう。

 それだけに価値があるのだから、名誉のため、一発逆転のためにと、騎士に憧れその道を歩き始める者が後を絶たない。



「……──あー眠みぃ。……めんどくせえなぁ」



 自室に備え付けられた鏡に映るレオニオルの頭部。そこから生えた獣人種ライカンスロープ、それも狼系の耳や尻尾が、一定の周期でピコピコと動く。

 眠そうな表情をしたレオニオル自身が、自室に備え付けられた鏡に映る。

 そして、昔知り合いにプレゼントしてもらった良質な櫛らしいのだが、それを操るレオニオル自身は何処か乱雑。苦手だったらまだ話が分かるが、どちらかと言えばめんどくさいが故の適当さ加減であった。

 とはいえ、それでそれなりには身だしなみが整う辺り、慣れてはいるのだろう。


「──うげっ!? 今日も“治安維持局”のシフト入ってやがる! どんだけ人いねぇんだよ……」


 そんな、昔露店で買った金属製のコーヒーカップを片手に、レオニオルは声を荒げる。

 これだけを見たら何処かの傭兵か何かに見えるだろう。


 ──。


 確かにレオニオルは、此処に来る前はと一緒に傭兵として活動していたが、その元を辿れば所謂騎士の家系。

 それだけならば、少々珍しい程度の身の上話の類でしかなく、同じ身の上の人を探そうと思えば見つかる程度のものだ。


「……まぁ、舞踏会に出るよりかはマシか」


 しかし、レオニオルが生まれたグレイシス家の家系は、騎士国家ロンディニウムの中でも多大な権力と金を持ち合わせている“四騎士大公”の内の一つである、由緒正しき家柄。

 そう、レオニオル・グレイシスという人物は、他人から見て所謂なのだ──。

 本来なら、蝶よ花よと育てられそうな深窓の令嬢なのだが、レオニオルは洒落た中庭でお茶をしつつ世間話をするティーパーティーはあまり得意ではない。むしろ、夜の荒野の焚火の周りで、金属のカップを片手に馬鹿話をする方が好みだ。

 ちなみに余談ではあるが、畏まられたり敬われる行為も、あまり好きではない。

 昔シオリが悪戯心満載でレオニオルに対して畏まった事があるが、滅茶苦茶居心地悪そうにしていた上、その後挙動不審になっていたのはその場にいた誰もが印象に残っている出来事だろう。


「──さてと。今は学生だからな。シオリの奴もそろそろ登校してるだろうし、そろそろオレも出ねぇとな」


 鞄と武装を手に、自室を後にしたレオニオル。

 レオニオルがいなくなった部屋に残るは、幼き頃のレオニオルと偉大な両親の写真が入った写真立て。

 別に後悔していない訳じゃない。

 確かに此処までの道のりは艱難辛苦の連続で、何度死にかけたか、レオニオル自身あんまり覚えていない。

 だが、後悔の類はあれど、あの日シオリと一緒にロンディニウムから出国した選択を後悔した事は一度だってないと断言できる。


 しかし、そんな事を何故思い出したのか。

 それは、此処最近の日々がの事を思い出すからだろう。

 ──かつて、シオリと他の仲間と掛けた、辛くともそれでも輝かしい黄金の日々が今でも脳裏に焼き付いているのだから。



 /23



 レオニオルが歩く道は、──。

 前に銃撃戦があったとシオリから愚痴を聞かされていたが、戦場を渡り歩いたレオニオルやシオリからしてまだ平和の部類に入る事だろう。

 別に自走式自爆ドローンが飛来してくる訳ではないし、対人地雷が埋まっている訳でもない。果ては、空からミサイルが降ってくる事もないし、伝説などに記された怪物共を相手にする事もない。

 戦場時からの癖で、ある程度の気は張ってしまうものの、それでもこの日常は平和そのものと言えるだろう。


「──あれは」


 そんな時レオニオルは、見知った顔に出会う。

 何年も一緒に過ごしたシオリは兎も角として、もう一人は同じ“クラスボルツ”のカノンであった。

 前にあったと聞くが、シオリが適当にはぐらかすだけで、その内容を聞き出せなかった。

 レオニオルとしては、気になるには気になるが、シオリの機嫌を損ねてまでする事ではない。そう結論付けた。



「……──」



 そして如何やら、向こうの二人も此方に気付いたらしい。

 何やら適当に会話をした後、カノンの方はアーカディア学園へと足を進めていき、当のシオリはというとレオニオルのいる方へと足を進めた。


「……──おはよ」

「あぁおはよ! 確かアイツ、名前はカノンって言ったっけな。お前、面倒事に関わりたくないって言いながら内戦に突っ込んで行く辺り、アイツについても面倒事か?」

「いやあれ、“テキーラ”のせいで巻き込まれたから!? 絶対私は悪くないから!」


 そう言い合うシオリとレオニオルの脳裏には、おそらく同じ人物──あの他人を小馬鹿にするような加害主義者な魔人族アメリアな彼女が思い浮かんでいる事だろう。

 今彼女は一体どうしているのだろうか。

 どうせ、何処かの戦場や内戦でゲリラ戦などを展開していそうな彼女の事で、どうにも言えない感情が残るばかりだ。


「──まぁ、ちょっとした縁があって。それで、一対一の模擬戦をしてたところ」

「ふぅん。それでアイツは出来るのか?」

と言ったところ、今後の成長次第かな。強くもなければ弱くもない。ロンディニウムで言うと、大体中級騎士辺りかな」

「中級騎士と言っても、ロンディニウムじゃ一兵卒なんだけどな。それをまぁまぁと言える辺り、ホント怖いぜ」

「グレイシス家の才媛が、一体どの口で言うつもり」


 そう言い合うあたり、お互いに強者として認識し合っているが故の話だろう。


「──それで今は、二刀流について教えてたとこ。レオニオルって、二刀流使えたっけ」

「自慢じゃねぇが。盾持ちを二刀流と同じにするのはどうかと思うぜ。それより、お前が教えた方が早えんじゃねぇか?」

「いや私、基本の戦闘スタイルが銃剣による二刀流と言っても本流からかなり離れているし。そもそも、私の得意な戦闘スタイルはだし」


 そう言ってシオリは、右手をひらひらとレオニオルに振っている。

 傍から見ると適当に躱しているだけと思うかもしれないが、あくまでもレオニオルに伝われば良いだけの話。

 そして当のレオニオルも、シオリが振っている右手の意味に気付いたのか、納得の溜息を漏らすばかりだ。


「確かに、な」

「──とすると」



「「──かー」」



 先ほどのテキーラとは違う紺色の髪をした彼女を、シオリとレオニオルは重い浮かべる。

 確かに、アイツ──“ジャック・ド・アンダーテイカー”の戦闘スタイルは、長剣の二刀流だったと記憶している。その上、戦闘に関して言えば、ファディアス大陸でも有数のものだろう。

 しかし、その件のジャックという彼女の性格は、お世辞にも良いとは言えない。

 流石にテキーラほどではないが、いやそもそもという他ない。

 テキーラが性格破綻者の加害主義者であるのなら、ジャックの方は残虐性に富んだ加虐主義者と言えるだろう。

 どちらにせよ、誰かに進んで彼女等を薦めるほど、シオリもレオニオルも同族の類ではない。


「──でもアイツ、何処にいるのか分かんねぇからな」

「そう言えばレオニオルは、ジャックの事が嫌いでしたね」

「はっ! マフィアの次期当主なんて誰が好きになれるって言うんだ」

「──などと言いつつ、そんなジャックの腕は信用しているレオニオルであった」

「おい! テメェっ!?」


 そんなシオリの意味不明なナレーションに、レオニオルはご立腹の様子だが、追及の類はしなかった。

 一言で言えば、レオニオル自身が墓穴を掘る事を自覚しているからだ。

 そもそもレオニオル自身、ある程度の非道的行為を許容できるだけの意思は存在しているが、それでも敵対する相手もに一定の尊重をすべきだと思っている。たとえその相手の意地を踏みにじる行為であったとしても、その過程にこそ意味があるのだから。

 そう、レオニオル自身思っているから。




『──キィンコォンカァンコォン♪』




「「──あ、やべっ」」




 特徴的な機械音──。

 けれど、シオリとレオニオルには、聞き覚えのある音。

 そして、その音の意図を理解したシオリとレオニオルは、だった。



 /24



「──まずは“創世記”からのおさらいですね。5000年ほど前、神々の最終戦争ラグナロクにおいて勝利した神々は、このファディアス大陸を創生しました」


「──そして、そこに住まう動植物、果ては私たち──白明種ユースティア獣人種ライカンスロープ聖霊種セラフィム、他にも魔人種アメリアなどの先住民カルヴァンスや他妖精族フェアリーなどを作り出し──そして人類の時代となったのは皆さんもよく知っている筈です」


「──しかし、我々は神に背きました」


「──その結果、このファディアス大陸にはが出現をし、今なお人類の脅威として立ちはだかっているのです」


 さて、そんなファディアス大陸の歴史の授業を受けつつ、シオリは欠伸をかみ殺す──。

 よくある世界史の話だ。

 ある程度の教養があれば特に問題ない教科だけど、まぁ一応復習がてらに受業をする学校の良く見る風景の一つでしかない。

 とはいえ、それは誰もが通る道ではない。

 レオニオルのように良いところのお嬢様や、シオリのように情報は力なりと自主的に教養などを身に付けるのは、そこまで多くはない。

 よって、復習という点でも授業という点でも、案外侮れないものだったりするのだ。



「……──」



 思う事がある。

 この大地に現れた、人類を滅ぼす力を持った様々な災厄。

 シオリは、それらに何度か相対をし、その内の何割かではあるが勝利した事がある。勿論、彼女単騎で成し遂げるという英雄的或いは蛮勇な行為の結果ではなく、複数の国家や傭兵団との共闘作戦の上で成し遂げた行為だ。

 その死闘の中で、シオリは少し思う事がある。

 あれは本当に、なのだろうか。

 いや、実際複数の国家や数多の人類は亡骸を化した現状、人類を滅ぼす厄災と言う名を冠するに誇張なしと言える。

 だが──。


「(──いや、この思考をするだけでもか)」


 そんな、特に有益な情報を得る事もなく、シオリはその思考を止めるのだった。

 意味はない、無駄な話だ。

 少なくとも、誰かが答えを教えてくれるような問題ではなく、ただ答え合わせを待つばかり。結局、その当時の悲惨な現状か何かで、その解答を知るのだろう。


 嗚呼、人は何処まで行っても無駄な事の積み重ねだ。

 その強度はあまりにもか弱く、些細な出来事で折れてしまうもの。


 しかして、“人は考える葦である”──考える事を諦めるのを止める理由にはならないのだから。

 


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