第18話『みんなが死んで、私が生まれた(Ⅳ)』

 空は所謂曇り模様──。

 今だ宇宙空間に人々が歩み出しておらず、宙への信仰が続けられている昨今。

 噂によると、上空には竜種の類が飛んでいるらしく、その姿は肉眼では殆ど見られずただ地面に映る影ばかりだ。

 そして大地に生きるカノンとシオリは、応対をして改めて挨拶をする。


「──まずは、改めて私の自己紹介をしましょうか。知っての通り、“雪見カノン”、そして種族は聖霊族セラフィムで、出身地はあの郷土料理は味気ない“サンクトクアリ”」

「私の名前は、玖帳シオリです」

「これはどうもご丁寧に。──とはいえ、シオリさんには紹介したい人がいるんだけど」


 はて、この場にはカノンとシオリの他には誰の気配も存在していない。先ほどの二人の戦闘で、大体の人がこの場から距離を取っているからだ。

 おかげでカノンも、此処でをすると決めた一つの要因であるが、それは誰かが知る必要のない事。

 少し話が逸れそうなところを、カノンは再度己について話し始めるのだった。



「──そして“雪見フーガ”よろしくな、嬢ちゃん」



 雪見フーガと名乗った人物。

 先ほどの通り、この周囲にはカノンとシオリの二名しかいないのは、既に確認済みだ。少し離れた位置に誰かいる程度は、優れた戦闘者であるカノンとシオリなら容易に気付けるだろうし、そもそも辺りを見回しても届かない距離ならば特殊な方法でも使用しない限り、声を届けるのは不可能に近い。

 だが、その声の持ち主以上にシオリが気になるのは、そんなフーガと名乗った人物の声色だ。

 しかしてそれも、シオリの目の前にいる人物を見れば容易に気付けるものだった。


「──もしかして二重人格。いや、二重人格者に二つの夢幻輝石シリウスライトを発現させようとした研究記録を読んだ事あるけど、一人一つの夢幻輝石シリウスライトの前提条件は崩せなかった筈」

「懐かしいですね。確かあれは、ロスト・ライフ社の研究員アドラー・ゼムドスが論文で発表してましたね。シオリさんの言う通り、一人一つの夢幻輝石シリウスライトの条件は、私は不正に乗り越えた訳ではない」


 不正もクソもないが、その手段がどうであれ、一人に対して複数の夢幻輝石シリウスライトが発現した前例は存在していない。

 確かに、普通の夢幻輝石シリウスライトの持ち主が、他のノヴァニウム鉱脈症患者の夢幻輝石シリウスライトを奪いそれを使用したとしても、侵攻度──黒鉱融合率こそ上がれど、使用自体には何ら問題はない。

 だがそれでは、彼等のお眼鏡には叶わないらしい。

 あくまでも権力者等や他勢力などが欲しているのは、一人に対して複数の夢幻輝石シリウスライトがその身に刻まれた者。

 噂によると、非合法な研究施設や組織などは、その高額報酬のために人体実験などをしていると聞くが、それでも数百年と成功したとの報告どころか噂すらない辺り、相当不可能な事だろう。


「……二重人格、と二つの夢幻輝石シリウスライト。二つの人格と、二つの夢幻輝石シリウスライト。……──まさか!! !? 実際問題、その問題と比べても遜色ない難易度だった筈!」


 そんなシオリの驚愕とそんな事あり得る筈がないとの思考を読んでか、当の不可能を可能にしたイレギュラーなカノンはそっと微笑む。

 大体の男性を落とせそうなカノンの可愛い微笑みも、当のシオリにとっては何処までも空虚なものだ。

 そして、答え合わせと云わんばかりにシオリは解答をする。


「──二重人格じゃない。そもそも二重人格は解離性同一性障害であって、あくまでもそれは。何も二人そこにいる訳じゃない」


 解離性同一性障害は、あくまでも複数の人格がある状態。

 そして、その複数の人格がある状態でもそれは欠片であり、文字通りの複数の人格がある訳じゃない。あくまでも、その人物の主体となった人格から形成された、交代人格なのだ。

 だからこそ、一人に対して複数の夢幻輝石シリウスライトがその身に刻まれる事はない。

 そして、その事実上不可能な難問に対して、シオリはかつての苦い記憶から、それが可能だと認識を改める。



「──肉体も精神も霊体も、全部一個人に集約された情報体。精神が複数ある状態を解離性同一性障害と言うのなら、その“一なるもの”を前提としたそれは、さながら複合同一性情報体──詰まる話がが同じ人物に重なって見える事象に過ぎない」



 正解だと無言の解答をするカノン。

 これほど、人道的に反した答えがあって良いものなのか。

 一体、この実験を成功するために、どれだけの人々を消費してきたのだろう。

 生命系統すらも揺るがす人類の汚点にして呪法。他人の興味本位から命を散らす事になった彼等は、その汚名と共に死ぬしかなかった。

 嗚呼、このファディアス大陸は人の命なぞ存外軽いものだが、このような悪逆非道な人体実験のようにのだ。


「──でも。でも、そんな事あり得ない! あくまで理論上可能であって、人には個人差がある。そんな誤差0.1%以下を必要とする実験なんて、一体……──どういう……──方法で」


 そこで、シオリは気付いた。

 気付いてしまったのだ。

 そして当のシオリは、誤差0,1%以下の精度を必要とする実験において、それをも可能とする聖霊族セラフィム特有の種族特性がある事を思い出した。



「──生体穢翼回路セラフィム・コード



「よく知ってましたね。知り合いに私と同じ聖霊族セラフィムがいるんですか?」

「流石に聖霊族セラフィム相手に教鞭を取れるほど詳しくはないし知り合いもいないけど、前にから少しそんな風な話を聞いてね。──曰く、聖霊族セラフィムと」


 生体穢翼回路セラフィム・コード──。

 聖霊族セラフィムにはモノクロの度合いこそあれど、その全ての彼彼女等にが生えている。

 翼と言っても、別に聖霊族セラフィム自身に飛行能力を持っている訳ではない。いや、先祖返りを起こした聖霊族セラフィムの中には、夢幻輝石シリウスライトとの別の飛行能力を持っている場合があるが、それは例外中の例外。

 あくまでも聖霊族セラフィムにとって、己の翼は高貴さの証と共に、己の価値を証明するためのもの。



 ──才能も、結婚相手も、そして運命や人生さえも。のだ。



 ただ勿論、相手セラフィムの翼を見たからといって、その全てが分かる訳じゃない。

 矛盾しているのは分かっている。

 普段はその各自が意味もなく展開している翼。あくまでも、聖霊族セラフィム自身の翼に刻まれた生体穢翼回路セラフィム・コードは、特殊なエネルギーを流す事で初めて観測できるのだ。

 そして、噂話の類であるが、純血であればあるほど聖霊族セラフィムの体から生える生体穢翼回路セラフィム・コードもまた素晴らしいとされている。

 他にも色々と理由は存在しているが、聖霊族セラフィムな彼彼女等が純血主義な一旦であると言っても過言ではない。


 と、話が逸れてしまったが。

 聖霊族セラフィムの体から生える生体穢翼回路セラフィム・コードは、ある種のDNAである。いや、全ての人々が持ち合わせているDNAよりも詳しく分かると言えよう。

 また、生体穢津さな回路セラフィム・コードは、特殊なエネルギーを通す事で観測できる。

 詰まる話が、この狂気的なまでの生体実験は、何も数打ちゃ当たるのような、おおよそ科学実験とは思えない代物ではない。

 これは、試行錯誤と研鑽の末の実験であろう。



「──しかも、聖霊族セラフィム生体穢翼回路セラフィム・コードによって、実験の再現性も得ている。ホント、よく出来た話」


 

 しかし、上手い話にはそれなりの対価を必要とするものだ。

 特に今回は、前例がない二種類の夢幻輝石シリウスライト持ちのノヴァニウム鉱脈症患者を作り出す行為。

 そもそも、あくまでも素体は、忌避されるノヴァニウム鉱脈症患者。それも聖霊族セラフィム限定なんて、そうそう手に入るものじゃない。

 そして、その実験結果の下に、一体どれだけの死体が積み重ねられたのだろうか。

 きっと体のいい謳い文句と高賃金を掲げて、その殆どを非道な実験によって使い潰されて、その上残った患者の死体は身元すら分からぬように処分された筈だ。

 そんな光景がありありと想像できる。


「初めての実験成功例な私ですが、何も後遺症が残らなかったっていう話じゃない」

「というと?」

「こうして人格が別れていて、そのせいで夢幻輝石シリウスライトの同時行使はそもそも不可能ですし」

「まぁ、あれほどの不条理を通したんだ。何処かしらには出て来ると思ってはいたけど」



「──そして私には、皆のように



「……どれくらい?」

「あ。そんなにですよ。少し昔にあったじゃないですか、一週間しか記憶を保持できない娯楽小説」

「ごめんなさい。あまり娯楽系は守備範囲外で」


 とはいえ、シオリもカノンが言いたい事が何かは分かるつもりだ。

 詰まる話が、二つの独立した思考や精神など諸々含めて。それらが一つの脳に詰め込まれた事による摩擦やストレスとやらで、ある種の記憶障害を起こしているのだろう。


「でも、一週間ごとに記憶がリセットされるなら、どうやって今までの記録を思い出しているの?」

「それについては、このタブレットに一般常識教養やおおまかな専門的知識などなど、色々と記録されていますから」

「……そう」


 そう簡単そうにカノンは言うが、それはあまりにも厳しい道のりだろう。

 平和な平時なら、一般教養があれば仕事や生活こそ限定されるものの、生きては行けるものだ。特に社会福祉などがしっかりとしている国であれば、そこまでの不自由を感じないだろう。

 だが、戦争と疫病が蔓延している今のファディアス大陸において、そんな平和も平時すらもあり得る筈もない。

 一般的な生活をするにはそれなりの運や特殊技術を必要とするし、安定な生活を考えた際はそれ以上のものを必要とされる。

 安寧も太平も、さしてこのファディアス大陸にはないのだから。


「──それで。そんなヤバイ案件を私に話す、その報酬は何?」


「全てはまだ言えませんが、前払いとしましては、魔剣系の夢幻輝石シリウスライト持ちが、シオリさん──貴女の頼みをなるべく聞く、という感じでどうでしょうか」


 実質、今まで通りの関係と言っているようにも聞こえるが、その更に深い内容はこれまでと確実に異なる。

 そもそも、シオリの体験から何度か魔剣や聖剣系などとした夢幻輝石シリウスライト持ちに出会い、時には戦った事があるが、そのどれもがファディアス大陸全てを見渡しても宝石が如く強者として君臨している。

 確かに先ほどシオリがカノンと戦った限りでは、そんな強者共には今は到底かなわないだろう。

 そう、今は、だ。

 成長を加味した評価としては、最上位とまでは行かなくとも、将来はそれなりの強者となり得る筈だろう。


「(──それに)」


 この契約は、別にシオリが何かする訳ではない。

 ただシオリは、この事を黙っているだけでいい。

 それでが埋まるというのなら、何という好条件での契約だろうか。

 もっとも、そのシオリ自身の考えを態々誰かに話そうとは思わないし、これ以上のカノンに良い条件での契約となるのは、そもそも慈善家ではないシオリとしては避けたい話だ。


「──分かった。別にんだよね」

「えぇ。。シオリさん」


 お互いに仮面を被って手を取り合う。

 不利な状況となればすぐ手を振り解くであろう、ただの口約束。

 それは、よくある普通の光景に過ぎないのだから。



 /22



 帰路に着く──。

 あの後カノンと別れたシオリであるが、今からロスト・ライフ社の方に戻っても、もう遅いと云わざるを得ない。

 事情が事情なだけに少しぐらい温情が欲しいと思うシオリであったが、この情報をおいそれと他人に話せるものではない。普通に国家機密クラスの情報で、適当にサボっていました発言をした方が、まだ安全であろう。

 そして、話を適当に進ませるべく“アーカディア学園”へと足を進めるシオリだったが、あと少しで暗黒街を抜けようとした時、見覚えのある人物等が彼女の目の前にいたのだ。


「……──レオニオルと、確か“ジェイク”だっけ」

「よっ! また随分とやらかしてんだな」

「レオニオルさんとは少し前に出会いまして。……これ随分とやらかしてますね」

「……どうして二人は──いや、レオニオルは此処に」

「お、話が早くて助かるな。何やら暗黒街の方で騒ぎが起きていると“治安維持局”の方から連絡が来てな。それでオレがこっちに来たって訳」

「……」

「あぁ。他の奴等はまだ向こうで見回りしてるから。まったく、オレだけがこっちに来るの、本当に面倒くさかったからな」


 レオニオルと黒服の男──ジェイクの視線の先には、此処からでも分かるほどに廃墟と化した建物。先ほど、シオリとカノンが戦った舞台であるあの廃墟であった。

 そんな二人に対して、当のシオリは罰が悪そうに顔を背ける。

 確かにあの一件は、少し被害が大きすぎたとは思っている。とはいえ、その大部分の被害をもたらしたのがカノンの方だったりするので、そこら辺は全然納得いってないが。


「──まぁ何はともあれ、お前が夢幻輝石シリウスライトを使わなかっただけ、まだマシなのかもな」

「そこは無事で良かったとか、そういうシチュエーションだと思ってましたが」

「随分と俗世に染まってんな。どうせ、終焉魔竜ニーグヘッグとか世界樹の蛇ヨルムンガンド相手にして生き残っているシオリの事だ、どうせ生きってると思っていたよ」


 それは信頼故か。

 もっとも、この程度じゃ死にはしないという、呆れと通り越した信頼に他ならないが。


「さて。そろそろ帰らないと。どうせ、始末書やらなにやら書かなきゃいけないし」

「まぁ、その程度で済めばいいんだがな」

「……」


 言葉は続かなかった──。

 しかして別に、シオリが始末書以上の事をやらされる事に対する憂鬱さが故の話で、下を向いているからではない。

 

 今日は生憎の曇り空というだけで、別に異変が起きている訳ではない普通の空。

 しかし、シオリは空を見つめ、ふと瞳を細めたかと思うと次の話をした。


「……──そう言えばジェイク。前に頼んでいた事、どれだけ進んでいる?」

「まぁ一か月前の事ですから、もうすぐ終わると思いますが」

「なら、早めに仕上げておいて」



「──もうすぐ、が来る」



 ♢♦♢♦



 そしてこれは同時刻、少し離れた場所での出来事だ──。

 学園都市アークの中でも、それなりに高いビルの屋上。そこは様々な国の一都市以上の広さを誇っている学園都市アークを見渡せるほど、見渡しの良い屋上であったのだ。

 とはいえ、たとえ日当たりがよく昼寝をするには最高とも言えるそのビルの屋上は、所謂屋上と建物内とを繋ぐ扉には立ち入り禁止の標識がある。心許ないかもしれないが、その実学園都市アークのセキュリティランクで言えば5段階中の“クラスC”程度はあるだろう。


 だが、その普段は立ち入り禁止なビルの屋上に、人影が存在していた。


 一体、どのような手段を以てして、此処にいるのか。

 いやそもそもの話、誰も気付いていない事態を、より深刻と捉えるべきなのだろうか。

 答える者は誰もいない。

 まるで蜃気楼斯く言う人影は、その虚ろな視線を“暗黒街”の方へと向いていた。



「──



 本来、声色な喋り方などからある程度の人物像を割り出す事ができるが、しかして不思議な事に不透明なままだ。

 まるで最初から、みたいに。

 だが、その答えはまるで煙のように消えて何も残ってはいなかった。



 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷



 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 遅れてしまって、ホント申し訳ございませーん!!

 まぁ、読んでもらえば分かると思いますが、ちょっと設定を凝り過ぎちゃいました。(てへっ

 とはいえ、少しばかりはため込んでおいた話があるので、大晦日とか正月とかに出せたらなーと思うばかり。(絶対じゃありませんが

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