第17話『みんなが死んで、私が生まれた(Ⅲ)』

 訪れる劣勢は、斯くてと共に訪れる──。

 音もなく飛来する斬撃の雨から抜け出したシオリの頬には、煤煙った汚れと擦り傷が目に付く。

 先の一撃で既にリボルバー式の銃剣はなく、サブとして持ち歩いている自動拳銃とナイフを構え直す。


「──っ!」


 咄嗟の判断。

 それは功を奏してか、無様にも床を転がる事でどうにか事なきを得た。

 おそらく、これ以上の遠隔斬撃はない。

 シオリの逃げ込んだ場所は、廃墟の建物であり、下手に遠隔斬撃などを起こせばそのままシオリとカノンを巻き込んでの倒壊すらもあり得る。

 ──もっとも、その前提条件が守られればの話だが。

 しかしシオリも馬鹿ではなく、もしもあぶり出すようにして倒壊を誘発するつもりだったら、その騒動に沿って一旦離脱をするつもりだ。


「(──あの夢幻輝石シリウスライト)」


 自動拳銃の再装填と残弾数を確認しつつ、シオリは周囲警戒を怠る事なく、思考に耽る。

 あの爆発の威力はかなり強く、回避行動は取るべきな上、最低でも遠隔斬撃に備えた防御体勢は取るべきほどだ。明らかに対人性の域を優に超えていて、シオリの魔弾のような相手を想定していると考えても良い。

 しかし、あれは夢幻輝石シリウスライトではない──。

 であれば、別の攻撃手段になり得る事を予め頭に入れておく必要がありそうだ。




「──あ」




 瞬間、廃墟が揺れたかと思うと、衝撃がシオリを襲った。

 何が起きたかだなんて、分かり切っている話だ。

 砂煙と嫌な衝撃と共に、


「──あ、危な。どんな威力してるんですか、あれ」


 先ほどのカノンが使用していた夢幻輝石シリウスライトからは、到底考えられないような威力。

 しかし、夢幻輝石シリウスライトの前提条件が狂う筈がない。

 だが、そんながシオリの目の前には広がっていたのだ。



「──輝け。夢幻輝石夢幻輝石



 明らかに、先ほどまでとは違う夢幻輝石シリウスライトの煌めき。

 だが、その詠唱の元は同じカノンから発せられたもの。

 不可解だ。

 しかして、着々と事態は進行をしていき、夢幻輝石シリウスライトの特有の煌めきと共に、ソレは顕現を果たすのだった。



「──罪業背負いし咎人ナインスレイヴ、破滅を謳うは我にあり《ティルフィングス》」



 カノンの周りに顕現するは、九つの剣──。

 まるで墓標のように無造作に立てられる剣と、カノン自身の手にも二振りの剣が握られていた。

 だがそれは、カノンの夢幻輝石シリウスライトによって顕現したものであり、到底普通の剣と呼べるような数打ちの類ではない。


「……──。しかも魔剣系なんて本当に面倒くさい」


 夢幻輝石シリウスライトの系統は様々であり、その奇跡の効果は多岐に亘る。

 自然現象を起こすものもあれば、自身や他人に対して干渉をする夢幻輝石シリウスライトもまた存在している。

 そして、特異な夢幻輝石シリウスライトの中には、概念を操る奇跡もまた存在しているものだ。



「──速い」



 ──一瞬にして、カノンの姿が消えた。



 そう思ったのは、シオリが人外めいた身体能力で駆けるカノンの姿を見失ったからに過ぎない。

 光る視線と切っ先の煌めき。

 斯くて、煌めく切っ先が交わろうとした──


「──けど甘い」

「ぐっ!?」


 数多の斬り合いの末、紙一重で回避をしたと同時に、シオリは体を沈ませる。

 目を見開く。

 しかし、冷静に対処しようと蹴り下げるようにした蹴撃がシオリに迫るが、もう遅いと云わざるを得ない。

 そして、懐の中へと潜り込んだシオリの掌は、螺旋の威力をそのままに今だ空中にその身を晒しているカノンの華奢な体を吹き飛ばした。

 掌を瞬時に引き戻したシオリの姿と、瓦礫の中で砂煙を上げるカノンの見えぬ姿がただ残るばかりだ。


「……──何故、夢幻輝石シリウスライトを使わない」

「ようやく話してくれた。まぁ色々と面倒くさいからね」

「……」

「疑わないでよ、別にだまし討ちをしようって腹じゃないし。貴女程度、夢幻輝石シリウスライトを使うまでもないって事さ」

「……──言ってろ」

「随分と、素は過激じゃないか!」


 飛来する剣。

 それをシオリの銃撃によって迎撃する度に火花が散る。

 そのお互いが縮まる事にその頻度は、過熱するほどに増していく。


「はぁっ!」

「しっ!」


 対して、刃の間合い同士となると、途端に眩いほどの火花は消えてなくなる。

 そもそもナイフで剣を受け太刀する事は不可能でありシオリは回避主体に戦っているのもあるが、それ以上にシオリが。刃の間合いでは決して長居をせず、刃の内と外とで対応を変えているのだ。



 ──硬直を裂く。



「──しまっ!?」



 血飛沫が舞う事もなく、風切り音が木霊する訳でもない。

 振り下ろされる剣は、その場で停止をした。

 その前にシオリが止めたのだ。

 それは、シオリがカノンの動きを完璧に見切っていなければ出来ない行為で、この短時間で見切ったというにはあまりにも対応が早過ぎる。

 そして、受け太刀が不可能だという事実の元、止めに入った。

 おかげで、カノンが振るう剣の間合いの内に入られた挙句、そこには拳を引き絞るシオリの姿がそこにはあった。


「──破壊せよっBreak!」


「──っ!?」


 ──カノンの受け止められていた方の剣が、彼女の手から離されると共にをした。

 カノンは、その程度で負けるような浅瀬の修羅場潜りではない。

 だからこそ、ここを好機と云わんばかりに決めに掛かるシオリに対して、起死回生の一撃を叩き込んだのだ。


「(──)」


 間合いさえ取り戻せばカノンの勝ち。

 あれほどの曲芸、そうそう何度も出来る事ではないし、カノンも警戒こそすればもう一度だなんて油断はない。

 しかし、もう一度なんてたらればがあればの話だが──。


「──え」


 カノンの視界が歪む。

 何か攻撃を受けた訳ではない。

 だが、と共にカノンの体勢が今確実に崩れた。

 ──鋼糸。それが起爆されたカノンの後ろに設置されていたを、今の今まで彼女は気付く事はなかった。

 誘導されていた。

 その上で、確実にカノンを倒すべく起死回生の一手を彼女に切らせたのだ。


「戦ってみて分かったけど、カノンさん貴女は強い。強いからこそ私は、──貴女が起死回生の一手が繰り出されるこの瞬間を待っていた」


 戦闘において、手の内を隠すというのは当然の事。強力な力を振るえば良いという脳筋思考なんて、ある程度の戦力差でも負けうるのが現実だ。

 それが優れた戦闘経験者ならば、当然の話と言えよう。

 だからこそ、誰だって起死回生の一手、或いはを隠す。

 その事実に気付いていない振りをしつつ、此処までの舞台を整えた。

 嗚呼、最初からカノンはシオリの手の上だったらしい。



「──っふ、ふざけるなっ!」



 だが、カノンは諦めの悪い人だ。

 もしも諦めの良い人生をカノンが歩んでいたのなら、もう今頃は実験で使い潰された挙句にこの世を去っていた事だろう。

 しかし、それでも生きようと──。

 その死から逆光するのがカノンの夢幻輝石シリウスライトであり、だ。


「──輝け、私の夢幻輝石シリウスライトっ!」


 カノンの夢幻輝石シリウスライトは、今だその黒緑の輝きを維持している。

 しかし、カノンの詠唱に康応するかのように彼女の夢幻輝石シリウスライトが煌めく。

 そしてその煌めきは、斯くて剣と成す。


「──破壊せよっBreak!」


 シオリとカノン自身を巻き込むようにして、その剣は起爆する。

 辺りに充満するは、爆発による砂塵煙。

 いち早くその煙から脱出したカノンの顔には、幾つかの血が滲んでいて、流石に無傷とは言えなかった。

 だがそれは、不意打ちを喰らったシオリも同様の筈だ。

 数十合の打ち合い切り結びから、かなりの耐久と速度をシオリは所持しているのは明白であろう。それを削るための必要代価であれば、払う価値は多いにある。


「……──思ったより硬いんですね」


 しかし、その砂煙を裂くようにして姿を現したシオリは、消耗している様子こそあれど、今だその武威を維持している。


「──ですが、甘い!」


 策を弄すのは、何もシオリだけじゃない。

 誰が、カノンが再展開をした夢幻輝石シリウスライトの剣が、彼女の目の前のものだけだと言った!


「──破壊せよっBreak!」


 瓦礫と化した地面に仕掛けたナイフが、黒緑の光と共に多重起爆をする。

 確実に直撃をした。

 しかし、今だシオリは五体満足な上十分に動けるだろう。そんな予感というよりも直感がカノンの中にはあった。

 抜刀する。

 それを握りしめ、再度カノンは駆け出すのだ。



「……──、シオリさんは強いですね。特にその頑丈さには驚かされましたよ」



 カノンの首に突きつけられるは、人の命を絶つ刃──。

 カノンが夢幻輝石シリウスライトで生成した剣を持つ手は既にシオリに抑え込まれており、カノンが不用意な行動をすればすぐに鎮圧できる筈だ。

 そしてカノンも、此処が命の賭けどころじゃないのは最初から理解している。

 だからこそカノンは、降参の意味合いを込めて剣を手放す。音もなく、ただ落ちるばかり剣は、そのまま宙で消えていくだけだ。



「──確かに強い夢幻輝石シリウスライトとその使い手でしたけど、流石に終焉魔竜ニーグヘッグほどじゃないから。その程度で負けるほど、私は軟じゃないさ」



「それ、煽ってます? でも、そんなシオリさん貴女になら、きっと話せる筈でしょうから」



 話振りからするに、今回のカノンが行ったシオリに対しての襲撃は、所謂腕試しという奴らしい。

 文句こそあれど、抗議の類はない。

 それで死んだらどうするんだという話だが、お互いに獲物を使った上、シオリに至っては実弾を用いた自動拳銃まで使用しているのだ。そう簡単に抗議なぞをシオリが言える訳なかった。




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 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 ニーグヘッグって言って分かるかなー? まぁ、元の話知らなくても問題ないんですけど。


 ……あと、もうちょっと書いて答え合わせをするつもりだったんですけどねー。このままだと10000文字行きそうなので、毎度の事ながら分割払い。手数料を支払わないよう、まぁ頑張っていきたいと思いますね。



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