第16話『みんなが死んで、私が生まれた(Ⅱ)』
「──はてさて。一体どうしたものかな?」
シオリは、企業区の飲食街を駆け抜けていく──。
目的地はない。ただ、此処ではない何処か──問題事が起きても何ら問題ない場所へと向かっている。
「(しかし、──いや、その事は後にした方が良いか)」
そして、シオリは一旦息を付けるべく辺りを見回すが、当のカノンの姿は何処にもない。
もう諦めた。
そんな願望が訳がある筈もなく、おそらく先の奇襲で仕留められなかったシオリを今度は確実に仕留めようとするため、隙を今か今かと待ち続けているだろう。
それに加えて、カノンが諦めるという選択肢と取るという事は、同じ学園クラスに通っているシオリにとっても、あまりよろしくない展開だ。
よって、
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企業区を北に抜けると、そこには“暗黒街”が広がっている──。
“暗黒街”と言っても、所謂スラム街と呼ばれる場所とは別種のものだ。
前者は、非合法的な存在が幾つも存在していて、それらで稼いだ者たちは、他の区画と同様の衣食住などを手に入れられる。
実際こうして歩いてみても、身だしなみが整っていない者は少ない。結局のところ、こうした非合法がまかり通るような町でも、身だしなみは必要という訳だ。
対して後者は、身だしなみどころか衛生面すらも若干怪しい。
前に興味本位でシオリは歩いてみた事があるが、ノヴァニウム鉱脈症や感染症などの病気が何時蔓延してもおかしくないし、虱すらも存在している事だろう。そう、消毒を色々な場所に掛け続けている白い防護服の職員を見て、シオリは思うのだ。
「──おいお前。その可愛い面少し貸せよ」
しかし、麗しき乙女が歩いていれば、両者共大体同じような甘言や誘いの声を掛けられるものだ。
何時何処でも、人手というものは枯渇しやすい資源の一つである。
大企業クラス以上のスパイとして欲しがるものだし、風俗関係で大金を稼いでみないかと、その内容は様々だ。
「あーそこの兄ちゃん。コイツをやるから、少し離れてろ」
「なっ、札束がこんなにも……!? いや、もっとよ、寄越せよ。従うつもりは、ねぇけどな……」
「……こりゃ、言い方を間違えたな」
「──殺されたくなかったら、さっさとその下劣な口を謹んで、この場から消えろ」
深く冷たい、そんな一言は、確かにチンピラの心臓を貫いた。
力が抜ける。
大の大人が無残に尻餅を着く。
その表情は恐怖で歪んでいて、喋る気力すらなくしている。
「……」
「──ひっ!? うわあああぁぁぁぁ!!」
そして数瞬の時が過ぎて、亀甲が決壊をした。
脱兎の如く逃げ出すチンピラを、ただ彼彼女は見ているだけだった。
「──お嬢。お久しぶりですね。相変わらず可憐で安心しました」
「──止めてよそれ。別に私は、この辺りに住む場所を借りているだけだから」
再度、歩を進めるシオリ。
そう言いつつ、シオリの後を黒スーツの男性は付いて行く。
元々シオリが住んでいた場所はこの辺りだ。
そのおかげで、シオリは何度も言い掛かりなどを掛けられたりしていたが、その全てを潰したりしてきたものだ。
そのせいでか、何故かシオリが慕われているのは此処だけの話の一つだったりするもの。
「──ところで。“暗黒街”に何用で。良ければお手伝いしますが」
「ただの私用だから。ただちょっと、騒ぎがあるかもしれないけど」
「……──こちらで触れ回っておきましょうか?」
「必要ない。ただ、少し広場を使わせて貰うから」
そう言ってシオリは、黒服の男性に紙幣を渡す。
この辺りでは紙幣の類はあまり使わないものだが、交易系となるとどうしても貨幣や紙幣の類が必要となってくる。たとえ、少し前に主要紙幣の類の価値が低下していたとしても、ファディアス大陸の殆どで使える紙幣は、それなりに重宝するものだ。
「──さてと。一仕事始めようか」
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広場と言うだけあって、シオリのいる広場はかなり拓けている──。
本来は、それなりに人がたむろしている場であったが、今は人っ子一人としていないどころか、周囲に人の気配などはない。如何やら、シオリの頼みを完璧に果たしてくれたらしい。
「──さてと。どんな思惑があって私を襲ったのか知らないけど」
「……」
「あぁ別に気にしてはいないから。ただ私は、カノンさん──貴女から聞き出すだけだから」
明らかに、雰囲気の違う二人共──。
片や、クラスメイトに刃物を突きつける、見た目は何処かのお嬢様を思わせる彼女は、その鋼の輝きに相手を映す。
片や、何処かの軍服じみた姿の袖先から伸びる手には、リボルバー式の銃剣が握られていて、その銃身と刃には相手の無表情な顔が映っていた。
誰かが死合の合図をした訳ではない。
彼女等の一歩──いや一挙動すらも、運命の女神は微笑んでいるのかもしれないらしい。
「(──思っていた通り、やっぱり強い)」
間合いの優位があるシオリは、数発の銃弾を牽制とし、その刃を振るう。
簡単に言うが、それを対処するのは、少なくとも一卒兵の軍人程度ではそのシオリの初手で終わっても何らおかしくない。
しかし、シオリの予想通りカノンはそれを対処してみせた。
最小限の体捌きで牽制の銃弾を回避すると、袋小路として振るわれたシオリの一撃を、難なく徒手空拳で受け流してみせる。
「(──明らかに、何処かの軍式格闘術。しかも、ナイフを併用した軍式格闘術なんて、自ずと絞られる)」
反撃と云わんばかりに振るわれる斬撃と打撃を、シオリは回避し受け流しながら思うのだ。
拳の風圧と斬撃特有のヒリヒリとした感覚を喰らうが、特に問題はない。
特徴的な構え──。
次点に繋げるための一撃。斯くてそれは循環をす。
本来、前後の足幅が狭く、その上正中線を見せつける構えは、大きな隙を晒しがちだ。
だが、それこそがこの流派のスタイル。
この流派の術理は、拳やましてや蹴りによる格闘術ではなく、肘や膝を使った至近接戦闘であろう。この異常な手数と回転数がその証拠だ。
そしておそらく始点は、先のナイフ術による一撃。
その一撃を以てして、次の行動を制限をし、予測を立てやすくするための複数の意味を持たせた牽制だ。
そして此処まで情報が揃えば、シオリも自ずとカノンの使用する流派の正体にたどり着ける。
「──もしかして、オルクス帝国式軍隊格闘術」
そんな、シオリの他愛のない一言。
しかし、そんな所謂他愛のない一言にたどり着くまでに、一体どれだけの思順を繰り返したのだろうか。
そのシオリの一言は、当のカノンにとってあまりにも衝撃的なものであった。
「……」
「いやはや、まさかオルクス帝国式軍隊格闘術の使い手に出会うなんて。とても珍しいものを見させて貰った」
そう軽口を叩くシオリであったが、内心冷や汗を表に見せないようにするだけで精一杯であった。
このファディアス大陸広しと言えど、その名を知らぬ人はいないだろう。
“オルクス帝国”の威名威光、最強にして最凶──。
そして、ファディアス大陸に軍隊格闘術が数多あれど、同じく最強と最凶の名を冠するのは、様々な国々を旅したシオリとて一つしか思いつかない。
「(全力を出せない以上、オルクス相手に近接戦はちょっと無謀かも)」
圧倒的な劣勢──。
だがそれを、カノン相手に見せてはならない。
シオリ自身怪我がまだ癒えぬ現状、それを悟られては敗北すらもあり得る話だ。少なくとも、あの怪物相手をする前にシオリだったら、この戦いは容易に勝てた事だろう。
「──まぁ、ないものねだりをしても仕方がない、か」
牽制の斬撃を受け流しつつ、返しと云わんばかりにフックを叩き込むが、当のカノンはまだピンピンとしている様子。手ごたえから考えてみて、有効打にすらなっていないだろう。
それでものけぞった体躯に蹴りを叩き込もうとするが、流石はそこら辺の内か。
そして、主導権を握り続けるためにも、更なる追撃を加えようとしたが。
──不意に、カノンの夢幻輝石が目に入る。
「──輝け。儂の
──時が過ぎる。
そう思ったのは、事態を把握するのに少しばかりの時間を要したからに他ならない。
しかしてそれでも、事態は進んでいく。
相対するカノンが紡ぎ出すは、現実改変の異能。
対してカノンの牽制の斬撃を回避し、返す蹴撃を受け止めて地面を転がるシオリ。如何にか、起き上がるのと同時にステップで体勢を整えたシオリは、擦り切れた頬を拭いつつもその口形は三日月を作り出していた。
「……──いやはやまさか、遅延式の
カラァンと鳴るは、刃が地に落ちる音。
或いは、その奇々怪々な
いずれにせよ、シオリがその一手で劣勢に持ち込まれた事だけは確かだった。
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お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
今更ですが、格闘術や銃格闘などの戦闘シーンは作者自身あまり得意ではありませんが……。
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