第15話『みんなが死んで、私が生まれた(Ⅰ)』

 電子音が通り過ぎる──。

 白亜の部屋。薬品の匂いが染み付いている部屋で、が寝ているベットには清潔な白いシーツが敷かれていた。

 彼女以外には、誰もいない。

 ──いや正確に言えば、と言った方が正しいのだろう。元々、彼女を含めて20人ほどの子供たちがいたが、もう彼女以外の誰の姿がなくなっていた。


「……」


 死んだのだろう。

 一度、この部屋で自殺をした子供を見た事があるが、その時は施設の職員がてきぱきとゴミを片付けるようにして処理をしていたのを覚えている。

 その事について、恐怖や感傷の類は存在していなかった。何度も起きた事実で、もう既に当の彼女の精神は麻痺しているのかもしれない。

 それに加えて、此処ではあくまで規定の数値を叩きだしていれば、いつも通りの日常だ。


「──私の夢幻輝石シリウスライト


 検体№Cー013

 彼女が手を天にかざすと、そこには黒い結晶──夢幻輝石シリウスライトが存在していた──。

 教育の場で教えて貰ったのだが、夢幻輝石シリウスライトとはノヴァニウム鉱脈症患者の中でも、特に優れた者に与えられる一種の才能らしい。

 らしいというのは、今だファディアス大陸全土の数千年の歴史においても、その原理が明らかにされた事がないからだ。

 ただ、それと同時にについても教えられた。


「──№Cー005。さっさと出ろ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。頑張るから、私頑張るから! もう期待を裏切らないから! 頑張るから、私頑張るから!」

「一種の錯乱状態か。おい、こいつに鎮静剤を打っておけ!」


 幾度となく見てきた光景。

 あと何年、彼女自身は生きられるのだろうか。

 そんなたらればを思いつつも、この施設に彼女自身がいる以上、何年生きられるかなんて無駄な話だ。



 ──機密プロジェクトアーカイブ──


 ──ファイル№:C2──


 ──閲覧権限:極秘──


 ──関連ファイル名:『片翼の天使』




 ──当プロジェクト名:『Everyone died みんなが死んで、 and I was born私が生まれた




 ♢♦♢♦



「……──」


 夢を見ていた気がする──。

 だが、その夢の内容を当のシオリは覚えていない。

 ただシオリ自身が起きてしまった理由は、自室のカーテンの隙間から漏れだす朝日が、眩しいほどに指し示していた。


「……確か昨日は、始末書と報告書を書いていて。……うわぁ」


 徐々に光に慣れてきたシオリの目が、どんよりと曇るのを自覚してしまうほどに、彼女の机の上は地獄絵図であった。

 中心に置かれているPCの隅には、パッチワークじみたメモ用紙が貼られており、画面の中には大量に置かれたファイルが沢山鎮座していた。そして追い打ちと云わんばかりに、空の栄養ドリンクが幾つも置かれていた。

 少なくとも、数日間徹夜をしたと云わんばかりの惨状と言えるだろう。

 とはいえシオリは、別に徹夜をした訳ではなく、ただ夜中に着々と進めていただけで、特に問題ないと彼女は思うのだ。


「──さっさと学園に行く準備をしないと」


 徹夜明けでさっさと寝たいところだが、生憎と今日は学園のある日だ。

 どれだけ面倒くさいと思っても、学園と寮が併設されているのも相まって、病欠とはいかないのが世の常である。レオニオル辺りは間違いなく来るだろうし、他の誰かがシオリの調子を確認するだろう。


 いつも通りの日々。

 いつも通りの日常。

 けれど、何処か夢の中にでもいるような気分だった。



 /19



 並木道を、歩いて行く──。

 今日はどうやら快晴らしく、青空が浮かんでいる。

 そして、目を細めたくなるほどの、眩い日光が降り注ぐせいで、最近は何かと暑くなってきた。東国では四季によって様々な気候を迎えると聞くが、この学園都市アークが存在する辺りは、生憎と風情ある四季などはないが、それでも気候などによって寒暖などは起きたりするものだ。

 おかげでこの時期になると、かなり暑いらしい。



『──本日はこの時期には欠かせず、そして話題の商品。アリウスネット社が開発した最新鋭のクーラーを、このスタジオに持って来ました!』



『──ノヴァニウム鉱石から取り出したエーテルによって、冷風温風思いのまま! ……ちょっと暑くなってきちゃったかも』



『──確かにエーテルを使用した機器は沢山あります! ですが本品の目玉は、何と言ってもその消費エーテル量! 従来の80%の消費量で事足りて、環境にも優しい!』



『──いやぁ、是非お手元に一つは欲しいですねー』



 そんな宣伝映像を垂れ流している車内のテレビを見て、当のシオリは自身の夢幻輝石シリウスライトを眺める。

 ノヴァニウム鉱脈症患者に稀に現れる奇跡。

 勿論、ノヴァニウム鉱脈症患者の心とやらのためにエーテルを使用した電子機器全てを廃止しろとはシオリも言わない。使えるものは使うし、使えないものは使えないとよく思う。


「(──でも)」


 しかし、それと同時に時折思うのだ。

 ──果たして私たちは、一体どちらが主なのか、と。

 本当に必要とされているのは、一体何かといえ事を。


『──お姉! あのエアコン欲しいなー。買わないー?』

「……スマホの中にいる電子的存在にエアコンなんて必要なの?」

『必ー要ーですー! 良い冷却機使わないと、普通に私も壊れるんです!?  AI的人権の尊重を求めますー!』

「まぁ普通の冷却機で良さそうかな」



/20



「──あっ! おはようございます、シオリさん。顔色が悪そうですけど、大丈夫ですか?」

「シオリの事だ。どうせ、趣味か何かで徹夜でもしてたんじゃないかー」

「……前のカーチェイスの時の報告書と始末書。おかげで徹夜する羽目になったんだから」

「それ、オレが悪いのか? 先に事を起こしてたのはシオリとニーナたちの方だったと思うんだがな」


 場所は斯くて、学園へと姿を変えた──。

 そこには、いつも通りの日常、いつも通りのクラスメイト──クラス“ボルツ”の皆がそこにはいた。

 まともに入学式を送っていないシオリとしては、あまり実感を感じていないが、もう一か月程度の時間が過ぎているらしい。長いようで短い、そんな日々だったと今更ながら思うのだ。

 座学から戦闘訓練まで。

 果ては、遠方に実地訓練まで。

 別にこれは、学園都市アークではそう珍しい事ではなく、他の学園も同様な授業を行ったり、その学園の特色に沿ったカリキュラムを作成していたりするだろう。



「──おー! お前等! 悪い知らせと悪い知らせ、どっちがいいかー?」



 だらしない恰好で教室に入ってきたリューネルが告げるは、挨拶の類ではなく悪い知らせ。

 開口一番に悪い知らせを伝えるのは、正直教師としてどうかと思うのだが、それだけの事だと思う他ない。

 ……別に、リューネルのいい加減さに諦めが付いたという訳ではないのだが。



「──まぁ簡単に言うとだな。ロスト・ライフ社辺りで少し騒ぎが起きてるらしくてな。その応援に、お前たちが行ってきてくれないかって話だ」



 /21



 複合企業ロスト・ライフ──。

 新エネルギー開発から日常や軍事用で使われる電子機器など、エネルギー開発部門。

 ノヴァニウム鉱石関連の研究。特に数多の論文のテーマとなった夢幻輝石シリウスライトなど。

 あまり関係しないが、事務関係もかなり腕を振るっているみたい。

 あとは、ロスト・ライフ社の主力ではないが、食糧プラントの運営なども行っている。


 ファディアス大陸でも有数の大企業とも言えるロスト・ライフ社。

 だが一方で、も存在している。

 確かに大企業であれば黒い噂の一つや二つあるものだが、ここまでの暴動となるのはそうとう珍しいと言う他ない。


「──と、いう事でやって来た訳なんですけど」

「もう殆ど終わっちゃってましたね」


 ロスト・ライフ社──その学園都市アーク支部にシオリたちはやって来たのだが。

 ──まぁ簡単に現在状況を言うと、、その一言に尽きるだろう。

 目的地であるロスト・ライフの支部の拓けた広場には、捕縛者と思われる人たちがその場でお縄についていた。如何やら、話通りの騒ぎ程度の話で、血生臭い抗争とまではならなかったようだ。


「──そう言えば、カグヤさんとニーナはどうしてますかね」

「確か、カグヤさんとニーナさんは別行動でしたか。二人は一緒に南側に行くって言ってましたね」


 ちなみに後のレオニオルはというと、どうやら治安維持局の方に行っているらしい。

 最後まで未練がましく此方を見ていたが、最終的には治安維持局の臨時拠点の方に残るみたいだけど。

 ちなみに、シオリたちも一応治安維持局の方に出向いて指示を仰いでみたのだが、その結果見回りを命じられた。別の言い方をすれば、厄介払いという訳だ。

 正直言って、リューネルには少し苛立ちを覚える。


「でしたら、さん」

「──いや、私の名前違うから」

「……──あぁ!? ごめんなさい、シオリさん! まだまだ時間もありますし、私たちも一緒に見回りにでも行きません!? むしろ何か奢らせてください!」

「別に気にしてないから。それにまぁ私も暇ですし、付き合うのも吝かではないけど。ところで、足の方はどうする気ですかね」



「──勿論、歩いて行きましょう!」




 学園都市アークの中でも、ロスト・ライフ社がある辺りは、一般的に企業区と呼ばれる場所である──。

 元々、ファディアス大陸の中でもかなり治安が良い方とされているが、企業区と呼ばれる程度にはが存在しているものだ。

 物流の交差点。

 金融街としての一面。

 数多の代表的な企業や研究施設を内包するという、千差万別な側面を持っているのが、この企業区と呼ばれる場所だ。


 そして、企業区と呼ばれる場所の特色はというと、暇を潰そうとしているシオリとカノンにとって金融関係はあまり関係ないものとして、飲食街が広がっている。

 種族や各自が信仰する宗教などで食べられるものが変わったりするが、そこら辺はシェフ辺りに言ってもらえば融通が効く。むしろ、伝え忘れた上でクレーマーと化す方が厄介だったりするものだ。


「──ところでカノンさんは、サンクトクアリ出身でしたね。薬膳料理でも探します?」

「いえ、サンクトクアリの薬膳料理って、味気なくてその実栄養もあまりないんですよね。庶民料理じゃなくて、ある程度の敷居の店にでも行けば、それなりの薬膳料理を出してくれますが」

「でしたら、他の店を探した方が」

「あ、でも──」


 色々と飲食関係のサイトを巡るシオリの姿を見て、カノンはで見つめていた。

 何もシオリのその姿は、誰かに憂うようなものではない。

 シオリのその姿は、休日になれば学園都市アークにおいてよく見る光景だったから。


「──もう少し見て行きますか?」


「──いえ、先に行きましょう」


 がやがやと風が通り過ぎていく飲食街──。

 昼時というのも相まって、今の時間帯はかなり人が多い。

 多種族国家という千差万別な彼彼女等は、己が才覚と努力を振るう。それは、人種的差別がかなり薄い学園都市アークだからこそ見られる光景なのかもしれない。



「かなり色々な調味料などがありますね。少し腕がなるかも」



「料理が趣味だったりするんですか?」



「えぇ。さっきも言った通り私の地元のサンクトクアリは、郷土料理はあまり美味しくありませんから」



「──ところで」



「はい」



「──、一体何のつもり?」




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