第14話『スコープ越しに見える荒野(Ⅲ)』

「──一太刀で装甲車を両断するなんて。アイツ、やるなー!」

「……──ニーナさんとハルナさんは、周囲を警戒しておいてください」


「──シオリさんは」


「私ですか。私はレオニオルと共に、目の前の敵を倒します」


 残骸と化した装甲車が道路に火花を作り出す中、当のシオリたちは二手に分かれた──。

 シオリとレオニオルは、蹴り飛ばされた車両を回避して、そのままキャリーカーに飛び乗る。

 対してニーナとハルナは、どうにか荷物の手に砂埃を撒き散らしつつではあるが、着地を果たした。


「……あ、あはは。私って力不足か何かなんですかね」


 力不足だと、そうシオリは判断を下したのだろうか。

 確かに、ニーナとハルナは近接戦があまり得意ではない。それこそ、暴徒には勝てるだろうが、流石に本職に勝てるほど彼女等も無謀な性格ではない。

 だがそれ以上に、ニーナとハルナはに入っていける自信がなかった。

 何度も訓練を行った間柄だからこそ分かるが、ニーナたちと行った訓練の時は明らかに手を抜いていると云わんばかりの、緻密なまでの連携。少なくとも、本職の連中でもあそこまで動けるとは思えない。


「──ニーナさん。あ、すみません。グラディウスさんの方が良かったですかね……。荷物を纏めて玖帳さんとグレイシスさんを追いかけましょう」


「……グラディウスさん?」


 だが、がニーナに襲い掛かってきた。

 それは、過去の残影──。

 生まれて過ごした日々を忘れ去ってしまったかつての幼き少女──ニーナ・グラディウスが覚えている、ただ一つのだ。



「──“殺してやる”」



♦♢♦♢



「……──二人か。思ったよりも残ったな」

「──いやぁ。久しぶりのシオリとの共闘! これは腕が鳴るなー!」

「そんな事言ってないで、さっさとやる。そう油断できる相手じゃないし」

「おっさん。面倒くさいから、時間外業務はさっさと終わらせたいんだが」


 瓦礫と化した装甲車から、シオリとレオニオルの二人の姿が現す──。

 対する、シオリの運転していた最新鋭の装甲車を一刀の元両断をした自称おっさんとやらは、面倒くさそうに追撃と云わんばかりにキャリーカーに乗っていた車両を蹴り飛ばした。

 火花は散り、堕ちた車両は何も残らない。

 しかして、そんな追撃を対処したシオリとレオニオルは、斯くて己が武器を振るう。


「──輝け、オレの夢幻輝石シリウスライト


 レオニオルの戦闘スタイルは、片手剣と大盾。敵の攻撃を大盾で受け流し、反撃にその片手剣を振るう。

 騎士めいた戦い方であるが、それは

 本来守り主体の戦い方であるが、レオニオルの戦闘スタイルは烈火の如く攻めへと転じる。

 

「──めんどくせーな」

「それはお互い様だろうが。妙な剣術を使いやがって」


 お互いが切り結ぶ度に、火花が辺りに散る──。

 だが、

 今は相手の出方を伺っている盤面。下手に手を出せば、それは致命傷にもなりかねない。


「──っちぃ!?」


 攻めきれず間合いを取った瞬間何を感じ取ったのか、男は太刀を振るう。

 その瞬間、男の構えた太刀から火花が散る。

 対して、憎々しげに当のシオリは、白煙立ち昇るリボルバーの銃口を見せる。

 如何やら、この程度の手が通じるほど、簡単な相手ではないらしい。


「──腕、鈍ったかー。シオリ!」

「冗談を。ただ相手が面倒くさい相手なだけだ」

「じゃ、どうする気だー?」

「問題ないから。それでいいから」


 シオリは、リボルバーの再装填をしつつ、反対の手でもう一振りのリボルバーを構える──。

 本来シオリは、中距離から至近距離の斬撃と射撃を駆使した戦い方であるが、こうしたは、援護に徹する。

 白煙と共に、火花が散る。


「レオニオルどうだー? 私が変わろっか」

「冗談キツイぜ! この程度、何度も相手にした事あるわ!」


「(──面倒くさいな、コイツ等)」


 おっさんを名乗る男がレオニオルとシオリに感じるのはソレだ。

 本来男の振るう太刀の一撃は、鋼鉄を通り越して並大抵の建物すら一刀の元両断する事が可能。目の前で自身の攻撃を防いでいる大盾すらも、両断する事は同様に可能であろう。

 しかし、それでもレオニオルによって防がれているのは、偏に彼女の技術によるもの。その上、下手に削っていく腹積もりで太刀を振るっても、甘い攻め立てでは逆に鋭い反撃を喰らいかねない。


「──そこ」


 それに加えて、さっきから援護に徹しているシオリもの射撃が非常に面倒くさい。

 相手を殺すためではない、相手の動きを阻害する戦闘スタイル。

 おかげで、攻め手にも守り手にも有効打が存在していない。


「(なら──)」


 は、端から決まっている──。


「──ちぃっ!? シオリ!!」


 ──。

 少なくとも、たとえレオニオルだとしてもかなり神経を使うであろう防御に割いた意識。余裕綽々めいている彼女であっても、油断すれば自らの体ごと一刀両断されかねない集中が、斯くてとなる。

 本来なら、レオニオルも気付いた筈だ。

 たとえ、神経が磨り減るような戦場の中でも、レオニオルはフェイント程度余裕で気付ける筈なのだ。


 だがそのフェイントは、

 自らと相手に集中し過ぎたが故の、あまりにも大きな隙は、斯くて鋼の輝きを夜景に映す。


「──お前だ」


 レオニオルの大盾を足場にした跳躍。

 或いは、立体機動めいた、柱を中継地点とした三次元的奇襲。

 振り上げられた太刀の鋼煌めく輝きが、シオリへと襲い掛かる

 


 ──だが、

 


「──ほぅ」

「その程度で私を殺せるなんて、随分と舐められたものですね」


 シオリの瞳が、淡く光る──。

 返す刃が火花を生み、衝撃が金切り声を響かせる。

 シオリの一撃を受けた事により火花とと共に衝撃を生み出し、男の体が宙を舞う。そこに奔るシオリの追撃たる射撃を受けた事による火花が、夜景を照らしていたのだ。


「……──思ったよりも面倒くさい仕事だ。時間外労働は、本当に勘弁して欲しいんだがな」

「オレの事も忘れてもらっっては困るん、だがなっ!」


 不安定な足場に着地をした男であったが、そこに追撃が奔る──。

 レオニオルによる鋭き剣の一撃は、空を切る。

 そして、切り上げるようにした二撃目は ただただ火花を散らすだけで、血肉を断つような独特な手ごたえは感じられない。


「……若い、な。──っ!?」


 火花を散らして、お互いが鍔迫り合いをする中。

 筋力の総量で言えばレオニオルが勝利するだろうが、技術面で言えば男の方が優勢だ。その上で、鍔迫り合いの最中において、どちらの方が優勢かは明白だろう。

 だが、鹿──。

 事実レオニオルとの鍔迫り合いを繰り広げていた男は、を覚えてその鍔迫り合いを強制的に終了した。


「──おいおい。若い癖に、随分と狡猾じゃねぇか」

「そうか? 別に騎士道は、正面戦闘が正義って訳じゃねぇからな」

「──夢幻輝石シリウスライトを使ってでもか?」

「あぁ、こんなモン、ロンデニウムじゃ日常茶飯事だからな」

「……“ロンデニウムの騎士”か。なら、もう少し慎重にならなくちゃな」


 男は、あの瞬間確かに気付いた。

 あのまま鍔迫り合いでレオニオルを倒せると思っていたが、だがあの瞬間微かに散ったを確かに見た。

 鍔迫り合いで生じる火花ではなく、雷駆け巡る雷光。

 もしもあのまま鍔迫り合いを続けていたら、雷によって感電していた事だろう。

 そのまま、敗北していた事実は固くない。



 ──しかし、が存在していた。



「──上か」



「──遅い」



 夢幻輝石シリウスライトを発動させたレオニオルを警戒していた男の、あまりにも大きすぎる隙を、シオリが見逃す筈がなかった──。

 牽制で放たれた射撃と、レオニオルによる援護は、斯くて男をその場に留まらせたのだ。


 そのまま男は、シオリの攻撃を迎え撃つつもりらしい。


 そしてシオリも、その刃を構える。


 


 ──交差する一撃は、衝撃と火花を以てして、鋼の牙城を両断する。




「……──レオニオル。まだいける?」


「はっ! 誰に言ってんだ! まだまだいけるぜ!」


「……面倒くせえな」


 両断されたキャリーカーは、瓦礫と化して道路に散らばる。

 火花を散らして立ちずさむは、シオリとレオニオルの二人。

 対する、背後で爆炎と化したキャリーカーの炎光に照らされて、男もまた立ち上がった。

 なればこそ、お互いが取るべき事は端から決まっている。

 お互いが武器を構え直し、再度ぶつかり合おうとした、その瞬間──。



 ──っ!!



 音が遅れて届く。

 その前に、瓦礫と化した道路に刻まれたが、その事態を如実に語っていたのだ。


「──ニーナさん。そっちは大丈夫でしたか?」


 弾痕の位置と射線から考えて、おそらく当のニーナは、シオリとレオニオルの後ろの位置にいる事だろう。

 そして、相対する男からは、ニーナの姿が見えている筈だ。

 しかし、そんなシオリの問いに対して、ニーナは答えなかった──。

 その不可解なまでの事実は、足音を鳴らしてシオリたちの場所まで歩き続けたニーナの表情が答えてくれていたのだ。



「──“魔王ディザスター”」



「……──あぁ。あん時の嬢ちゃんか。死んではないと思っていたが、まさかこうして巡り合うなんてな」



「……──」



「あぁそれと。俺がやった夢幻輝石シリウスライトは、もう十分に使えるようになったか?」



「──お前っ! 殺してやる殺してやる! お前を殺すためだけに、これまでの人生を使ってきたんだ!!」



「──はっ! 古の架空物語では、魔王を倒すのは、勇者だと相場が決まっているらしい。──お前は果たして、勇者となれるだろか」



 両手を掲げ、古びた黒塗りのコートがはためく。

 その男は、名を冠する通り──魔王ディザスターと呼ぶに相応しい風格だった。


「……──今は何も聞かないでください。後で話すつもりですから」

「分かりました」

「オレは気にしてねぇけど。あのいけ好かない魔王ディザスターを倒すってなら、話は別だ。協力させて貰うぜ!」



「──流星煌めく呪いかがやきを、我が身燃やして創生せよ」


「──輝け、輝いて! 私の夢幻輝石シリウスライトっ!!」



【──誰が為の物語はラウム事実を告げる鳥に非ずアカシックレコード



「──ほぅ。回避したと思ったんだがな」



 スナイパーが相対した状態で射撃したとしても、その程度は他愛のない事だ──。

 確かにその弾速は音速をも越えるが、鍛え上げた実力者ならば弾幕ですらも対処する。そしてそれは、魔王ディザスターも同様の人物であった。

 だが、そんな銃弾すらも両断する魔王ディザスターが、その弾丸を受けてしまう。

 油断していた訳ではない。

 その正体は、すぐに分かる事だったのだから。


「……──ほぅ。俺がやった夢幻輝石シリウスライトか。随分と使いこなせているな」

「五月蝿い黙れ。お前に褒められるために研鑽を積んだ訳じゃない。──お前を殺すために鍛え上げたんだ」


 しかし、この事態は当のニーナにとっても予想外だった。

 確かにニーナは、目の前の魔王ディザスターに殺意を覚えているが、冷静さを見失った事はない。怒りよりも先に、それが彼女にとっての生きる意味だから。

 だからこそ、目の前の事態は予想外と言えた。

 が通用しないなんて、それなりの対策をしている訳だ。


「──見え見えの隙だな!」


「油断しないの」



「──時間、か」



 唐突に呟いた魔王ディザスターの言葉の真意は、その数秒後に起きた事態によって示された──。

 シオリたちを薙ぎ払うようにして現れた一台の装甲車。

 勿論、その程度でシオリたちが轢かれる筈もなく。しかして、再度立ち上がった彼女たちの目には、魔王ディザスターが彼女たちを抜いていった装甲車の側面部に飛び乗り、ただただ見下ろすだけだった。


「……──思ったよりも早い」


 すぐにリボルバーを構え直したシオリであったが、その射撃は防がれるだけだ。

 確かに、魔弾を使えば止められるかもしれないが、アレは装填するまでに時間が掛かる。そんな大きな隙を晒してしまえば、その隙に爆速でこの場を離脱する魔王ディザスターは限界射程距離から外れてしまうだろう。


「──クソっ!」


 確かに、シオリたちはこうして生き残った──。

 最初に考えていた想定通り、敗北はなく、引き分け以上に持ち込んだと言えるだろう。

 だが果たして、引き分け以上なのだろうか?

 その疑念は、微かな夜明けと共に、シオリたちの心中に残るだけであった。



 /18



「……──そう言えば。さっき言っていた男──魔王ディザスターだっけ。あの男を殺そうとしていた理由を聞いても良いかな」


 翌朝、シオリたちは領収書を片手に、学園都市アークへの道のりを装甲車によって歩んでいく──。

 辺りは、たとえ狙撃銃などのスコープ越しでも荒野ばかりが映るだけだ。

 しかしてそれでも、シオリたちは警戒を緩める事はない。この速度だったら、このまま離脱すれば良いだけの話だからだ。無駄な戦闘をする必要はない。


「(──確かに、話しておくべき事なのかもしれないですね)」


 確かに、暇つぶしの話であるかもしれないが、これはこの場にいる全員が知っておくべき事──。

 命が狙われたのだから、その動機を知りたいと思うのは確かだった。

 そしてこれは、でもある。

 少なくとも魔王ディザスターをニーナが殺そうとしている以上、が必要となる。

 そのためにニーナは、予めこの場にいるシオリたちだけでも、その心中を話しておくべきだろう。


 ニーナは、知っているのだ。

 命を賭ける以上、それ以上の対価を必要とするのだと。


「──そうですねー。一応今は、他言無用ですよー」

「「「……」」」

「──それは、の話を」


 その告白は、他人が知る事はない。

 スコープ越しに見える荒野には誰の姿もなく、ただただ荒野に吹きずさむ砂風によって掻き消えるのだから。



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