第13話『スコープ越しに見える荒野(Ⅱ)』
「──Aー01班。α目的地前、全隊員到着を確認」
「──Aー02班。β目的地前、全隊員到着を確認」
「──A-03班、 目的地前、全隊員到着を確認」
人気のない暗闇と仄かに光る廊下を、闇夜に溶ける戦闘服姿の彼等が走る──。
最新鋭の装備を身に纏い、統率の取れた隊列と身のこなし。
それは、暴徒の類とは違う、訓練された者たちだった。
──3。
──2。
──1。
──GO!
言葉はなかった──。
ただ彼等は、自らが成すべき事を行う。
「──っ! 総員、着用!」
先ほどまでの彼等は、無言でありながらもハンドサインなどで互いに意思疎通を行っていたが、初めて大きな声を挙げた。
──それ故の、異常事態が発生したのだ。
突入をした彼等を待っていたのは、部屋の中央から発生している紫色の煙。それを毒ガスの類だと判断するのは、当たり前であった。
そして、隊長と思われる彼の判断力も早かった。
すぐさま彼が発した命令は、各自が持っているガスマスクの装着だった。特に、こうした市街戦など凹凸の激しい地形では、毒ガスの類がかなり有効だったりして、用心のために持ってきたのが、こうして功を奏したのだ。
──だがそれが、それこそが、ガス発生装置を設置した者想定シナリオの一つであった。
「──がっ!? あ゛ぁぁぁぁ!!」
突如として、一番前で警戒をしていた隊員の一人が、喉をも割るような叫び声をあげる。
何かしらの奇襲があった訳ではない。
ならば、その紫色の煙の正体は──。
「──くそっ!? 催涙ガスか! 絶対にガスマスクを外させるなよ!」
おそらく、この紫色のガスの正体は、色付きのスモークと催涙ガスを混ぜた混合ガスの類。
だが、そう判断を下そうにもこの混合ガスがの原材料が、色付きスモークと催涙ガスだけとは限らない。最悪、致死性の毒ガスでも混じっていれば、それで全滅だ。
それがこのトラップの恐ろしさと言えた。
「──こちら突入班!」
『どうしました』
「部屋の中はもぬけの殻だ! 中にはトラップがあったが、催涙ガスの中で目標が隠れているとは思えねぇ。至急、他隊員にこのホテルの周辺を固めるように命令をしろ!」
『……了解しました』
「……──いや、待て。ハンドネームは?」
正体不明なガスが部屋内に充満していて、隊員の半分が使えそうにない。おそらく、ある程度の戦闘が出来るまでには、もうしばらくの時間を有するだろう。
その上、標的は何処かへ逃げ出している。
使えない隊員も、このまま放置しておいては、更なる事態を悪化を招きかねない。
そんな、精神を消耗し焦りを生み出す事態の中で、彼は違和感を覚えた。
焦っていて気付かなかったが、彼等──『レヴァレイン』の小隊の隊長には、それぞれ“ハンドネーム”が与えられる。
そしてそれは、お互いが連絡を取り合う際に、使用されたりするものだ。
「(──俺が会話を引き延ばす。お前は、辺りの連中に、警戒網を強めるよう言付けを頼む)」
「(了解しました)」
『──』
「──クソっ!? 判断が速い!」
焦りと事の重大さ故に気付かなかったのが、彼の敗因であった。
通話の向こうから聞こえてくるのは、通話をキャンセルした時に聞こえる一定間隔の音声。
完全に此方の違和感が気付かれた故の行動だろう。
『あー何だやらかしたのかー?』
「──貴様っ!? 信念も情熱もない、ただの剣客の癖に、何を言うか!」
『あぁ。俺には信念も情熱もない。──だが、暗殺者っていうのは、無味無臭でなくちゃならねぇ』
「……」
『まぁ、俺に任せておけ。剣客ってのは、案外苦労人なのさ』
/17
「──あー。やっぱ、気付かれたっぽいねー」
「で、でも、催涙ガス撒いておいたので、追っては少しは減ったと思うけど」
「それよりも。何でまた私が運転手な訳?」
「だって私たち、運転免許まだ取ってないからねー。必然的に、シオリさんに任せる事になるから」
「ご、ごめんなさい。頑張りますので」
「……──まぁ、頑張って貰うしかないか」
シオリとレオニオル、それとハルナの三人は、闇夜の中を駆け抜けていく──。
勿論、運転は唯一免許を持っている上に、まともに運転できるシオリの役割。
「……──し、しかしシオリさん。よく今夜襲撃があるって分かりましたね」
「あーそれ、私も気になるんだけどー」
「何処かの酔っぱらい痴漢野郎が予め警告してくれた。それだけの話さ」
シオリは、憎々しげに呟きながら、『今夜襲撃アリ』と書かれた紙を捨てる。
ゴミはゴミ箱に──。
その瞬間ニーナとハルナは、互いに手にした備え付けの小銃のセーフティーを解除した。
──閃光が夜景に舞う。
その瞬間、車両の天井に空いた空間から、ニーナが姿を現した。
そんなニーナは、握っている小銃の引き金を引くのだった。
──火花が散る。
目標は、後ろから何台もの車両を強引に抜かしてきつつ、小銃をぶっ放してくる数台の車両。
目視で確認できるのは、おそらく3台。まともに反撃できるのが運転をしていないニーナとハルナだけで、これ以上増えない事を望むばかりだ。
「──私は、運転に集中するから、後ろの車両はお願いね」
「りょーかいです」
「わ、分かりました」
後ろから来ている車両の数は、およそ3台──。
だが、その数で侮る事なんて出来る筈もない。
7.62mmの銃弾でさえ、その装甲によって阻まれるのだから。
「──あの装甲車硬いですねー。絶対、最新鋭の車両ですよあれ」
「爆弾使いたいけど、あとで請求が怖いし……」
「斥候の類じゃない、か。やっぱり、無理矢理振り切ってきた事が裏目になってるのかな」
そして、当然の事ながら、敵からの反撃が散る火花と共に、シオリたちに襲い掛かる──。
今は、どうにかこの装甲車の防弾性能によって事なきを得ているが、果たして何時まで持つのだろうか。
手詰まりだ。
少なくとも、此方の弾幕と敵車両3台からの弾幕では、どちらが勝つかなんて分かり切っている事だ。
「──仕方がない、か」
そこからのシオリの行動は早かった。
シオリは、助手席に置いてある自身の刃の付いたマグナムを、ニーナへと滑り渡す。特別性だから、かなり扱いにくいと思うけど、少なくとも銃撃をするだけなら引き金を引くだけで十分だ。
「──ニーナさん、それを使ってください」
「……──大丈夫なんですかー?」
「別に、元々、私の武器じゃないから。それに、形状が少し変わっているけど、別に引き金を引けばOKだから」
怪訝な表情をする当のニーナ。
実際相手の装甲車両は、ファディアス大陸においての最新鋭の防弾性と防刃製を兼ね備えてあり、7,62mmですらもそうそう徹るものではない。それを、シオリも承知だろう。
それでも渡された、その大口径のマグナムが一体何の意味を持つのだろうか。
少しばかりの好奇心と冷徹な心を以てして、ニーナは引き金を引いた。
「──“魔弾”。事象を撃ち込んだ相手に対して発動させる、
──事象は斯くて、現実と成す。
事象を起こすには、今の時代シオリくらいしかいないのだが、少なくとも弾丸を放つ程度の事は出来る。
その威力貫通能力は、7,62mmすらも凌ぐ。
元々、想定をした相手が相手なだけ、装甲車両程度の防弾性ならば余裕で貫通するのだから。
「……──ちょっとおかしくないですか、コレ」
「想定している相手が相手だから。それくらいないと、そもそも通用しないし」
「うへぇ……。そんな相手、7,62mmじゃなくてミサイルとか欲しいんですけどー!?」
「あ、あの~。まだ二台も残ってますので、助けてくれませんか~? ぎゃぁ!? あとちょっとで当たるところだったー!!」
「ごめんごめんー。でも、防弾防刃製の制服だから、大丈夫だと思うけど」
「そ、そういう問題じゃないんですー!?」
しかし、残り相手の車両は二台──。
その上此方には、相手の装甲車を意にも解せない魔弾がまだ残っている。
勝ち確と言っても過言ではない時ほど、起死回生の相手の一撃には気を付けるものだ。
「──あ、危ない!?」
爆弾を使う事を躊躇していたハルナ。
先ほどまでのアサルトライフルを置くと、そのままハルナは、自身の持っていた手りゅう弾を投げつけた。
「──っ、携帯用ミサイル!?」
ハルナが投げた手りゅう弾が爆発した時に発生した暴風によって、事なきを得た。
だが、二度目はない。
二度目も同様の手で防がせてもらえると思うほど、ハルナもニーナも思っていないのだから。
「次弾装填まで、20秒」
「ありがとうございます、ハルナさん。──それだけあれば問題ございません」
再度、ニーナは握った銃を構え直す──。
先ほどのシオリが渡したリボルバーの反動もあってか、多少の手の痺れが残っているが、アサルトライフル程度なら問題ではない。
閃光をするノズルフラッシュと、その度に散る火花。
──牽制は十分。あとはその引き金を引くだけだ。
──散る。
人の命を奪う感覚は、爆発と共に消え去った。
手に残るは、銃器の引き金を引いただけの感覚だけ。
冷徹なまでのニーナの心に、人殺しの罪過なぞ温過ぎるのだった。
「──死ね、死ねぇ! この怪物共っ!!」
瞬く間に、仲間であった車両が無残なカタチで、その生を終えていた。
彼の、その憤怒忘れるものかと手に掛けた銃の引き金が、──引かれる事はなかった。
「──がぁぁぁぁ!?」
「──あーちょっと遅れたか。大丈夫かー三人とも!」
車に着地をした人物は、その勢いのまま運転手であった彼の腕を刺し落とした。
その正体は、引き抜かれた剣が月光と共に姿を現す。
そして、雲の隙間から漏れだす月光射が、彼女の姿を露わにするのだ。
「「──レオニオルさん!?」」
本来、この場所にいる筈もない彼女の姿──レオニオル・グレイシスがそこにはいた──。
シオリもニーナも、そしてハルナも“カンパネラ”に行くとは一言も言っていない。精々言ったのが、そこで驚いた表情をしているハルナと断ったアカリだけだったのだから。
しかし、関係の浅いニーナとハルナが間違えても、それなりに長い関係を結んでいるシオリが見間違える事はなかった。
「──っと。シオリ、お前も災難だったな!」
「……危ないからさっさと車の上から降りてきてくれ。丁度、助手席が空いているから」
「それは丁度いい。しかし、お前の運転なんて久しぶりだな。“ノゼルバーグ”以来か?」
そんなやり取りの元、シオリの運転をする装甲車の屋根の上から、その身のこなしでレオニオルは助手席へと降り立った。
そして如何やら、後続車に敵影は存在せず、ニーナとハルナも再度自身の席へと身を降ろした。
丁度この装甲車は四人乗りなだけに、少しだけシオリは気になる事があった。
「──それよりも。レオニオルはどうして此処に? カグヤさんとカノンさんは?」
「丁度、突入任務が終わった後にアカリに会ってな。それで、“カンパネラ”行くって聞いたから、バイクでこうギューんと」
「そう言えば、ハルナさんを連れて行くって、アカリさんに言っておいた」
「それとカグヤとカノンは、学園都市アークで留守番。流石にアイツ等を連れて来る訳にはいかないって」
確かにレオニオルは、バイクの運転ができても車両の運転は苦手だった筈だ。
またカグヤとカノンは、バイクや車両の運転がどれほど出来るか知らないけど、元々乗り慣れてでもいなければ、良くてペーパードライバーと言っても過言ではないだろう。
「──しかし。どうにか追手は片付けられましたねー」
「ところで。アイツ等は、一体何だったんだ?」
「多分、『レヴァレイン』の連中でしょうねー。特徴的なあの紋章は、『レヴァレイン』にとってシンボルみたいなものですし」
「一介のテロリストが、最新鋭の装備と訓練された構成員、と。──誰か、『レヴァレイン』が襲って来た理由を知らないか?」
そんなシオリの問いに、この車内にいる誰もが解答を知らなかった。
ニーナとハルナは一瞬、夜中の会合関係かと思っていたが、そうするのならば彼女らはシオリを疑わなければならない。それは、これまでの行動ややり取りから、あり得ないと理解している。
その筈がある訳がない。
「──ん? あれは」
思循する中、一人だけ装甲車を運転していたシオリだけが気付いた──。
先ほどから気になっていたのだが、シオリたちの車両の少し前にキャリーカーが走っていた。勿論、何か特別な車両でも銃撃が飛んでくる訳でもなかったのだが、少しだけ気になっていたのだ。
「──人か」
だが、その杞憂は現実のものとなる。
キャリーカーの荷台に乗っている車両の一台から、一人の人物が現れた。
草臥れたスーツに顎には無精髭を生やし、手には一振りの日本刀を携えている人物。何処にでもいそうな人物でありながら、その種族を窺い知れる事はない。
「……はぁ。面倒くさい仕事だ」
「「「「──っ!?」」」」
その瞬間、シオリたちに戦慄が奔る──。
何を予感した訳でもない。
ただ、第六感に近い何かが、彼女等を突き動かしたのだ。
──一閃。
──斯くて、最新鋭の装甲車が一刀の元、両断されたのだ。
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お疲れ様です。
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