第12話『スコープ越しに見える荒野(Ⅰ)』
彼は、所謂成り上がりと呼ばれる人種の一人であった──。
つまらない日常、その脱却。
彼が足を踏み入れた界隈は、麻薬や人身売買までも扱っている、グレーを通り越して常闇と言っても過言ではないほどにブラックだった。
「──クソがぁっ!?」
そしてその中で、彼はその非才に憤りを感じながらもなり上がって行き、支部長にまで到達したのだ。
その中で彼は、上司に気に入ってもらえるよう仕事をこなしていった。
だがそれでは、何も変わらなかった。彼よりも仕事をしない奴等が上へと上がっていくのを何度だって見てきた。
──その時気付いたのだ。
そしてそれからは、脅威になりそうな同僚を仕事上で消したり、これから伸びていきそうな上司に対して賄賂を贈ったりもした。
「──クソっ!? 何でこんな。何でこんな目にっ!?」
だが、そんな出世街道をひたむきに歩いてきた彼ではあるが、今現在史上最大の困難に瀕していた──。
最近、クルシュカ共和国に流していた麻薬が、まさかあの学園都市アークに流れ込むなんて思ってもみなかったのだ。
正直な話、クルシュカ共和国の上層部と組んで下級国民に売らせ、その依存性の高さによって荒稼ぎをするつもりだった。実際、それでかなりの額を稼いだし、それが定期的に続くとなれば上層部の一人となる事なんて不可能じゃない。
「(──学園都市アークに流れるのは不味い。下手したら国家との戦争だ! 間違いなく、俺は切り捨てられられる)」
学園都市アークと言えば、ファディアス大陸においても有数の軍事国家の一つにして有数の経済国家の一つだ。
特に恐ろしいのは、指示一つでファディアス大陸すらも変動させると言われている
片や、大陸有数の軍事国家にして、繁栄と栄光を極め続けている近代国家を運営する統治者たち。
片や、一人で各国の一大隊以上の戦果を出すであろう
本来、あまり各国の問題に積極的に介入する事はないと聞くが、それは部外者だからだろう。当事者の一つとなった際は、それこそ苛烈なまでの大立ち回りを見せるらしい。
「──治安維持局だ! 全員、武器を捨て膝を折り、そして両手を頭の裏で結べ!」
「──ちぃっ!? もう来やがったか! しかも、治安維持局かよ、クソがっ!?」
しかも、学園都市アークの中でも主力部隊の一つとして謳われている“治安維持局”と呼ばれている部隊だ──。
基本彼等は、主に学園都市アークの防衛や治安などに勤めるらしいが、まさか此処までお出ましとは。
彼の部下程度では、碌に時間稼ぎにすらならないだろう。
「……──タイプリミット、か」
まだまだ集めておきたい資料や物が転がっているが、今逃げ出さなければ“治安維持局”に捕まる事は間違いない。
逃げ切ったところで、組織の連中から厳しい沙汰を下される事は確定している。
だが、生きていれば何とかなると、──それをよく彼は知っているのだから。
「……──あ゛?」
突然の衝撃──。
無意識下で動かした彼の手は、彼自身の体をまさぐり、──そして血がべっとりと付着している。
「──っがぁっ!? そ、狙撃、──か」
力なく膝を折る彼の運命は、既に決定している。
彼が力なく倒れ伏した血だまりから、箒星のように血飛沫がただただ模様を描くだけだった。
♢♦♢♦
『──
「──逃げる時は、逃走先に敵がいるかの確認は重要ですよー」
「まぁ、流石に私たちがやらなくても、当の“治安維持局”の人たちが追いついてたと思うけど」
「そこは任務だから、と思うしかないですねー」
「任務だからかー」
スコープ越しに見えるは、血塗られた惨状──。
そんな惨状に対して特に何を思うでもないのは、銃という引き金一つで人を殺せる武器故か、それともその程度で揺らぐほど甘い感じでこの場にいないからか。
「……──あ。向こうは終わったって、レオニオルから連絡が来た」
「やっと終わったかー。後は残党狩りかな」
「そっちに関しては、向こう《治安維持局》の仕事と」
「──やったー!! 定時上がりサイコー! ……で、レオニオルの奴とカノンの2人はどんな感じ?」
「その二人は、“治安維持局”の人たちと残党狩り《残業》ですね。あの二人、突入部隊にいましたから。それと、裏口からの突入部隊のカグヤさんも同様ですね」
「まーそれもそうかー」
そして、そんな感じでシオリとニーナは、自分たちの後片づけを終わらしていく。
特にシオリとニーナの2人は、他の部隊──レオニオルとカノンの2人とカグヤとは別行動を取る事が多かったため、仮拠点に行けなかった。
おかげで、こうしてシオリとニーナのいる建物の屋上に通じる踊り場に設置してある仮拠点の後片付けが、現在進行形で面倒くさいのだが。
「……ボルトアクション式。それも、最新式の型か」
「まぁね。狙撃任務だけだったらどっちでも良いけど、別にそれだけじゃないから。相手と相対する事だってあるし」
「──ところで。そっちは銃剣の付いたリボルバーなんて、ホント珍しいものを使って、替えとかはあるの?」
「別に、コレがメインって訳じゃないし」
「……足、引っ張んないでよ」
「──引っ張るつもりはないさ。
「──ところで。さっきから気になってたんだけどさー。その画面の中の彼女、滅茶苦茶スポッターとして活躍していたんだけど。何者?」
『こんにちわー! いつもお姉がお世話になってます!』
「……電子系の
『そこは、守秘義務です♪』
やり取りを交わしていくうちに、どうにか粗方の撤退の準備は整った。
さっきの通信機からの連絡を聞く限り、向こうも掃討戦は終わったみたいで撤退の準備をしているだろう。
「──そう言えばさー。今朝カグヤさんを見たんだけど、調子悪そうだったよね。何かあったのかなー?」
「……さぁ」
「そう。何かお見舞いの品でも買った方がいいかなー。今日の放課後って空いてるー?」
「空いてはないけど、寄り道させてくれるなら」
確かに、今日は定時どころか早退すらも出来る現状は、日々の生活の中でもとても貴重なものだったりする。
別に、休日に外出をすればいいという話であればその通りだ。
だが、こう会話しているニーナは恐らく、薄々とではあるが最近休んでいるカグヤが何かしらの不調を抱えている事を理解している。
そしてシオリは、その事について赤裸々に話すつもりはない。
その妥協の結果、ニーナはシオリをショッピングに誘っている訳だが、それに対して当のシオリはそれなりに理解と納得を示している。
「──よーし! ちゃちゃっと後片付けを終わらせて、ショッピングにでも洒落込みましょう!」
/13
この辺りだとクルシュカ共和国が近くにあるらしいのだが、あそこの国は最近きな臭い──。
政府上層部と下級国民とで対立が起きていて、政治不信が起きているみたい。武器関係の輸出も盛んみたいだしで、最悪革命かクーデターが起きても何らおかしくはない。
あとあそこの国は、“ノヴァニウム鉱脈症”患者を露骨に差別していて、たとえ学園都市アークの学生手帳を持っていても時間がかなり掛かるのがかなり問題だ。その上、確実ではないし……。
「──そう言えば。ハルナさんも、付いてきたんですねー。前に模擬戦の時のトラップと狙撃は見事なものでしたよ」
「よ、よろしくお願いいたします……」
「“カンパネラ”に行くって話たら、付いて行きたいって」
「ふーん。まぁ良いけど」
なのでシオリとニーナそれとハルナの三人は、貿易港の一つとして有名な“カンパネラ”を目指して、車を走らせる。
あそこは、各国各港との貿易が盛んで、異国のものから有名なものまで色々と揃えられる。流石は“世界各国の物が揃っている”の謳い文句は伊達じゃない。
ちなみに“カンパネラ”は、学園都市アークの運営する貿易港と言うだけあって、国境間の厳しめの検閲などはされなかったりする。
ただ勿論、身分証の確認などをされたりもするが、それはアーカディア学園の学生証を提出すれば問題ではない。
「──そう言えば。勢いで此処まで来ていたけど、カグヤさんの好きなものって何か知ってるー?」
「好きなもの……。結構お洒落なものが好きだったと思うけど、具体的には……」
「はー、使えませんねー」
「……使えないって言うなら、何か良いものでも知ってるの」
「うーん。何が良いんでしょうか?」
そんなこんなで、結局シオリとニーナは、適当なものを買って帰路に着こうとする。
如何やら、ハルナの用事も終わったみたいで、丁度集合場所でばったりと会う形となった。
一応明日は、今日が受業であっても任務の一環として計上されているため実質休養日となっているが、流石にその次の日は普通に辛い授業があるので、文字通り休養のためにもさっさと帰りたいところがある。
「──あ、もう外は暗い感じ」
「夜間決行はちょっと厳しいかもですねー」
「……思ったより時間が掛かってごめんなさい」
──しかし、いつの間にか日は暮れて、夜だったりする。
シオリとニーナが建物の外に出て見れば、辺りは暗闇に包まれていて街灯が仄かに、眩いほどに光っている。
それでも走行をするだけなら、大した問題ではない。
だが、城壁の外に行けば“キャンサー”がいて、キャンプをする事はそもそも不可能だし、走行するだけでもかなりの危険が付き纏う。実際、夜間決行をしようとする馬鹿が何人も死んでいるのが現実だ。
「──それで。ホテルか何かを取るつもりですかー? 正直言って、かなり手持ちが危ないんですけど」
「立て替えておくので、後で振り込んでおいてください。今日の任務の報酬が、多分入っているでしょうし」
「……奢りじゃないのー?」
「私もお金あんまりないので、ちゃんと払ってくださいねー」
「ケチー!」
「わ、私が払いますっ」
「いや、冗談だから。冗談だから、カードを出さないでくれる」
車通りがそれなりにある夜道に、シオリが運転する自動車が走る。
その厳つい見た目は、それなりに目立つと思っていたのだが、ちょっと拍子抜け。 流石に港町という事も相まって、装甲車が走るばかりか、普段使いらしき乗用車もそれなりに防弾性の装甲があるものばかり。
「(──やっぱり、この道はいいなー!)」
夜道百計に選ばれているだけはあるというものだ──。
久しぶりと言うだけあって、シオリは何度かこの辺りを走った事がある。
故に、それなりにこの辺りの地形と建物は一通り覚えていたりする当のシオリ。ホテルや夕食が食べれるところを知っているだけに、変に安い噂の店に当たらない事を祈るばかりだ。
「──珍しいですね、伝書鳥なんて。滅茶苦茶器用に、空いている窓から入ってきたんですけど」
「……──ちょっと待って。もしかしてその子、足に何か筒みたいの付いてるの?」
「おや、よく分かりましたねー。滅茶苦茶艶の良い黒鳥の足に筒が付いていて、その中に手紙があるっぽいですね」
なるほど。
とはいえ、今は悪い。
シオリの情報網をあんまり漏らしたくないというのもあるのだが、アイツにニーナを合わせたくない
しかし、もしもそれがシオリが前々から頼んでいた調査の結果報告であれば、今回の件に関して、かなりの情報となる事だろう。
「(──まぁ、しょうがないか)」
「──ニーナさん。先に行ってホテルのチェックインしておいてくれませんか」
「あれシオリさん。何か用がありましたっけー?」
「……ちょっと、ね」
「もしかして。さっきの手紙に何か関係があるのですかー?」
そんなこんなでシオリとニーナとハルナの三人がたどり着いたホテルは、可もなく不可もなくといった塩梅なところだった。
設備に関しては、それなりに快適に一日は過ごせるだろう。
シオリは前にこの辺りに来た事があるからしていたのだから知っているが、此処ら辺の格安宿は本当に最悪な場所なのだ。風が隙間から吹き込んでくるし、扉の鍵は簡単なピッキングで開けられる程度のセキュリティーだ。
正直、あーれーな事をしてくださいと言っているようなもの。
前にあそこに泊まった人を知っているが、深夜に侵入をしてきた人を例外なく一触もなく血祭りに挙げた上で、賠償金をぶんどったと言っていた事を覚えている。実際、彼女なら容易い事だろう。
さて、そんな話はさておいて──。
何だ感情を読めなさそうでふわふわとしていたニーナだったが、カグヤや模擬戦の時にも思ったのだが、相変わらず何処か鋭さが残る印象だ。
本当に教えて良いのだろうか──。
「──シオリさん。何か悩んでいますね」
「……」
「それを態々追及しようなんて思いませんし、行う義理も理由もないです。だから私は、そこで起きる事に目と耳を塞ぎましょう」
「あ、私も。私も大丈夫です」
言葉だけ、だ。
言葉だけの信用が如何に脆い事を、シオリはよく知っている。
知っているからこそ、信頼ではなく信用なのだ。
だからこそシオリは、ニーナとハルナの二人の言葉を信用しようと思うのだ。
「……──あぁ。少しだけ、用事があるから一緒に行かないかな」
/14
シオリが指定された場所は、所謂“喫茶店”と呼ばれるところだった──。
アイツの事だから、正直バー辺りを指定すると思っていたが、その辺りの自重を今は効いているらしい。
「──此処か」
シオリは、喫茶店『ノーベンバー』の扉を開く。
扉の前には休業中と書かれているだけに、普通の客の類は何処にもいない。
そして、それは予定調和だと云わんばかりに、この店の店長の姿とシオリを待っていた招かれざる客の姿が、そこにはあった。
「──よっ! こうして面と向かって会うがは数年ぶりか!?」
「……おい、酒臭い。喫茶店でお酒を飲むなんて相変わらずマナーがなってない」
「別にえいろう。酒を飲む時は、明一杯飲むものや。此処は昼間は喫茶店で、夜はバーながやき。あー店長そうやったよなー!」
「──えぇ。ですが、吐くようでしたら、叩きだした上で損害賠償請求をさせて貰いますので」
「そちらの方はー?」
「ん? ワシの名は、渡辺・H・テツローや。よろしゅうな」
「……これはどうもご丁寧に。ニーナ・グラディウスです。よろしくね」
「あ、緋奈之ハルナです。……よろしくお願いします」
そう名乗った彼──“渡辺・H・テツロ―は、日本酒を片手にシオリとニーナ、ハルナの三人の前に歩みを進めた。
一見して、酔っ払いによくある千鳥足。
その上で、こうして歩みを進めるというのだから、その頑張りをもっと他に生かせなかったのかと思うばかりだ。
「……──あーそれで。お宅の局長とやらは、一体何処にいるんだ?」
「……。おー! 確か、さっき喫煙所に行くって言い残いてな。呼び出すき待っちょってくれ」
そう何処かの方言混じりで言い残して、スマホから連絡を付けようとする。
──いやあれは、スマホではない。
確かに、見た目上はスマホと呼ばれる通信機器と類似しているが、細かいところが違っている。勿論、シオリが見た事ない機種である可能性も否定できず、ただただ彼女自身の胸の内に仕舞うだけだ。
あと、特に問題はなさそうと付け加える。
「──すぐそちらに行くき待っちょってくれと、電話を切きおった。ちっくと待ってくれんか」
そして、如何やら向こうの連絡も取れたみたいだ──。
喫煙所に行くというだけ、シオリの言う局長とやらは、かなりのヘビースモーカーだったりする。
ただ勘違いして欲しくないのだが、局長とやらは、煙草や葉巻などが好きなだけであって、依存症とやらではない。任務の前などの禁煙などは出来るし、そもそも安っぽい煙草や葉巻を吸うようなタチではない。むしろ、高いブツを嗜好品がてらに吸うタチだ。
「──やけんど、また面倒な依頼を寄越しやがって。面倒くさい事この上ないねや」
「“万事屋”を名乗る以上、それなりに依頼をこなしてもらわないと。それに、前金はそれなりに払ったでしょう」
「まぁ受けんと良かったとは言えんなぁーっとぉ!?」
千鳥足であったにも関わらず、その歩みはしっかりとしたものだったが、突然テツロ―が体のバランスを崩して前のめりに倒れようとする。
そして、テツローと会話していた当の本人であるシオリが、その目の前にいるのは当然の話で。
背の高さから、160後半に170前半が覆いかぶさるような形で。
「──痴漢死すべし、慈悲はない」
「──ぐぼぁ!?」
「シオリさーん大丈夫ですかー?」
「あわわっ!?」
「お待たせして済まないね。……それで、一体玖帳さんの足もとでテツロ―さんがのびているのは、一体どういう事かな」
/15
「──っと。自己紹介がまだだったね。僕の名前は“桐生リュウイチ。よろしくね」
「どうもご丁寧に」
「あ、ありがとうございます」
それからしばらくの事だった。
テツロ―を介抱していた上に、何やら用意するべきものでもあったのか。少しばかりの時間を有した。
そして、三者が店長の案内によって席に着席をする。
メニューも出されている事から、使用料は別に注文で払ってほしいみたい。
シオリとリュウイチは、何度かシオリの方が依頼していた事もあってか、何度目かとなった再開の言葉を交わす。
しかし、ニーナとハルナは初対面であるため、リュウイチは己の自己紹介をする。その上で、ちゃっかりと名刺を渡すのだから、相変わらず余念がない。
「──“桐生万事屋”。万事屋っていうのはー?」
「あぁそうだったね。この辺は同業者はあまりいないから、つい忘れていたよ。万事屋っていうのは、所謂探偵業みたいなものだね。夫婦の素行調査や世論誘導から、国家機密とか。まぁ流石にその辺りになると、お互いに相応の覚悟をしないといけないけど」
探偵業を営んでいるというリュウイチの姿は、何処か浮世離れをしているとの実感を受ける──。
黒いスーツに黒色のサングラスを掛けている。隙間から覗くは、おそらく白のカッターシャツ。その癖、艶のある青み掛かった黒髪を遊ばせている。
片方だけなら、まだ何処にでも良く見る他人と似ているとの感想を抱くかもしれないが、その両方ともなればその違和感が違和感なくそこにいる。それはまるで、複雑な凹凸が重なり合ったような印象を受けるのだ。
「それと。さっきはウチのテツロ―がごめん。別に彼には悪気があった訳じゃないから。後で何割かの値引きをさせて貰うよ」
「……その話は、調査結果を聞いてからでいいかな」
「あぁそうだね。ウチの万事屋は、基本価格変動が激しいからね」
「──単刀直入に言うと、クルシュカ共和国は麻薬に汚染されていて、今にも革命が起きそうって話かな」
そして、当の万事屋を営んでいるリュウイチは、この物騒な世界でも一際物騒な単語を呟いた。
「──か、革命ですか!?」
「ハルナさんだったっけ。あの辺りは最近、麻薬の流通量がかなり大きなっていってね。その国民の殆どが重度の麻薬中毒になっていたんだ。ちなみに、麻薬の種類は動脈注射のタイプだね」
「ですがー。それだけでは、革命が起きるというのは些か言い過ぎなのでは?」
「あぁ。それだけだったら、僕も玖帳さんに麻薬が蔓延している程度の話で終わらせるつもりだったよ。でもね。そのクルシュカ共和国の中でも、麻薬が蔓延していない場所が偶然にもあってね。それが、上級区と呼ばれる区画なんだ」
「……──なるほど。それで、麻薬に比較的汚染されていないレジスタンスが、その真実を知った、」
「相変わらず、話の理解が速い。おかげで、今現在クルシュカ共和国は原因不明のテロが多発しているという感じかな」
シオリとニーナは、クルシュカ共和国がきな臭いと思っていたが、まさかここまでとは──。
麻薬による汚染に加えて、国上層部への革命。
とはいえ、軍事があまり大きくないクルシュカ共和国ではあるが、レジスタンスが相手するのは一国の軍隊だ。秘策でもなければ、そうそう勝てる話ではない。
綺麗事なぞ通用する筈もない──。
そして、その当事者でも関係者でもないシオリたちは、そもそも革命に関わる話ではないのだ。
「──それで。シオリさんは一体、こんな厄ネタを調査させたんですかー?」
調査結果の書類を受け取り一通りの話を聞き終わって、ニーナはシオリに対してそのように質問をする。
その質問は、分かっているが故だ──。
これまでの話を聞いた結論を、当事者の一人であるハルナにも聞いて欲しいからだろう。
「──前に──入学式の時に、ちょっとした暴動があった」
「噂の範囲でしたら」
「その時私にその場にいたんだけど。一人、注射を打って“キャンサー”になった人がいたんだ」
「“キャンサー”に変貌するなんて、そんな事あり得るの!?」
「調査結果にも書いてある事だけど。一応、調査をした張本人に聞きたいんだけど、結果は?」
「──適合率は、99,9%。十中八九、同じものと思っても良いよ」
そのリュウイチが発した言葉の意味は、学園都市アークに住むシオリたちにとって、あまりにも大きすぎるものだった。
詰まる話が、一国の国民全てが“キャンサー”となって、様々な場所を襲撃する可能性があるという話だ。
人的被害は勿論の事、経済的被害も馬鹿に出来ないものだろう。
「──ワシは天才や。『雪豹』なぞに負けん。ワシは天才ながや。……吐きそうながやけんど、お手洗いは何処や」
「……──コイツ。もう一度殴った方が早いのでは」
「本当にごめん。後で言い聞かせておくから」
/16
そんなこんなで、かなり夜が更けてきたため、シオリたちは喫茶店『ノーベンバー』を後にする──。
町の明かりで星々は見えないが、それでも綺麗な夜空に違いない。
ちなみに、あの後酒に酔っていたテツロ―がお手洗いで吐いていて、リュウイチはその付き添いをしているらしい。どちらも、何処か浮世離れしている美男であるが、そういうところは俗物的みたいだ。
「──シオリさん。この後はどうしますかー?」
「まぁ、もう夜ももう更けているし。明日に備えてさっさと寝ようと思っているけど」
「そうですかー」
そんな夜道帰り道。
シオリとニーナは、日中の調子のままに会話をするが、ハルナは少しだけ暗めだった。確かに、あんな重要な情報を聞いて、すぐさま学園都市アークに戻りたいと思う気持ちもあるが、その帰り道はあまりにも危険すぎる。
特に、此処ら辺は城壁で囲まれているが、その城壁の外に出れば“キャンサー”が闊歩する世界だ。
昼間だったら遠目で確認し会敵を避けるのだが、夜間の暗く視界が悪い中では殆ど運任せである。
夜間強行なぞは、愚の骨頂であるのだ。
「(──桐生さんが最後に言っていた言葉)」
だが、そんな普段の調子のまま会話をするニーナであったが、内心何処か気持ちが暗めだった。
帰る時の事だ──。
シオリとハルナが、さっさと喫茶店を後にしようとし、当のニーナもそれに続こうとした。これまでの会話からシオリは、酔いつぶれていたテツロ―の介抱にリュウイチが付き添っていたと理解しているが、少しだけ違う。
その前にニーナは、リュウイチに一言話し掛けられたのだ。
『──君にとって洗濯物を干して乾かしたと思っていたけど、まだ随分と湿気っていると思うけど』
耳に残る残響は、今だ雨の中。
降りしきる雨の中に佇む者は、一体誰だ。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます