第11話『無智は罪なりし者(Ⅱ)』

「……──よ、ようやく終わった」


 あの後、どうにか買い物を終えたシオリとカグヤは、広場の上部の階の席にて休憩をしていた。

 広場と言えば、最初にシオリとカグヤが待ち合わせをしていた場所と、まったくの同じだったりする。

 中央に大きな噴水があって、その周りには休日の余暇を過ごす人々が座れるであろう、長椅子が散在していて。そして、広場の一番外側には、食べ物などを変える売店があって、他にはお洒落な喫茶店などが立ち並ぶばかりだ。


「──シオリさん。今日は色々と買っちゃいましたね」

「……ちょっと、お金使い過ぎたかも」

「あはは……。あの後シオリさん、色々と買いましたもんね」

「カグヤさんが、開闢祭イナグゥラティフェスティバルの件で、私に色々と服を買わせましたから……」

「そう言うシオリさんも、随分と乗り気だったじゃないですか」


 そんなやり取りをしつつ、シオリとカグヤの2人のショッピングは、佳境を通り過ぎて終わり掛けている。

 そろそろ、日が沈みそうなので、別に早すぎるという訳でもない。

 それに夕食を外で食べるという行為も確かに存在しているが、二人共思ったよりも散財し過ぎたため、此処ら辺が財布の紐の引き締め時だというのは間違いないのだろう。


「……ちょっと喉乾いたし、飲み物買ってくるつもりだけど。何か欲しいものある?」

「じゃぁ、レッドウインターを一つ。あ勿論、後でお金払いますからね」


 そう言い合って、シオリとカグヤは一旦の別れを告げた。

 シオリが向かったのは、所謂自動販売機と呼ばれる機械。

 色々な飲み物が売っているらしく、かなり色々な飲み物や軽食、果ては弾薬や手榴弾までもが揃えられている。

 ちなみに、などにも配慮されているみたいだ。



「──カグヤさん。飲み物買ってきましたが……」



「……」



 シオリが声を掛けたというのに、当のカグヤは気付いていない様子。

 そんなカグヤの視線の先には、お世辞にも清潔や身だしなみ、又綺麗という言葉とは無縁な所謂と呼ばれる人物等──そのだった。

 そして、シオリがカグヤの肩を叩くと気づいた様子で、此方へと視線を向けた。


「……──シオリさん。あの子ってもしかして」

「……見ない方が良いと思いますよ。善悪どうであれ、ですから」


 汚れているのは当たり前で、それどころか所々破れている。

 そして、煤けた紺色のワンピースからは、肌色の足が見え隠れしているのだ。

 だが、そんな傍から見れば憐憫の対象である子供を見ても、誰もその子を助けようとしない。それどころか、まるでとして見ている。



「──“”」



 そう、致死率100%の死の病。

 その上、シオリやカグヤたちのように、日々検査を受けていて“特別許可書”と呼ばれる物を所持をしていないだろう。

 その証拠に、学生書を持っていない。

 故に、目の前にいる“ノヴァニウム鉱脈症”患者である子供は、特別な力を持った特質者ではなく、ただただ死の病を撒き散らす病原菌なり。



「──感染者だ。感染者だっ!!」



 その言葉が皮切りだった。

 学園都市アークに住まう学生等は兎も角として、此処で働き生活している人たちが全員が“ノヴァニウム鉱脈症”の患者ではない。

 誰だって、絶望の果てに死にたくないものだ。

 故に、正常な者としていたい彼等は、ただただこの場から逃走を図る。


「……ふぅ。折角の平和な休日だって言うのに、まさか感染者の子守りをさせられるなんて」

「ホントそれ! パフェで写メ取って挙げようと思ってたのに、最悪な一日になっちゃったよ」


 そして、この場に残ったのは、同じく“ノヴァニウム鉱脈症”患者でありながらも、その存在及び人権を認められている学園都市アークの生徒たち。

 そこまで数は多くないものの、ただの非力で無力な子供が、銃を手にした彼彼女等から逃走する術なんて知る由もない事だろう。


「(──。まるで対比みたい)」


 生きる事を否定された者の末路なんて、碌でもないものだ。

 そのまま銃殺か絞殺刑に処されるならまだ良い方で、最悪実験体としてその生涯を、迫害された者のために消費される。


「あ、逃げて行った」


 そんな、シオリの視線の先には、どうにか逃げ出す子供の姿──。

 その体の小ささを利用して上手く逃げているみたいだが、それも時間の問題だ。

 そもそも、学園都市アークの生徒たちに殺すつもりがないから逃げていられるのであって、おそらく多少の欠損程度だったら許可されている筈だ。

 故に、彼彼女等が本気になったら終わり。

 最初から、領域を犯すような不埒者に、許される事なんてないのだから。



 ♦♢♦♢



 最初は、本当に好奇心だった──。

 スラム街という、本当に閉鎖され、希望なんて何処にもない場所だ。

 そこに住む彼彼女等の殆どは、経済的に困窮している者や種族的に差別されて迫害されたもの。果ては、“ノヴァニウム鉱脈症”に罹った患者など、幅広いが集まっている。

 学園都市アーク内に、憤怒の気持ちがないと言えば嘘になる。

 だが、本来ならば彼彼女等のスラム民のような人たちは、文字通り処理をされても文句は誰にも応えてくれない。


「──っ!? はぁはぁはぁっ!!」


 だが、自らの生命を脅かされて、初めて自らの出生と、世界の不条理を呪った。

 しかし、何も出来ずにただただ逃げ惑うしかないスラム民である子供に、果たして一体何が出来るというものだ。

 ──出来る筈もない。

 ただただ、今日もどうにかして生き残る他ないのだ。


「──おい! こっちに行ったと思うんだが」

「さぁ、誰ともすれ違わなかったですけど。もしかして、さっきの騒ぎの?」

「……あぁその重要参考人を探していて。そっちもそんな感じか」


 息を殺して、その二人のやり取りを聞いていた。

 心臓が痛いほどに鳴り響いて、取り入れる酸素の量が極端に減って、意識が朦朧としだす。

 だからこそ、話の端々しか理解できないが、それでも二人共が自分を探しているのだけは理解しているつもりだ。


「──じゃぁな」

「えぇ、そっちこそ」


 如何やら、一難は去ってくれたらしい──。

 その事実に一度は安堵するが、それでもまだ尚危機的状況に変わりない。

 そして、その危機的状況の原因が、かという複合的一点に尽きる。



「──っ!」



 背筋が冷たくなるのと同時に、突然口を塞がれた。

 声も挙げる事を許さず、抵抗しようにも完全に裏で関節を極められていて、身動きする度に激痛が奔る。

 肩を外して無理矢理にでも逃げるか。

 いや、関節を極められているのは、何も肩だけではない。おそらく、肩の関節を極めるのと同時に、腕の関節の抑制までしている。

 もしもこの事実を理解できずに逃げ出そうとしていたら、あまりの激痛に動けなくなっていたに違いない。


「──こんにちわ。今日は良い天気ですね」

「……」

「無視、ですか。まぁ予想通りと言えば予想通りですが」


 この声には聞き覚えがあった。

 先ほど、スラム民である自分自身を探していた声とよく似ていた。

 なら、やるべき事は一つだけだった──。


「──っ、シオリさん。何を!」

「何を、って。多分コイツ、関節を二か所以上決められて身動きが取れないのに、逃げ出そうとしてたんだよ」

「──っ!?」

「ある程度外し方に慣れていたら話は別だったけど、動きを見るに全然慣れていなさそうだったから。放っておいたら、多分右腕全部が駄目になってたと思うけど」


 必死の逃避行。

 自傷と後遺症を前提とした逃走。

 だがその全ては見透かされていたらしく、喉元を掴まれた先は、血管上を掴まれ、碌に動けそうにない。

 だが、それでも抵抗を止める理由にはならない!


「あー。別に私たちはお前を捕まえに来た訳じゃないんだけど」

「──っ、そうですよ。だから、大丈夫ですからねー」


 何を、言って、いるのか、分からない。


「──そんな事言って。そんな、訳、ないっ!」

「だってさ。どうする?」

「うーん?」


 本当に、悩んでいる姿を見せる、シオリと呼ばれた青み掛かった白髪の彼女と、髪の彼女。

 ──信じても良いのだろうか。

 そもそも捕まえるのなら、さっきの拘束ないし適度に痛めつければ、それで終わっていた話だ。そっちのシオリと呼ばれた彼女は、色々と気付いていたみたいだし、それも不可能ではない。

 それでも不信感が募るのは確か。

 だが、それでも捕まえようともせず応援を呼ぼうともせず。

 その理由を、今だ知らずにいる。


「──あっ! これ飲みます?」

「……何、これ」

「えっと、ですけど。あ、つまらないものですが」


 そう言うカグヤであったが、何もその“ただの水”とやらは、そう──。

 つい、学園都市アークでの生活で忘れそうになるが、このファディアス大陸において、だ。中小国において水資源の取り合いによる戦争は度々起きているし、大国の類でもなければこのような綺麗な水が手に入らなかったりする。


「──あ、ありがと」


 特に、学園都市アークみたいに、飲料水ともなればかなりの貴重なものとなる。

 それがたとえ、飲料水が自動販売機などで売られている学園都市アークであっても、スラム街の人々にとって綺麗な水は、同じく貴重なものなのだ。

 それ故に、少し距離が縮まったのは、道理であった。


「……──っ。……──っ。……──美味しい。水って、こんなに綺麗で美味しいものだっけ」


 その子供にとって綺麗な水とは、短くともその人生において、一度だって見た事がないものだった。

 いつもは、何処かの酔狂な人が設置していった浄水装置で、綺麗にした水を飲んでいた。勿論、そう機能に優れている訳ではなく、多分型落ちの中古品で、それでも十分に美味しかった筈だ。

 ──だった。

 透き通るほどに透明な水を見た事がなくて、昔に一度だけ食べた腐り掛けの果物よりも美味しいものを、飲み食いした事がない。


「──カグヤさん。多分その子、この辺りに潜伏しているのはバレているみたい。さっきから、この路地裏辺りを学園の生徒たちが歩きまわっている」

「あ、そうですか……」


 だが、その儚い時間は唐突に終わる──。

 シオリとカグヤが一度はとぼけたのだが、良くも悪くも運が悪くて見つからなかったとの結論に至ったのか、どうにも各学園の生徒等が歩きまわっているらしい。

 見つかるのは、時間の問題だろう。


「……──さっさと逃げた方が良いと思うよ。この道を曲がった先の狭い路地を抜けると、多分見つからずに行けるから」

「──っ!?」

「……あぁ、。別に他人に言いふらす趣味はないから」


 顔を青くする子供と、何かを気にした様子ではないシオリ。それと、何を言っているのか分かっていないカグヤ。

 基本的に学園都市アークは、高い城壁に囲われていて、今現在シオリたちがいるのは“常闇街”と呼ばれる区画だ。

 そしてそんな“常闇町”には、城壁の外に広がっているスラム街とを繋ぐ、通路が存在していた。

 だが、シオリたちの言うは、どうにも違うみたいだ。

 とはいえ、シオリ自身の言う通り言いふらすつもりなんてなく、事態を全く知らないカグヤはただただ取り残されるのだが。


「──すみません、色々と」

「そう言う時は『すみません。』じゃなくて、『ありがとう。』の方が良いと思うよ!」

「──あ、はい! ありがとうございます!」


 先ほどまでの敵意と怯えた表情は、一体何処へ行ったのやら。

 すっきりとした笑顔で、その子供は答えた。

 そしてシオリとカグヤは、そんな後ろ姿が小さくなっていくペットボトルを持った子供を、ただただ見送るだけだった。


「──シオリさん。何か我儘言ってすみませんでした」

「カグヤさんも言ってたじゃないですか。こういう時は、『すみません。』じゃなくて、『ありがとう。』って」

「あはは。そうでしたね。今度会った時に今の事を知られたら、笑われてしまいそうですね」

 

「──ありがとうございます」


 晴れやかとは到底言えない帰り道──。

 所謂、差し込む光が届かない場所であっても、仄かに光る灯ぐらいはあっても良いと思うのだ。



 ♦♢♦♢



 翌日、シオリは通っているアーカディア学園へと登校をする──。

 昨日が丁度休日だった事もあって、昨日の夜は碌にニュースやラジオを見聞き出来ない程度には忙しかった。

 しかし、今日は昨日とは違い電車登校。

 流石に、アーカディア学園では、自動車登校は認められていない。

 そもそもあれは、シオリの持っているセーフティーハウスの内の一つから取り出したもので、生憎とシオリの今住んでいるアズミ寮に態々置けるようなものではなかったりする。



「──っ、──っ、──っ、──っ、」



「……」



 誰かの喧騒が聞こえてくる。

 ──。

 シオリは、その胸糞悪い事実から目を背ける事だって出来た筈だ。

 でも、昨日の事があって、それでもなお目を背けようとするのは、少し違う気もするのだ。

 きっと、その喧噪の聞こえる方へと足を進める当のシオリは、後できっと後悔するだろう。



「──こ、!!」



 それは、見るも無残な惨劇であった──。

 どうにか子供の一種だとギリギリ認識できるであろう肉体が、血生臭さと不純物が混ざりに混ざった挽き肉同様の悪臭が、その辺りに充満していた。

 おそらく子供は、かなりの速度を出していたであろう車に、ブレーキ痕もない一切の減速もないまま衝突されたのだろう。

 車に衝突されても、人は簡単には死なないものだ。

 ただただ、『──痛い』『──死なせてください』と、そう願いつつも、ゆっくりと絶命していったに違いない。


「……──やっぱり」


 そしてシオリは、その肉塊と化した子供だったものに見覚えがあった。

 ──そう昨日の事だ。昨日シオリは、カグヤと一緒に買い物に行って、そこで一人のスラム民の子供を見かけた筈だ。

 

 決してそれは、シオリの勘違いなどではない。

 勘違いであったとしたら、そのスラム民の子供が殺される理由にならないからだ。


「……──結局鳥は、堕ちるばかり」


 それを哀れだと宣うだろうか──。

 死の病を風評被害であろうとも撒き散らすと、を、一体誰が受け入れてくれるだろうか。

 ──助けたとして、その人物に向けられるのは、白い瞳の殺意だけ。

 そもそも割りに合わなさすぎるし、慈善事業だったとしても、もっと他の良い方法がある筈だ。


「──知識があっても、結局のところそれを使いこなせなければ意味はない、か」


 知識ではなく知恵を振り絞り。

 それを理解できない者を、人は無智と蔑むのだろう。



 ♦♢♦♢



 ちなみに、これは余談ではあるが、あの後さっきの悲惨な現場にて、と思われる人物が逮捕された。

 年齢はおよそ、30代頃──。

 特徴的な身体的や表情の乏しい彼であったが、当のシオリにはとても見覚えのある男性だった。

 何故なら、ほど、印象に残るというものだ。

 ──あの時、“ノヴァニウム鉱脈症”患者の子供から逃げている人々の中に、一組の男女の夫婦がいた。



「──ふざけるなっ!! あの糞ガキ! あんの糞ガキのせいで、俺の──俺の彼女は、病気になった。」



「──!!!」



 そして、そんな彼に言い渡された刑は、“特別損壊罪”──。

 そもそも、夢幻輝石シリウスライトを所持していない“ノヴァニウム鉱脈症”患者を殺したところで、殺人罪には問われる事はない。一方的に虐殺などをすれば殺人罪と同等の刑罰を科せられるが、訳ないという事だ。

 それがきっと、彼等が背負いし業なのだから。



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 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 開闢祭イナグゥラティフェスティバルの件、ちょっと書き忘れてましたねー……。

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