第10話『無智は罪なりし者(Ⅰ)』

 学園都市アークの街並みの中を、一台の車が駆け抜けていく──。

 黒塗りの洋風車。しかも、目ざとい人からすれば、それが防弾性で作られた車両だと分かるだろう。

 だが、そんな洋風車を乗りこなす人物は、あまりにも若かった。

 いや別に、運転免許は15歳ほどで取れるから、さして違法ではなく、ただただそれでも珍しい部類には入るのだが。

 それでも、マニュアルでかなり運転が難しいだろうに、の華麗な運転捌きは、かなり一目を引く結果となってしまう。



『──数日前。斯舟生徒会カルヴァアーク所有のバベルタワー内でがあり。今だ原因は究明中との事で──』



「……──まったく。、一体何のつもりなんだが」


 洋風車を走らせるシオリの正面には、丁度スピーカーの中から聞こえる、話題真っ盛りな斯舟生徒会所有のバベルタワー。

 こうして遠目から眺める程度では、まるで数日前の爆発騒ぎが嘘のようだった。



 ♦♢♦♢



「──じゃぁ、ホームルームも終わった事だし、アタシはさっさと帰るぜ! 待ってろー!ビールとキャベツ!!」


 そう言い残して、定時前だというのに一目散に退散をするリューネルを横目に、本日の授業は終えた──。


「(──もう数日も経ったのか。思ったよりも早いな)」


 シオリの思う通り、あの波乱万丈な入学式を終えて数日が過ぎた。

 基本的に受業内容は、『教養』『実技』『神秘学』の三つに大きく分かれる。

 『教養』は、一般的に習学すべき一般教養から、高度算術や基礎的な科学やファディアス大陸の歴史など、多岐に亘る。

 『実技』は、射撃訓練から隠密訓練、果ては色々な状況を想定した実技訓練などなど、かなりの内容となっている。

 そして最後に『神秘学』は、本来民間には知らされていない学問などを収める事を目的としたもの。ノヴァニウム鉱脈症についての知識も、此処で教えてくれるみたいだ。


「──あ、レオニオルさん。今日どうですか?」

「あー、悪りぃんだが、今日は用事があるんだわ。誘うんだったら、また別の機会にでもしてくれ」

「そう、ですか。ごめんなさい無理を言ってしまって」


 と、そんな時だった──。

 さっさと帰る準備をしていたシオリだったが、とある会話とやり取りを目と耳にする。特別興味はなかったが、少しだけ気になってしまったのが、彼女にとっての不運だった。


「……何かあったのか?」

「シオリさん。いえちょっと、を断られてしまって……」


 ちょっと寂しそうな様子な、カグヤであった。


「(──確かレオニオルは、最近“”のアルバイトをやっていると、言ってたな)」


 まぁ、レオニオルが“治安維持局”のアルバイトをしているなんて、態々知ろうとしない限り誰も知らないだろう。

 そもそもレオニオルは、そういった面倒事は避けるタイプだ。

 別に同じクラスで過ごす仲であるカグヤが知らないなんて、特に不思議ではない。


「あ、あのぉ~……。シオリさんも良かったら、一緒にどうですか?」


 さて今度は、当のシオリに矛先が向かったらしい。

 実際、他のクラスメイトはさっさと帰ったか寄り道をしたか、その過程がどうであれ、もうこのクラスにはシオリとカグヤの二人しかいなかった。

 娯楽本にはこのようなシチュエーションが、少し……いやかなり着色されて乗っていたりもするが、生憎とシオリは娯楽本をあまり読まないたちだ。


「(でも、私も予定が色々詰まっているしな)」


 とはいえ、このままカグヤを一人ぼっちにして、当のシオリも帰宅するというのは、大変よろしくはない。

 具体的に言えば、シオリの心情上の話。

 けれどと、シオリは一応ではあるが、そのお誘いとやらについて聞いてみる事にするのだった。


「……──ところで。そのお誘いとやらは、何時、一体何処へ行つもり?」

「えっと、そうですね。今度の休日にショッピングモールに行こうとしてまして。……もしかして、一緒に行ってくれるんですか!?」

「……まぁ、今度の休日の午前は用事があるから、その午後からとなりますが」



 ♦♢♦♢



 ショッピングモール──。

 おおよその位置は、“イストリア総合学院”の付近。

 けれど、別にこのショッピングモールは、何も“イストリア総合学院”の生徒だけがたむろや道草を食う場所ではない。

 今日のように休日などは、他学校からの他学生等も多々見掛ける程度には、学園都市アーク内の学生にとっての憩いの場であるみたいだ。


「──あ、シオリさん! こっちですこっち!」

「……」


 そんな様々なところの学生等が集まるショッピングモール内。

 魑魅魍魎じみた建物内をシオリが歩いていると、何処からともなく彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

 辺りを見回してみれば、まぁ簡単だった。

 シオリの方を見つつ手を振っているカグヤを見つけるのは、造作もない事だ。


「……思ったよりも、色々な店があるみたい」

「もしかして、シオリさん、ショッピングモールは初めてなんですか?」

「まぁ、……うん」

「──ちょっと驚きましたけど、私に任せて下さい! 今日は私がシオリさんをお誘いしましたので、しっかりとナビゲートさせていただきますから!」


 そんなやる気一杯なカグヤの後ろを、当のシオリは付けていく。

 しかしながら、かなりの店々が立ち並んでいる──。

 食事処から、雑貨など。果ては軍事用の品々まで売られているみたい。

 それこそ、此処にないものはないと云わんばかりの品揃え具合には、流石のシオリも目を見張るばかりだ。

 ただので、これが当たり前かそれとも此処のショッピングモールが特別かは判別付かないのだが。


「……ところで、シオリさん。さっきから少し気になっていますが」

「……どうした?」


 シオリが物珍しそうに辺りを見回している中。

 少しだけカグヤは、申し訳なさそうに此方を見る。

 正直、シオリには何ら心当たりがない。

 いやもしかして、シオリ自身が物珍しそうに辺りを見回しているのが、少し恥ずかしかったのだろうか。

 シオリ自身も体験ある事なので、少しだけ自重しようと思う。

 そんな心の中での勝手な決意の末、シオリはカグヤに問い直す。



「……──その服って。もしかしてですか?」



「……そうだけど。なんだけど」



 玖帳シオリ──。

 セミショートな青み掛かった白髪をたなびかせて、その瞳は済んだ青空を思わせるもの。

 そして、当のシオリとカグヤとの会話の中で出てきたその服装。

 所謂、学生服やセーラー服らしき服装に見えるが、当のシオリが着ているものは黒色を基調としたもの。それでいて、スカートの丈は膝上ちょっと辺りで、その膝下以降は黒いソックスを身に纏っている。

 その上で当のシオリは、今だ何故か右腕に巻いている包帯が、ちょっとコスプレちっくなのは、彼女には内緒だ。


「(……確かに似合っているんですけど。似合っているんですけどっ!?)」


 確かにカグヤの思う通り、いつものシオリの姿は、かなり似合っていると言っても過言ではない。

 当のシオリは敵意か何かと勘違いしているのかもしれないが、今此方をちらちらと見ている人たちは、きっとシオリの美しさに見惚れているだろう。


 だが、が当のカグヤの中を支配していた。

 確かに、シオリは似合っている。

 それをどうこう言うつもりは更々ないし、あったとしたらそれはただのいちゃもんの類に過ぎない。

 しかしコレジャナイ感──詰まるところ、姿ことが、カグヤの抱くどっちつかずな結論だ。


 さて、つまりカグヤは一体何を言いたいのかというと──。


「──服を買いに行きましょう、服を! きっとシオリさんの似合う服があると思いますよ!」

「……そう」

「あ、絶対やる気ないですよね!? 開闢祭イナグゥラティフェスティバルがあるんですから、少しはお洒落な一張羅の一枚は持っておかないと!」


 正直カグヤは、今日態々予定があったというのに付き合ってくれたシオリに、何か一つでも恩返しができたらと、そう考えていた。

 何が好きかも分からないし、何が欲しいのかも分からない。

 ただ今は、こうした目的が出来た以上、ただカグヤはシオリの手を引っ張るだけだった。



 /12



「……──しかし、シオリさんに似合う服装ですか。ちょっと迷いますね……」


 さて、そんなこんなでシオリとカグヤが入店をしたのは、“レガリア”と呼ばれるファッションブラドが経営をする洋服店だった。

 お洒落に疎いシオリでも分かるが、“レガリア”は、世界的に見てもトップクラスなあファッションブランドの内の一つだ。

 前に、知り合いが滅茶苦茶その“レガリア”の雑誌を嫌というほど見せつけてきたから丁度覚えていたのだ。


「ちょっとシオリさん、少し良いですかね。どっちの方が好みとかあります?」


 そう言ってカグヤは、シオリの目の前に二着ほどの服を用意してきた。

 片方は、上品な美しさを醸し出している服。白を基調としているがくどくなく、華やかさをも感じさせるものだった。

 もう片方は、男性用のファッションを思わせる、スーツじみた上下と、その上に薄手の上着。如何やら、ヘアスタイルやメイク、小物やアイテムなどで女性らしさを作り出しているらしい。

 

 どちらも、それ相応の値段がしそうな服。その上で当のシオリは、丈夫ければある程度何でも良いという、あまりファッションに頓着しない性格故に、より値札に付いた値段以上の実感を覚えてしまう。


「こっちはエレガンス系で、こっちはマニッシュ系。シオリさん、がありますもんね。どっちも似合うと思うんですけど」

「……もう少し落ち着いているというか。荒事にも大丈夫な服ってないの?」

「いやシオリさん! 確かに銃撃戦ばっかりやっている日常ですけど、一応私たちは花の学生ですから。少しはお洒落というものを楽しんだ方が良いと思います!」


 確かに、カグヤの言う事には一理ある。

 正直シオリ自身、ファッションなんて碌に意識した事がないが、それでも世間一般の女性や男性がお洒落をしているのはよく見かけた事がある。大切さだって分かるつもりだ。

 しかし、それを態々シオリ自身でやるべきかのかという話──。

 もっと衣装映えしそうな女性──それこそカノンなんかは、かなりお洒落に詳しそうだし、こういった買い物も喜んで付き合ってくれると思うのだが。


「……別にどっちでも良いんだけど。選んでくれないかな?」

「シオリさんがちゃんと休日着てくれるんでしたら、要検討させていただきますが」

「……」


 そしてシオリは、最終的にマニッシュ系の方の服を買う事にした。

 銃撃戦や荒事とかのなさそうな、平和な一日に着たいものだ。

 ただ、こうして手にとってみて分かったのだがこの服、カグヤは気付いていないみたいだが、どうも防刃製の素材を使っているみたい。

 あとで、改造してみるのも良いのかもしれないと思うシオリなのであった。


「……ところで、少し参考に聞きたいんだけど。カノンさんとかは、一体どんな服とか着るんだろ?」

「前に、休日に会った時は、デザイナーズ系でしたね。最近、西南側の民族衣装がトレンドらしくて」

「その民族衣装って、前に市場で見た事あると思うんだけど、かなり高くなかったっけ?」

「えぇ目玉が飛び出るほど高いんですよー。それを着こなしているカノンさんは、かなり凄いと思いますが」



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