第2話『曇るガラス空な世界より(Ⅱ)』
手に収まった銃をホルスターに仕舞うシオリの視界に、一人の女性が入る──。
先ほどまで使っていたであろうライフル銃が握られており、そんな彼女──フリーネは、小走りに此方に来ていた。
「──思った以上だよ、まったく。まさか、相手が暴徒だったとはいえ、この数を一人で制圧するなんてな」
「……──でも、遠くから狙えるように、狙撃体勢に入っていたよね」
「バレてた、か。でも、特に問題はなさそうだから、手は出さなかったけどね」
別にシオリ自身、どうとでもなるという節があるような気がする。
確かに、後から考えてみると、かなり強引だったと、思うような思わないような。
とはいえ、結果オーライと言う言葉もあるしで、今は考える必要はなさそうだった。
「──ところで聞いておきたい事があるんだが。ソイツ、まだ生きてるのか?」
そう、フリーネが視線を向けた先にいたのは、先ほどシオリが仕留めたこの暴徒等を纏めていたであろう大男の姿。
だが今は、腕と足と親指を市販の良質な結束バンドで捕縛されていて、動かせそうにない。その上、関節を適当に外しておいたので、そうそうこの場から逃げられる筈がないのだ。
しかし、それでも生きている──。
舌を噛んで自害しないように猿轡等を噛ませてあるので、このまま放っておいても特に問題はない筈だ。
「──一応、逃げられないようにしておいたけど、何か問題が?」
「いや、問題ないどころか礼を言いたいほどだ。流石にこのまま、実行犯死亡で、背後関係を調べないで終わる訳にはいかないからな」
今日がシオリの“アーカディア学園”初日という事でついつい流してしまいそうになるが、こんな銃撃戦が頻繁に起きるものではない。
確かに、偶に暴徒が湧く事があっても、ここまでの小銃などによる武装までは、そうそう前例が存在しないのだ。
そもそもの話、暴徒である彼等が如何にして銃を手に入れられたのか。
おそらく、この暴徒等による小銃などによる武装蜂起は、何も彼等が独自に行動したものではなく、この事件の黒幕が背後から糸を引いている。
そう考えるのが、一番あり得る話だ。
「ところで。──おい、起きてんだろ」
唐突なまでの、フリーネによる蹴りの一撃が、生け捕りにされた大男の横腹に刺さる。
苦悶、肺の中の酸素を無理矢理吐き出される苦痛──。
だがそれも少しばかりの事で、再度呼吸を整えた大男は、フリーネとシオリと、退却の準備をしている彼女等、その全てを睨みつける。
「……仲間はどうした」
「仲間、か。あの後抵抗を止めた者はその場で捕縛したが、それでも抵抗を続ける者に限って言えば、そのまま処理をした」
「そうか」
言葉の内容とは裏腹に、それでも大男の怒りは収まる事はない。
それはまるで、冷徹なまでの怒り──。
だが、動けない。
──動けない、筈なのだ。
「──がぁぁぁぁああああぁぁぁぁっ!」
突如として、喉が裂けるような叫び声を放つリーダー格の男──。
その手から力なく転がり落ちる、空になった注射器。
これから起きようとしている事態は、おそらくその注射器──詳しく言えば、その中身である薄緑の液体だろう。
「──くそっ!? 遅かったか!」
確実に、此方の一瞬の隙を狙った計画的犯行──。
フリーネもそんな事態に対処すべく、駆けだすが。
「如何やら一歩、遅かった、か」
シオリの言う言葉通り、何もかもが手遅れだと言う他なかった。
「ああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!」
──ベキリと、骨が粉々に砕ける音。
ベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキリベキ。
──ぐちゃりと、内臓が溶ける音。
ぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃりぐちゃりぐちゃぐちゃりぐちゃ。
「──ひぃっ」
数多の戦場を渡ったであろうフリーネが、拒絶を示すの悲鳴を上げる。
無理な話だ──。
『──AAAAaaaaAAAAaaaa!!』
言葉にならない叫び声が聞こえる。
表情は、無貌、何もない。
四肢はもう人のものではなく、鋭利な爪を合わせ持つ、敵対者を殺すためだけに振るわれるその腕が目に付く。
「──まさかっ!」
フリーネどころか、この場にいる誰もが、目の前の正体不明な敵対性存在を知っている筈だ。
「──"キャンサー”。それも、ステージ2」
『──AAAAaaaa!!』
──ENGAGE、STAGE『2』CANCER──
「──全部隊に告ぐ。学園都市アーク、27番地区に"キャンサー”の出現を確認。非戦闘員は、すぐさまこの場を離脱しろ!」
振るわれた腕を紙一重で避けたフリーネの頬に、冷や汗が流れる。
勝てるか勝てないかの話ではない、ただ恐怖心だけがそこにはある。
「──さて。本当にどうしたものか」
"キャンサー”──。
其は、人類の敵である無貌の怪物成りや。
本来は、このアーク大陸全土に生息する、人類を殺すためだけの存在。少なくとも、人類の三大死因の一つに数えられるほど、その名に恥じない怪物だ。
そして、その“キャンサー”という人類の敵は、そもそもが人類が変貌をした姿なのだ──。
体内に“キャンサー”の体液などの組織片を接種すると、ソレは異常な細胞分裂を繰り返し、その果てに宿主となった者の細胞さえも侵食しだす。
その結果、その者はもう人類ではいられなくなり、人類の敵たる“キャンサー”へと変貌をしてしまう。
そうなれば最早、人類としての善性なんてものは存在しないし、かつての記憶などその全てを消失するのだ。
其の名を、人類の敵たる“キャンサー”と──。
それこそ、ノヴァニウム鉱脈症とまた違った、致死率100%の
「──私が行くから」
「相手は人類の敵たる“キャンサー”。貴女一人で勝てるのか?」
「勿論。と言いたいところですが、久しぶりですから遅れを取りそうですね」
「勝てるのかよ、それもステージ2を。だが、少しは先輩を頼ってくれよな」
再度、シオリとフリーネは、戦場へと戻る──。
勝てるか勝てないか。
いや、勝てると確信しているのだから、こうして立ち上がるのだ。
「──さて」
駆け出したシオリの姿は、疾風迅雷の如く──。
そして、目の前の“キャンサー”との間合いを潰しに掛かる。
だが、そんな行為をみすみす見逃す“キャンサー”の筈がなく、その剛腕がシオリへと振り下ろされた。
『──Aaaaaっ!』
「──っと、見た目に反して俊敏だな」
舞い上がる砂煙──。
それを突っ切るようにして現れたシオリの手には、いつの間にか抜いたリボルバーが握られていた。
そして発砲。
『──Aaaaaっ!』
「マグナム弾でも十分に通る、か」
シオリの使っている銃剣付きのリボルバーの使用弾薬は、よくあるマグナム。威力は高めに設定されて、それこそ“キャンサー”の硬い外殻相手をするだけの威力を有しているのだ。
そして、命中した“キャンサー”の傷口からは、紫色をした血飛沫が噴き出すのだった。
『──AaaaaっAaaaaっ!!』
だが、それが“キャンサー”の逆鱗に触れた。
暴威の嵐──。
斯くて崩れる、周囲の瓦礫。
しかしてその死の奔流の真っただ中を、シオリは持ち前の身のこなしで回避していく。
『──Aaaaaっ!』
目の前にいるシオリは、特別優れた身体能力を持っている訳ではない。
むしろ、他の連中と比べて同じぐらいか、若干劣るところもあるだろう。
だが現実は、シオリはまだ生きている──。
そして、弾痕が刻まれ続けて先ほどまでの勢いを失う“キャンサー”に対して、攻勢を仕掛けるのだった。
『Aaaaaっ!』
「──っ!」
シオリ目掛けて振るわれる剛腕、その連撃──。
それが最短距離で一直線で、確かにシオリの命を奪わんと、その強き腕を振るい続ける。それこそ、一個人であるシオリに対して、あまりのオーバーキル具合と言っても過言ではない。
だが、その暴威の嵐を全て防ぎ切る。
そして、時が満ちた──。
先の一撃を受け流すと、そのままシオリは、目の前の“キャンサー”との間合いを潰しに掛かる。
「──ぐっ!?」
だが、その攻勢も強制的に止められる。
そう、シオリに振るわれた最後の一撃をどうしてか受け止めたのだ。
理由は分かっている。本来、人の骨格では不可能な“キャンサー”としての動き、シオリの認識外からの一撃──。
どうにか受け止めた、いや凄まじい力量故だ。
しかし、そのままの勢いのまま、振り抜かれた“キャンサー”の剛腕が、シオリの華奢な身体を吹き飛ばす。
──!!
「──か、はぁっ!?」
ガラスの割れる音──。
どうにかシオリ自身生きているが、それでも肺内の空気が無理矢理吐き出された事により、凄まじい痛みを覚える。
痛い。
酸素を欲している。
だが故にこそ、無理矢理にでもシオリは自身の体を立て直す。
『──Aaaaaっ!』
ビル内にまで侵入を果たした“キャンサー”は、その剛腕をシオリ目掛けて振るう。
どうにかシオリは回避をするが、その連撃──それを全て回避しきるなんて、土台無理無謀な話だ。
だが、一瞬目の前の“キャンサー”の意識が、シオリからずれた──。
フリーネのライフル弾の一撃が、その“キャンサー”の肉体を抉る。
故にシオリは、その好機を逃さぬと云わんばかりに、“キャンサー”の股下を潜り抜ける。
「──これでも、喰らいやがれ!」
『Aaaaaっ』
そしてシオリは、“キャンサー”の追撃を避けるため、手持ち少ない手榴弾を投げつけた。
爆発、黒煙を撒き散らす。
だが、その程度で人類の敵たる“キャンサー”を仕留められただなんて、己惚れの類はシオリ自身には存在しない。
そしてシオリは、その生まれた隙を以ってして、再度その体勢を立て直す。
「──大丈夫か?」
「少し節々が痛むけど、特に問題はなさそうだ」
「分かった。けど後で、治療が出来る生徒の手当でも受けておいてくれよな」
「──この戦いを生き残ったらの話だけど」
『──AaaaaっAaaaaっ!!』
そう、シオリが呟くのと同時に、黒煙を振り払うようにして再度“キャンサー”が、その姿を現す。
無傷とは言えないが、それなりの傷──。
はてさて、シオリとフリーネは、目の前で今だ五体満足な“キャンサー”相手に勝てるのだろうか。
「──私が囮役をやろうか?」
「出来るの?」
「侮るなよ。これでも先輩だから」
「──と言いつつ、さっきは参加していなかったけど」
「あれは、他生徒を下げていたからだ。──それに私には、これがあるから」
そう言ってフリーネは、自らの黒色の鉱脈の中でも一際目立つ石をシオリに向けて見せつける。
ノヴァニウム鉱脈症を持つ余命が定められた彼彼女等に刻まれた、文字通り代償としてその命を代償とした奇跡。
確かにそれさえあれば、勝つ事自体に何ら疑問を抱かなくなるだろう。
「──いや、私が囮役をするから。どう考えてもアイツ、私を狙ってるようだから」
「分かった。なら、その手で行こうか」
「了解」
『──AaaaaっAaaaaっ!!』
そして、最終ラウンドのゴングは、シオリの銃撃音から始まった──。
苛烈さを増した“キャンサー”の暴威の嵐が、シオリへと襲い掛かる。
地面を砕き、瓦礫は砂塵と化す。
だがその中でも、今だシオリの体は軽やかに動いている。それどころか、彼女の手にするリボルバーから、白煙と共に弾丸が穿たれるのだ。
「──フリーネ!」
「だから、先輩ですから“さん付け”をしてくれ!」
確実なる、奇襲のタイミング──。
それをフリーネが見逃す筈もなく、シオリに夢中な“キャンサー”目掛けて、その躍動以ってして駆け寄る。
輝き出す
そしてフリーネは、その人の手に余るであろう奇跡を、自傷を伴いながら振るうのだ。
「──流星煌めく呪い《かがやき》を、我が身燃やして創生せよ」
「──輝け! 私の
【──
そのフリーネ言葉と共に、彼女の手に生える
その奇跡は、フリーネの寿命を代償としたもの。
故に斯くて、その輝きは一層眩いものとなるのだ。
『──Aaaaaっ!』
地面を割る鋼の槍の数々──。
それを回避しようとする“キャンサー”であったが、その回避を上回るほどの物量が襲い掛かる。
かすり傷かすり傷。だが、その肉体を容易に穿つ。
そしてそれは、その“キャンサー”の体を再起不能と言えるほどに蹂躙をしたのだ。
「──嘘、だろ」
『──Aaaaa』
だが、まだ目の前の“キャンサー”は生きている。
そのあまりの頑丈さに呆れれば良いのか、それともその執念に対して畏怖を覚えれば良いのだろうか。
しかし、十分だ──。
確かなる隙が出来た事を認識したシオリは、弾薬再装填と共に一発の漆黒の弾丸を装填をす。
「──十分です」
穿たれた弾丸は、確かに“キャンサー”の頑丈な体を貫いた。
血飛沫を散らし、そしてその体がよろめく。
だがそれは、今までにもあった事だ。
しかし、崩れるまで行かなかった事もまた事実であった。
「──……」
そこに立つは、戦いの勝者──。
シオリは再度、その頂に立つのだ。
/4
「──暴徒等の鎮圧から“キャンサー”討伐まで。いやはや、お礼の言葉が尽きないな」
あの後、他の皆が撤収作業をしている中、ようやく登校をしようとこの場を後にするシオリに向かって、フリーネは声を掛けてきた。
何でも、校外実習とやらで遅刻が免除されるらしい──。
確かにシオリとしては、入学式早々に遅刻なんて避けたい話であり、フリーネの申し出はとてもありがたかった。
そして、今もシオリが現場に残っている理由は、その申請のための書類を作ってもらっているためだ。
「いえ、問題はないです」
「しかし、私等としても、まさか“キャンサー”と出会うなんてな。もしも君がいなかったら、被害は甚大となっていた事だろう」
確かに──。
事実、シオリもまさか人類の敵たる“キャンサー”に出会うなんて、思ってもみなかった事だ。
そもそも“キャンサー”は、このノア大陸全土に分布する存在だが、此処は学園都市内。少なくとも、それら人類の敵に関してだけ言えば、その秩序は保たれていると言っても過言ではない。
これは、ある意味異常事態なのだ。
「──それで。今回の事件について、何か心当たりがあるのか?」
「暴徒たちについては。ただ、その後の“キャンサー”の出現については、正直意味不明ですけど」
「「──人をキャンサーへと変貌させた薬」」
その言葉は、お互いに一致をした。
そもそも、人が“キャンサー”に肉体が精神が、変貌をする事自体可笑しな事ではない。侵食度──体内のキャンサーの細胞量が一定以上を越えると、人は人の形を保てなくなり、“キャンサー”と化すのだ。
故に、その前提条件を加速させる割れた注射器の中に入っていた薬は、それだけで脅威である。
「──それは私たちに任せておけ。不甲斐ない先輩だろうけど、それぐらいは任せておくれよ」
そう言って、フリーネはこの場を去って行った。
そして、その少し後にこの場を去って行くシオリの手には、一枚の紙──所謂校外実習と書かれていた用紙が残っているのだった。
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お疲れ様です。
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