第3話『曇るガラス窓な世界より(Ⅲ)』
彼女──"夢野カグヤ”は、とても暇をしていた。
今日、カグヤが入学をする"アーカディア学園”という学校への道のりはかなり遠く、歩いて学園にまで進むのは、あまりにも非現実的だと言えた。
学園都市群アーク──。
このファディアス大陸において構える国々においても、その学園都市群はかなり特殊な部類だ。
基本的に、国家形態は君主制や帝国制、それと共和制など。
しかし此処学園都市群アークは、既存のどの国々の国家形態と違う。
これから、カグヤ自身も通う“アーカディア学園”を含めた四つの学園──その運営委員会と呼ばれる内部組織が、その学園都市群アークの主権をそれぞれ握っている。
「……」
ガラス窓の隙間から吹き込む風が、カグヤのその特徴的な銀髪をなびかせる。
そしてカグヤは、暇つぶしがてら列車のガラス窓から人々を眺める──。
「──ホント、平穏な街並み」
この近くにある学園の生徒であろう彼彼女等は、カグヤと同じく入学式を受けに行くのか、それとも在校生だろうか。
おそらく研究員である彼彼女たちは、ファディアス大陸全土に拠点を構える“ロスト・ライフ社”関係者だろうか、それとも軍事関係の企業だろうか。
知る由もない話だが。
そしてその大半が、普通の人だ──。
普通の人というのは語弊があるかもしれないが、所謂ノヴァニウム鉱脈症に掛かっていない人たちである。
ちなみに、そのノヴァニウム鉱脈症に掛かっている当のカグヤはというと、その特権故に、こうして生活を享受できていると言っても過言ではない。
さて話を戻すが、この"学園都市群アーク”は、それなりの広さを誇っていた。
複数の学園と商業施設、それに医療施設など、その種類規模は多岐大型に渡る。
『──次は、百夜堂学院前』
その解決策の一つが、今現在カグヤが乗っている列車だ。
様々な学園や商業施設などへのアクセスを可能とした、大規模交通機関。少なくとも、何処かへ行きたいと思った際は、この列車を使うのが当たり前だ。
しかし、それ故の問題点があるものの、その確率はかなり低いと言っても過言ではない。
安全性を第一とした環状線──。
今日も今日とて、平穏な日々が続いていく。
「──確か、次がアーカディア学園前でしたね」
一旦、環状線を走る電車が停車をする。
壁際上部に書かれている線路図を見ると、カグヤが通う"アーカディア学園”付近で停車する駅は、この次の駅らしい。
如何やらまだ、この暇な時間は続きそう──。
そう結論付けたカグヤは、先ほどまで読んでいた文庫本を再度開く。
「──あっ」
カグヤが閉じていた文庫本を開いた瞬間、先ほどまで挟んであった栞が宙へと投げ出される。
空中をひらひらと舞い、ゆっくりと床へと落ちる。
対して、拾おうと手を伸ばすカグヤの手は、それでも空を切る。
そしてそのまま、滑り落ちた栞は、床へと落下をするのだった。
──その瞬間。
「──っ!?」
──銃声。
カグヤたちの乗っている列車に向けて、数多の弾丸が叩き込まれた。
列車に備え付けられているガラス窓は、それは見るも無残なカタチで、その役目を終える。
対して、カグヤと乗車を同じくしていた彼彼女等は、突然の襲撃に対処できる筈もなく、その弾幕の嵐に身を投げ出したままだ。
その度に、血飛沫が彼彼女等の体という体から噴き出し、綺麗だった筈の残骸散らばる床と、幾つもあった弾幕によって不良品と化した座席。
悲鳴が、聞こえる。
しかしてそれも、数瞬の出来事でしかなく、その悲鳴は放たれる銃撃の音によって搔き消えた。
結果は言うまでもない──。
「──掃討完了」
小銃を構えているリーダー格と思われる男性が、その見るも無残な現場を見て、そう言い終わる。
勿論それは、彼等が起こした惨劇だ。
だが、その事実に対して、リーダー格の男性は何を思うでもなく無表情のままだ。
対して、そのリーダー格の男性の部下と思われる彼等は、その表情を加虐性に染め上げていた。
「──はっ! 連中、思ったよりも呆気なかったな」
「何か問題があるのか。奴等が死ぬ事は喜びであり、呆気ないも糞もないだろ」
「まぁ、粉塵を撒き散らして死ぬのだけは、どうにか避けられましたね」
部下の連中たちが、目の前の瓦礫と血飛沫と死体と──その残虐たる光景を見て、そう言ったのだった──。
程度の差はあれ、彼等の中にあるのは、憎悪の感情のみ。
故にこそ、目の前の残虐たる光景を生み出してもなお、その憎悪の感情がなくなる訳ではない。
「おい、お前等。さっさと状況を確認してこい」
「な、何で俺なんですか、リーダー」
「前に失態を起こしただろ。その償いとしてのチャンスを与えると言っているんだ。文句の類はあるまい」
「……分かりました、リーダー」
しかし彼等は、別に憎悪だけによって、組織され動いている訳ではない。
リーダーの男性は、目の前の惨劇の状況確認に、二人の部下を差し向ける。
感情的な襲撃であったのならば、確認をするでもなく、ただただ破壊だけを楽しむだけの暴徒の筈だ。
そして、思い思いのまま、何時かは死んでいく。
だが、目の前の彼等からは、消える事のない憎悪こそあるものの、理知的に動いていく。
──感染者組織『レヴァレイン』。
故にこそ、目の前の組織的な襲撃に対して、対処できる彼女等がいるのもまた、自然な話と言えるのだ。
「──っ!」
──突如として、誰も生存者のいる筈もない、瓦礫と血飛沫とそれと死体で彩られた列車内から、複数の銃撃音とマズルフラッシュが炸裂をする。
本来、あり得る筈のない異常事態──。
「──っ総員。物陰に隠れろ!」
「「「──っ了解!」」」
その異常事態に対して、各自へと命令を送るリーダー格の男性──。
そして、目の前の異常事態に戸惑う訳ではなく、命令を受けた彼等部下は、その命令通りに各々が物陰に隠れる。
「──おいおい! アイツ等死んだんじゃなかったのかよ!?」
「レイ落ち着け。もし奴等が乗客に混じっていたとしても、まだ五分だ。それに最初の奇襲に失敗した訳ではない」
その奴等との単語に、『レヴァレイン』の彼等の加虐心が、各自の表情から消え去る。
もしも、そのリーダー格の男性の言う奴等だとすれば、それこそ狩る側から敵対者同士の戦いとなる筈だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
静寂が辺りを包む──。
グリップの握る手の平と指先が、嫌な汗を滲ませる。
引き金に掛ける指先は、緊張により、思った以上の余分な力が掛かる。
吐く息が、だいぶ浅くなっているのを、各々が実感しだす。
そして──。
「──総員、目の前の"感染者”を撃ち殺せっ!」
今だ形残る列車や備品を盾に、彼女等が姿を現す。
彼女等の手には、それぞれ銃器が握られており、その銃口は全て此方を見ているのだった。
これより始まるは、強者が弱者を狩る狩りではなく。
お互いを敵として認識をし、そして命を賭けて争う、戦闘が始まるのだった。
♦♢♦♢♦
「──ふぅ。やはり、『レヴァレイン』の連中が現れましたか」
そう静かに呟いたカグヤが今朝見た天気予報は、『晴れのち銃撃』──。
あまり訪れて欲しい未来ではなかったものの、あの天気予報が正しかったのだと実感する他ない。
「──とはいえ、これからどうしよう?」
銃撃が一旦終わり、今この場は静寂が包んでいる。
だがそれは、一時的なものでしかない。
もし、『レヴァレイン』の連中が襲撃をした列車内に確認に来ようとすれば、それこそ隠れる場所もないカグ椰は、そのまま数の暴力によって目の前に広がる死体たちの仲間入りをする羽目になるだろう。
「(迎撃するか、それとも隠れるか)」
そうカグヤは思うも、どちらも非現実的過ぎる──。
迎撃しようにも、カグヤ一人では、先ほど思ったように数の暴力によって削り殺される事だろう。
また、瓦礫の下や死体に紛れるという手もあるにはあるが、それもあまり隠れ切れるとは思えない。
広がる死体にはそれぞれ弾丸によって再度トドメを指されるだろうし、下手に瓦礫なんて動かそうものなら、此処に生存者がいるのだと言っているようなものだ。そもそも、重さで潰されかねないし。
「──ホント、どうしよう?」
まさに、八方塞がりとはこの事だ──。
現状で、一番マシな展開と言えば、このままこの場から離脱する事だろう。
追手が生存者たるカグヤを追ってくるだろうし、その際起きるであろう二次災害は計り知れない。
だがそれでも、生きているだけマシな展開だ。
その事実を理解した上で、カグヤはこの場を離脱しようとした。
その瞬間だった──。
「──あれ? 私たち以外にも生存者?」
カグヤは、信じられない言葉を聞いた。
その驚愕と共にカグヤは、声のした方向へと振り向くと。
「……貴女たちも生き残ったの?」
「いやぁ、私たちも案外しぶとくてね。流石は、"アーカディア学園”の新入生と、我ながら自画自賛したくなるよ」
先ほどの襲撃を生き延びた生き残りが、カグヤ以外にも複数人いたらしいのだ。
特に目に付くのは、カグヤ自身へと話し掛けてきた桃色ツインテールの彼女。
だが、流石に先の奇襲めいた襲撃を無傷で生き残った訳ではなく、それぞれが軽度の負傷と砂埃などに塗れて、シャワー直行の散々な状況と化していた。
「──それで、貴女たちはどうするんです?」
「いやまぁ、戦うしかないでしょ」
「その心は?」
「逃げても追撃されるだろうし、その際の被害は考えたくない」
あぁ、なるほど──。
確かに、その考えは一理ある。
たとえ、この場をカグヤが凌ぎ切ったとしても、その後請求されるであろう莫大な額の金額を考えると頭がとても痛くなる。
嗚呼、最初からカグヤが取れる選択肢なんて、決まっていたのだ。
「最後に。名前を聞いても?」
「わたしの名前は、"アカリ”。貴女の名前は」
「……私の名前は、"カグヤ”」
「──じゃ、戦おうか」
「──えぇ、折角の晴天日和の入学式を邪魔されたその責任、ちゃんと取ってもらいますからね!」
此方の生き残りは、カグヤとアカリの二人だけ──。
そして、二人のいる破壊された列車の内部に侵入してきた、二人組の特徴的な仮面を装着した彼等。おそらくは、先の襲撃者と同じ『レヴァレイン』の連中なのだろう。
「……」
「……」
警戒しつつも、また無防備な様で此方へと歩いて来る先方であろう『レヴァレイン』の二人。
だが、座席の後ろなどに隠れているカグヤとアカリの姿を、彼等は見つける事は出来ない。
各々が取り出した銃器を構える。
──セーフティーを外す。
最後に、カグヤとアカリは、その呼吸を整える。
「──作戦、開始」
カグヤの宣言と共に、カグヤとアカリは先手で仕掛ける。
左右に隠れていたカグヤとアカリが、その姿を列車内に侵入をしてきた『レヴァレイン』の二人の前に現す。
「──クソっ!? まだ生き残りが!」
すぐさま『レヴァレイン』は、カグヤとアカリと始末すべく、小銃を彼女等二人へと向けるが、その動きはぎこちない。
先手奇襲のアドバンテージ──。
それは、『レヴァレイン』の二人が引き金を引くよりも先に、カグヤとアカリが引く引き金の方が早かったのだ。
「がっ、ああああぁぁぁぁっ!?」
命中──。
その反動で、撃たれた『レヴァレイン』の二人の銃口が宙を舞い、乱射状態となる。
そして、それを確信する事実たる、どす黒い血飛沫が舞い散った。
できれば色々と調書を取るために生きていて、最悪瀕死であっても良いのだが、こんな非常事態で四の五の言っていられない。
「──流石ですね。ソレ"汎用機関銃”ですか?」
「えぇ、私にはこれが似合っていますから」
「そうですか。私のは普通の突撃銃。よく戦場に転がってるから、使いまわししやすいんですよね」
「男漁り激しいですね」
「うっさいです! 私は好きな人一筋ですから」
そんな、軽口を叩きつつカグヤとアカリは、外の連中の射線に入らないよう、その身を低くして、列車内に踏み込んできた『レヴァレイン』の二人の状態を確認する。
即死だ──。
外の連中と撃ち合いの際に、横やりを入れて来ないだけまだマシなのだが、正直言って情報をなるべく搾り取りたかった。
「──それにしても、『レヴァレイン』の連中。何故今になって動くのでしょう」
「さぁどうでしょうか。連中が感情に基づいて動いていてもおかしくないですし、何かしらの命令の上で襲撃を企てていたとしてもまたおかしくないですし」
そんな、やり取りをするカグヤとアカリの背後で弾ける火花──。
その度に木霊するは、射撃音と跳弾をする音と。
「──……思ったよりも、数が少ないですね」
「そうですね。最初見かけた時の数のままでしたら、もっと『レヴァレイン』の連中の攻勢があったでしょうし」
♦♢♦♢
──カグヤとアカリとは、別車両の事だ。
いつまで続くのだろう、この銃撃戦は。
多勢に無勢と。
最初こそ彼女たちは、遮蔽物などを利用して何とか戦いへと持って行けたのだが、圧倒的なまでの物量相手にはそうそう勝てそうにない。
「──医療徒! チセの手当をっ!」
そして、更に一人負傷者を出す。
チセと呼ばれた彼女は、この銃撃戦の主力の一人であり、今だ硝煙と銃声響く戦場の戦線を維持していたのだ。
しかし、敵である『レヴァレイン』の連中の鉛玉が、跳弾をしチセの体を傷つけた。
「──私はまだ、戦えます!」
「チセ、一旦下がって応急手当も終わっていないんだから!」
「でもっ!」
「治療徒。無理矢理にでも良いから、チセを後方に下げて!」
「分かりました」
今だ戦場に立とうとするチセを無理矢理にでも下がらせる。
怨嗟の声、皆と同じ戦場に立てない事への劣等感──。
そんな事実を目の前にして、この場の指揮を任されたリーニェは、自傷染みた笑いをするのだった。
「(──チセが前線を離れる。この意味は、私自身が一番理解している)」
それこそ、最悪この戦線が瓦解するという可能性を秘めていると言っても過言ではない。
しかし、この苛烈さを増す戦場において、戦線の一角を任されていて、また負傷者であるチセを戦わせる事は出来なかった。
「──それにしても。相変わらず、頑丈な備品ですねっ!」
「何でもこの座席とかなんか、かなり良い防弾性らしくて、7,62mm程度ならある程度は受け止まられるらしいですよ」
「それがこう、見るも無残なんですけどー!?」
「それは仕方ないし。座席の座り心地とか防弾性とか、その他諸々を考えると、ボロボロで済んでいるだけマシだと思うけど」
「まぁ、座り心地良かったですけど」
生き残った彼女たちは、お互いに軽口を叩き合う。
しかしてそれは、希望があるが故のものではない。
生き残るためと──。死ぬ気で生にしがみついているが故の代償行為に過ぎない。
「──あ痛っ!?」
「どうしました?」
「……跳弾した弾丸が、お尻掠った」
「でしたら、まだ大丈夫そうですね」
「乙女としては、死んでるかもしれないじゃん!?」
だが、生き残った彼女たちの頑張りが、結果に直結するとは限らない。
次第に増え始める負傷者。
次第に底を尽き掛けそうな、残りのマガジン。
今だ彼女たちは、死地にて。
それでもと、生き続けようとしているのだ──。
「──あ。これは絶対駄目な奴」
射撃音が響く戦場の中──。
その誰かが発した一言は、今だ劣勢にいる彼女等の内心を表していた。
『レヴァレイン』の連中の中でも一際大きい男性が取り出したのは、本来戦闘用ヘリに装着されているであろう、所謂ミニガンと呼ばれるものだった。
「──嘘だと言ってくれませんかね?」
「無理でしょう。あの滅茶苦茶デカいミニガンを扱い慣れているでしょうし、流石にミニガンは想定されていませんですし」
絶望を指し示す駆動音──。
「──全員、散開っ!」
散開と言っても、所謂運任せに過ぎない。
ただ、確実に死ぬという状況から、万が一にも生き残るかもしれない。その程度もものでしかないが、それでもしないよりはマシだ。
瓦解する、残骸たる列車。
等しく訪れるであろう、死の予感。
だが──。
「──流星煌めく呪い《かがやき》を、我が身燃やして創生せよ」
「──輝け、私の
その絶望を、全て薙ぎ払う漆黒の翼を持つ彼女が、そこにはいた──。
【──穢翼ノ
火花が散る──。
確かに、彼女たちの命を奪おうと、数多の小銃とミニガンの弾が彼女等に飛来をした。それは生きる事の出来る筈のない、死の嵐の奔流。
だが、それらが彼女等に届く事はなかったのだ。
「──あ、貴女は」
「いえ、ただの通りすがりの遅刻者です」
銀髪の彼女──カグヤが、そこには立っていた。
そして、カグヤの背中から生える堅牢な漆黒の翼が、目の前で火花を散らして弾き飛ぶ。
もう一度言うが、死の嵐の中でも彼女たちに届く事はない。
「──
致死性の病であるノヴァニウム鉱脈病──。
忌避される感染者たる証たる、漆黒の鉱症をその身に宿す彼彼女たちの中には、所謂特異体質な感染者が紛れていた。
──
災厄たる漆黒の鉱症の中でも一際目立つであろう、宝石のような輝き。
そしてそれは、様々な奇跡を所有者にもたらすのだ。
「──あの、大丈夫、ですか!?」
「特に問題はありませんね。私の
にもたらされた
事実、目の前の『レヴァレイン』の連中の放つ7,62mmのNATO弾すらも防ぎ切っているカグヤの漆黒の翼は、その名に恥じぬ堅牢さを誇っているのだった。
「──ですから、私たちの反撃と参りましょう!」
圧倒的な敵の弾幕は、カグヤの漆黒の翼で対処済み──。
もう、彼女たちの生への渇望を止めるものなんて存在しない。
「えぇ。任せて下さい!」
故にこそ、彼女たちの反撃の狼煙が上がった。
再度始まる、彼女たちによる攻勢。
そして、この起死回生の一手を無自覚にも作り出したカグヤはというと、その光景を見た。
──大丈夫そうだ、と。
再度、ユメノは汎用機関銃をその手に構え、そして引き金を引くのだ。
「──ぐっ、がぁぁぁぁっ!?」
一人。
二人と。
敵対する『レヴァレイン』の連中が、その数を減らしていく。
その上、彼等の威勢が完全に減少していると言っても過言ではない。
此処に、形勢は完全に逆転をした。
「──死ね死ねよ!」
しかし、そんな対感染者差別主義者である『レヴァレイン』の連中の心柱は、その程度で折れるほど脆いものではない──。
仲間の死体をその目で見たとしても、それでもと、『レヴァレイン』たちへと小銃の引き金を引き続ける。
──撃たれて、死んだ。
だが、そこ心意気が必ずしも死んだ訳ではないのだ。
「……──ようやく、終わりましたか」
しかし、『レヴァレイン』の連中の結末は、決まっていた──。
列車近くの銃撃音が止まり、白煙は空へと溶けていく。
そして最後に、血だまりの中に沈む『レヴァレイン』たちの姿。
誰も彼もがもうその生を終えていて──。
その表情を、行き場のない怒りを滲ませていて──。
けれど、誰も背を向ける事なく、前かがみに死に──。
そして、最後まで『レヴァレイン』の連中の指先は、死後硬直によるものもあるのだが、それでも引き金に添えられたままだ──。
「……」
静寂が辺りを包む──。
生き残ったカグヤたちに、歓声による勝利の雄叫びなどは存在しない。
相手が襲撃してきて、少なくない死傷者を出したものの、『レヴァレイン』の連中は単なる無差別殺人者の集団ではないのだ。
故にこそ、戦いはこれで終わりではない。
──今日、数多の人が死んだが、それは何も加害者たる『レヴァレイン』の連中のせいだけではない。感染者たるカグヤたちもまた、同じ加害者なのだ。
♦♢♦♢
暗い。
暗い。
狭くて暗い通路を、誰かは走っていた。
「──! ──! ──! ──!」
呼吸が荒れて、肺が酸素を取り入れる度に耐えがたい激痛に襲われる。
脇腹から出血をしていて、動く度にどす黒い血が床を汚す。
あまりの激痛で、意識が点滅を繰り返している。
──正直言って、彼の症状から考えるに、まだ生きているのが奇跡というほど、それは酷いものであった。
だが、それ以上のものが彼を突き動かしていたのだ──。
「──ぐっ。……ぁ……ぁ……ぁ」
しかし、彼──リーダーと呼ばれた男の最後は、とても呆気ないものだ。
何を成し得る事も出来ず、仲間の後を追う事すらも許してはくれなかった。
「……あの、馬鹿共。……俺には逃げろと言って無理矢理にでも逃がした癖に、……自分達だけが死ぬつもりだったの、かよっ」
そうだ──。
無理矢理あの場から連れ出されたとはいえ、彼は戦場から逃げ出した。
もしも、これが戦場での話だったら、敵前逃亡で処刑だろう。
「(──だが、そんな仲間ももういない、か)」
そう、敵前逃亡という戦場の禁忌を犯した彼を、追及する者はもういない。
確かに、『レヴァレイン』の本部に戻れば彼を追求する者が現れるかもしれないが、彼の命はもう長くはない。ほんのひと時のものでしかないだろう。
──彼を糾弾する者もいなければ、罪を受け入れた上で許される事はない。永遠に彼が罪を背負える機会なんて、死後の世界であろうともない事だ。
「──ふっ。未来がなかろうとも若者を殺した大量殺人者の末路としては、至極当然の結果だな」
斯くて、非道なる意味のない人生を巡り、そして終える彼──。
死を恐れる事もなければ、達観している訳でもなかった。
死は怖いものだ。
けれども、足が竦むほどの怖いものがあったとしても、それ以上の尊敬が彼を突き動かしていた。
「──後は頼みました、ラース様」
これまで、彼等を導いてくれた災厄に感謝を。
恨む程度しか出来なかった彼等の前に立ち、今も世界と戦い続ける姿に尊敬を。
その世界と戦争を繰り広げる輩に彼等を加えてくれた恩義を忘れず。
けれども、案外ドジっ子な彼女の姿を思い出して、激痛が奔るというのに、少しだけ苦笑してしまう。
だが、彼女には彼等の命を犠牲にしてでも、尽くす意義があるのだ。
──世界に、正義も平等も存在していない。
──でももし、彼女だったら、この腐った世界を変えてくれるかもしれない。
一抹の希望をその心に抱きながら、既に死に体であった彼の意識は、暗い闇夜へと消えて行くのだった。
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